三十四話
「グラディウス!?」
「どうしてここに……!?」
眼前に出現した【異形王】を目にした二人は当然身構え、雄斗の前に出る。
しかし雄斗はその二人の肩を掴み、言う。
「二人とも下がってろ。一応こいつは俺の命の恩人だ」
「”一応”は余計だと思うぜ? 【タルタロス】で無防備に寝っ転がっていたお前を拾ってやったんだし。
しかしお前の戦いぶりは予想以上に見事だったぜ。ジルメルとも、イグナティオス達とも。
そのせいか少し、昂ってしまってな」
笑みを浮かべているグラディス。
しかしこちらに向ける視線には抑えきれない戦意が宿っていた。
「少しだけ、剣を交えようぜ。これでお前を助けたことはチャラにしてやるよ」
黒刀を出現させながらグラディウスは言う。
それを聞いてマリア達の魔力が一気に高まるが、雄斗は二人の肩に置いた手に力を込めて、
「二人とも、離れていてくれ。すぐ終わる」
「雄斗君!」
「雄斗さん、でも……!」
「癇に障るがあいつは俺を殺す気はない。言葉通り今の俺がどれほどのものか少しでも体感したいんだろう。
心配はいらないから下がっていてくれ」
強引に二人を横に追いやり、雄斗は横に浮遊させていた【万雷の閃刀】を握る。
前に出る雄斗。こちらの様子を見て雪菜は後ろに下がるが、右側のマリアは動かない。
「マリア」
「……。わかったよ。
でも不味いと思ったときは参戦するからね」
不満ありありの顔でマリアは言い、雪菜と共に後ろに下がる。
二人が距離を取り、戦いの余波に備えて防御魔法を張ったのを見て、雄斗はグラディウスに向き直る。
彼は漆黒の剣を手にし、うきうきした顔で待っていた。
「それじゃあ早速始めるか」
「ああ」
両者、短く言葉をかわし攻撃態勢を取る。雄斗は大上段に【万雷の閃刀】を構え、グラディウスは剣を握ったまま棒立ち──”無形”の姿勢となる。
(当然だが隙がないな)
普通に見れば隙だらけだが、雄斗たち神域の達人からすれば真逆の印象になる。何せどこに打ち込んでも防がれるか迎撃されるイメージしか沸かないからだ。
しかし、だからといって剣を引くことはない。勝てる勝てない以前に一個人として、この男を前にして引くことを自分自身が許さないからだ。
(出し惜しみは無しだ。──全力で行く)
心中で呟き、雄斗は自身の体力魔力、【万雷の閃刀】に宿る雷。
己に残っている全ての力を総動員し、言霊を口にする。
「雷よ。天を支配し、地を砕く至高の輝きよ。あらゆるものを屈服させる力の権化よ。我が元に集え」
雄斗の体を覆う膨大な虹色の雷が、虹の輝きを放つ鎧と衣装に変化し体を包む。
「汝は神も悪魔も畏怖させ、まつろわせる聖なる剣。いかなる困難も苦境も切り払う魔刃なり」
言霊を口ずさみながら、雄斗は【万雷の閃刀】に頼み、彼から流れ込む魔力を全開にしてもらう。
それを使用しできうる限りの治療と限界ギリギリまで進退を強化する。
「万の雷霆を束ねし汝、その真価をここに顕現せよ。あらゆる障害を排除する雷霆、この世に二つとない至高の鋼をこの世に顕せ。
我に勝利を、齎すためにーー!」
吠えるように叫ぶ雄斗。
【神殺士】となって初めての【掌握】。【万雷剣群】を見て、グラディウスは目を輝かせる。
「ほう、【万雷剣群】を使うか。
良い、良いぞ。実に俺好みの覇気を放ってくれる!」
雄斗の姿を見て狂喜するグラディウス。雄斗は言葉を返さず、全身より虹色の稲妻を放ちながらグラディウスに斬りかかる。
放つ剣戟は稲妻の如く苛烈で直線的。しかし技の繋ぎには微塵の乱れも無い。そして一撃の威力も以前とは比較にならないほど重く、強い。また剣戟の合間に雷撃も放つ。
「思った通り、いやそれ以上の凄まじき力だ。鋭い剣だ。
【神殺士】になった上、【万雷の閃刀】があるからか? 雷撃の威力も以前の比じゃないな!」
【オリュンポス】の空に生まれる、天地を割く必殺の剣戟と雷撃。
並の神なら一太刀で切り伏せられるであろう、切り砕かれるであろうそれを【戦帝】は剣と異能を使って防ぎ、受け流す。
【神殺士】となった状態での【万雷の閃刀】の【掌握】。今の雄斗なら、先程のイグナティオスたちを瞬殺できるほどに強くなっている。
そんな雄斗が放つ攻撃をグラディウスは余裕の態度で対応する。しかしそれを見ても雄斗は何も思わない。
そんな余分な感情はすべて、ただ切るという思いに注ぎ込み、【戦帝】に迫る。
「そろそろこちらも反撃するとしようか!」
言葉と同時、繰り出される【戦帝】の剣。
以前と同じいつ繰り出したのか不明と感じる不可視、不感知の剣戟。しかし今の雄斗にはそれがはっきりと視えている。
(視える──)
前回の戦いで一瞬だけ見た、グラディウスの本気の一太刀。あれから逆算しておそらく今の剣戟は五、いや六割ぐらいというところだろうか。
手加減されているがそれでも、今の雄斗でさえ気を抜けば両断される漆黒の剣閃。雄斗は閃電となって回避し、反撃する。
