二十九話
【聖者の縛輪】の改造品に身動きを封じられながら、マリアたちは自身を捕らえたロマノスと共に王城内を進む。
お互い、何も話さず無言。両者の間には殺意と敵意しかないピリピリとした空気が漂っている。
捕まっているマリア達だが、当然大人しくしてはいない。体内の魔力を活性化させ病原菌を少しずつ消滅させていた。
そしてある程度体調が回復したマリアたちは隙あらば、力任せに【聖者の縛輪】の改造品を破壊してロマノスを抑え込もうとしていた。
しかし相手もイグナティオスと共に【神雷を制する天空】結成以前から神の座を継ぎ生き抜いてきた猛者。こちらに背を向けてる様は隙だらけに見えて隙がない。
戦うとなれば万全の状態でも厳しい相手。そして今の状態ならば四人が一斉にかかってようやく互角といったところだろう。
「ロマノス。……これはこれは」
懇親会が行われている会場の手前で、マリアたちはラオメドンと遭遇する。
彼はこちら──特にアイシャに愉悦と侮蔑の思った眼差しを向けた後、仲間に話しかける。
「ラメオドン。もう来ていたのですか」
「ああ。エリニュエスの神器を宿した魔導人形も順調に稼働しているからな。
外にいる連中は雇った【戦欲王】と残っているディケオスィニを総動員して食い止めている。
ジョンが返事をするまでは保つだろう」
「それは重畳。それでは私達もイグナティオス様と合流するとしましょう」
二人が城外にいる警備や兵たちが駆け付けない理由を聞き、マリアは大きく目を見開く。
【欲望の輩】のトップが一人、【戦欲王】。【七英雄】に匹敵する強者であり、当代随一の戦上手として知られている。
(こちらへ混乱を起こすこと。そして何より時間稼ぎにはもってこいの男ね……!)
かつてラフシャーンと戦い、押されながらもラフシャーンが追っていた人物を逃走させ、己も無事に逃げおおせたという話を思い出し、マリアは歯噛みする。
ロマノスと同じく並ならぬ強者の空気を漂わせるラメオドン。マリアは眉間の皺を深くしながらも、彼らの隙を伺う。
しかし隙を見つけるより早く、一行は懇親会が行われている会場に到着してしまう。
「来たか二人とも。……おや、会場にいないと思ったら」
「ルカ……!」
会場に入るや隣にいるシンシアがイグナティオスに捕まれたルカを見て息を吞む。
「雪菜……!」
「一人ぐらいは何とか逃げているかと思ったが」
「魔力は使用したようじゃが戦い、傷ついた様子はない。儂らと同じく搦め手を使われたか」
顔を青ざめさせる舞香。舌打ちするような表情のアザード。いつもと同じ落ち着いた様子のヴィハーン。
ロマノスたちに連行されているマリアたちを見た会場の重鎮からも声が上がる。
そんな彼らにロマノスは嗜虐的な笑みを浮かべ、言う。
「ええ、バルコニーで見かけたので連れてきました。交渉の方はどうなっていますか?」
「今答えを聞くところだ。──さてジョン。先程も言ったが改めて問おう。
王権と【オリュンポス】支配権の移譲に向こう十年間の【オリュンポス】の閉鎖。そして貴様たち反逆者たちの処刑。
応じるか、否か?」
イグナティオスの問いにジョンは毒薬を飲み干すような苦渋の表情となる。
しかし懊悩の表情を見せたのはほんの数秒、意志を固めたジョンが口を開こうとしたその時だ、両者の間に雷光が発生する。
いや、正確に言えばそれはイグナティオスの手元──右腕に掴んでいるルカからだ。
「ルカ!」
聞こえるシンシアの叫び。
イグナティオスが目を丸くした一瞬、ルカから眩い雷光が迸る。
その輝きに皆が目を伏せる。そして直後、どさりという物音が耳に届く。
音のした方を見ればイグナティオスの足元で咳き込んでいるルカの姿があった。
「……い、けません。ちちうえ。頷いては。
【オリュンポス】の神王である御身が、テロリストに、屈するなど、あってはならぬことです。
この男は、今すぐにでも始末するべきです」
「勇猛だな。しかし愚かだぞ王子。
先程私が言ったことを聞いていなかった──」
「だから何だ。そんなことで父上がお前たちの要求を呑むと思っているのか。笑わせるな」
喉仏から手を離し、【オリュンポス】の後継者はイグナティオスを睨みつける。
「父上は今までずっと民を、世界を思う政を行ってきた。それが今の豊かで強い【オリュンポス】を造り出したのだ。
確かに民に犠牲が出るかもしれないが、お前たちを始末した後で父上がそれを避けるべく力を尽くさないはずがない」
「だが私の要求を跳ねのければ城下の民の犠牲は膨大なものとなる。それは王として許されるべきではないことだ。
そしてジョンは王の座を追われ、お前たちも民に処断される。かつての我らのようにな。
