吉良騒動
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三河で騒動が勃発した。先代様の時代には松平と結託していくさに及んだこともあった吉良家の内輪もめは、ついに合戦におよび、西条吉良家が東条城を乗っ取る事態に発展した。
今回合戦にまで発展した理由は先日の岡崎の戦いのさなか現れた吉良家の手勢にあった。
今川につくか、織田につくかと言う対立で、相談もなく織田に味方したという言い分と、そんなことはしていない、陰謀だということである。
そしてついに西条吉良家当主、吉良義昭が兵を起こし、東条城を乗っ取った。これが事件の成り行きである。
そして真実は……。
「ああ、偽兵だよ」
喜六様はさらっと言い放った。
「でしょう、なあ」
「ああ、吉良までもが敵に回った。そう思わせることができたら今川に与えた衝撃は大きいよね」
「先代の西条吉良家当主は大殿に討たれておりますがや」
「そう、その恩讐を飲み込んだ。そう判断しただろうね。あとは吉良家を取り込めば三河守護っていう大義名分が出来上がる」
「松平家を守護代にされるということで?」
「察しがいいね。ま、その旗の出どころでもめてるんだよね」
「ああ……」
「織田への恨みを忘れたのか、裏切者の今川を許すのか、って感じだね。まあ、まとめて何とかするさ」
「なるほど……」
「藤吉郎、二千の兵を動かす。兵站を整えてくれ」
「はっ! かしこまってございまするに!」
吉良家は落ちぶれたとはいえ足利連枝の家、そして今川家の本家に当たる。足利が滅んだら天下は吉良が、吉良が滅んだ時には今川が継ぐ、そういわれている家柄である。
今川を攻めるのであれば三河を治めるための名分ができる。遠江は斯波家の旧領だ。駿河は東海道の始まりにして、商業も盛んな国である。その国力を背景に勢力を伸ばしてきた。
「今川仮名目録。あれは乱世の法だよ。そしてそれに追記を加え、完成させた。今川治部大輔義元、あれは不世出の天才だ」
「喜六様……」
「織田の天下のために、能うなら味方に付けたいね」
「それは……天地がひっくり返りでもしないと無理でや」
「ま、そうだろうねえ。胸を槍で貫かれても次の策を考えてそうだもの。あれもまた乱世の申し子、だねえ」
「世が大きく動くとき、動かすに足る英傑が現れると申されました」
「ああ、義元然り、兄上然り、そして権六もだ」
「儂!?」
「さ、いこうか。織田の天下への道を切り開くんだ」
「天下、にござるか。尾張の片隅で内輪もめをしていたのは数年前のことだがや。思えば遠くへ来たものでなん」
「これからだよ、これから」
安祥より南下する。岡崎衆、本多忠高はじめ、松平の兵一千がこちらに加わった。東条城より出撃してきた富永忠元は二千の兵と共に城下に陣を張る。
「ふむ。隙が無いね」
古式通りの陣立てで、その陣列に乱れはない。旌旗は揺らぎなく、整然としている。
「見事なる陣立てにて」
兵力はこちらが勝っている。しかし地の利は地元である敵にあるだろう。
「三河を乱す慮外者どもよ! 三河守護たる吉良家に逆らうなど言語道断なり!」
喜六様から目線で合図を受けた小一郎がスッと前に出て短弓を引き絞って放った。
矢は過たず富永の兜に当たって跳ね返る。
「名乗りを聞かずに矢を放つとは、さすが下賤の者よ! 者ども、かかれ!」
背後では喜六様が表情ひとつ変えずに采をふるっていた。
「松平衆、掛かれ!」
「「おおおう!」」
「本多平八郎、参る!」
富永は三河でその名を知られた猛将で、その采配は見事であった。押し引きの呼吸は巧みで陣列にほころびが出ない。
大久保大八郎、鳥居半六郎の二人が突きかかるが、巧みにかわされ、そのまま二人は討たれてしまった。
強豪と呼ばれた二人の武者を討たれ、松平衆が怯む。
「敵左翼を突く。続けえええええい!」
考えるより先に飛び出した。あとで喜六様には、あと一呼吸遅れていたら松平衆は崩れていたであろうという、絶妙極まる加勢であったと言われた。
「儂に続け!」
「又左に遅れるな!」
「おおおう!」
利家が槍を振るうたびに敵兵が倒れる。
「なんじゃこいつは!? ぐはっ!」
「うぎゃあああああああ!!」
