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若気の至り

認めたくないものですな。我の若さゆえの過ちとやらは

 殿に呼ばれて清須の城を訪ねると、書斎にて村井貞勝殿に漢籍の講義を受けているところであった。

 

「おう、権六」

「はっ、お呼びにござりまするか」

「うむ。三河表のことでなん」

「はっ」

 上之郷の城を攻めるにあたりの段取りについての話であった。といっても基本は松平衆が攻め手である。後方支援の相談が主な内容で、政務を取り仕切る村井殿が同席したのもそれゆえだった。


「おお、柴田殿」

「平手様にはご機嫌麗しく」

「はは、この年になってみると様々にわかるでや。もう若くないとなん」

 平手様は一人の赤子を抱きかかえている。先日御台所様である蝶姫が産み落とした殿の嫡子である。


 その子が生まれたときもひと騒動あったことを思い出した。


「奇妙な顔だがや。この子の名前は奇妙丸といたす」

 その赤子は産湯を使ってすぐにお包みにまかれて殿が抱き上げ、そうおっしゃられた。直後しゅるっと御台所様が立ち上がり、殿の首に腕が巻き付いている。

「殿?」

「うむ、ようやったでや。でかしたぞ!」

「殿?」

「ああ、うむ。この子は可愛いでなん」

「と・の?」

「儂が幼名をこの子に付けるでなん」

「されば吉法師と」

「うむ」

 こくりと頷くとそのまま蝶姫は崩れ落ちた。

「であえ、であええええええい!」

 がばっと蝶姫を抱き上げ大慌てで薬師を呼ぶ。疲れ果てて眠っているだけと聞いてへたり込んだ殿は立派に尻に敷かれているのがよくわかった。

 ん? 儂? 市がそばにいるのであれば儂の立場などどうでもよい、そう思わぬか? 


「しかし、あの若が立派におなりになって……」

 手拭いで目元をぬぐう姿は周囲の家臣たちのもらい泣きを誘う。

「やかましいでや!」

 そこに孫の顔を見に来た大殿と道三様が通りかかる。この二人はなぜか馬が合うようで、常に一緒にいることが多い。


「うむ、三郎が元服した日のことを思い出すでなん」

 そのころは儂は唯の庄屋の跡継ぎでしかなく、このような方々の前に出ることなど思いもよらなかった。

「や、やめぬか!」

 殿が珍しく慌てた風情で大殿につかみかかる。

「ほう、それは興味深いですわな。わっちにも聞かせてたもれ」

 子を産んでからさらに美しさに磨きがかかったと評判の蝶姫である。

「ぐぬ!? いや、そなたに聞かせるほどの話ではないでや」

「うふふ、わっちは好いた殿方のことならば何でも知りたいと思うのですわなも」

 笑みを浮かべる姫を見て、周囲の小姓衆が顔を赤くしてうつむく。ちなみに殿も耳まで真っ赤にしていた。

 そのままスッと懐に入るとギュッとしがみつく。その意図は……殿を身動きとれぬように固める事であった。

「ぐ、ぐぬう!?」

 無論殿のお力なら振りほどく事はたやすいであろう。しかし、手荒な真似はできるんと固まっておられる。


「ありゃあこやつが元服するときでなん。ぶふっ! 思い出すと今でも笑えてくるがや」

 平手様の方を見ると、うつむいたまま肩を震わせている。

「親父!」

「もう、殿、お静かになされませ」

 蝶姫はそのまま殿の首筋に顔をうずめる。耳どころか首筋まで真っ赤にしている殿を見て背後で小姓どもが「爆発しろ」「くっそ、くっそおおおおおおおお」「おれ、次のいくさで手柄立てて嫁を貰うんだ」などとつぶやいていた。

 儂は大殿に目配せをすると、口元を押さえて吹き出しているがこくりと頷いた。

 おそらく何らかの形で見合いが行われるであろう。もともと小姓衆は殿が拾ってきたものも多い。後ろ盾になる実家がない者が多いわけだ。

 そこに殿の側近と縁を結べるとあれば、利を見出す者も多くいるだろう。

 家臣団の強化につなげることも可能ではないか。


「うむ、続けてよいか?」

「ええ、お願いしますわなも」

「うむ。まあ、あの時は今川とやりあっていたでや。まあ、今もであるが、あの時はまあ、旗色が悪かったでや」

「で、ありますなあ」

 平手様も懐かしさをかみしめるようにうなずく。

「それでのう、当家の窮状を三郎なりにわかっていたのだろうなん。名乗りをぶち上げたでや。上総守とな」

 その一言に村井殿が含んでいた茶をぶばーっと吹き出した。道三様がバタッと倒れた後痙攣する。口元を押さえているということは必死に笑いをこらえているのだろう。

「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ、だーーーははははははははははははは!!!」

 大殿はその時のことを思い出したのであろう。床に転がって笑い転げていた。それにつられたのか、道三様もその隣ではいつくばって背中を震わせている。

「殿、殿は大うつけにございますなあ」

 ころころと笑う蝶姫の姿に殿は真っ赤になっている。

「ぐぬ、たしかに我はもの知らずであったがなん」

「さようでございますな。ですから今必死に学んでおるのでございまするに?」

「う、うむ。あのような恥はもう御免でや」

「なれば殿は立派にございまするに。失敗から学ぶ。それができぬもののなんと多いことですかや」

「う、うむ」

「そんな殿に惚れ直しましたですわなあ」

 ぎゅっとしがみつき、殿も姫を抱き返す。小姓どもは昏い目をして床や壁を殴っている。

 そんな彼らから目をそらして、なにやらいい話になっておるのに水を差すまいと思うておったが、疑問を口にしてしまった。


「で、上総守の何が悪しきことにてございますので?」

 その時の殿の表情はこの上もなく明るく輝き、大殿と道三殿は息も絶え絶えという風情であった。

 村井殿は再びむせて大きく肩を揺らす。


 素晴らしく得意げな顔で、殿は親王任国という制度について話してくださり、儂は一つ恥をかいたが、一つ学びを得て岐路につくのだった。


「市、ただいま帰ったでや」

「お帰りなさいませ。殿、何か良きことがあったのでございまするか?」

「うむ、実はのん」

 儂の恥の話をすると、市はころころと笑い声をあげ、こう告げた。

「よく似たる叔父と甥にございますわなも。そしてあまり笑わせないでくださりませ。腹に力が入るとこの子に差支えが出るやもしれませぬ」

 そうして腹を撫でる姿に、儂の記憶がぷっつり途切れた。

読んでいただきありがとうございます。


ファンタジー戦記物です。

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