44.帝国からの使者
バルバス帝国から、ヴィクトル皇太子の忠臣であるヴェルナーがハルトを訪ねて来ていた。
領主の館から、窓の外を眩しそうに見つめるヴェルナーは、ハルトが入ってくるのを見ると振り返って言う。
「帝国が支配していた時よりも街に活気があります。ハルト殿は、内政の才能もお有りなようですな」
「大したことはしてないですよ。住みよい街を考えてやってるだけなんですけどね」
ハルトは、自分が住みよいように街を綺麗にして、稼ぐために商売を盛んにしているだけだ。
「ただそれだけのことができない領主が、多すぎるのですよ」
市民にまで目配りできるのは、今や帝国の将となったヴェルナーも、元はただの一兵卒であったからかもしれない。
どちらの国にも、民のことを考えない無思慮な貴族たちはたくさんいる。
それに比べれば、有能な敵のほうがよほど話しやすいとヴェルナーは笑う。
「ヴェルナー准将。いや、将軍にご出世されたんでしたか。ヴェルナー閣下とよぶべきかな」
「ハハッ、閣下などと呼ばれてもいまだにしっくりきません。前のように呼び捨てで結構ですよ」
「それで、どういうご用件でしたでしょう。帝国へのスカウトならお断りしましたけどね」
「ヴィクトル殿下の名代で参ったわけですが、今回はその話ではなく。もし必要があれば、帝国より兵をお貸ししようかと」
「兵ですか」
「ハルト殿のご主君、ルクレティア姫殿下は、次期王太子となったオズワールと対立していると聞きます。王国南方軍、中央軍を支配下に収めるオズワール派と敵対となれば援軍が欲しいのではないですか。ハルト殿がお望みならば、私が帝国の精兵を率いて助力いたしますよ」
胸に手を当てて帝国式の敬礼したヴェルナーは、見透かしたようなことを言う。
王国の内情をよく知っているようだ。
「その対立を影で煽ってるのは、おそらくヴィクトル殿下ですよね」
「うぐ……」
「兵を貸そうって、狙いは兵器技術ですよね。援軍とともに観戦武官を送り、戦場のどさくさに紛れていろいろと盗み取ろうということですか」
「さすがハルト殿、全てお見通しですか」
「とりあえず、帝国に軍事技術は渡したくないのでお断りしておきます」
「そうですか。実は、断られることも殿下はお見通しでした」
それでも提案はしておく。
その布石は、今後意味を持ってくるかもしれないからだ。
「神ならぬ身に、戦況はどう転ぶかわかりませんからね。こちらとしても、ヴェルナー殿のお力をお貸し願うこともあるかもしれません」
「その時はぜひよろしく」
ハルトとしても、帝国との交渉ルートを保っておくことは大事だ。
お互いの利害は一致しているので、ヴェルナーと固く握手をする。
「しかし、ヴェルナー殿。今更ですが、こういう話は将軍であるルクレティア姫様とすべきではないんですか」
「軍師ハルト殿、ヴィクトル殿下が求められておられるのは貴方なのですよ。謀略を弄する賊徒などに軍師ハルトが後れを取るはずはない、と殿下はおっしゃいました」
「買いかぶりすぎですよ」
「殿下は、貴方と世紀の大会戦によって雌雄を決することをお望みです。その時がくるまで、壮健であれとのことです」
全てお見通しなのはどちらだろうかと、ハルトは苦笑する。
そこに、バタンと扉が開いて、ルクレティアとエリーゼまでもが飛び込んできた。
「ハルト! 大変よ」
「ハルト様! 大変です」
そう揃って叫んで、二人共に顔を見合わせる。
それを見て、ハルトはやれやれと頭をかいた。
どうやら、また何か厄介な動きが起こり始めたようだ。





