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鏡の檻のアスタリテ  作者: 汐の音


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12/22

12.アスタリテ VS ベーゼリッテ


「姉上、おかえりなさ……?」

「ただいま、エアリエル。あとでね!」

「は、はい」


 邸に帰って早々、アスタリテは淑女らしからぬスピードで自室までの階段を駆け上がった。途中で可愛い義弟に話しかけられたが、残念ながら後まわし。

 すべては今日、思いがけず図書館で出会ったコレル・アローのせいだ。ひいては魔女――ベーゼリッテの。


 乳母(ターニャ)にも「少しの間ひとりにして」と断り、さっと鍵をかけた。

 まるで禁断の儀式でも行うような徹底ぶりだが、事実違わない。これから本気で内なる魔女を呼び出すわけだから。


 息を整えたアスタリテは部屋の中央に立ち、心のなかで呼びかけた。



(ベーゼリッテ。起きて、大至急)


 ――んん。何、明けの星(アスタリテ)


(アロー先生から覚えのない小箱をお預かりしたわ。『魔女どのによろしく』って)


 ――あら、意外と回りくどいのね。


(教えて。どういうこと?)


 ――うるさいわねぇ。ちょっと黙りなさいな。



「うっ」


 言い募ろうとした途端、アスタリテは目眩を覚えた。次の瞬間、体と意識の繋がりがふつりと消える。アスタリテは、久しぶりに意志と関係なく体が動くのを目の当たりにした。指が制服のポケットを勝手に探る。ベーゼリッテだ。


 ポケットから白木の箱を見つけたベーゼリッテは、箱を左手に乗せ、右手の指で留め具をぴんと弾いた。あっさりと蓋がひらく。

(!)

 意識体のアスタリテは軽く目をみはった。


 じつは、馬車の中でも開封を試みていた。でも、どうしても無理だった。

 今なら、()()()のないのっぺりとした留め具に魔法がかかっていたのだとわかる。


 ふうん、と呟いたベーゼリッテは中身を取り出した。

 柔らかな布に包まれたそれは、なんと指輪だった。

 深緑の石はコレル・アローの瞳の色に似ているし、台座は黄金。環の外側には細かな字がいくつも刻印されている。古語だろうか……?


 見入るアスタリテに頓着せず、ベーゼリッテはそれを左手の人差し指に嵌めた。

 ぎょっとしたアスタリテは、すぐさま抗議する。



(!?!!? べ、ベーゼリッテ! だめよ着けちゃ!)


「うるさい。なぜ?」


(知らないの? レーゼ王(この)国では、未婚の娘に装飾品を贈るのは求婚の証! 身に着けるのは、すなわち(はい)、ということ! だめだったら)


「ああ〜……あったわね、そういうの。でも、いいんじゃない? これ、通信具だもの」


(は?)


「求婚の意志なんかないわ。同じ指輪をあいつも用意したはず。これはそういうモノ。片方に魔力が流れ込めば、もう片方に伝わる。受けた側が魔力で応じれば通信具に早変わり。どう? 便利でしょう」


(……そんな魔道具、聞いたことがない)


「そうでしょうね。ここ数日、毎晩、しつこいあいつに根負けしてレシピを教えてあげたのは私だもの」


(はあ!?)


「これでも偉大なる魔女なのよ」


(〜〜違っ! そ、そうじゃなくてえっ!!)



 実体があれば、さぞかし大騒ぎになっていただろう。体の主導権を奪われ、自分に掴みかかるわけにもいかないアスタリテは、ひたすら悶絶した。


 ベーゼリッテは仕方なさそうに指輪を着けた手をひらひらとさせ、胡乱な流し目でドレッサーの鏡を見る。――そこにアスタリテがいるように。


 (いわ)く、ここ数日間、ベーゼリッテは深夜にアスタリテの体で魔法を行使していたらしい。ぐっすりと眠っていたアスタリテには、もちろん知る由もないが。



(嘘でしょ)


「面倒な子ねぇ。せっかく正直に教えてあげているのに……。安心なさい。睡眠が短いと体は弱るでしょう? だから、実体はここから出ていない。幻だけを飛ばしたの。コレルには手伝いをさせているから。その都合ね」


(手伝い……何の?)


「さぁ、何かしら」



 ふふん、と妖艶にほほえむ顔が自分であることに違和感しかない。

 しかし、だからこそ最近干渉がなかったのか……と、腑に落ちる。

 説明を信じるならば、彼女は復活して間もない、不完全な状態で毎晩魔法を使っていた。

 『魔女とて万能ではない』、そう言っていたにもかかわらず。


 優秀な魔力行使者であり、生きて手足を持ち、この国では名家の子息でもある成人男性に手伝いをさせた――それはつまり。



(あなたは私の体が都合がいいと言った……けど、私にはできないことを、こっそりアロー先生にさせているんだわ。違う?)


「ふんふん?」



 面白がるように、くるりと一回転したベーゼリッテが制服のケープと上着を脱いだ。ソファーに腰かけ、寛いだ様子で胸元のリボンをほどく。「続けなさいな」



(……)



 ちょっと、いや、かなり婀娜(あだ)っぽいし行儀が悪いなぁと(※意識体の)眉をひそめながらアスタリテは従う。



(――復活)


「ん?」



 しどけなく肘置きにもたれたベーゼリッテが、片眉を跳ねさせる。

 アスタリテは、腹いせに出来たてほやほやの推論をぶちまけた。



(目的が!! あなたの完全復活にせよ、あなたを封じた存在への復讐にせよ、何か足りないものがあるんだわ。教えなさい。先生に何をさせるつもり!?)


「フフッ。コレルと同じことを訊くのね。あいつも『その少女に宿って何をするつもりだ』と、突っかかってきたのよ。可愛いったらないわ」


(誤魔化さない……、っ!?!?)



 内なる口論がエスカレートする前に、ココン、と扉が鳴った。合鍵で解錠し、そっと隙間から声をかけたのは乳母のターニャだ。


「お嬢様、夕食の時間でございます。根を詰めるのもほどほどになさいませ」


「え……あっ」


 反射でアスタリテは立ち上がり、姿勢を正した。

 いつの間に体を返されたのか、信じられない面持ちでみずからの両手を見る。

 そこに、きらりと指輪の光。


(! 隠さなきゃ)


 とっさに指輪を外し、床に落ちた箱も拾い、書き物机の引出しに一緒に放り込む。そのため、中途半端に脱いだ制服姿は誤魔化せなかった。

 作法に厳しい乳母は、ムッと顔をしかめる。


「お着替えなさるのでしたら、お呼びいただきませんと」

「ごめんなさい……」


 ぷんすかと叱られ、てきぱきと夕食にふさわしい服装に整えられながら、アスタリテは微妙な顔で天を仰いだ。



 ――――単独での反抗は不可能。


 内なる魔女が大それたことをする前に、協力者を得なければ、と。





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― 新着の感想 ―
美少女スキーとしては、こういう回が大変おいしいです。ベーゼリッテ色っぽい! しかも自分の姿で色っぽいだなんて、倒錯していて良すぎますね← 綺麗なお名前が乱舞しているのもうれしいです。ベーゼリッテ、アス…
宿られてる存在と協力するのではなく、対立するというのは斬新ですね!
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