第二十三翼 絶望の愛
舞が起きた時、目の前に繰り広げられていた光景はあまりに無惨なものだった。足元には人の死体らしきものが何体も転がっていて、舞のすぐ近くでは銃撃戦が行われているのか発砲音が辺りに響き渡っている。あちらこちらで火災が起こり逃げ場が無いことを知らされる。どこからか女性の悲鳴…それと下品な笑い声…舞は思わず耳を塞いだ。
…ここはどこ?私は悪夢を見ているだけなのかな?
夢なら早く覚めてくれと願い続けた。しかし舞が不意に横を見たときそれが現実であると思い知らされる…。
知佳が血を流して倒れていたのだ。それも大量の血…今すぐ止血しなければ多量出血で死んでしまう。舞は知佳の元へすぐ駆け寄ろうとした。
「ぐっ…痛い…っ!」
立ち上がろうとすると脚に激痛が走った。さっきからなんとなく脚に違和感と熱を感じていたが…痛みを感じる部位を見てみると大きなアザが出来ていた。骨折している…脚を上手く動かすことが出来ない…。知佳の出血量は見る見るうちに増えていく。よく見ると腹部が真っ赤だ…銃撃されたのかな?今すぐ知佳に応急手当をしたいけど足が思うように進まない…。
「知佳ぁ!起きてぇ!知佳っ!」
舞は死体の山を掻き分けながら徐々に知佳に近づく…しかし一向に距離は縮まらない。知佳からは意識を失っているようで全く返事がない。辺りで隊員達が叫んでいる…避難勧告みたいだけど…今の私にそんな移動する事は出来ない。そんなことより知佳を…助けなくちゃ…!
「知佳ぁ!起きて!返事してぇ!」
必死の掛け声にも全く気づかない…。もう死んでしまったのか?這いつくばって移動していたからお腹の辺りに他人の血が染み込んでいる…。
舞はやっとの思いで知佳の元へやって来た。頭上には第3カウンターの文字…ここは食堂みたい…。
「知佳!おきて!知佳!」
舞は脚を庇いながら自分の制服を引き裂いて知佳の出血部分に巻き付けた。白い制服が血で赤く染まっていく…。
「…ま…い…?」
知佳が意識を取り戻した!すぅと目が開いて行く。
「そう!私、舞だよ!しっかりして、知佳っ!」
知佳はゆっくり笑った。
「わた…し…死ぬ…のか…な…?」
知佳の声は既に嗄れていて蚊の羽音の様だった。
「そんなことない!今すぐ医療班の人が来てくれるよ!!」
舞はそう言いながら手元の緊急ボタンを連打していた。くそっ!さっきから信号送っているのに全く返事がない…もうGCの中枢神経は破壊されちゃったのかな…?
「ま…い…あり…がと…ね…。」
「えっ?どう…したの?」
発砲音が止まらない…知佳の小さな声が書き消されてしまう。舞は知佳の口元に耳を近づけた。
「いままで…さ…こん…な…私に…うっ!」
巻いた制服からまた血がもれだす。この血の量…知佳の意識があるだけ奇跡だ。
「あぁ!もう喋らないで!血が出てきちゃうよ!」
また知佳は笑った。さっきよりぎこちない…やっぱり痛みが…。
「へへ…っ…もう…延め…い…措…置な…んて…無駄…だよ…。」
舞の痛みも段々強くなってきた。もう脚が動かない。
「知佳!諦めないで!もうすぐだよ?すぐ来るから!」
舞も必死に呼び掛けた。
「もう…体のかん…かく…ぐふっ!ぅ…ないし…まい…だけ…で…も…」
知佳の手を握った。生暖かい血がべっとりついている。体温が…低すぎるよ…。
「…これで…やっ…と…パパの元に…い…け…。」
呼吸数が徐々に減って…。
「パパさんもあっちにはいないよ!知佳、頑張って!パパさんに再会するためにも!」
知佳の目から光が失われていく…。
「まい…のそう…い…す…き……よ…?」
急に口から血が流れ出した…知佳の頬を伝って床に垂れていく…。真っ赤な液体…くちから…どろどろ…。
「ち…かぁ…。」
舞の瞳から涙が止めどなく流れていく…ダムが決壊したかの様に止まらない。もう知佳は…。
「あ…り…とう…ま…ぃ…。」
同時に知佳のまぶたが閉まった。呼吸もとまって…知佳は永遠の眠りについた。
「ちかぁ…こんなことで寝たら…風邪…ひくよぉ…。」
知佳は喋らない。
「ねぇ?知佳…また…買い物、一緒に行こうよ…?ねぇ…知佳ったらぁ…うぅ…。」
舞は大声で泣いた。それは雷鳴の如く轟々とGC内に鳴り響き、それに気付いた救急隊が舞を保護したのだった。
千人程を収容できる講堂には50人程度の人が居てみな一様に怪我を負っていた。泣きじゃくる女性、死んだように眠る男性…それを囲む兵士たちにも疲労の色が見える。生存者の中に医療班の人が居て応急手当は施したようだが…食糧が少なすぎる…それにいつこの避難場所が敵にバレるか分からない。油断は出来ない状況だ。
舞の涙はとうに枯れてしまい泣くことすら出来なくなっていた。瞳は死んでしまい生きることを諦めた死人のようで舞は二晩の間、配給食を口にしなかった…。