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窓際の天才軍師 ~左遷先で楽しようとしたら救国の英雄に祭り上げられました~  作者: 風来山
第二章「難攻不落の要塞」

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19.爆弾の雨

 攻城戦を想定しているため、王国北方軍には移動式の投石機カタパルトが多くある。

 投石機カタパルトは石を放射する道具だが、別の物(・・・)を投げ込むこともできる。


 ハルトがまず行ったのは、これで帝国軍に爆弾を投げ入れることである。


「おー、カタパルトも結構飛びますね」


 さすがは、ノルト大要塞攻略を狙って作らえた大型の投石機カタパルトだ。

 放射状に放たれた爆弾は、敵の陣の中央あたりに次々と落下し、地雷では届かなかった帝国軍の中央に強烈な打撃を与える。


 ただでさえ士気の下がっていたところに、帝国軍中央への打撃。

 前方を歩かされている軽装歩兵たちは、さらに動揺して動きが鈍る。


「も、もう嫌だ!」


 くるっと回って後ろに敗走してきた雑兵を、猛将ドハンは槍で突き刺した。

 突き刺されて断末魔の悲鳴をあげる兵を、そのままブンと上に振り回して一喝する。


「撤退するものは、帝国兵士にあらず! 死にたくなければ進めい!」


 後ろから騎士団に駆り立てられて、軽装歩兵たちは地雷と爆発と、爆弾の雨の中をやけっぱちで進む。

 爆発よりも激しい猛将ドハンの気迫は、兵に撤退を許さない。


「あの指揮官さえ倒せれば、戦争は終わるな」


 試作品として一丁だけ作ったライフル銃のスコープを覗くハルトは、ドハン将軍の頭を狙って撃ち放った。

 しかし、バリアのような光が発生して、チュンと音を立てて銃弾は弾かれている。


「なんだ?」

「おそらく、帝国軍の上級クラスの魔術師がいるのでしょうな」


 ハルトの隣にいたクレイ准将は、冷静にそう推測する。


「銃弾を弾くほどの魔法があるんですか?」


 間に合わせで作ったとはいえ、マスケット銃より遥かに威力のある弾丸だ。

 これを防げるなら魔術師は無敵ということになる。


「飛び道具に対しての絶対防壁魔法だから当たらなかったのでしょう。剣でなければ倒されぬ制約を自分の周りにかけているのですから、剣で攻撃すれば良いわけです」


 絶対防壁とか、どういう理屈だよとハルトは頭に手をやって不満げに黒髪をかき回す。


「制約ねえ……」


 基礎の初級魔法などは魔術書も存在するが、中級、上級になるとドワーフの鍛冶魔法がそうであったように、限られた人間が徒弟制度で伝えているので情報が少ない。

 実際に帝国の魔術師と戦ったこともある、歴戦の騎士であるクレイ准将の経験だけが貴重な情報源だった。


 制約というからには、飛び道具に対しては強いが、剣だと簡単に殺せるとかそんなものか。

 自分なら魔術師を複数用意して、防御用と攻撃用にわけるなとハルトは思考する。


 違う法則が入ってきて、一気に話が込み入ってきた。

 ファンタジーはこれだから面倒だ。


 ともかく要人警護に魔術を使っているなら、狙撃銃で全部片を付けるのは無理か。

 せっかく指揮官を倒してさっさと戦を終わらせようと思ったのに、上手くいかないものだ。


 敵と言っても、無理やり徴募されて連れてこられている農民上がりの兵隊が死ぬのを見て嬉しいわけもない。

 できれば、あんまり陰惨な手は使いたくはなかったのだが、致し方ないのか。


「敵が近づいてきたわよ。いよいよ、私の騎士団の出番ね!」

「あー、姫様は大人しくしててください」


「なんでよ!」


 姫様に突っ込まれたら、作戦が台無しになってしまうからだ。


