織田の世直し
御所様の近習まではそれなりの武者がそろっておったが、その下の兵がたるみ過ぎている。
天下の将軍を守るはずの兵がこの有様である。
「うむむ、この体たらくでは京の街並みが荒れるわけであるなん」
殿が嘆息しながら言い放つと、ここまでぶったるんだ兵どもとは思えぬ勢いで顔を真っ赤にしてきた。
「わりゃ何様じゃ! わしゃあ御所様の近侍であるぞ!」
わめきたてる兵を相手に平然と……せずに更なる大声で殿が怒鳴り返す。
「であるならそれらしき振舞をするがや! 昼間っから酒を喰らい博打をしておるなど、そこらの野武士の方がよっぽど油断なき振舞でや!」
「ふん、御所様に歯向かうような謀反者はおるわけもなし」
「ほう、嘉吉の乱を思い出してみるがよいぞ。将軍が謀反で討たれた前例があるがや。その程度の浅い言い訳で御所様の近侍を名乗るなど言語道断にてあらあず」
殿の舌鋒はとどまるところを知らぬ。そして図星を突かれた酔っ払いは刀を抜くと殿に斬りかかった。
「生意気な!」
「ふん!」
稽古で使うタンポ槍を振るう。振りかぶった刀を弾き飛ばすと、なまくらであったのか、簡単に折れ飛んだ。
「いい度胸だがや。この柴田権六の前で殿に刃を向けるとはなん」
手が見えぬほどの速さで振るわれた槍は、こやつらに恐れを抱かせた。しかし、見も知らぬ田舎者に舐められたと思ったか、三十人ほどが抜刀し、こちらを取り囲もうと身構える。
「殿?」
ただ斬られるわけには行かないが、御所様の兵を叩きのめしては何か障りが出るやもしれず、念のため問いかける。
「やれ」
返答は明白であった。吊り上がった眦に刃のような眼光をひらめかせ、いつものように一言だけ返される。
「御意」
儂が目配せをすると、待ってましたとばかりに利家がタンポ槍を手に前に出た。
「尾張美濃に知らぬものとてない又左が槍、冥土の土産にいたすがよからあず」
歩き出しざまに槍を突き出すと、またたく間に三人がはじけ飛んだ。
「ぐぎゃあ!」「ぐはっ!」「ひでぶ!?」
「遅い!」
扇の要の位置にいた者が叩き伏せられ、左右に分断された。その隙を逃さず利家の脇から佐脇藤八と村井又兵衛が躍り出て手槍の長さに合わせた棍棒を振るう。
胴を突かれ、脛を払われ、籠手を打たれてへたり込む。
利家主従はたちまちのうちに真っ向から三〇人の兵を打ち据えた。
「うむ、見事でや」
「又左の槍、見事なり」
この手際に御所様が複雑な表情を浮かべていた。
「儂もこれほどの武辺者を召し抱えたいものであるな」
「こやつらは儂の馬廻りの中でも最も腕利きにございますれば」
「ほう。又左と申したか。見事なる手際じゃ」
御所様に声をかけられても、普段武衛様の護衛を勤めることもある又左は落ち着き払って返答する。
「前田又左衛門利家にございまする。こちらは弟の佐脇藤八、こやつは家来の村井又兵衛にございまする」
「そなたらに頼むとしよう。このすくたれ者どもをいっぱしの武者に叩きなおしてくれぬか?」
「はっ! かしこまってございまする」
利家は良い笑顔で答えた。最近新入りの兵は利家らに任せることが多い。
「殿?」
「よからあず」
殿もすごく楽しそうであった。田舎者呼ばわりがよほど腹に据えかねたのであろうか?
しかし、都と言おうが京の荒れ方はひどいもので、主上もさぞお心を痛めておられるに違いなし。
こやつらを鍛えなおし、京の治安が良くなれば主上の御心を安んじることができると思えば、多少はやりがいがあるものであると思えた。
「藤吉郎、この銭を預ける。まずは流民に炊き出しをするでや。そして働けるものを集めて町の掃除をせよ」
「かしこまってございまするに。平手様の伝手を使うてよろしいでしょうかのん?」
「うむ。郊外の住職がおらぬ寺があったでなん。そこの墓地を借り受け、無縁仏ではあるが彼の者どもを供養してやらあず」
「それは良きことにございますでなん。さればすぐにでも取り掛かりまするで」
「うむ」
藤吉郎は平手様が先年上洛した時の伝手でいくつかの公家を訪ねた。また商家に話を通し、美濃から運び込んだ雑穀を中心とした食料を河原に準備する。
続々と運び込まれる俵を見て、餓鬼のようにやせ細った流民たちが集まってきた。
「尾張と美濃の太守、斯波武衛様とその一の家臣、織田尾張守様の炊き出しじゃ!」
「主上と公方様の思し召しである。ありがたくいただくがよいぞ!」
親を失った子供らもいて、藤吉郎は自らの境遇と重ね合わせたか、涙を浮かべてその姿を見守る。
「藤吉郎よ。銭はまだあるかのん?」
「はっ、御所様の名前を出しまして、商人どもからも雑穀を出させましたゆえ」
こやつの交渉力は見事で、渡した銭はまだ半分ほども残っていた。
「寺に銭を預けて子供の世話をさせるがよからあず。殿のお許しも出ておるでや。望む者には尾張にて仕事を与えるとも言え。その者共は藤吉郎に任す故、責任もって世話をするでや」
「は、ははっ!」
その一言に藤吉郎が炊き出しの人の群れに駆けこんで行った。
「殿、ありがとうございまする」
小一郎が儂に礼を言ってきた。
「ん? 何のことでや? 儂は殿のお言葉を伝えただけでや」
「大殿に兄者の様子を伝えてくださったがや。誠にありがたきことにて」
そう告げると小一郎は藤吉郎が集めた子供たちにふるまう粥を用意しに大鍋へと向かっていった。
同時に下京で尾張、美濃の精兵が十人ほどで隊伍を組み、不審者や牢人たちを捕えて回っていた。乱暴狼藉を働くものは、問答無用で切り捨てられる。
御所様が懸念の牢人衆も、利家率いる一隊によって壊滅させられた。その隊の中には、室町御所の兵が加わっており、御所様の武名も高めることとなった。
この働きで五つ木瓜の旗印は京の住民から歓呼を持って迎えられた。
「古くは木曽の乱暴に苦しんだが、斯波と織田はそのようなことはなさそうだのん」
「うむ、主上の御威光をよくわかっておる。三好のやつばらを追い払ってくれぬかのう?」
そのようなうわさが広まるにつれ、京周辺は不穏の度を増していく。
そしてある日、殿が張り巡らせていた物見が重大な情報を持ち帰った。
四国より三好の兵二万が堺に上陸、芥川に集結しつつあり。
背後では六角が瀬田の橋周辺に兵を集めているとの報が入る。
京でこれらの兵がいくさとなった場合、我らのわずかな人数では何もできぬ。そんな中、御所様が武衛陣に細川與一郎のみを伴ってやってきた。
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