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イン・ワンダーランド  作者: 止流うず
『イン・ワンダーランド』第0章-ファーストクライシス-
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イン・ワンダーランド11

 凄まじい轟音だった。

 衝撃に全身が震えていた。例えでなく、衝撃で身体が浮いていた感触すらあった。

「う…あ、あぁ……し、死ぬかと、死ぬかと」

 心臓がばくばくと鳴っている。脂汗が全身に流れている。

 足先を見れば、人知を越えた巨大さを誇る大剣が10センチも離れていない距離で横たわっていた。人を潰して余りある巨大さのそれが、少しでも足を伸ばせば触れてしまう距離にあることからか恐怖で足先が冷たくなる。

 台座に刺さっていた大剣は、倒れたことでこの広い部屋の三分の一をも占領してしまっているが幸いにも俺の身体は潰されずに済んでいた。強化した筋力パラメーターの恩恵だろう、放り投げた装備品も幸いか部屋の隅に転がっている。

 きゅー、という声が聞こえ腕の中に視線を向ければ、落ちてきた剣に潰されないように抱え込んでいた地助がいる。奴はこんな事態を引き起こしたにも関わらず心地よさそうに俺の胸元に顎をこすりつけ、蜥蜴型精霊の癖に猫のように喉を鳴らしていた。

 視線を合わせればまるで自慢するようにして尻尾をぺしぺしと俺の腹に叩きつけてくる。

 流石に呆れて、こら、とその頭をぽかりと叩いた。情けない声が胸元から上がるが無視をする。むしろこの程度で許すことを喜んで欲しい。

「地助、しかしなんでまた、こんなことを……」

 地助は別にそこまで食い意地の張った精霊ではない。ここ数年、俺の与えた鉱石以外を無理矢理喰うだなんてする気配すらなかったぐらいだ。

 何故叩かれたのかよくわかっていなさそうな地助を抱えて立ち上がり、周囲を見渡した。

 巨人の武器庫は見るも無惨に荒れ果てていた。大剣が倒れる際に真下にあった棚や鎧や剣は押し潰され、元に戻すことは不可能なぐらいにヒシャげている。床も罅割れ、剣の下敷きにならなかった武具も衝撃で床に散らばっていた。

「まるで地震でも起きたような荒れようになっちまったな」

 こんな状態でも鉱晶蟲が現れないのは、やはりこの部屋に特殊な加工が施されているからだろうか。

 そんな被害を出した原因であるところの精霊は俺の胸元でごろごろを喉を鳴らしている。ほんの一秒でも逃げるのが遅れれば、俺もあの真下で冗談抜きに潰れ死んでいた。そのことを思えば背筋が震えるに余りあるというのに暢気なものだ。

 あくまでもいつも通りな地助に感化されたのか全身の震えもようやく収まり、冷静に状況を把握できるようになってくる。

 俺が落ち着いたのを察したのか、きゅー、と地助が鳴き、腕を服ごと甘噛みし、どこかへと誘導しようとしてくる。次は一体なんなんだと地助が引っ張る方向に身体を向け、立ち止まる。

「あ……。なんだ、あれ? お前、わかっててやったのか?」

 呆然と視線を向ける先にあるのは剣の台座があった場所だ。大剣と同じく貴重な金属で造られただろうそれの八割は地助に喰われ元の面影を残してはいない。

 しかし、台座を越えた先、大剣の刀身で隠れていただろう壁穴の奧に小部屋らしきものが見える。そこは未だどの探索者も足を踏み入れていない場所だ。証拠に微かに埃っぽい空気が流れてきて俺の鼻を刺激している。

「は、はは、はははは。ったく、お手柄だよ地助。だが次からは先に言ってからにしてくれよ。いつもこんなんじゃ俺の命がいくらあっても足りねぇからな」

 がしがしと頭を撫でながらつける俺の注文に自慢げなきゅー、という頼もしい鳴き声を返してくる地助は台座を喰った所為か少しばかり堅さと重さを増している。

 そうして俺の注意をひけたことを知った鉱物精霊は、腕の中から暴れるようにして飛び出すと先導するように部屋の中に入っていった。その迷いのない動きに少しだけ疑念が湧くが、それも無視して問題ない程度のものだ。

「あ、おい。落ち着け、どんな罠があるか。ったく、仕方ないな……」

 改めて言うが俺に専門的な探索技術はない。罠は見つけられないし、よしんば見つけられたとしても解除することができない。それでも存在するかわからない罠に精一杯引っかからないよう注意しながら地助を追って、暗い部屋の中に入っていった。

 一歩先の光源も危うい部屋で《帰郷石》を入れたランタンを掲げれば、強い光が隠されていた部屋を照らし出す。

 初めて遭遇する隠し部屋に心臓が高鳴り、自分の顔が期待に染まっていることを自覚する。自然、先の取得品である欠けた剣や木の盾を意識してしまうが、今は関係ないと頭から追い出した。