「エリーゼ、大砲の用意を頼みますよ。手はず通りに」

「すでにできております」


「仕事が速いね」


 小柄なエリーゼの頭がいい位置にきたので、思わず栗毛色の髪を撫でてしまった。


「……おっと、こういうのセクハラになってしまうかな」

「いけないことなのですか?」


 キョトンとした顔で小首を傾げるエリーゼ。

 ハルトの口にしたセクハラという言葉の意味はわからないが、否定的な印象は伝わったらしい。


「みだりに部下の女性の髪に触れるのは、よろしくないかなあと……」

「私もいつもハルト様の御髪に触れてますし、撫でてくださると嬉しいですよ」


 こうも素直に好意を示されると、ハルトもなんと返したらいいやらわからない。

 大砲に張り付いているハルト大隊の兵長レンゲルが、ニヤニヤと笑ってからかう。


「軍師様。若い兵には目に毒ですんで、戦場ではあんまり見せつけないでやっていただけますかね」


 兵長のレンゲルとしては、兵の緊張をほぐすためもあるだろうし。

 この前の攻城戦で、敵の要塞の隣で決死の登山をやらされた意趣返しもあるのだろう。


 一緒に住んでいるのだから、軍師ハルトと副官のエリーゼはできている。

 ハルト大隊では、それがもう公然の秘密のように語られていた。


 実際はそんなことはないのだが……。


「そうよ! 真面目に戦争をやりなさいよ!」


 一方、突撃できずに不満がたまってるらしい姫様は、顔を真赤にして怒っている。


「兵長、発射準備はできてるんでしょうね」


 エリーゼとの仲をからかわれて、少し恥ずかしかったハルトはコホンと咳払いすると、強い口調で言って誤魔化す。


「任せてください。こいつの威力は確かだ。軍師様が女の髪を撫でるより簡単に撃てますぜ」


 大砲を優しく撫でるレンゲル兵長のジョークに、兵士たちも緊張が解けたのか、みんな笑みを浮かべた。

 それを見て、まあいいかとハルトは思う。


 敵を前にして、ハルトをからかうぐらい余裕があるんだから頼もしいものだ。

 ハルト大隊は、すでにこの日のために試射を繰り返して大砲の威力を知っている。


 だから、大軍を目の前にしても、勝利を確信していた。

 もはや目前まで迫った敵の前に並べられたのは、四門の金色に輝く大砲。


 試しに鉄で砲身を作ったら一発で割れてしまったため、銅と錫の合金である砲金ガンメタルで作られたものだ。

 弱点は銅が思ったよりも高値で、鉄で作る三倍ぐらいの金がかかってしまったことぐらいか。


 それも姫様のくれた資金があればなんとでもなる。

 大隊の兵士が、大砲の射線に入らない敵をマスケット銃で撃ち落としているが、それも必要ないぐらい。


 帝国軍は、あまりに銃や大砲を知らなすぎる。

 まるで範囲攻撃を狙ってくださいと言わんばかりに、兵士たちが密集しすぎているのだ。


「よし、敵を引きつけるのもここまででいいでしょう。撃ってください」


 ハルトの合図で、大砲が火を吹いた。

 撃ち出されたのは、普通の弾丸ではない。


 それは、ぶどう弾と呼ばれる無数の散弾である。

 史実ではフランスの英雄にして皇帝、ナポレオン・ボナパルトが暴徒鎮圧に利用したと言われるいわくつきの武器であった。


 放たれた無数の散弾は散らばって、前方の軽装歩兵たちを、まるで将棋倒しのようになぎ倒していく。

 その場で起こったのは、もう先程までの阿鼻叫喚などではなかった。


 ――静寂。


 攻め寄せた帝国軍の兵士たちも、ぶどう弾を撃ち放った当のハルト大隊の兵士たちすらも動きを止めた。

 何が起こったのか、とっさに理解できなかったのだ。


 ただ、ドパンドパンと音が鳴り響いて、大砲の前にいた兵士が全員倒れた。

