木下衆
墨俣より南下し、蟹江の城に入る。長島と境を接するこの地に六千余りの兵が入ったことで、緊迫した雰囲気を醸し出す。
願証寺とは不戦の約定が結ばれており、商人との行き来もある状態となっているが、石山の本山は三好と盟を結んでいるため油断ならない。
「なんじゃこりゃあ……」
蟹江の城にはうずたかく物資が積まれていた。
「おう、兄者。とりあえず万の兵を養える物資を集めていおいたがや」
小一郎の言葉に藤吉郎は普段の騒がしさは鳴りを潜めてぽかんとしている。
「お、おう。ようやってくれたぞ」
「なんじゃ、兄者は大将にあらあず。もっと胸を張れ!」
「う、うむ。役目大儀なり。殊勝でや」
顔つきを改めて、おそらく殿の言い回しをまねたのであろうが、落ち着かない雰囲気で台無しである。
「兄者はもっと貫目を身に着けてもらわねばなるまいのん」
「余計なお世話じゃ」
兄弟のやり取りに兵たちが笑いを漏らす。
「木下殿、川並衆を率いて参ったでや」
蜂須賀小六は、今回の遠征に参じる際に、織田家に正式に仕官した。これまでは協力関係にあったような付かず離れずの関係であったが、織田の勢力が濃尾両国に至るのを見て、機をはかっていたようである。
「おお、小六どん。よう来てくださったでなん」
普段は朋輩のような口をきいていたはずの小六の慇懃さに少し驚きつつも藤吉郎は普段通りの言葉を使う。
「はっ、稲葉山のお殿様よりご下命をいただいておりますでなん。我ら川筋の一党、木下殿の与力として付けられましたわなも」
その言葉に藤吉郎は驚きの表情を浮かべる。
「なんとしたことじゃ! 儂は小六どんを下に使うような器量も持っておらんでのん」
「なに、儂らも納得してのことだわ。我らが大将は木下殿を置いてなしと思うておったでなん。臣従の条件にも付けさせてもらったでのん」
小六の背後にいた前野、坪内らの面々も笑みを浮かべて頷く。
「我らに縁の深き大将と言えば、そこな権六様もおられるが、ご家中には綺羅星のごとく武辺者がおらるる。我らが割り込むべき隙間はすでになかろうが」
「いかさま、左様であらあず。さればこれより手柄を立てられる木下殿の下に付き、共に身を立てるがかしこき身の振り方と言うものであらあず」
川並の野武士たちは、巾着の底をはたいて美々しき具足をしつらえたと口々に言いあっていた。
「木下殿は成り上がりものと言われようが、儂らも似たような出自あやしきものにてなん。麾下の兵がみすぼらしき有様では恥をかかせるでのう」
「おのしら、あとでかかった銭は儂に回すがよからあず。必ず手柄立ててお殿様より褒美をもらってくるだわ」
藤吉郎は普段の笑みを浮かべつつ告げた。その言葉に兵たちが沸く。
「うむ、おのしらが武辺と手柄は柴田権六も見届けるでや。心置きなくいくさするがよからあず」
「おう!」
「鬼柴田の前で恥ずかしきいくさはできんがのん」
「木下衆の初陣でや!」
兵は意気上がり、気勢が上がる。小一郎が兵たちを陣屋に案内すると、御貸し具足と槍、などが兵たちに配られた。
それによって軍勢としての意義を整えると、整然と並んでいく。
「よいか、我らはこれより伊勢に打って出る。御所様にまつろわぬ六角どもを討ち、上洛の道を開くでや。それに伴って言い渡すことがある故よく聞け」
「「おう!」」
「乱暴狼藉は許されぬ。手柄に応じた褒美と扶持を約束する故、そこをわきまえよ! 一銭斬りの掟を忘れるでないぞ!」
「「おう!」」
「よっしゃあ! 我らが武辺を見せつけて天下に名乗りを上げるでや! 出陣!」
「「えい、えい、おおおおおおおおおおおおおう!!」」
藤吉郎はひらりと馬にまたがろうとして、勢い余って反対側に落ちた。
「う、うむ、こりゃいかん」
その有様に、どっと笑いが沸き起こる。儂の隣に控えていた利家は立っておられず、息が続かなくなるまで笑い転げた。
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滝川彦右衛門は東より大軍が迫っていると聞いてあわてて物見やぐらにあがった。すわ、願証寺が兵を挙げたかときりきりと痛む胃を押さえつつ人馬の群れを見る。
「お味方でや! 五つ木瓜の旗が上がっておるで!」
「ひょうたんの旗印とは、はて?」
「む、あれなるは二つ雁金! 鬼柴田が来てくれたぞ!」
城壁や矢倉の上で、滝川衆の兵どもが口々に言いあう。
「しかし、なんという人数じゃ。ざっと見て四千はおるか?」
「いや、五千はおろうが」
桑名の城に在番する兵の数は一千ほど。そこに織田に従っている土豪たちをかき集めて二千五百ほどの兵を動かすことができる。
亀山の城に拠る関の手勢が三千ほどであるので、何とか対抗でき、鉄砲隊の火力で何とか補っている。
長野は北畠に半ば降っている。北伊勢四十八家は真っ二つに割れた。
そしてそこに、織田の旗幟を掲げる大軍勢が現れた。
「殿は伊勢の攻略を儂にお任せくだされたはずであったがなん。柴田殿をよこして儂はお役御免か……?」
一益の胃に新たな痛みが走る。いっそ関に寝返ってしまうか、などと不穏な感情が浮かび上がるが、軍勢の先頭集団に、能天気に笑みを浮かべ、手を振る藤吉郎の姿を見て思わず叫んだ。
「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああああ!」
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