──詰んでいるのだよ、貴様たちは」
「【オリュンポス】の民を舐めないでください。イグナティオス」
空気を切り裂くような一声。
言葉を発したシンシアは凛とした表情でイグナティオスを見つめ、言う。
「ルカの言う通り父上は民に、この世界に寄り添った政を行ってきました。
自分で言うのもなんですがわたくしたち現ミディカス王家は民に慕われています。
民を奴隷か何かだと思い見下してきたあなた達とは違います」
「我が【オリュンポス】の民たちも、ただ死を座して待つような腰抜けじゃない。皆で力を合わせ抗うだろう。
いや、今この時にも彼らは抗っている。──見ろ」
ルカが城下を写している空間を指差す。
それを追い、マリアは目を見開く。地面に倒れ黒の靄に捕らわれている人たちの中で、幾人から治癒や回復魔術の光が見えていたからだ。
実のところ、回復魔術でロマノスの神威絶技は治らない。だが病魔の進行を遅らせるぐらいの効果はあるだろう。
「……!」
「今回の一件で父上を非難する声はあるだろうが、それでも多くの民は父上を支持するだろう。父上がどのような人なのかは彼らが誰よりも知っているのだから。
そして仮にお前たちが王権を簒奪しても、民たちは従わないだろう。民を家畜か奴隷としか思わないお前たちでは早々に、かつてのように王位継承戦争を起こし、敗北するだけだ。
お前が思っている以上に【オリュンポス】の民は強く、しぶとい。──改めて言うぞイグナティオス。【オリュンポス】の民を舐めるな」
【青天の雷槍】の切っ先を突き付けるルカ。
イグナティオスは何故か軽く目を見開き、沈黙する。そしてしばらくすると身を屈め、小さい笑い声を発しだす。
「──ルカか。従兄殿の名を戴いたんだったな。
なるほどなるほど。名はその人を現すというが確かに。──”俺が”この手にかけた従兄殿にとてもよく似ている」
顔を上げたイグナティオスを見てマリアは表情を引きつらせる。
今の彼の顔は今までの泰然としていた、どこか余裕のある王族のそれではない。怒りと憎しみ、そして屈辱で作られた憤怒の表情だ。
「なら今一度、この手で葬ってやろう!!」
激しい怒りの表情となって右腕を振り上げるイグナティオス。
そこに集まった超圧縮された空気がルカに向けて放たれた瞬間、マリアは【聖者の縛輪】の改造品を強引に外し王子の元に向かう。
捕らわれてから今まで、マリアはずっとアナーヒターの神威を行使し体内の病を消すことに力を費やしていた。
そして先程、それが完全に終わったのだ。
(間に合え……!)
そう思いながらマリアは駆け寄り、イグナティオスと向き合うルカの腰を掴んで横に飛びのく。
直後、左わき腹に発火したような激痛を感じる。しかしそれに構わず、割れたガラスドアの方にルカと共に転がった。
「大丈夫ですか。殿下」
「あ、ああ。僕は平気です」
呆然としながらも変わりないルカを見て、マリアは安堵の息を吐く。
しかし再びみだり脇腹に灼熱の痛みを覚え、立ち上がろうとした足が崩れ床に突っ伏してしまう。
「……マリアさん!」
驚くルカの声を聞きながらマリアは体を起こし、左わき腹に視線を向ける。
そして見た。左わき腹にドリルで削られたかのような傷があるのを。
「くっ……!」
再び立ち上がろうとするマリア。しかし誰かからの敵意を感じ、思わずそちらを見る。
視線の先には神具を纏っている冷徹な表情のイグナティオスの姿があった。
「マリア、防御しろ!」
「ルカ、逃げろ!」
ラフシャーンとテオドロスの声が響くと同時、イグナティオスから放たれる豪風。
それを見てマリアは、せめてルカだけは守ろうと残った力全てを使いルカに防御魔法をかけ、彼の前に障壁を張る。
(これで、ルカ王子は大丈夫──)
そう思いながらマリアは迫る豪風を見る。
相応の威力がある一撃。今のマリアが食らえばおそらく致命傷になる──
他人事のようにマリアは思い豪風を見つめ、そして思う。せめてもう一度、雄斗と会いたかったと。
迫る死をマリアが受け入れたその時だ。突然背後から巨大な魔力が迫るのを感じ、そしてそれがマリアの前に降り立つ。
虹色の稲妻を伴って降り立った何者かは、イグナティオスの放った豪風を腕に一振りで消滅させてしまった。
「な──」
誰かの驚きの声が耳に響く。
マリアも閉じかけていた眼を開き、その人物に目を向け、これ以上なく目を見開く。
「ギリギリ間に合ったか。──マリア、無事か?」
こちらを振り向いたのは【タルタロス】に落ちて消息不明となっていたはずの、雄斗だった。
次回更新は1月10日 夜7時です。