「儂が相手でや! 我こごふっ!」
利家の前に立ちはだかろうとして名乗りを上げようとした武者は一突きで喉首を貫かれる。
「端武者の首は要らんでや! 武辺者よ、出会え!」
利家の横合いから突きかかろうとしていた武者を、利家の側に付き従っていた兵が突き倒す。
「長八! ようやったでや!」
「前田又左衛門が家臣、村井長八郎が敵を討ち取ったでや!」
長八郎は中間と呼ばれる、利家の配下の兵に過ぎない。そのものが兜武者を討ち取ったことで周囲の意気が天を衝く勢いにまで盛り上がる。
「長八に続け!」
先手が入れ替わる時を見計らい、利家主従が儂の馬前に現れた。
「殿、長八が手柄を立てましてございまするに」
「うむ、見ておった。主の危機を救う誠あっぱれなる家来でや」
「又左、当面の褒美はおのしから与えよ」
「はっ、なれば儂の偏諱を与えたく」
「よからあず。長八郎よ。これより又兵衛を名乗れ」
「ありがたき仕合せにてございまするに!」
「うむ、儂よりの当座の褒美じゃ。この脇差をつかわす」
「はっ!」
褒美の品を受け取る姿に周囲の武者たちが色めき立つ。
「では、儂らはもうひと働きしてまいりまする」
「うむ、よからあず」
利家は再び槍をつかむと最も激しく切り結ぶ戦場に向かって駆けだす。
「儂も行くでや! 又左一人に手柄を立てさせぬだで」
「儂の武辺を殿に見てもらうでや!」
敵陣は分厚く、斬っても斬っても後続が現れてその穴を埋める。しかし兵は無尽にいるわけではない、傷つき倒れていけばいずれ限界が来る。
「ここじゃ、続け!」
儂も槍を引っ掴んで前に出る。小姓衆が儂の周囲を固め、旗印に向けて突っ込んでくる敵兵を返り討ちにしていく。
「かかれ! かかれええええええい!」
「おおおう!」
一方そのころ中央では、喜六様の後詰によって先人の松平勢は勢いを取り戻していた。
歴戦のいくさ巧者である富永は、一手を抜き出し松平衆の側面を襲わせる。そしてそこに……、銃声が響いた。
「撃て」
明智十兵衛率いる鉄砲衆が敵の先手を撃破した。一斉射撃の陣列を凹面に曲げ、一点に射線を集中させたのだ。
一人の武者に数発の弾丸が命中し、ぼろきれのようになって吹き飛ばされる有様を見た敵兵の足が止まる。
「抜刀! かかれ!」
鉄砲衆の側衛についていた足軽衆が切り込む。これによって吉良勢の両翼が崩れる結果となった。
「ひるむな、押し返せ!」
必死に采を振るうが、もはや大勢は覆せない。徐々に押し込まれていく陣列は徐々に崩れていく。
「出会え! 富永伴五郎! 我は本多平八郎でや!」
「くっ! よかろうず。大久保、鳥居の後を追わせてくれる」
激しく槍が撃ち合わされる。両名共に三河で武名を知られており、互角の戦いが繰り広げられた。
均衡は唐突に崩れた。平八郎の突きを受け損ねた富永は左肩に深く傷を負う。
「ふん、儂が武運もここまでかや。討って手柄にするがよからあず」
「南無」
横薙ぎに払われた槍先は富永の首を刎ねる。
この一撃で勝敗は決した。
松平衆を先頭に追撃が行われ、城下は火に包まれる。
その有様を見た吉良義昭は降伏してきた。過去に斯波家と盟を結んでいたことを引き合いに出し、斯波家に対する降伏と言う体裁を要求してきたことには失笑が漏れた。
「吉良のもとに織田の縁者を送り込んで乗っ取る、でありますか」
「うん、三郎五郎兄上が適任かなと。安祥は竹千代に与える」
「なるほど。かの城は岡崎に移る前の松平家の本貫の地でしたなん」
「ああ、権六のおかげで話が早くなって助かったよ」
「へ? 儂がでございまするか?」
「ああ、君は斯波の縁者でさらに織田の娘婿だからねえ。親類だからってことでいろいろな面倒ごとが片付いてる」
「は、はあ。それはありがたき、仰せにて」
こうして吉良騒動は終結した。結果として三河守護を取り込み三河平定の大義名分を得た。実際の平定の任には守護代に任じられた松平広忠がつく。
「最初からここまで読んでおりましたので?」
「さあね? 成り行きってのもなかなか大事だよね」
喜六様は飄々として帰途に就くのだった。
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