大将の資質
「小一郎、えらいお役目を引き受けてしもうたでや」
「何事でや、兄者」
「それがなん……」
「ふむ、わかったでなん。さればここに集めた兵糧と矢玉を蟹江に送ろうず」
「ふぇっ!?」
落ち着き払って答える小一郎に藤吉郎は驚きの声を上げる。
「兄者は奉行で終わるわけがなかろうず。さあさあ、まずはあちらで兵を募ってくるでや。小六殿の所には儂が使いを出すでなん」
「お、おう。わかったでや。しかし二千もの人数が集まるかのう……」
「心配いらぬ。兄者に世話になった者は数え切れぬからのん」
兄弟のやり取りは何やら兄と弟が逆のようであった。普段のふるまいを見ていても、藤吉郎は騒がしくにぎやかで、小一郎は穏やかで落ち着いている。
そして共通しているのは、こやつらはとても頭の回転が速く、利口であることだ。
参陣を望んでやってきたが、締め切られたあとで管を巻いている男どもがそこらにいた。
場合によっては不満から騒ぎを起こすこともありうると、何らかの役目を与えねばならぬと報告が上がってきている。
藤吉郎はたどたどしい手付きで高札を書き上げ、広場に立てた。
曰く、殿の命で伊勢遠征の兵を募集する。大将は木下藤吉郎。今回は陣借り(臨時雇い)であるが手柄次第によっては召し抱える。
募集する数は二千。参陣してくれるものは墨俣の砦に集まるように。
「ふむ、いかほどの人数が集まるかのん」
「藤吉郎のことである故、二千は問題ないでや。問題は……」
藤吉郎と仲の良い利家が難しい顔をしている。
「二千は集まるかや、となれば織田の重臣ほどの力を持つこととなるぞ?」
「確かに藤吉郎は下賤の身から成り上がった故、家格とかはありませぬがの。出自が怪しきものなどいくらでもおりますでなん。それに、出自は問わぬ、才を示せと大殿自ら振れを出しておるでや」
「それは確かにそうでなん」
「藤吉郎の最もすごいところは、人に好かれるところでなん。見かけは風采上がらぬ小男であるが、あ奴を慕うものは多くおるで」
「ふむ。されば殿の抜擢もわかると言うものでなん」
「……儂は武辺を誇るが、率いて動かせる人数は良いところ千であらあず。藤吉郎ならば万の衆を動かしてしまうでや」
利家は世辞を言うような性質ではない。であれば、この言葉はこやつが本当に感じていることなのであろう。
そして、高札に記された日。街の辻で管を巻いていた男どもがきれいさっぱりと消えた。
日雇いの人足を探していた商人どもが泡を喰うほどであった。
「は? え?」
墨俣の砦には入りきれないほどの人数が集まっていた。もともと千ほど入ればいいほどの規模で、身動きが取れなくなって戦うことを考えなければ二千は収容できる。
集った人数を見て藤吉郎がポカーンとしている。
「木下殿に助けられた恩、返すは今でや」
「うむ。かの大徳の仁に従えば立身も望みはあるでなん」
「そもそも織田の大殿のお気に入りで小者から抜擢されているからのう」
いくさ場での普請や輸送を行うとき、臨時雇いの人間を多く扱うこととなる。臨時雇いと言えば扱いがひどく、約束が守られないことも多い。それでも働いている間の食事だけでもとすがるように応募するものがいた。
話を聞くと藤吉郎は彼らに対し特に何かをしたわけではない。ただ、約束された給金をしっかりと支払い、時には声をかけ、時には手助けをした。
「儂が胡乱なる振る舞いをすれば、お殿様の名に傷がつく」
これは藤吉郎の口癖のようになっていた。それゆえ、人足どもの給金を巻き上げた者を通報し、胡乱な振る舞いを許さなかった。
そして働きの良いものを見だしては推薦状を書いていた。
仕官かなった者は藤吉郎に感謝する。しかし、殿に引き立ててもらった恩を返しているだけだと、一切の返礼を受けなかった。
そうしたうわさを聞き、実際に藤吉郎のもとで働いたことがあった者たちがここに集まったのである。
「あちゃあ、やはりこうなったかや……」
利家は苦笑いを浮かべる。
「見事なるものでなん。儂でもこうはいかぬでや」
「親父殿の武辺についてこられるつわものはそうおらぬでや」
胸を張る利家の顔はすでに儂より高いところにある。こやつもいずれ独り立ちさせねばなるまい。そう考えると、少し寂しい気がした。
「おい、おのしら正気かや!? 儂はお殿様にお小人から取り立てていただいただけにすぎぬ。家柄も武辺も何もないでや。そんで、これから行くのはいくさ場であらあず。普請や荷物運びではないのだぞ!?」
「そんなもんわかっとるがや。儂は木下殿に救われたでなん。三河のいくさのおりにもらった給金で嫁と子供を飢えさせずに済んだでや」
「さようでや。しっかりと約束通りに給金を払ってもらえる雇い主はそうおらんでなん。それにじゃ、お小人上がりになれる者がどれだけおるかや。ほとんどの者はお小人のまま死ぬでなん」
「うむ、木下殿はこれよりもっと出世するであろうが。なれば今の内から随身しておこぼれにあずかろうず!」
冗談めかした言葉にどっと笑いが巻き起こる。
「いくさ場で死ぬかもしれんぞ?」
「ただ普通に過ごして居っても死ぬときは死ぬでなん。なれば受けた恩を返して、藤吉郎殿の盾となって死ぬが本望でや」
「おう! もし儂が死んだら田舎の親に給金をやってくりゃれ」
集った者どもは笑った顔そのままに死んでも構わぬと言いあう。その有様に藤吉郎は呆然としていた。
「藤吉郎。あ奴らを受け入れてやれ。儂はのん、引き立ててもらったあるじのために死を賭して働こうと思うておる。お前はどうじゃ?」
「はっ! お殿様に引き立てていただいたこの身はお殿様のために朽ち果てても構いませぬ」
「そういうことであろうが。けなげなる者どもであろうが」
ポンと肩をたたくと、その身体は嗚咽をこらえて震えていた。
後日、この話を聞いた殿は大笑いして、藤吉郎の働きをほめたたえた。
数日後、小一郎の頼みによってやってきた川並衆の軍勢と共に、北伊勢へと出陣した。その数は木下勢四千、荷駄隊千。柴田衆千の総勢六千であった。
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