追撃
越前各地で狼藉を働いた一揆衆は加賀へ向けて退いて行った。朝倉との同盟を反故にしたどころか、逆に領内を荒らすだけ荒らしていったことで旧朝倉家臣たちは怒りに身を震わせている。
「追え」
儂に追撃命令を直訴してくるほどの勢いもあり、深追いを禁じることを添えはしたが、諸将は勇躍して出撃していった。
木の芽峠でのいくさでも思ったが、朝倉の兵は決して弱くない。当主がしっかりと戦う意思を見せておれば、兵たちはしっかりと戦ったことであろう。
一向宗の甘言に乗ってしまったことがまずかったと言えばそれまでであるが、その失態も結局は自らの命であがなうこととなっている。
いまは越前の地を一刻も早く平定することが急務であった。
「内蔵助、あ奴らの後詰を頼むでや」
「承知仕った」
木の芽峠突破の後は浅井は領国に戻り、畿内のいくさへと転戦している。現在は坂本に着陣し、比叡山へのけん制と監視を行っていた。
一乗谷を開放した夜。浅井備前殿が儂の宿所を訪ねてきた。その表情は晴れず、何やら思い悩んだ様子である。長年、祖父の代より親交のあった朝倉家が事実上滅んだことと、父上の死が心に響いているのかと思うたが……
「権六殿、儂はどうもいくさにばかり目が行って統治と言うものができておらんかったのじゃ。国境の土豪はもっとも信頼していた者たちでもあった。それがあれほどの裏切者を出すとは……」
「貴殿はまだ若い故、致し方ない部分もある。これより経験を積むがよからあず」
「これは考えておることではありまするが……殿の馬廻りになろうかと」
「なんと? それはいかなる意味でや?」
「所領を返上し、銭にて禄をいただくようにしようと。喜六様よりそのようなお話をお聞きしたのですわな」
喜六様は、土豪を土地から切り離し、銭による禄で家臣を雇う形に変えるとの提案を以前よりしていた。
それをまさか大名に対して話すとは……相手を見ていたのであろうが、その場で斬られても仕方ないほどの話である。
「美濃や尾張でそのような話は出ておるが、まさか近江半国の守護代がそれをやったら前代未聞と言うものでのん」
「うむ、つまるところ儂はいくさに専念したいのですなん。となると所領を治める手間が邪魔に見えてきましてのう」
備前殿のいくさの采配は水際立ったものであった。配下の将たちを手足のように動かす。いくさの采配で言えば儂よりも上ではないかと思える。
「ふむ、と言うことは正式に殿の家臣となられるのかのん?」
「うむ、こたび越前が落ち、朝倉が滅んだ今、儂がどうこうしても蟷螂之斧と呼ぶもおこがましき情勢ゆえにのん。されば我が身と家臣どもを守るのに、近江を手放すのは合理的ではないかと思うのでなん」
近江一円が織田の手に入ったとなれば、畿内への物流を含め、その利は計り知れない。北前船が入る敦賀の地から北国往還と琵琶湖の水運で京から堺に抜ける地勢を一手に収める。
そうなれば、半ば独立した勢力である浅井がそれほどの要地を治めることはいずれなにがしかの軋轢を生むであろう。
家臣となるとしても外様である。各地のいくさで使いつぶされ、もし失態などがあれば領地を召し上げられることもありうる。
反旗を翻したとて四方八方がすべて織田の分国であることを考えれば勝てると考える方がどうかしている。
逆に、先駆けてそれほどの要地を献上したという形にすれば多大な功績と、殿に恩を売ることができる。
さらに銭で雇う形を早く受け入れることで、浅井ほどの大身が、ということは地侍や土豪どもにも大きな影響があると思われる。
家を残すということのみ考えれば、妙手としか言えない判断であった。
「おのしは恐ろしき男であるなん。味方でよかったと心より震える心地だわ」
「それは買いかぶりと言うものでありましょうが。儂は権六殿に遠く及びませぬ」
「ほう? どうしてそのように思うのかのん?」
「儂は一手の大将であって、兵を操ることであれば並みの相手に負ける事はないと思いまする。しかし、権六殿はそれより広い、大きな戦場でいくさをしておられる」
「ふむ」
「仮にどこかの戦場で勝ったとしても、それを別の場所で帳消しにして追いつめられる。それが権六殿の、そして殿のいくさでありましょうがのん」
兵がぶつかる場所は戦場の一部に過ぎぬ。兵をぶつける前には情報を集め、調略を行い、相手より多くの兵を集めその兵を維持するだけの食料や物資を集める。
一度押し負けたとて、態勢を整えて再び挑めばよい。そういうことであろう。
「一度の負けは負けにあらず、永らえて再起すればよい。漢の高祖のようにのう」
「儂の天下はありませぬ。されば織田の天下の一員として重きをなす場を占めるが上策であろうと勘考いたしましたでなん」
「うむ、されば貴殿は儂が身内であるなん。何かあったら頼ってこられよ」
「ありがたきお言葉、胸に染み入り申す」
こうして備前殿は兵を率いて去っていった。その表情は晴れやかで、思いを定めた顔であった。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
念仏がどよめきとなって空気を震わす。越前と加賀の国境地帯、かつて朝倉宗滴が幾度も門徒宗を打ち破った地だ。かつて宗滴のもとで戦った朝倉景恒ら、一門衆が先陣を切って突撃していった。
一揆衆もその数を頼みに一斉に突きかかってくる。しばらくはもみ合うが、やがて押し負けた朝倉衆は合図に応じて下がる。
「撃てい!」
佐々内蔵助率いる鉄砲衆が左手から射撃を行い、一揆衆の最前列の兵が倒れ、後続の兵に踏みつぶされる。
それでも勢いは弱まることなく、奔流のごとき勢いで迫りくる。
「かかれ!」
右手から前田利家らが槍先をそろえて突きかかる。両翼から攻撃を受けて一揆衆の足が止まったところに、踵を返した朝倉衆が突っ込んだ。
一揆衆は大軍である。故に細かな対処ができない。指さした方向に向けて突撃、しかできないのが実際のところだ。
それでもその数の圧力で敵を踏み潰すことができた。だが、足を止めてしまえばただの木偶である。
恐れをなした坊主が逃げ出すと、一揆衆も逃げ始める。あとは追い首を上げていけばよい。
「一人も漏らさず討ち取れ!」
「おう!」
一揆衆はおびただしい討ち死にを出し、加賀への街道沿いはまさに屍山血河のありさまとなった。
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