将軍動座
瀬田の戦いののち、山岡景隆殿より手配していただいた船に乗って琵琶湖に漕ぎ出した。
「木下と申したか、そちの仕掛けは見事であったるぞ」
「いえ、儂は細川様の下知に従って動いただけにございまする」
「左様か? 與一郎よ」
「確かに采は振るいましたが……あれほどの人数を集めたのは木下殿の手柄にございましょう。御所にいた兵だけでは無駄にすりつぶされて終わったと思われまするに」
「さればそちら二人の武功にあるな。弾正忠よ、今儂は素寒貧でな、すまんが木下だけでも褒美をやってくれい」
御所様は豪放なお人柄にあらせられる。少なくとも家柄としては下人に等しい藤吉郎を、歴々の侍と同列において賞しておられる。
その様を見て、武衛様と殿は楽し気に笑みを交わす。
「御所様、織田の神輿はなかなかに良き座り心地にございまするぞ」
「左様か。武衛が言うなら間違いはなかろう」
「武衛の権威をうまく用いて尾張を治めましたでなん」
「うむ、うわさは聞き及んでおるぞ。殷賑を極めた那古野の町を見るが楽しみでな」
何やらおかしなことを言われたことに気づいた。尾張の街並みを見たい?
「御所様は朽木谷に行かれるのでは?」
「そう思うておったのだがな。武衛の勧めもある故、美濃に動座することとした。尊氏公も九州まで逃れて再起しておる。儂が尾張に逃れたとてそしられる筋合いはないと思わぬか?」
細川與一郎殿が額に手をやりこめかみを揉み解している姿が目に入った。この御仁も苦労されておるようだ。
「六角には山岡経由で話がついておる……はずじゃったがのう?」
行く手に見える佐和山城には物々しい雰囲気が漂っていた。
「権六、どう見る?」
「六角が敵に回ったと考えておくべきかと勘考いたしまする」
「こちらの兵は二百か。突破できるかや?」
「佐和山に集まっている人数次第でありまするな」
「むう、権六よ。そこは儂が武辺であの程度の敵は蹴散らして見せるとかいえんかや?」
「それで死ぬのが儂だけならばいくらでも大言いたしますがのん。御所様と武衛様がおられるゆえ、現実を申し上げておりますでや」
「ふむ、何とかならぬものかのん……うむ?」
岸に近づくと、佐和山を攻める軍勢が見えた。
「殿、あれなるは浅井の手にございますで」
「であるな。ほう、あの武者、良き働きをしておるではないか」
先陣に立った若武者が采を振るうと、浅井最強の先駆け、磯野丹波率いる武者が駆けだす。
その勢いはすさまじく、六角の兵がみるみる斬り裂かれていく。
「権六、彼の武者、どう見る?」
「ふむ、見事なる武辺にございますな」
「勝てるか?」
「久六に守りの陣を敷かせ、利家が横合いから突けばなんとでもなりましょうな。ただし、久六は命がけとなりまするが」
「それほどか。六角の跡継ぎは武略に長けておると聞いたが、彼の武者がおるならば勝負はわからぬでなん」
佐和山に後ろ巻きの人数が来ると、さっと兵を退いた。
「あの武者は浅井賢政であろう。武辺のうわさは聞いておった」
御所様がそのものの名を告げる。
「ほう、あれほどの武者。味方に付けたいものだで」
このいくさは賢政が初陣として佐和山に奇襲をかけたものと聞こえてきた。数えで十六の若武者に、六角はいいようにしてやられたわけである。
「うむ、六角はどうも内輪もめでもしておるようであるな。本来であれば佐和山ほどの要の城に、後ろ巻きの人数はあれでは少なかろう」
「左様にございまするな。ただ、浅井もそれほどの人数はおらぬようにて、ただいつもの小競り合いと言うには情勢が傾き過ぎましたなん」
「であるな。六角側が侮ったのもあるであろうがのん。六角があの体たらくであるならば、北伊勢への大物見を右衛門に命ずるが良きか……」
城を攻めたわけではないので、佐和山城自体はそのままの状態であったが、やはり誰何が厳しかった。武衛様が名乗ったことで事なきを得たが、武衛様の名前が使えなかったならば、危うき場面はいくつもあった。
佐和山より北東に向かい、伊吹山のふもとを抜けようとしたところ、浅井の軍兵が現れた。
「そこなるは、斯波武衛様のご一行にございまするか。それがしは浅井備前賢政と申しまする」
「おう、先ほどは見事なるいくさぶりであったるなん。して、儂に何用でや?」
「実は……織田弾正忠様にお会いしたく」
「ほう? 弾正忠は我が家臣であるが、そなたと何のえにしがあったかなん?」
「その、数々の武勇伝を聞き及び、あやかりたいと」
ぶはっと殿が吹き出した。そして大笑いしながら武衛様の隣に馬を進める。
「我にあやかりたいと申してか。良き心がけ、殊勝であらあず」
「ま、まさか……弾正忠殿にござるか!」
「うむ、織田弾正忠信長である」
「もしや、お隣に控えておられるは、赤鬼柴田の権六殿にて!?」
儂を見て目をキラキラと輝かせておる。
「お初にお目にかかる。柴田権六と申す」
すると、背後に控えていた武者が凄まじい勢いで走ってきた。
「拙者磯野丹波員昌と申す! 柴田殿の武勇は常々聞き及んでおり、是非にでもあやかりたく!」
背後に控えていた兵どもは徳利片手に近寄ってきた。そのままなし崩しに宴会が始まる。
そのまま酒盛りがなし崩しに始まり、大笑いしながら酒を酌み交わす。先ほど六角の兵を追い散らしていたつわものとは思えぬほどに気さくな者どもであった。
無論、兵の半数は仕物に備えて油断はしていない。その様を見て取ってうんうんと頷く浅井備前はよほど胆が据わっておるのか、大物の風格を漂わせる。
しかし、さすがに御所様が現れたときはたまげた様子で平伏していた。
「浅井備前よ。儂が京へ兵を進める時はそなたも共に歩んでくれぬか? 儂は今素寒貧故、褒美の先渡しをして進ぜよう程に」
「は、ははっ!」
「そなた、弾正忠にあやかりたいというておったでな。弾正忠、その方の名を借りるぞ?」
「はっ」
「浅井備前守長政と今後は名乗るがよかろう」
「は、ははーーー!」
賢政改め、長政は平伏しつつ肩を震わせる。
「ふむ、されば今は手元不如意であるが、後日正式な使者をつかわそうほどに」
いいのか? こんな野原のど真ん中で宴会をはじめ、さらには同盟の話が出ておる。
しかし、あれほどの武威を示した浅井を敵に回すのは得策ではない。となれば、これも殿の天運かも知れぬ。
そう願うと、まん丸な月に盃のを掲げ、その中の白湯を飲み干した。
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