三十五話
「武。こんなところにいたのかい」
地平線に沈む夕日を眺める武にかかる声。
振り向けば柔和な表情を浮かべたアルシュの姿があった。
「アルシュか。どうしたんだ?」
「【神雷を制する天空】の王座奪還は失敗したようだよ。
それと貸し与えた魔導人形も全壊。回収もできないようだ」
「はっ、驚くようなことじゃねぇだろ。あんな連中が現ゼウスを打倒することができないのは誰でもわかることだ」
【神雷を制する天空】の幹部連中の態度を思い出し、吐き捨てるように言う武。
先日武は、ヒルデブラントと共に【オリュンポス】に赴いた。その目的は【神雷を制する天空】に【真なる世界】が作り出した試作型の魔導人形を譲渡するためだ。
【真なる世界】と【神雷を制する天空】は今の今まで協力関係にはなかった。両者とも掲げている目的が大きく違うのだから当然ではあるが。
しかし盟主から【神雷を制する天空】のイグナティオスに接触。交渉の結果ヒルデブラント達兵器開発、研究者部門が作り出した試作型の魔導人形を貸し与えることとなったのだ。
(こちらとしては目的のものは手に入ったし、試作型のデータも採取できた。何も問題ないけどよ……)
終始こちらを見下すような態度のイグナティオスの事を思い出し、再び腹が立つ。
「で、誰がイグナティオス達を倒したんだ? やっぱりゼウスか」
「いいや、【神雷を制する天空】を打倒したのはゼウスじゃなくて【神殺士】となった鳴神雄斗だそうだ」
「……。うん? アルシュ?」
信じがたい言葉を耳にして、思わず武は仲間の顔を見つめる。
アルシュは苦笑して、改めて言う。
「【神殺士】となった鳴神雄斗がイグナティオス達を、彼らが乗り込んだ試作型の魔導人形を木っ端みじんにしたそうだ」
「……何だって!?」
まさか聞き間違いかと思ったが、再度繰り返された言葉に武は仰天する。
しかし彼が嘘を言うはずもない。しばし唖然とし、大きくため息をつく。
「……。まさか【神殺士】になるとは。
こっちはようやく【覇神力】を使いこなせるようになってきたってのに。一足飛びで俺を超えやがったか」
「ディアボロに 。彼らに次ぐ【アルゴナウタエ】三人目の【神殺士】だ。
いずれ僕たちと手を取り合う仲間としては心強くもあるけど、敵対している現在では厄介な存在かな」
「謙遜かよアルシュ。──同じ【神殺士】であるお前ならどうにでも対処できるだろうさ」
武の言葉に微苦笑するアルシュ。
否定はしない。かといって肯定もできない。そんな顔に武は自然と頬が引き締まるのを感じる。
「アルシュ。【艦】に戻る。奴の戦闘の映像を見せてくれ」
「すでに麗華さんが用意しているよ。素晴らしい伴侶だね」
微笑みながら言うアルシュ。その言葉からかすかな寂寥感と羨望の気配がある。
それにはあえて触れず武は彼共に【艦】に戻る。
「しかし王の野郎が作った魔導人形は全損か。
【アルゴナウタエ】や多元世界の研究者が蟻のように群がり研究するだろうな」
「──かまわん。そもそもそれさえも見込んで【神雷を制する天空】に貸し与えたのだから」
艦外に到着し、中に通じる通路に向かっていると頭上から声が聞こえる。
視線を向ければ夕焼け色に染まっている【艦】の船体に一人の人物の姿があった。
「これは盟主殿。そんなところで何してるんですか」
「何、久しぶりに外の空気に当たろうと思ってな。長く動けない体だが室内に籠りすぎるのも良くはないからな」
そう言って視線を空に向ける盟主。何かを思い返しているような表情だ。
「──鳴神雄斗と言ったか。【アルゴナウタエ】の三人目の【神殺士】は。
しかも当代の【万雷の閃刀】の所持者と聞いているが」
「はい。ご報告した通り【高天原】の戦いで確認しました」
「できる奴ですよ。あと数年もすれば【|十導士(俺達)】に並ぶ可能性がある武士──だと思っていたんですがね。
よもや【神殺士】になるたぁ。わからんものです」
「……」
武たちの言葉に返事を返さず、盟主は茜色に染まる雄大な自然に目を向けるばかりだ。
邪魔をしては悪いと思い、武とアルシェが顔を見合わせて立ち去ろうとした時だ、再び彼は言葉を発した。
「武、アルシュ。明朝、円卓に集まれ。これからの作戦行動について話す」
「今でも俺たちは構いませんぜ?