 一人の例外もなく、全員だ。


 四門の大砲から撃ち放たれたぶどう弾は、ろくな装備を持たない軽装歩兵たちを蹂躙じゅうりんした。

 たった一回の攻撃で、数百の兵の命が一度に失われる砲撃は、史上はじめてのことだ。


 これはもう戦争などではない、一方的な虐殺であった。

 あまりのことに、帝国軍の動きは止まっている。


 一歩も動くことができずに棒立ち状態だった。

 反乱暴徒を瞬く間に鎮圧してみせた、ナポレオンの故事を思わせる圧倒的な攻撃力。


「何をしてるんです兵長。次の砲撃の準備をしてください」


 ハルトに急かされて、呆けていたレンゲル兵長は慌てて動く。


「あ……ああっ、砲口清掃! 弾込め準備! 早くしろ!」


 水を吸わせたスポンジを砲身の口に押し込んで清掃。

 続けて、螺旋らせん棒を使って、スポンジでも取れなかった火薬カスを取り除く。


 綺麗になった砲口に、新しい火薬とぶどう弾が詰められる。

 そうして、今度は別の前衛の陣に向けて、ぶどう弾を放射する。


 たったそれだけ。


 ドン、ドンと四回音が連なると。

 また、あっけないほど簡単に、前面にいた不幸な帝国歩兵たちが黒鉄の塊に撃ち抜かれて、バタバタと倒れていく。


「し、死んでるぞ……」


 ここでようやく、棒立ちになっていた前面の兵士たちが気がつく。

 将棋倒しに仰向けに倒れた兵士たちが、みんな穴だらけになって死んでいるということに。


 全滅、どころではない。

 石弾を受けたって、矢玉を受けたって、運がいいものは生き残るが。


 あの大砲の前に立ったら、全員死ぬのだ。

 そうわかった瞬間、前線の空気が変わった。


 恐怖は、風よりも早く伝搬する。

 まるで潮が引けるように、前線が崩れていく。


 誰かが、号令をかけたわけではない。

 もともとギリギリで保たれていた帝国軍前衛の士気が、この瞬間に音を立てて崩れたのだ。


「お、おい! 待て! 止まれ!」


 全力で逃げる軽装歩兵に、督戦とくせんしていた帝国軍の騎士たちは剣を振るって叫ぶが、総出を打って崩れる前衛を押し止めることなどできようもない。

 騎士に守られた帝国軍本陣で、ヴェルナー准将がつぶやく。


「……ここまでですね」


 それは当然の判断、しかし。


「いや、まだだ!」

「ドハン将軍、何をなさるおつもりですか。お待ちを!」


 猛将ドハンは、ヴェルナー准将のいさめも聞かず、味方の兵の死体を踏み潰しながら前へと馬を進める。


「おい、よくもやってくれたな! いるんだろう『幻の魔術師』め! 俺は帝国軍将軍のドハンだ! 一騎打ちを所望する!」


 猛将ドハンが、前に出てわめいている。

 帝国軍でハルトのことを指す、『幻の魔術師』などと言われても、王国軍側にはわからない。


「ちょうどいいところにでてきましたね。レンゲル兵長、あいつも撃っちゃってください」


 嬉しそうに言うハルトに、レンゲルはドン引きする。


「ええ……あの、一騎打ちと言ってますが、いいんですか?」

「私たちは騎士じゃないんだから、そんなの知ったこっちゃありません。さっさと撃ってください」


 王国と帝国にある不文律の戦争作法を考えると、割とマズい命令のような気がするのだが。

 レンゲルたちにとって、命の恩人であるカノンの英雄ハルトの命令は絶対である。


「こうなりゃしょうがねえ。軍師様の命令だ。あの敵将を撃ち殺せ!」


 騎士様の上品なルールなど、民兵あがりのハルト大隊にとって知ったことではなく。

 しゃしゃり出てきた猛将ドハンに向けて、無数のぶどう弾が一斉に放射されるのだった。

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