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第二話 木が見せた光景

その夜、屋敷のベッドで目を閉じると、裏庭の木からかすかな念話が届いた。


『見えるか、レティシア。北の平原の光景だ』


 瞼の裏に、炎と氷がぶつかり合う戦場が広がった。ルーカス様が剣を振るい、迫る氷の魔物の一撃を退ける。仲間たちが村人を誘導しながら、炎の魔物の群れを食い止めていく。まるでその場に立っているかのような臨場感だった。


『木々は、風と共に遠くの気配を運ぶ。案じずとも、あの者たちは無事に戻る』


 目覚めた朝、私はその夢が、現実の一部を映していたのだと、後になって知ることになる。


 翌日、我が家の居間には求婚状の山ができていた。城から帰宅した父は、それを見て眉を上げた。


「王家は昨夜のうちに、エドヴァルド殿下の処分を決めたそうだ」


「昨夜というより、以前から決めていたのでしょうね。あの方はいつか問題を起こすだろうと」


 母が容赦なく言い切る。


「殿下とマルグリット嬢は結婚し、二人で辺境の開拓地へ向かうことになった」


「あら、お似合いですこと。あちらのスキルなら、王都より開拓地向きでしょうし」


 良かった良かった、と話を終わらせようとしたら、


「それでは次は、レティシアの新しい婚約者だ」


 と言われた。うぇ、という気持ちを隠さずにいる私を無視して、父と母は次々と求婚状を開封していく。


「あら、サイラム侯爵家からだわ。こちらの子息、以前あなたに『地味で使えない女だ』と言っていたはずですけれど」


「ライト伯爵家の方は『陰気な顔で王子の隣に立つ気か』と、確かおっしゃっていましたね」


「こちらの方には『さっさと身を引け、身の程知らず』と」


「こちらの方に至っては『真実の愛を引き裂く悪女』とまで」


「こちらの子息など、去年の夜会で挨拶すら返してくださいませんでしたわ」


「………」


「なぜそんな侮辱を受けて、これまで黙っていたのだ!」


 二人から同時に怒られてしまった。父に至っては、


「これは丁寧にお断りの返事を書かねばならないな。ご子息は殿下とマルグリット嬢がお好きなようだから、辺境の開拓地へ行かせてやれ、と添えておこう」


「他にも、似たような文言の手紙が山ほどありますわ。皆さん、手のひらを返すのがお早いこと。昨日までの侮辱をすっかり忘れたかのような文面ばかりで、いっそ感心してしまいますわ」


 母が呆れたようにため息をつく。求婚状の差出人の顔ぶれを見るに、私を侮辱していた家がそっくりそのまま、手のひらを返して縁談を持ち込んできているらしい。数日前まで陰口を叩いていた相手からの甘い言葉の数々に、私はいっそ笑いたくなってしまった。


 周りに黒いオーラが渦巻いている。私はしどろもどろになりながら答えた。


「え、えーと、心の中で何を思うかは自由ですし、口に出すのは軽薄だなぁと思ったくらいで、特に気にしていなくて……」


「お前は昔から、妙に肝が据わっていると思ってはいたが……人はもっと、辛い時は辛いと言っていいのだぞ」


 父の思いがけない優しい言葉に、少しだけ胸が熱くなった。


 父が頭を抱える横で、母が一通の手紙を手に取った。


「あら、これは求婚状じゃないわ。『明日、お会いしたい』ですって。ルーカス・ヴァレン様から」


「ルーカス様が……?」


 胸の奥が、妙にざわついた。彼とは学園の行事で言葉を交わす程度で、特別親しかったわけではないはずなのに。

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