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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
植え替え

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30/99

#2



この前は、本当にここで暮らしていいのかを尋ねた。


あの質問をした時よりは、数段高い位置に立ってると思う。それでもまだまだ遠くて、見上げた先には彼の影すら映らない。

きっと、憧憬だけで抑えるべきだ。

宗一さんの妻になる資格なんてない。そんな思考に傾きかけるけど、日に日に想いは膨れ上がっている。


求めるのは罪だと言われ続けてきたから、考えるより前に諦める癖がついただけなんだ。


「ねぇ、白希。妻になるなら、アレも解禁してくれると嬉しいな」

「アレ?」

「分かってるだろう?」


思わずぽかんと口を開けたら、唇に指を添えられた。


彼の顔を直視するのは、いつも結構な勇気が必要だ。

何でもない時でも圧倒されてるのに、真剣な場面は緊張のあまり具合が悪くなる。

口端を引き締め、何とか堪えてると、宗一さんは隣に移動してきた。

「昨日の事故のこと」

「あ、あぁ。キスの話ですね」

彼はあえて口にしてなかったようだけど、よく分からなくて普通に返してしまった。宗一さんは可笑しそうに吹き出す。


「ずっとお預けは寂しいと思って。私のことが嫌いじゃないなら、今すぐにもキスしたい」


台に置いた手が重なる。

お茶を入れようとしていたことも忘れ、踵を浮かした。


「ん……」


つま先に力を入れる。昨日の再現のように、自分から宗一さんにキスをした。

ただ唇が触れるだけのライトなものだけど、離れた後も胸の辺りが焼けそうだった。

昨日のキスを上書きした。パニックになっていた時とは全然違うから、もう言い逃れや後戻りはできない。


俺は自分の意志で動いた。間違いなく、自分から彼を求めた。


「俺以外の人と幸せになってほしいって、この前までは本気で思ってたのに」

「ふふ、そう言ってたね。今はどう?」

「……今は、俺が宗一さんを幸せにしたい。……です!」


自信なく答えたけど、こんななよなよした言い方じゃ駄目だと思い、最後だけ語調を強くした。

宗一さんはしばらく笑っていた。何がそんなに面白いのか分からないけど、本当に楽しそうだから……まぁいっか。


彼は俺にキスさせてもらえないと嘆いていたけど、実際はその逆だ。俺なんかが気安く触れていい人じゃないから、距離を置こうとしただけ。

同じ空間に二人でいること自体、すごく贅沢なことだ。

だけど彼は、至極当たり前のように俺にキスをする。


「ありがとう、白希。愛してる」


お礼を言われるようなことは何もない。でも、この時は静かに頷いた。

同じことを彼に言いたかったから。

「私も……貴方を」

“愛してる”。

でも結局、その台詞は言えなかった。自分が言うと途端に軽くなりそうな気がして、躊躇してしまう。


宗一さんが言うと重いのになぁ……。


心の中で首を傾げるも、すぐに抱き寄せられる。


……俺は既に幸せだ。だから今度は彼を幸せにしたい。

彼が求めるものは全部見せて、渡して、共有したい。


宝物みたいな時間。


入れたお茶がぬるくなるまでキッチンで過ごした。ポットの中の色と同じぐらい、濃くて深い夜だった。





「行ってきます」

「行ってらっしゃい!」

翌朝、仕事に出掛ける宗一を白希は笑顔で見送った。

昔と違い、夜が明けるのはあっという間だ。朝食を作る為早起きしてるのも理由の一つだろう。何もなかった長い一日が、今では目まぐるしい速さで駆け抜けていく。

二十歳を過ぎたら後は老いるだけだと誰かが言ってたけど、何歳になっても“成長”はできる。それを教えてくれたのは他ならぬ宗一だ。


彼が帰ってくる前に家の中を掃除して、必要な食材を取り寄せて、夕食の支度をする。ようやく身についたルーティーンに少し嬉しくなって、リビングで意味もなく舞ってしまった。


そういえば、もう舞踊をすることもないんだ。

自分を象っていた一部でもあるから切り捨てるのは少し寂しいけど、新しい生活の為には仕方ない。

誰と関わるにも礼儀は欠かせないけど、これからはなるべく普通の人らしくする!


その“普通”が分からなかったりするけど、まぁそれはおいおい調べよう。


数日が経過しても、宗一さんにはひとりで外出しないように言われた。まだまだメディアの目もあるし、変な人に襲われる可能性もある。というのが、彼の見解。


なので数年ぶりの歯科検診も、真岡さんについてきてもらった。

歯磨きはちゃんとしていたから、ちょっとした掃除だけで解放された。本当に助かった。


「お疲れ様です、白希様。思ったより早く終わって良かったですね」

「ありがとうございます。本当に……もしかして今日が命日なのかな、って思いました」

「そんなに……」


真岡の憐れみの視線を受けるも、白希は青い顔をしたままだった。

真岡の車の助手席に乗り、シートベルトをつける。

「さて……白希様、なにか困り事はありませんでしたか?」

「ええと……いえ、全然。宗一さんには本当によくしていただいてます」

「それは良かった。そういえば、最近は料理をされてるんですよね? 宗一様がとても嬉しそうに話してましたよ。今まであんな無邪気に笑ったことはないから、私まで嬉しくなりました」

作り笑いはいつもされてますけど、と付け加える。

彼もシートベルトをつけ、シートにもたれた。


「社交辞令の笑顔はずっと見てきてるから分かるんです。貴方のことを話されてるときの宗一様は、一番感情が表に出ているというか……人間らしい、と思うんです」

「人間らしい……」


常に笑ってる彼だから気付かなかった。

宗一は、白希の前で見せる顔と、他の人に見せる顔が違うらしい。


でも大人ってそういうものなのかもしれない。……もちろん程度はあるだろうけど。


「だから本当に、白希様が来てくれて良かった」

「いやいや、そんな! 俺はお世話になってるだけです。真岡さんがいないと外にも出られませんし」


両手を上げ、全力で否定した。すると、彼は不思議そうにこちらを向いた。

「……宗一様が仕事の日は、一日家で過ごされてるんですか?」

「あ、はい。やっぱりまだ外は危険だと言われて……でも宅配じゃなくて食べ物とかも直に見たいし、買い物も自分で行ってみたいんですけど……」




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