逆襲
勘解由小路にある武衛陣は、周囲の邸宅を解体し規模を大きく拡大していた。それとは別に将軍御所として二条の地に城を築き始めている。
管領たる斯波家が諸国に令を出し、人足を募った。背後にある織田家の膨大な経済力をいかんなくつぎ込み、急速に普請を進めている。
現地で奉行を勤めるのは、元は斯波家の被官でもあった丹羽五郎左長秀であった。
「藤吉郎のおかげで普請の人足を集めるのが楽でなん。助かるでや」
「もとはお殿様の慈悲なる心がけより出ておることでなん。働き口があることはよきことだで」
「しかし、また殿に資金の陳情をせねばなりませんな」
日々消費される物資と、建材の調達に東奔西走する明智十兵衛はぴしゃりと額を叩いてぼやく。
「最近では米云々の異名は藤吉郎に譲ろうかと考えておるでなん」
「されば木綿五郎左とでも名乗りますかの?」
「うむむ、何やらしっくりこぬものであるのん」
こうして忙しい職務の合間に顔を合わせてはぼやくのが彼らの習慣となっていた。
気候は一段と寒さを増し、師走の忙しさとはまた違ったせわしなさが洛中にあった。それはその年の政変によるものであった。
公家たちは、織田の軍勢が狼藉を働かぬことに胸をなでおろし、大規模な普請で流民たちを喰わせている織田の勢力に内心恐れを抱いている。
武衛陣の修築と、二条に建てる城は周辺の立ち退きを伴うものであった。
それによって住み慣れた家を移る羽目になった者もいて、己が不運を嘆くものもいたという。
ただの力ずくではなく、荘園の安堵であるとか補償の銭、さらには主上を巻き込んで洛中静謐のためとして綸旨を出させるなどして、硬軟織り交ぜた対応に抗えるものはおらず、信長が国本に戻った後もその家臣たちは見事に京周辺の情勢を安定させているので文句のつけようがなかった。
無論、所領安堵や補償は立ち退きに関わるものだけで、それ以外の者については、明智十兵衛による様々な調査によって不法に取得した所領の没収なども行われている。
「あの十兵衛と申す者はいつ寝ておるのか」
夜討ち朝駆けは武士の得意とするところであるが、休んでいるところを見たことがないと言われるほど洛中を駆け回る。
御所様が最も信頼する側近の細川與一郎藤孝と昵懇の間柄と言うこともあり、幕府との折衝を担当することも多かった。
「十兵衛殿、此度は折り入って話がありましてな」
「はっ、いかがなることにございまするや?」
「幕臣とならぬか?」
「……織田の家臣の立場を捨てることはできませぬが」
「ふむ、やはりそういわれるか。なれど名目は立ちまするぞ。足利将軍はすべての武士の頂点に立つお方なれば」
「なるほど。織田家中に人脈を作ることも目的でありましょうが」
「御所様は貴殿のことを気に入られておる。そこもご理解いただきたいものでありますなあ」
「一度、殿に確認を取ってからでも構いませぬか?」
「無論。将軍と言えどありていに言えば貴殿に禄を支払う余裕もない有様なのでな。弾正忠殿に歯向かえば、我らはひと月持たずに日干しであろうよ」
「與一郎殿、それはさすがに」
「無論、弾正忠殿がそのようなことをするとは思うておらぬ。ただ、昨日の味方は明日では敵となってもおかしくないではないか。我らは一蓮托生、日ノ本に平安と静謐をもたらしたいと思うておることはわかってくだされ」
「うむ、それは我が殿とて同じことでありましょう。されば早馬を仕立てます故、これにて」
「良き返事をお待ちしており申す」
洛中はよく治まり、斯波、すなわち織田の声望は日に日に上がっていった。少なくとも斯波の分国とその陣営に付く大名は勢力を伸ばしている。
天下を取れば次に起こるのは内輪もめ、そう見通していた三好陣営は当てが外れた形となる。
そして弱り目に祟り目と言うか、将軍として担いでいた足利義栄が病を発して間もなく死去した。
「織田に目に物を見せるのじゃ!」
斯波に都を追われ、管領の座を奪われた先の管領、細川晴元は阿波に逃れてきていた。
長慶が死去して混乱する家中を、もとは主君であった立場を利用してまとめることに成功した。
三好義継を当主に立て、三好長逸、篠原長房、安宅信康らをまとめ上げて戦力を糾合してのけた。
淡路に兵を集め、夜陰に紛れて堺に上陸し、大晦日の内に出陣して京へと迫ったのだ。
しかし彼らの進撃は大山崎の陣城によって阻まれた。
「げえっ! 明智十兵衛!」
夜陰に紛れて奇襲をかけようとした三好勢の前に桔梗紋の旗印が上がる。
一発の銃声が鳴り響くと、声を上げて叫んだ先手の侍大将が狙撃されて息絶える。
「幕府に仇なす謀反人どもよ、一人も生きて返すな!」
将軍義輝が佩刀の鬼丸国綱を抜き放って気勢を上げる。
「頼みますから陣頭に立つのはおやめくだされ!」
「ええい、主君自ら先頭に立たねば兵どもの士気が上がらんであろうが」
「時と場合を考えろこの大タワケが!」
細川與一郎がブチ切れて軍扇で義輝の後頭部をシバキ倒す。
「ぐぬう」
戦闘直前に、名目上とはいえ総大将が沈む椿事にも関わらず、そのやり取りを見慣れている織田勢には動揺はなく、むしろ何やら芝居を見せられているような有様に三好勢が唖然とした。
「いまでや、かかれ、かかれえええええええい!」
尾張衆の精兵たちはあっけにとられる三好の兵を文字通り蹂躙した。三好政康が討ち死にし、殿に立った篠原長房も討たれた。
剛力無双で知られる七條兼仲という武者がいた。斬馬刀と呼ばれる長大な刀を振り回して荒れ狂ったが、明智十兵衛の鉄砲の前に倒れる。
敗因は簡単なことであった。そもそも彼らは織田の備えを一切察知できなかったのだ。
情報を探るべく放たれた細作たちは捕らわれるか討たれ、または寝返った。
そして織田の兵は京の暮らしに規律が緩み、我が世の春を謳歌しているとの誤った情報がもたらされていた。
そして、彼らの前に唐突に現れた城壁を見て思考停止してしまった。あとは袋のネズミとなった軍はもろい。一気呵成に瀬戸内海に追い落とされたのである。
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