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第63話 小蓮の秘密1

 俺たちは門をくぐった。

 視界が一瞬だけ歪む。


 足元の感覚が抜けて、次の瞬間、見慣れた門の入り口に戻ってきた。


 赤城さんと真宮寺さんは報告をしに協会の中へ。

 小蓮は念の為、医療ルームで見てもらうことになり、俺は小蓮について行った


「戦闘中に発作。戦闘後、リッチのドロップ品のリカバリードラフトを飲みました」


「リカバリードラフト?」


 医療班の人が一瞬だけ目を見開いた。

 でも、すぐに表情を引き締め、小蓮の前に膝をつく。


「羽賀登野小蓮さん、体調は?」


「はい。異世界に行く前より調子がいいです」


 小蓮ははっきり答えた。


 医療班の人が小蓮の脈を確認し、腕輪の数値も確認した。


 表示を見た職員が、眉を上げた。


「数値、安定しています」


「本当に、もう大丈夫なんですか?」


 俺は職員に聞いた。


 医療班の人は、腕輪の表示を確認しながら答える。


「少なくとも、今確認できる範囲では異常はありません。呼吸、脈も安定しています」


 その言葉を聞いても、すぐには安心できなかった。

 さっきまで小蓮は、俺の腕の中で今にも消えそうだった。

 それが今は、普通に椅子に座っている。

 急に良くなりすぎていて、逆に信じきれなかった。


「夏、そんな顔しないで」


 小蓮が俺を見る。


「いや、だって」


「本当に体が軽いの。胸も苦しくないし、息も普通にできる」


 小蓮はそう言って、自分の手を開いたり閉じたりした。


「今まで、ずっと体の奥に重いものがあるみたいだった。でも、それがなくなった感じがする」


「……本当か?」


「うん」


 小蓮は少しだけ笑った。


「今までより、ずっと楽」


 その言葉で、胸の奥が詰まった。


 俺はずっと、小蓮の薬を探していた。

 異世界に行けば、いつか見つかるかもしれないと思っていた。

 でも、まさかこんな形で手に入るなんて思っていなかった。


 医療班の人が記録を終える。


「今日は様子を見てください。何か違和感があれば、病院で詳しい検査を受けてください」


「はい」


 小蓮が素直に頷いた。


 俺も頭を下げる。


「ありがとうございました」


 医療ルームを出ると、廊下の空気がやけに冷たく感じた。


 協会の中は、いつも通りだった。

 職員が歩き、探索者が受付に並び、モニターには依頼情報が流れている。


「夏」


 隣から声がした。

 小蓮が俺の顔を覗き込んでいる。


「家に帰ろう」


「……ああ」


 赤城さんと真宮寺さんは、まだ報告中だった。

 俺たちは職員に帰宅することを伝え、協会を出た。


 夕方の光が、建物の壁を薄く染めていた。


 小蓮は俺の隣を普通に歩いている。

 そのことがとても嬉しかったから、思わず視線が小蓮を追う。


「夏、見すぎ」


「悪い」


 小蓮が少し笑う。

 その笑い方も、いつもより元気に見えた。


 俺は顔を上げて、目を逸らす。


「……帰ったら、父さんと母さんに話さないとな」


「うん」


 小蓮の返事は静かだった。



 家に着くと小蓮は「少し一人になりたい」と言って、自分の部屋に入ってしまった。


 無理もないと思った。


 リッチ。

 発作。

 リカバリードラフト。


 俺だって、頭の中が整理できていない。


 しばらくして、両親が店から帰ってきた。


「ただいま」


 母さんの声が玄関から聞こえる。

 俺はリビングの椅子に座ったまま、返事をした。


「おかえり」


 父さんと母さんがリビングに入ってくる。

 母さんは俺の顔を見るなり、眉を寄せた。


「夏、どうしたの?」


 俺は少し迷った。

 何から話せばいいのか分からなかった。


「小蓮は?」


 母さんがリビングを見回す。


「部屋にいる。帰ってきてから、ずっと」


「体調が悪いの?」


「……悪かった」


 母さんの表情が変わる。


「悪かったって、どういうこと?」


「異世界で発作が出た。かなり危なかった」


「夏」


 母さんの声が震えた。

 父さんは黙って俺を見ている。

 

 俺は息を吸った。


「ダンジョンでリッチっていうモンスターと戦った。小蓮はみんなを守ってた。でも、無理をして、発作がひどくなった」


 母さんが口元を押さえる。


「それで……今は?」


「今は大丈夫。リカバリードラフトが飲めたんだ。異世界に行く前より調子がいいって言ってた」


 母さんは何も言わなかった。 

 父さんも黙っていた。

 

 リビングに、時計の音だけが響く。


 その時だった。

 リビングの入り口で、床板が小さくきしんだ。


 振り返ると、小蓮が立っていた。

 部屋着に着替えている。 


 顔色は悪くない。 

 むしろ、今まで見たことがないくらい血色がいい。

 でも、その表情は真剣だった。


 小蓮は、ゆっくりリビングに入ってきた。


「お母さん、お父さん。ちょうどいいいいね。夏に話す時がきたかも」


 母さんが少し戸惑った顔をする。


「小蓮、体は本当に大丈夫?」


「うん。大丈夫」


 小蓮は頷いた。


 小蓮は俺の隣に座った。

 母さんはその向かいに腰を下ろす。

 父さんは少しの間、テーブルの木目を見つめていた。


 リビングの空気が重くなる。

 

 父さんが、静かに口を開いた。

 

「夏が生まれた日の朝のことだ」


 父さんが、ゆっくり口を開いた。


「母さんは病院で、お前を産んだばかりだった。俺は仕事の為に、家に戻ることになった」


 急に俺が生まれた日の話が始まっていた。


 小蓮は、驚いた様子もなく尋ねる。

 

「その帰り道?」


「ああ」


 父さんは頷いた。


「少し遠回りをした。落ち着かなかったんだろうな。そこで、あの公園の横を通った」


 父さんの声が、少しだけ低くなる。


「あそこには、小さな蓮池があった。朝の光の中で、蓮の花が咲いていた。その蓮池のそばで、俺は布に包まれていた赤ん坊を見つけた。まだ本当に小さかった」


 俺は息を止めた。


「だから、小蓮?」


 母さんが頷く。


「そう。小さな蓮。泥の中からでも、まっすぐ咲く花みたいに、強く育ってほしかった」


「蓮池……」


 小蓮が小さく呟いた。


 父さんは小蓮を見る。


「見つけた時、その布の中が、ほんの少しだけ光っているように見えた」


「光っていた?」


 小蓮が聞き返す。


 驚いているというより、確かめるような声だった。


「光を浴びたわけじゃない。ただ、布の奥で、お前自身が少しだけ光っているように見えた」


 部屋の中が静かになる。


 俺は、ダンジョンで見た小蓮の姿を思い出した。

 リカバリードラフトを飲んだ後。

 金色と白い光に包まれて、神々しいくらいに見えた小蓮。


 母さんが小蓮の手を握る。


 驚いて泣くわけでもない。

 取り乱すわけでもない。

 でも、その横顔は、いつもより少しだけ遠く見えた。


「僕、自分が実の子じゃないことは知ってた」


 小蓮が静かに言った。


「でも、そんな場所で見つかったなんて知らなかった」


 俺は小蓮を見る。


「小蓮……」


「大丈夫」


 小蓮は俺を見て、少し笑った。


「そこは本当に大丈夫。お父さんもお母さんも、私のお父さんとお母さんだから」


 その言葉に、母さんの目が潤んだ。

 父さんは何も言わなかった。

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