内訌
誤字報告ありがとうございます。
美濃が割れた。もともと火種はあったが、些細なきっかけで大事になることはよくあることではある。
「安藤伊賀と不破河内の二人か。まあ、ありえるでなん」
道三殿は表情一つ変えずに答える。
清須の評定の間で、重臣一同が呼び集められていた中、もっとも事態に詳しい人物が罠ではないと断言した。
偽降によっておびき寄せられたあげく全滅と言った話はよくあるとは言わぬが、たまにある。
「不破は儂が引き立てた。安藤は……まあ風見鶏じゃのう。今川とのいくさに勝ったことを聞きつけたにてあらあず」
「であるか、では方策はいかがいたす?」
「東西に敵を向かうるは得策ではないと思うがのん」
大殿は安全策を言い出した。
「儂が出張ると話がこじれそうじゃ。無論助言はさせてもらおうず」
喜六様は不破、安藤から来た書状を眺めている。この二人は代表して名前が記されており、その寄子となる土豪らの名前を読み上げていた。
「ふむ」
「どうなされたので?」
「いや、なかなかに面白いことになってきたと思いましてね」
じっと書状を見て考え込む姿に、いつのまにか周囲の視線が集まっていた。
「喜六よ、何か存念があらあず?」
「ああ、兄上。そこまで大げさなものではないのですが、いくつか」
「申すがよからあず」
「はい。まず西美濃を押さえるにあたり、背後の勢力を押さえる必要があります。北近江の浅井、飛騨の三木、信濃の木曽、辺りとはよしみを通じておきましょう」
「義龍も同じことを考えておるであろうな」
「でしょうね。三木は斎藤から姫が嫁いでおりますので、まあよくて中立かなと。木曽は背後の武田とよしみを」
「うむ、浅井は……やっかいだでなん。背後に朝倉がおる」
朝倉の名前が出た途端、武衛様が苦々しい表情を浮かべた。
「儂が祖父の代の因縁であるがなん。いっそ水に流すというか?」
「向こうが詫び言を言うてくればそれもありでしょうがのん」
「立場上、こちらからは言えぬか」
「……儂もさんざん朝倉とはやりおうた手前、伝手も難しき仕儀にございまする」
武衛様、大殿、道三殿の三人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「不破殿に浅井との仲介をしていただきましょう。境目を守る者同士、伝手がありましょう」
「なるほどの。少なくとも不可侵にさえできればよい。浅井を味方につけて佐々木と噛み合ってもらうでなん」
道三殿が感心したようにうなずく。
近江守護の座は京極家と佐々木氏を祖とする六角家の間で争いが続いていた。京極家は浅井に敗れ、事実上の傀儡となっている。北近江を支配するための名分と言うわけだ。どこかで聞いたような話である。
「このままと言うわけには行くまいでや。いざいくさとなったならばいかがする?」
「しかるべき大将を出陣させねばなるまいの」
殿の問いに、武衛様がこちらを見て言い出した。わし?
「貫目で言うならば権六でありますの」
武衛様の言葉に大殿は儂の名前を言い出した。
「ちょうどいいね。権六もそろそろ大将としてのふるまいを身に着けるべきだよ」
喜六様がにっこりを笑顔を浮かべてそう言い放った。
「や、お待ちくだされ。儂は槍を振るうしか能のない猪武者にござりまするゆえ」
「大丈夫、権六ならできる」
喜六様にきっぱりと言い切られてしまった。
「ふむ、権六の采、見せてもらおうず」
何とも恐れ多きことになってしまった。
「権六よ、美濃表にて変事ある時は儂の名代として出陣を命じるでや」
だめ押しのごとく、武衛様の命が出てしまった。これはもうどうしようもない。
与力として佐久間半介を借り受けた。他馬廻り衆より数名が麾下に入る。
「塙九郎左衛門直政と申しまする」
「おお、貴殿が」
「はっ」
「武辺だけでなく、政務にも通じておられるとか聞こえておるだわ」
「いえいえ、妹が女だてらに書を好んでおりまして」
「ふむ。それは良いことではないかのん?」
「はっ、それが縁となりまして、お殿様と……」
「おう。めでたきことにてあらあず。なれば手柄を立てねばなん」
ニヤリと笑みを浮かべる塙九郎殿は、ギラリとした目線でこちらを見てきた。
「川尻殿と共に鉄砲衆を任されておりまする」
「ふむ、なれば十兵衛と談じるがよからあず」
「ほう、彼の鉄砲狂い殿とは」
儂の背後に控えていた十兵衛と塙九郎殿が語りだす。
「国友より取り寄せた新型にござる」「なんですと! くっ、拙者の禄では高嶺の花にて……」「ふふふ、殿の馬廻りの禄は良いですぞ?」「うぬ、稽古を減らすか……しかし……むむむ」
十兵衛の鉄砲狂いはなまなかのものでなく、入った銭は右から左に弾代に消えていく。末森の武者長屋であれば朝晩の飯が出る故に、そこから出る気配もない。
そろそろ嫁でも貰ってはと喜六様に勧められても、「儂の嫁はこの国友筒にござる」と言い放ったとか、もはや伝説になっておるくらいだ。
道三殿と殿がひそひそと話し込んでいる。何やら悪だくみをしているのだろうが、顔が親子のようにそっくりであった。
ちなみに実の親である大殿も同じような表情を浮かべている。
「やれやれ、とまれ支度はせねばのう」
控えの間で待っている木下兄弟に陣触れを命じると、一度所領に戻った。
「今帰った……うえ!?」
館に戻ったとき、市が出迎えてこぬのでそのまま奥にあがると……、女中が血相を変えて駆けてくる。
案内に従って中庭に行くと具足を身にまとい、弓の弦を引いて具合を確かめる市の姿を見て変な声が出た。
「ああ、殿。ご陣触れにございますかや」
「うむ、してその姿はいったいなんでや?」
「ええ、わっちもお供しまする」
「まてええええええええええええええええい!」
思わず大声が出た。襖がびりびりと震えるほどの大音声に、けろりとした顔で市は応じる。
「そのような大きな声おを出してはなりませぬわな。ややこが驚きまする」
「お、おう、すまぬ。じゃなくて! そなたは留守を守ってもらわねばならんでや」
「おことわりいたしまする」
「うむ、分別致せ……ってうおい!」
「こればかりは聞き分けいたしませぬ」
「危険が危ないでや!」
「わかっておりまするに。そもそも女武者がいないわけでもありますまいが」
「う、うむ」
「わっちは殿の背中に隠れるのではなく、横に立って歩みたいのですわな」
「よしわかった。なれどそれは子を産んでからにしてくれまいか?」
「む、殿はいつの間にやら頭が回るようになりましたわなも」
不満げな表情はそのままであったが、ひとまず聞き分けてくれたようだ。弓から弦を外している。
「約束です、必ず無事におかえりあそばして頂戴あそばせ」
「儂が帰る場所はそなたがおる場所だけでや」
「殿!」
女中や小姓たちがやれやれと言った顔でこちらを見ていた。余計なお世話じゃ。
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