 剣はともかく盾や鎧が悪いものだとは思わない。それでも、それでもという感情がある。

 なんでもいい。俺は何かが欲しいのだ。この息の詰まるような状況を破壊してくれるような、自分でも理解のできない何かが欲しかったのだ。

「それで、ここには何が……」

 だが、先に入ってしまった地助を追いかけるようにして隠し部屋に入った俺を待っていたのは、煌びやかな宝石や強力な魔剣、新たな精霊の素材になりそうな古代の神秘ではなかった。

「……お前、あんな真似をしてまでこんなところで何をどうしたかったんだ」

 部屋には価値のあるものなど何もなかった。

 だからか、口から飛び出たのは自分でも驚くほどに落胆の籠もった冷たい声。

 地助が錆びたナイフが転がった石机の前で鳴いている。俺を呼んでいるのだ。


 ――そこは朽ちた部屋だった。


 隠された通路の先にあったそこは既に終わっている部屋だった。

 剣によって封じられていたにも関わらず、何の神秘も存在しない場所だった。

 あるのは時間の経過によって壊れた棚、石の机、蜘蛛の巣の張った天井。未だ無事な本棚も見受けられた物の《保存》の付与術式が施されていないのだろう、年月に耐えられず、剣が倒れた衝撃で砕けてしまった書物もある。

 長い、それこそ1000年以上の時が経過したような場所だった。

 そんな中、きゅー、きゅー、と地助が必死に俺を呼んでいる。

 地助の身長では届かない場所にあるナイフ《アレ》を取って欲しいのだろうか。

「こんなもの……なんの役に立つってんだ」

 そこにあるのは錆びたナイフだ。柄は木製。刃は錆に覆われて見えない。傍には埃に埋もれるようにして革の鞘が置いてある。

 奇品珍品の類にも見えず、使えば使った側が怪我をしそうな代物だ。

 切れ味を確認するために指で刃を撫でればざらついた感触と共にぷつりと指の皮が雑に切れる。うっすらと血のついたナイフを見て、自嘲するように俺は地助を見下ろした。

「これをどうしろと?」

 無垢な目で俺を見上げる地助に問うてから、言葉を話せない相手に問う無駄を悟る。仕方なく埃の海から革鞘を拾い上げ、汚れを払い、ナイフの血を袖で拭って納めた。

「まぁ、こんなもんでもファーストに研ぎ直して貰えば……って糞、またファーストか…。ファーストッ、ファーストッ、どれだけ俺はファーストに頼ってるんだ。こんなナイフ一本奴に頼まないと使えないのか」

 手の中のナイフを見る。刃を錆が覆っていて使えそうもない品だが、刀身自体には罅すら入っていない奇麗なものだった。どんな金属かはわからないが、錆を落とせば十分に使用に耐えられるように見える。

 俺には錆びたナイフの整備の仕方など全くわからないがギルドの連中のほとんどは武人だ。必ず知っているに違いない。そして聞けば快くとはいかないが教えてくれるだろう。

 舌打ちが漏れる。

 何をするにも困難なのは俺がファーストに甘えて何もやってこなかったからだ。

 平和な世界から召喚された。今まで武術に触れたことがなかった。命をやりとりすることに不慣れだった。ギルドのメンバーが信用ならない。全てだ。全てが甘えでしかない。

 もっと皆の中に混じるべきだった。話して理解を深めればよかった。恐れず怯えずただただ愚直に進むしかないと俺は知っていたのに。

 剣を扱うことがなかったからなんだ。自分にできることがわからなかったから採掘をしてEXPをコツコツ稼いできたからなんだ。

 俺がすべきことはもっとあったんじゃないか? EXPなんて即物的な物に頼らず知識を深める方が重要だったんじゃないのか?

 今の俺にはこんなナイフ一本、まともにする術がわからない。わからないから。覚えようとしなかったから。何も知ろうとしなかったから。

 背後を振り返る。倒れた剣に混じり、そこには投げ捨てられた半欠けの剣がある。今の俺のような存在だ。

「一歩一歩進もう。それで全てが解決するとは限らない。それでも俺は、もうこんな中途半端は嫌だ。嫌なんだ……」

 地助は、俺にそういうことを伝えたかったのだろうか。俺に、錆びたナイフすらまともに扱えない事実を突きつけることでそれを自覚させたかったのだろうか。

「地助?」

 きゅー、と精霊はナイフを手に取った俺を見て満足そうな声を上げた。

「気楽そうな奴……まぁ、いいけどな」

 ナイフ片手に滅びた部屋を振り返り、これ以上は何も無いことを確認する。

 そうして元の部屋に戻った俺は先ほど投げ捨てた荷物を拾うと《帰郷石》を使用した。

「リターン。基点【エリシア・Ⅰ・キリクテクリ】」

 戦う決意はしていた。だからこのまま探索を続けたいところだったが、流石に鉱晶蟲対策の為されていない剣や鎧を持って外をうろうろするわけにもいかない。

 地助と俺を光が包み、景色が変わる。

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