73.火薬の山
ハルトたちの馬車が王城の前までやってくるのを見かけると、ラスタンは大きな声を上げた。
「ハルト、これは黒色火薬の山だ。死にたくなければ、絶対に撃つなよ!」
一体どうやってこれほどの量の火薬を集めたのか。
ブラフではないのかとハルトは疑うが、万が一本物ならと思うと撃てるものではない。
弾が当たってこれほどの量の火薬に火が付けば、敵も味方も道連れにこの辺り一帯は粉微塵に吹き飛ばされて王都は爆発炎上する。
いつもはのんびりしているハルトも、これには肝を冷やした。
「どうやってこれほどの量の火薬を集めたんですか!」
「お前の所有する商会が、南方から硝石を輸入しているのに気が付かないと思ったのか。俺も同じことをしたまでよ」
ラスタンは、火薬に価値があると知った時から徹底して原料を集め続けたのだ。
火薬の使い方など、あとで学べばいいと考えた。
結果として、黒色火薬の山を後ろ盾にしてこうしてハルトの攻撃を封じたのだから見事なものだった。
追い詰められたラスタンの最後の奥の手だ。
「こんなことをしても、持久戦になればこちらが有利ですよ」
「そうかな、お前たちは引火を恐れて自慢の火砲が使えない。こちらはクロスボウなどの武器が使い放題。どっちが勝つかやってみるか」
ハルトは、ちらりと後ろの馬車に目を向ける。
ルクレティアたちが、心配そうな瞳で見つめてきたので手をさっと振った。
「わかりました。こちらが不利のようですね」
「物分りがよくて助かる。しかし、よくもまあ俺の見出した男たちを軒並み倒して来たものだ。お前を口説き落とせなかったことが、俺の生涯最大の失敗となった」
「どうですか、ラスタンさん。そっちだってもうギリギリでしょう。このまま王城を落としたところで、兵の数が足りなくて国を奪取することもできないでしょう。大人しく引いてくれるなら、そのまま見逃しますよ」
「ハハッ、それはこっちのセリフだ。大人しく降伏するなら、お前は生かして使ってやる。宰相でも、大将軍でも好きな地位を選べよ!」
「ありがたいお誘いですが、お断りしますよ」
「なぜだハルト、お前ほどの男がどうして俺の理想を理解しない。お前だって、ルクレティアやミンチ伯爵なんかの愚物が上にいてやりにくいと思ったことがあるはずだろう」
どうしてハルトは、無能な王族貴族の味方をするのか、ラスタンにはずっとそれが不可解だった。
「ああ、そういうのまったく思わないんですよね」
「どうしてだ!」
「だって、上司があんたらみたいに小賢しいと疲れますよ。上が適度に無能な方が、サボりやすくていいじゃないですか」
「な、なんだと!?」
あまりにも予想外な答えに、ラスタンは一瞬口をぽかんと開ける。
その時、私のハルトを奪われてなるものかと、ルクレティアが激高して叫ぶ。
「あんたなんかに、ハルトは渡さないわよ!」
「そうなのだ!」
関係ないのに、一緒に獣人の女戦士ニャルも叫ぶ。
後ろの馬車から放り投げられた二つの大きな樽が、ゆっくりとハルトやラスタンたちの頭上を超えていく。
怪力を誇るルクレティアとニャルが投げた大きな樽は、火薬の山の上でぶつかって砕けた。
バッシャーンと音を立てて、中からは大量の水がこぼれ落ちる。
それは水がたっぷりと詰まった樽だったのだ。
水樽は何個も用意されており、次々と投げつけられる水樽によって火薬の山は瞬く間に水浸しになった。
「水だと!」
「自分が火薬を使うのに、対策を用意してないわけがないでしょう」
ラスタンが火薬を使い始めていると知ってから、ハルトは対応を準備していた。
火薬は湿気に弱い。
しごく単純な理屈なのだが、火薬の防水対策はハルトでも苦慮しているところなのだ。
ルティアーナ王国は乾燥した気候であまり雨が降らないから、ラスタンも対応がおざなりになっていると予想していた。
これで、火器が使えるから撃ち負けない。
それに気がついたラスタンたちは慌ててクロスボウを撃ってきたが、こちらには箱型の馬車を遮蔽物にして防ぐことができる。
「ぐぁ!」
「ぎゃぁ!」
エリーゼたちハルトの護衛のライフル銃が火を噴き、ラスタンたちは瞬く間に撃ち倒された。
これほどまでに苦しめられた敵だが、銃の前にはあっけないものだ。
「ハルト様、やりましたね!」
「ええ……」
エリーゼの言葉にハルトは安堵して頷きかけるが、やったなは不吉なフラグだったと思い出す。
「あとは、ラスタンの首を上げるだけでこの戦いは……」
「いや、待ちなさいエリーゼ!」
不用意に倒れたラスタンに近付こうとするエリーゼをハルトは呼び止めたが遅かった。
ライフル銃で撃ち殺されたはずのラスタンが、よろりと立ち上がる!
ラスタンが懐から取り出したのは爆弾だった。
導火線に火を付けて、こちらに投げつけようしているのが見える。
「ハルト、貴様は!」
ラスタンが叫ぶ。
ハルトは急速に研ぎ澄まされた時間の中でホルスターから拳銃を引き抜いて、一息にラスタンの腕を撃ち放った。
それで、爆弾はこちらに投げつけられることなくその場に落ちる。
だが、すでに導火線には火が付いてしまっている。
このままでは近くにいるエリーゼが、爆発に巻き込まれる。
「エリーゼ!」
ハルトは、驚いてしゃがみこんだエリーゼの元に飛び込んで覆いかぶさるようにして守った。
その瞬間、ラスタンの足元で大きな爆発が起こったのだった。





