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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
奇な糸

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#12




宗一さんには申し訳ないけど、本当のことを言ったらもっと心配させてしまう。だからこれだけは絶対に隠し通そう。


屋敷に閉じこもるように言いつけられていたこと……彼は知ってそうだけど、実際にどんな生活をしてきたか、詳しいことまでは分からないはずだから。


────それに実の父親を何よりも恐れてるなんて、普通じゃない。そんなことは知られたくなかった。


昨日は昔のことを思い出してパニックになったから、何としても忘れるように努めよう。

ただ村に関わることがあるとすぐに思い出しちゃうから、外に馴染むのはまだまだ時間がかかりそうだ。


でもその後ベランダに出て、宗一さんと朝日が昇る瞬間を一緒に見た。屋根裏にいた時から夜明けの空はわりと見ていたけど、今までで一番綺麗に見えた。

多分、ほっとしてるんだ。

村では“今日”が始まることは全然嬉しくなくて、むしろ怖くて仕方なかった。

今は大切な人が隣にいて、怖い人は誰もいない。


これがどれほど幸せなことか……。

宗一さんの笑顔を見る度に強く思う。せっかく外に出られたんだから、弱音は吐かず、しっかり生きようと。


腰が痛かったからほどほどで部屋に戻り、薬を塗ってもらった。最後までしっかり恥ずかしい……。

だけど、宗一さんへの想いをはっきり認識した一日になった。





「わぁ……! すごいです。これ全部宗一さんがやってくださったんですか……!?」

「そう。気に入らないところはない?」

「あるわけないです……上手く言えないけど、すごい難しい仕事をしてる人の部屋みたいです」

「ははは、それは褒められてるってことで良いのかな」

その日の日中は、また少しの時間真岡に付き合ってもらい、銀行へ行っていた。無事自身の通帳を手に入れた白希が家に帰ると、部屋には新しい家具が設置されていた。

「本棚も置いたよ。今は何もないけど、好きな本を買って入れるといい。ディスプレイスタンドもあるから飾るのも悪くない」

「おぉ……!」

感動し過ぎて逆に言葉が出てこない。

本を読むのは好きだし、机があれば勉強もできるし、何もかもが理想の環境だ。


「こんな素敵な部屋で過ごせるなんて夢みたいです。ありがとうございます、宗一さん!」

「全然。その笑顔が見られただけで充分だよ」


彼はベッドに腰掛け、長い脚を組んだ。


「思ったとおり、そのバッグもよく似合ってる」

「えへへ……」


肩にかけたバッグを少し前に回す。彼からプレゼントされたバッグをさっそく使うことができて嬉しかった。

「真岡さんも同じことを言ってくれました」

「おや、本当? ようやく彼も私のセンスに気付いたかな」

宗一はさらに気を良くし、立ち上がった。白木と一緒にダイニングへ向かい、テレビを点ける。

「今日は何か面白いものあった?」

「ええと……銀行はわりと想像通りでした。でも皆さん親切で、役所と同じ感じがしました」

宗一は白希の率直な感想にうんうんと頷いた。

他愛もない話にも関わらず、どんなことも興味深そうに聞いてくれる。だからか、本当にささいなことまで詳しく話すようになった。

経験したことを誰かに話すと、また新たな発見が生まれる。実は違ったんじゃないか。あれはこういう意味だったのかと、考え直す機会に繋がる。


記憶の定着は、ありがちだけど繰り返しが最強だ。初めて手にした日は何一つ分からなかったスマホも、今では自分で設定を変えたりしている。

毎日学べることがあるのは、本当に楽しい。

食事の支度も、宗一に見守ってもらいながら始めることにした。

最初はとにかく火傷しないよう、手を切らないよう口酸っぱく言われた。


「うん、すごく美味しいよ。初めてとは思えない」


味に関してはいまいち自信がないけど、宗一さんは満足そうに頷いた。

「本当に大丈夫ですか? 俺は薄味で育ったので、美味しくなかったら遠慮せず言ってくださいね」

「ほう、だから白希は細いのかな。薄味の方がヘルシーだもんね」

「あはは。だからこそ、体に悪い物が食べたくなります。例えばほら……カップラーメンとか。ずっと昔に食べたことあるんですけど、久しぶりに食べたいな」

「何だ、それなら今すぐ買おう。何箱欲しい?」

「一個で大丈夫ですよ!」

何故なのか、彼はとにかく極端だ。ゼロか百か、白か黒かで判断する。中間がない。


宗一さんは裕福な家庭で育ったから、金銭感覚が自分と違い過ぎる。

でも、今日真岡さんが言っていた。宗一さんは別に浪費家ではなくて、必要最低限なものにしかお金をかけないらしい。


なのに白希に関することは異常なまでに散財する。理由は分からないが、素直に胸が痛かった。


「宗一さん、俺に気を遣って、あまりお金を使わないでくださいね。そう、それが俺の為と思ってください」

「白希は本当に謙虚だねぇ。分かった、月にいくらまでと決めよう。……でもすぐに結婚するんだし、そしたらまた見直さないとだね」


彼の頭の中では、結婚へのカウントダウンが着実に始まっているようだ。

もう突っ込むこともやめ、ノーリアクションで流すことにした。


食事を終えて、食器を片付ける。お風呂を沸かして、入ったら掃除をする。

皆がしていること。でも、それが自分にとっても当たり前になったことがすごく嬉しい。


村にいた時は家事手伝いも許されなかったから、時が経つごとに退行してる気がした。でも今はひとつずつ覚えて、身につけている。全部宗一さんのおかげだけど、確かに前に進んでいた。


夜も深まり気持ちが舞い上がってるせいか、何となくスマホで“花嫁修行”と検索してみた。見事にひとつもできることがなくて、逆に笑ってしまう。


俺をお嫁さんに選ぶ要素なんて一つもないのに。

でも全然悲しくはなくて、むしろやる気がわいてきた。結婚の話はさておき、ここに書いてあることは全部生きる上で必要なスキルだ。敬遠せず、ちょっとずつ挑戦していこう。




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