71.七つ丘要塞崩壊
ハルトがどう出るか、ワルカスに取っても賭けであった。
要塞への攻撃が始まって一番歓喜したのはワルカスである。
ラスタンが王城にいる国王を追い詰め、それを餌にしてハルトもルクレティアも誘い出してワルカスが殺す。
これが、この国から邪魔な王族を一掃する最後の策だったのだ。
いよいよハルトたちを討ち取れるチャンスが来たと、ワルカスは得意の絶頂であった。
「攻めて来ましたか。これで、憎きルクレティアとハルトを倒すことができます!」
これで、自分の優秀さをラスタンに示すことができるとワルカスは思った。
もはや彼の中では、出世のライバルであったハルトに加えて、本来ならば仕えるべき王族であるルクレティアも打倒すべき存在になっている。
ラスタンにそう唆されたということもあるが、ワルカスにとっての主君は自分を引き上げてくれた今は亡き王太子シャルルだけだったのだ。
凡庸で気弱な後継者と言われた王太子シャルルだったが、彼を失った瞬間に内戦が起こってしまったことを考えると、様々な人間を繋ぎ止める王国の要石とも言える存在だったのかもしれない。
百門もの大砲が一斉に火を噴き、丘に建てられた要塞は脆くも瓦解していく。
たとえ王都を千年もの長きに渡り守り続けてきた要塞でも、砲撃に対する防御など想定していないので崩れ落ちるのは当然だった。
「なにが起きている!」
「守備隊長! 敵の攻撃凄まじく、正面側塔と、張り出し陣に壊滅的な被害がでました」
「なんだと、敵の大砲とやらはそこまでなのか」
「このままでは、この司令塔もいつまで持つかわかりませんよ!」
今更大砲の威力に驚いている守護兵たちに苛立って、ワルカスは攻撃を命じる。
「なにをやってるんです! 敵の馬車が間道を抜けていきますよ! 撃て! 撃ち落せ!」
大砲の攻撃で混乱しているうちに、ハルトたちの馬車が王都を抜けようとしていた。
ワルカスは無理を押して要塞の守備兵に矢を射させるが、エルフの魔術師シルフィーの絶対防御魔法によって弾かれてしまう。
「エルフの魔術師がいるんですか。チィ、私が追撃を受けた時は役立たずだったのに、忌々しい連中め!」
「司令官殿、どうすればよいのですか!」
「使える大型弩砲は、全部馬車列の攻撃に向けなさい。魔術師の絶対防壁も言うほど絶対ではありません。攻撃し続ければ破れる程度のものです! 全軍攻撃!」
ワルカスの指示で、要塞に設置された無数の大型弩砲は駆け抜けようとする馬車に向けられる。
大型弩砲から発射される槍は、ゴリゴリと魔法の防壁を削ってはいるようだが、ハルトたちの乗っている馬車には届かない。
王都防衛の要である大型弩砲の攻撃を全て跳ね除けてみせるとは、王国最強の魔術師シルフィーの面目躍如であった。
その間にも、『パラティヌス』、『アウェンティヌス』の二つの要塞は、次々と砲撃を受けて防御施設が潰されていく。
「守備隊長! 『パラティヌス』要塞はもう保ちません! こちらも、もう限界です!」
ワルカスは弱音を吐く兵士の頭を掴んで、揺さぶる。
「ええい! せっかくのチャンスに何をやってるんですかお前たちは! このままではハルトを逃してしまいます! 要塞なんかどうなってもいい、攻撃の手を止めるなぁあああ!」
『アウェンティヌス』要塞司令部で暴れるワルカスを、守備隊長がなんとかなだめようとする。
「しかし、司令官殿。このままでは要塞そのものが、ぐぁああ!」
激しい爆発と閃光。
ついに、司令部であるこの要塞の最上階の窓にまで炸裂弾が撃ち込まれて、守備隊の隊長が吹き飛ばされて壁に叩きつけられて動かなくなった。
誰がどう見ても、もう限界だ。
もうもうと立ち込める煙の中、ワルカスは口元をハンカチで押さえて咳き込みながら叫ぶ。
「ゲホゲホ……いいですか。お前たちは、ここを死守! 引き続き、全力攻撃で敵を引きつけなさい! 私は王都の入り口で軍師ハルトを迎え撃ちます!」
ワルカスとしても、七つ丘要塞が落とされることは計算の内であった。
もとより要塞は大砲を引きつけるための囮だから、もはや用済みだ。
すでに王都正面には、ハルトたちを待ち受けるために一万の兵力を展開している。
そちらに向かって、防壁の通路を通ってワルカスは逃げていった。
残された司令部の守備兵たちは、顔を見合わせて相談する。
「ど、どうする?」
「なにが死守しろだ、こんな戦い付き合ってられるかよ!」
彼らは所詮、土壇場で国王を裏切った忠義心の薄い兵士たちだ。
防衛隊長や多くの仲間を失った要塞の兵士たちの残党は、ワルカスがいなくなった途端に持ち場を離れて散り散りに逃げ出してしまった。





