越前の落日
一揆衆大敗の報は木の芽峠に届き、守りを固めていた越前衆は大いに動揺した。
「ここで食い止めなば朝倉の家はおしまいじゃ!」
「しかし殿はここに来てくださらぬぞ。我らのみでいかがせよと申すのじゃ!」
徹底抗戦を主張する者がいたが、それ以上の絶望にあふれた声でかき消される。
当主たる義景はこの期に及んで動く気配を見せず、前線に増援を送っても来なかった。
ここを抜かれればあとは要害となる地はない。遮るものの無い平野が広がっている。
「大野に落ち延びれば……」
「そこからどうやって挽回する? そもそも大野から一山超えれば美濃ではないか」
なんとしてもここで食い止めるほかない。その認識は正しいが、食い止めるに足るだけの戦力がもはやない。
一揆衆とはいえ二万の大兵力を撃破した織田軍は意気軒昂で迫りくる。さらに国境で不穏な情勢を出して浅井を食い止めていた国衆らも討たれた。
そうなれば背後に敵がいない状況になった浅井長政も全戦力を北に振り向けることができる。
「将軍家に敵対する謀反人を討つ」
織田と浅井は近江一円にそう宣言した。上洛の命を無視し、使者すら追い返していたのは朝倉の側であった。
無論、朝倉側にも言い分はあったであろうが、最大の原因は斯波氏の復権にあったのであろう。斯波の守護代から守護になり替わったことで恨みを買っていると思い込んでいて、それは確かに的外れな考えではなかった。
逆に、将軍に逆らったことと、時の将軍が認めたとはいえ、任国の越前を奪還するという二つの名分が成立する。
事ここに至っては、全面降伏か玉砕か、二つの選択肢しか朝倉家には残されていなかったのである。
「殿より書状が来たでや。朝倉に降伏を促せとなん」
「本来の敵は一揆衆、とのことかや」
そこには朝倉諸将の所領は安堵、越前は将軍直轄の地となると記されていた。当主義景は隠居を命じられるが、命は助かる。そして朝倉家は幕臣として残ることができる。破格の条件と言ってよい。
さらに御所様直筆の添え状もあった。殿の偽書をもちいたはかりごとと思われぬための配慮であろう。
そこまでして一揆衆に当てる戦力を温存せねばならぬとのお考えがうかがえた。長島では相当の苦戦をされておると見える。
「備前殿、おのしが伝手でこれを朝倉殿に伝えることは能うかや?」
「父上経由であらばなんとかできるでありましょう。あの騒動の折にはまだ畿内の情勢は定まっておらず、朝倉もここまで追い詰められてはおりませなんだ」
「うむ、今や越前の各地では一揆衆が幅を利かせておると聞き及ぶ。木の芽峠に援軍が来ないのもそこが原因であろうず」
「左様にございますな。さればまずは木の芽峠を抜く。さすれば話を聞く態度も見えてきましょう」
「仕方あるまいのん」
「一応降伏勧告は致しましょう。その上で降らぬとあれば叩き潰しても文句は出ますまい。そして降ってくるとなれば、殿からの書状がより効果を発揮しましょう」
「左様であるなん。おのしが伝手を頼って申し訳ないが、此度も頼んで良きかのん?」
「お任せあれ」
効果はすぐに出た。徹底抗戦を唱える山崎吉家はこちらに向けて打って出たが、千余りの手勢で平地に出ては唯の玉砕である。
先陣の浅井の兵に飲み込まれ、一人残らず討ち死にして果てた。朝倉の一門は山崎が戦っている間に退却し、木の芽峠に残った残りの将は降伏を受け入れた。
そして木の芽峠を越えた先に見えた光景は……そこかしこから火の手とみられる煙が立ち上る、無残な光景であった。
「なんじゃ、何が起きておるのじゃ……」
峠の稜線を越えて見えた光景に、降った朝倉の諸将は呆然と声を漏らす。
「一揆勢の焼き討ちであろう。あやつらに我ら武士の常識は通じぬでなん」
がくりと膝をついて呆然とする諸将にあえて厳しい叱咤をかけた。
「おのしらが一所を守るために、今は立つのじゃ! 呆然としている暇があったら立って戦え!」
「お、おう!」
峠を下ると、村を焼き払う一揆衆がいる。加賀では門徒宗同士の争いが続き、田畑は荒れ果て、わずかでも逆らった寺領より奪って糊口をしのいでおると聞く。
化け物のタコが自らの足を喰らうがごとき有様であった。
その矛先が今や越前全土に及んでいるということである。
「かかれい!」
越前衆を先陣に、血に酔った一揆衆を蹴散らしていく。幾度戦っても山野から湧き出るように現れる者どもに、味方の兵の目から光が失われていった。
「あやつらは根切りにするほかなし。極楽往生の本願を叶えてやるがよからあず」
普段は情に篤いと言われている儂の言葉に、小姓衆からは驚きの声が上がるが、長島の戦いに参加していた馬廻りからは賛同の声が上がった。
助けを求める村人は一向宗からの改宗を条件に援軍を送る。そうやって草むらに分け入るかのごとき状況で、周囲の一揆をなぎ倒しつつ軍を進めていった。
「なんたることじゃ……」
一乗谷の町は火炎を噴き上げ、今にも崩れ落ちそうになっていた。城館には無数の一揆衆が取り掛かり、攻め寄せている。
「越前衆、かかれい!」
儂の命に、自失から立ち直った彼らは槍先をそろえて突きかかる。
降ったとはいえ主君の危地には奮い立ち、一気呵成に一揆衆を打ち破っていく姿は見事であった。
「ここで手を抜くようなものが居れば改易でしたな」
「ふん、それは言わぬが花だでや」
「さて、我らも手柄を立てねば、越前衆に劣るとみなされますな」
長政は笑みを浮かべて本陣より退出していった。新たな喚声が起こり、搦手門付近で戦闘が始まる。
そもそも一揆衆は物見すら立てておらず、半ば奇襲となっていたためにこちらの攻撃には全く対処できていなかった。
搦手の戦闘は、正門で戦闘がおこったことによって脱出を図った城方と一揆衆の間に起きていた。
待ち構えていた一揆衆のただなかに突入することとなり、短いが熾烈な戦いのなか、増援となった浅井の攻撃で空いた穴を突っ切るようにして離脱に成功したが……当主の義景は流れ矢を受けて落馬し、討ち死にを遂げた。
また、義景をかばおうとした浅井の先代久政も、一揆衆に取り掛かられ十数本の槍に貫かれるという壮絶な死にざまとなった。
一乗谷を攻めていた一揆衆は加賀に向けて敗走し、主要な村落は焼き討ちを受けてほぼ壊滅と言う無残な有様となった。