というか、今集めたほうが良くないですか」
今日は珍しく【十導士】全員が近くにいる。招集をかければ全員来るだろう。
そう思い武は言うが、
「新たな【神殺士】が生まれ、【アルゴナウタエ】の元にいて我らの前に立ちはだかる可能性が高い以上、作戦行動に少々修正が必要だ。
その為少し時間を要する。明朝、円卓に集まれ。来なかった十導士には私から通達しておく」
盟主はそう言うと、音もなく体を浮かび上がらせどこかへ飛んでいく。
彼の姿が大自然の中に消えた後、武とアルシュは微苦笑する
「やれやれ。相も変わらず我らが盟主殿はお優しい」
「盟主と言っても形だけだからね。僕たちは一つの目的のために集まった同志なのだから」
「しかし久しぶりの招集。もしかして【艦】のことだろうか」
「おそらくね。【艦】を完成させるための物資がようやく見つかったとテオドリックも先日、言っていたからね」
「そうか。ならとうとう本格的に多元世界に対して動き出すわけか」
今まで【真なる世界】は事件は起こしつつも、それらほとんどは各世界を揺るがすようなものではなかった。
活動はしていたが【失われた世界】での探索や各世界でひっそりと動いていた。全ては【真なる世界】の目的──あるべき正しい世界にするために。
そしてその最終目的を達成する最重要手段の一つが【艦】の完成──。これが達成されれば【真なる世界】は表舞台に表し、今まで敵対していた多元世界すら味方につけることができるだろう
(次相まみえるときは敵か、それとも味方か。楽しみだぜ雄斗)
武はそう思い、小さく笑うのだった。
◆
「隣、いいかな?」
「勝手に座るといい」
かけられた声の方を振り向かずカルロスは言い、空のグラスに新たな酒を注ぐ。
「何飲んでるんだカルロス。
さっきから勢いよく飲んでいるから美味そうかと思ったがお前、顔をしかめてるじゃないか」
「龍吐。ここでは有名な悪酒だ。
今回の仕事は失敗したからね。戒めのようなものだ」
「なるほど。じゃあ俺は蟠桃女を頼むとするかね。
あ、店主。今年で来たての、一番いいやつを頼む」
軽薄そうな声で隣に腰を下ろした男は言い、店主に注文する。
そんな彼をカルロスは軽く睨みつける。
「私に対しての嫌味かね。ここの名産であり一番美味いとされている酒を頼むとは」
「他意はないよ。ただこの酒は俺のお気に入りの一品だし、ここに来たときはよく飲んでいるからさ」
カルロスの視線を全く意に返さず、男は暢気そうな声音で言う。
そして運ばれてきた蟠桃女の酒瓶を自分で開け、豪快に飲み干す。
「はー美味い。仕事明けの一杯はたまりませんなー」
「浮かれている貴様に悪い知らせを一つ、教えてやろう。鳴神雄斗のことだが」
「知っているよ。記憶が元に戻った上、先日の【オリュンポス】の一件で【神殺士】になったんだろう?」
早々に蟠桃女を空にして二本目を注文した男は言う。
「貴様……」
「あんたと同じ時期に俺も【オリュンポス】にいたからな。
それに偶然を装ってあいつとも接触した。ま、力も気配も隠していたし向こうは俺に気づかなかったけどな」
からからと笑う男。
「どうするつもりだ?」
「【万雷の閃刀】についてか? そうだなぁ。記憶が戻っただけならいつでも奪還できたが【神殺士】になってしまったからなぁ。
鳴神少年が死ぬまで待つとしようかね」
「ずいぶん悠長だな」
「今すぐ欲しいってわけじゃないからな。元々【七雄神財】が他の神財とどのように違うのか知りたくて盗んだわけだし。
あと十年ぐらい待てば何とかなるだろうさ。何せ【神殺士】の生涯は神々とは比較にならないほど戦いに塗れているのだから」
そう言ってにやりと笑う、ゲイル・トレジャール・ヘルメス。同じ【欲望の輩】であり【五欲王】の一人でもある彼の浮かべる笑みを見て、カルロスは小さく息をつく。
一見、普通の笑みに見える表情だが彼をよく知るカルロスから見ればそれは執念深さが感じられる。
他の【七雄神財】を狙えばいいと思うカルロスだが野暮なので口にはしない。またそれはカルロスに対し狙った獲物と戦うなと言うのに等しいからだ。
「店主、 を貰えるか」
「ルプス。お前までここにいたのか」
「ああ。お得意様との取引でな。
ここに立ち寄ったのは完全な偶然だから俺も驚いてはいる。
まさか【欲望の輩】の【五欲王】が三人、どこにでもあるような飲食店で遭遇するなんてな」
ゲイルとは反対の、カルロスの左側に腰を下ろす男。
自分たちと違い高級なスーツに身を包んだ彼。どこにでもいる会社員に見える彼は【五欲王】の一人でもあり【欲望の輩】を結成した盟主、ルプス・スミス・ロートシルト・マモンその人だ。
「ところで今お前たちの肴になっていた鳴神雄斗だが、近いうちに接触してみようと思う」
しばらく注文した酒を口にし、お互いの近況や雑談をした後、ルプスは言う。
「それはまた、どうしてだ?」
「俺自身が興味があるからだ。
それに清濁併せもつ気質の持ち主なら、俺と裏で手を組むぐらいはするかもしれん」
「俺たちは濁と言うより毒じゃないかねー」
「ははは。そうだな。
だが毒を以て毒を制すという言葉もある。都合をつけて会ってはみるさ」
「俺たちは制される毒だと思うのだけどな……」
肩をすくめるゲイル。呆れるカルロスの言葉に笑うルプス。この様子では気を変える様子はないようだ。
まぁ自分たちと同格であるルプスならば今の雄斗と万が一戦ったとしてもやられることはないだろう。
店の閉店まで飲み明かした後、カルロスは二人と別れ泊っているホテルに戻る。
ホテルの最上階から深夜だというのに煌々とした明かりがつく街並み──【崑崙】の首都、蓬莱を眺めながらカルロスは思う。
(ヘンリク。貴様の最後の弟子は、どれだけの死線を潜るのだろうか)
【クレタの魔宮】でも【オリュンポス】でも剣を交えたカルロスは思う。仇敵だったヘンリクを大きく凌ぐ、底知れぬ才を持った男だと。
あと数年もすればヘンリクとの最後の戦いのときのような、心身共に恐怖するも悦ぶような戦いを味わえると。
「そんな日が訪れるまで、頼むから死んでくれるなよ」
夜空に輝く三日月。その黄金の輝きと曲線を見てカルロスは雄斗の剣戟を思い浮かべるのだった。
次回更新は1月31日 夜7時です。