またグラディウスは剣戟だけではなく異能を放ってくる。対する雄斗も反撃の来手を放つ。
繰り出される漆黒の球体が虹色の稲妻を砕くが、雄斗の虹色の雷撃もまた黒の球体を破壊する。【オリュンポス】の広大な空で起こる虹色と黒の激突。剣戟、攻撃の余波が大気を震わせ風を巻き起こす。
ほんの刹那、マリアたちのことを考え、しかしすぐに頭から消える。
今、この戦いのことだけを考えなければまともな手傷も負わせられない。眼前の敵はそう言う相手だからだ。
「ははっ、思った以上に愉しいぞ。鳴神雄斗! ──だがこれ以上やると歯止めが利かなくなる」
雄斗の限界が近いことを悟ったのだろう。グラディウスは距離を置くと、再び”無形”の型を取り、言う。
「この一太刀で終わりとしよう。お前も全力の一撃を放ってこい」
「言われるまでもない」
漆黒が圧縮されている黒の太刀を見て、雄斗も【万雷の閃刀】に虹色の稲妻を集める。
グラディウスが放つであろう一刀に拮抗するのは、雄斗の最大最強の一撃のみ。未だ未完成ではあるが万を超える雷霆で空間ごと切り裂く剣戟。
そして雄斗の準備が終わった次の瞬間、グラディウスは動き、雄斗も剣を振るった。
「【天地斬】」
「【天地万象に煌めけ、極雷の神刀】ー!」
放たれる二つの剣戟。空間すら切り裂く至上の一刀が蒼穹にて激突する。
衝突する白黒と虹色。しかし拮抗は一瞬。
白黒の剣戟は虹色の斬撃を破壊して雄斗に直撃。一瞬で雄斗の全身に無数の切り傷を生んだ。
「ぐっ……!」
空に舞う己の赤の血飛沫。
激痛を感じながら雄斗はそれを視界にとらえ、落下しないよう必死にその場に止まる。
雄斗の放った渾身の一撃は、文字通り渾身だ。体に宿る全ての力を今の一撃に乗せた。つまり今の雄斗は剣を振るうことはもちろん、最低限の防御魔術も使用できない状態だ。
本来なら”浮遊”の魔術も解除され地表に向けて落下しているのだが、そうなっていないのは【万雷の閃刀】から流れてくる魔力を使用して、かろうじて体を空に留めているからだ。
(雄斗君!)
(雄斗さん!)
マリア達の悲鳴が念話で届く。
しかしそれを気に留めず雄斗はグラディウスを睨みつける。
戦う力全てを使った結果の、弁解の余地もない完敗。だがそれでも【戦帝】戦意と殺意を込めた、刃のような眼差しを向ける。
負けはしたが戦意は失っていないこと、屈服していないことを示すために。
「予想以上にいい一撃だったぜ。鳴神雄斗。
まさかほんのわずかとはいえ【天地斬】と拮抗し、突破するとは」
黒刀を消して言うグラディウスに雄斗は眉を潜める。
突破とは一体何のことだと思ったその時だった。【異形王】はそっと右頬を指で拭う。
それを見て雄斗は目を見開く。彼の指がなぞった右頬には鮮血を流す切り傷があったからだ。
先程までにはなかった傷。──グラディウスの言う通り【天地万象に煌めけ、極雷の神刀】が彼に届いていたのだ。
傷から察するに砕けた剣撃の破片のようなものが原因だろう。
だが少し、小さいとはいえ、雄斗の剣戟によりグラディウスは傷を負ったのだ──
「しかし現在でこれならあと十年もすれば本気を出せそうだ。
期待してるぜ雄斗。【異形種大戦】ぶりに、俺に本気を出させてくれよな」
そう告げてグラディウスは黒渦を生み出し、去って行った。
姿を現した時と同じあっさりと姿を消す。相も変わらず自己中ともいえるグラディスの態度に辟易しながら、雄斗は【万雷の閃刀】から流れてくる魔力や回復魔術で必死に傷を癒す。
「雄斗君、大丈夫!?」
「ああ。もう傷は治っている。平気だ」
心配そうな二人に向けて雄斗は笑顔を作り言う。
傷はおおむね完治したが、正直、今にも倒れそうなぐらい疲弊はしている。だが心配させないため、また男としての意地でそれを見せないよう振る舞う。
しかしそんな雄斗に二人は同時に抱き着いてきた。
「二人ともどうした?」
雄斗は問うが答えは返ってこない。
何かの冗談かと思ったが二人の体がかすかに震えていること、そして軽く鼻をすすっている音を聞き、動くのをやめる。
「……経緯はどうであれ、生きていてくれて、本当に良かった」
「あのまま、もう二度と会えないんじゃないかと思っていました……」
雪菜の涙交じりの声を聞いて、雄斗は【オリュンポス】に来る前二人を突き放したことや再開した後もきつい態度を取っていたことを思い出す。
「……。あー、なんだ。二人とも」
「いいの。今は何も言わなくて」
あんな態度を取った自分の生存を喜んでくれている二人に感謝の言葉を継げようとするが、マリアがそれを止める。
「ただ今は、君が生きていたことを、喜ばせて」
そう言って抱きしめる力を強めるマリア達。
柔らかく温かい二人の体温。そして心底己を想ってくれているのを感じ、雄斗は無言で二人の頭に手を伸ばす。
そして感謝と親愛の想いを込めて、二人の頭を優しく撫でるのだった。
次回更新は1月27日 夜7時です。




