12.アスタリテ VS ベーゼリッテ
「姉上、おかえりなさ……?」
「ただいま、エアリエル。あとでね!」
「は、はい」
邸に帰って早々、アスタリテは淑女らしからぬスピードで自室までの階段を駆け上がった。途中で可愛い義弟に話しかけられたが、残念ながら後まわし。
すべては今日、思いがけず図書館で出会ったコレル・アローのせいだ。ひいては魔女――ベーゼリッテの。
乳母にも「少しの間ひとりにして」と断り、さっと鍵をかけた。
まるで禁断の儀式でも行うような徹底ぶりだが、事実違わない。これから本気で内なる魔女を呼び出すわけだから。
息を整えたアスタリテは部屋の中央に立ち、心のなかで呼びかけた。
(ベーゼリッテ。起きて、大至急)
――んん。何、明けの星。
(アロー先生から覚えのない小箱をお預かりしたわ。『魔女どのによろしく』って)
――あら、意外と回りくどいのね。
(教えて。どういうこと?)
――うるさいわねぇ。ちょっと黙りなさいな。
「うっ」
言い募ろうとした途端、アスタリテは目眩を覚えた。次の瞬間、体と意識の繋がりがふつりと消える。アスタリテは、久しぶりに意志と関係なく体が動くのを目の当たりにした。指が制服のポケットを勝手に探る。ベーゼリッテだ。
ポケットから白木の箱を見つけたベーゼリッテは、箱を左手に乗せ、右手の指で留め具をぴんと弾いた。あっさりと蓋がひらく。
(!)
意識体のアスタリテは軽く目をみはった。
じつは、馬車の中でも開封を試みていた。でも、どうしても無理だった。
今なら、つまみのないのっぺりとした留め具に魔法がかかっていたのだとわかる。
ふうん、と呟いたベーゼリッテは中身を取り出した。
柔らかな布に包まれたそれは、なんと指輪だった。
深緑の石はコレル・アローの瞳の色に似ているし、台座は黄金。環の外側には細かな字がいくつも刻印されている。古語だろうか……?
見入るアスタリテに頓着せず、ベーゼリッテはそれを左手の人差し指に嵌めた。
ぎょっとしたアスタリテは、すぐさま抗議する。
(!?!!? べ、ベーゼリッテ! だめよ着けちゃ!)
「うるさい。なぜ?」
(知らないの? レーゼ王国では、未婚の娘に装飾品を贈るのは求婚の証! 身に着けるのは、すなわち是、ということ! だめだったら)
「ああ〜……あったわね、そういうの。でも、いいんじゃない? これ、通信具だもの」
(は?)
「求婚の意志なんかないわ。同じ指輪をあいつも用意したはず。これはそういうモノ。片方に魔力が流れ込めば、もう片方に伝わる。受けた側が魔力で応じれば通信具に早変わり。どう? 便利でしょう」
(……そんな魔道具、聞いたことがない)
「そうでしょうね。ここ数日、毎晩、しつこいあいつに根負けしてレシピを教えてあげたのは私だもの」
(はあ!?)
「これでも偉大なる魔女なのよ」
(〜〜違っ! そ、そうじゃなくてえっ!!)
実体があれば、さぞかし大騒ぎになっていただろう。体の主導権を奪われ、自分に掴みかかるわけにもいかないアスタリテは、ひたすら悶絶した。
ベーゼリッテは仕方なさそうに指輪を着けた手をひらひらとさせ、胡乱な流し目でドレッサーの鏡を見る。――そこにアスタリテがいるように。
曰く、ここ数日間、ベーゼリッテは深夜にアスタリテの体で魔法を行使していたらしい。ぐっすりと眠っていたアスタリテには、もちろん知る由もないが。
(嘘でしょ)
「面倒な子ねぇ。せっかく正直に教えてあげているのに……。安心なさい。睡眠が短いと体は弱るでしょう? だから、実体はここから出ていない。幻だけを飛ばしたの。コレルには手伝いをさせているから。その都合ね」
(手伝い……何の?)
「さぁ、何かしら」
ふふん、と妖艶にほほえむ顔が自分であることに違和感しかない。
しかし、だからこそ最近干渉がなかったのか……と、腑に落ちる。
説明を信じるならば、彼女は復活して間もない、不完全な状態で毎晩魔法を使っていた。
『魔女とて万能ではない』、そう言っていたにもかかわらず。
優秀な魔力行使者であり、生きて手足を持ち、この国では名家の子息でもある成人男性に手伝いをさせた――それはつまり。
(あなたは私の体が都合がいいと言った……けど、私にはできないことを、こっそりアロー先生にさせているんだわ。違う?)
「ふんふん?」
面白がるように、くるりと一回転したベーゼリッテが制服のケープと上着を脱いだ。ソファーに腰かけ、寛いだ様子で胸元のリボンをほどく。「続けなさいな」
(……)
ちょっと、いや、かなり婀娜っぽいし行儀が悪いなぁと(※意識体の)眉をひそめながらアスタリテは従う。
(――復活)
「ん?」
しどけなく肘置きにもたれたベーゼリッテが、片眉を跳ねさせる。
アスタリテは、腹いせに出来たてほやほやの推論をぶちまけた。
(目的が!! あなたの完全復活にせよ、あなたを封じた存在への復讐にせよ、何か足りないものがあるんだわ。教えなさい。先生に何をさせるつもり!?)
「フフッ。コレルと同じことを訊くのね。あいつも『その少女に宿って何をするつもりだ』と、突っかかってきたのよ。可愛いったらないわ」
(誤魔化さない……、っ!?!?)
内なる口論がエスカレートする前に、ココン、と扉が鳴った。合鍵で解錠し、そっと隙間から声をかけたのは乳母のターニャだ。
「お嬢様、夕食の時間でございます。根を詰めるのもほどほどになさいませ」
「え……あっ」
反射でアスタリテは立ち上がり、姿勢を正した。
いつの間に体を返されたのか、信じられない面持ちでみずからの両手を見る。
そこに、きらりと指輪の光。
(! 隠さなきゃ)
とっさに指輪を外し、床に落ちた箱も拾い、書き物机の引出しに一緒に放り込む。そのため、中途半端に脱いだ制服姿は誤魔化せなかった。
作法に厳しい乳母は、ムッと顔をしかめる。
「お着替えなさるのでしたら、お呼びいただきませんと」
「ごめんなさい……」
ぷんすかと叱られ、てきぱきと夕食にふさわしい服装に整えられながら、アスタリテは微妙な顔で天を仰いだ。
――――単独での反抗は不可能。
内なる魔女が大それたことをする前に、協力者を得なければ、と。




