二十二話
【オリュンポス】の首都リトボスには東西南北に港がある。南部は訪れる人々たちが乗った船を迎え入れ、東は各世界からやってくる商船が入港、西にはリトボスを守護し、または【オリュンポス】各地に向かう【オリュンポス】空軍の航空戦艦の港。
そして今、マリアがいる北の港には各国の要人たち専用の場所だ。
目の前に着艦したに黄金の意匠を持つ深紅の艦体。アルシア・メルフザード・ミスラ所有の艦船、ミフル・アフターヴ。その出入り口が開き、世界会議に参加する【アヴェスター】の一団が姿を見せた。
「おや、お前が俺たちの出迎えかマリア。
もしかして俺たちに内緒で【オリュンポス】に鞍替えしたのか」
「案内人はわたしの隣にいるヘラクレス様です。
エドガー様のご命令で【アヴェスター】と関わりがあるわたしもヘラクレス様と共にで迎えろと指示を受けただけですウルスラグナ様」
【アヴェスター】一団の戦闘にいる、からかうような口調でジョークを言うラフシャーンにマリアは慇懃に応じる。
マリアの返答にラフシャーンは「なんだつまらん」と肩を竦め、案内人であるヘラクレスと挨拶をかわす。
彼に続く【アヴェスター】の代表者たち。その中にはアルシアやシャハブ、シャフナーズの姿もあり、彼らに対してマリアは静かに頭を下げる。
ヘラクレスの案内の元、王城に向かう一行。城に到着し謁見の間に向かっている途中、別方向から他の一団の姿が見える。
「これはウルスラグナ殿。久方ぶりですな」
「おお武御雷じゃないか。最後にあったのは七年ぐらい前だが、あの時と変わらず剛健だな」
姿を見せる【高天原】の代表団。その最前列にいるのは当代の武御雷である鹿島頼光だ。
「ふふふ貴殿こそ。【アヴェスター】最強と謳われるその強さに陰りはなさそうですな」
「ははは。二十年近く【高天原】最強であるあんたに褒められるのはこそばゆいぜ」
握手をかわす両者。ちなみに今年四十歳である頼光とラフシャーンは一回り以上年が離れているが、両者の間にあるのは戦友のそれだ。
彼らはたった二回ほど共闘したことがあるそうだが共に互いの世界の最強故か、気が合うといったところか。
そして【高天原】の一団の中には案内人であるベオウルフに自分と同じくエドガーの命令で出迎えに行った雪菜。そして彼女の傍には異母兄弟である叢雲晴之と雪菜と手を繋いで満面の笑みを浮かべている舞香の姿がある。
先程と同じく短く一礼するマリア。二つの集団はともに王城の謁見の間に赴き、ゼウスと短い会話をかわす。そしてて各々は用意された宿泊先──王城の離れである離宮に向かう。
【オリュンポス】の警護の者たちに囲まれていった彼らを見送った後、マリアは雪菜と共に王城を見回る。
世界会議開催直前に連続で起きた【神雷を制する天空】によるテロ活動。城内にてそれが起こる可能性は限り無く低いが万が一を備えてというエドガーから見回るよう言われているのだ。
自分と同じく見回っている各世界の神々と幾度もすれ違う。そして見回りが終わり離宮に戻ろうとしたところで十字路からシンシアとアイシャの姿が見えた。
「あら」
「お二人とも、ご苦労様です」
挨拶をするシンシア達にマリアたちも頭を下げる。
そしてその横を通り過ぎようとした時だ、アイシャが言う。
「あ、そうだ。叢雲雪菜、あなたに一つ聞きたいことがあったんだけど」
「な、なんでしょうか」
「正直今聞くことじゃないと思うけど、次いつ会えるかわからないから問わせてもらうわね。
あなた、雄斗とは婚約解消したの?」
「……アイシャ!」
悪意なく傷口を抉るようなアイシャに思わずマリアは声を荒げる。
そして雪菜を見れば顔面蒼白で、今にも泣きだしそうな表情だ。いや目じりにわずかだが光るものが見える。
「雪菜ちゃん、大丈夫?」
「す、すみません……」
「その様子だと本当みたいね。……本当、何考えていたのかしらあいつ」
「アイシャ、あなた……!」
悪びれない彼女にマリアは眉を吊り上げる。
雄斗がどうなったのかは知っているだろうにこの態度は何なのか。
「ゴメン、悪かったわよ。ちょっと気になって」
「時を考えなさいよ!」
「……アイシャ」
「だから悪かったってば。──姉さまも怖い顔しないでよ!」
マリアに怒鳴られ、シンシアに笑顔で圧をかけられ、アイシャは降参と言わんばかりに両手を上げる。
「と、ところでマリア、【万雷の閃刀】は誰が持っているの? 少し貸してほしいのだけれど」
「何の目的で借りるのよ」
「雄斗がどうなったのか知るために必要なのよ」
アイシャの言葉にマリア、そして顔を伏せていた雪菜は同時に彼女に詰め寄る。
「……どういうこと」
「ど、どういうことなんですか、それ!」
「お、お、落ち着きなさい二人とも。今、説明するから」
マリアと雪菜両名に、鼻がくっつくぐらいの距離まで詰め寄られ、アイシャは引きつった表情で言う。
そして二人から距離を置き小さく息をついて、彼女は言う。
「簡単に言うとあたしの神威絶技で雄斗の過去を探るのよ。
私が宿しているカーリーは地母神、破壊神でありまた時間神としての一面もあるの。
そっちの才能はあたしにはほとんど無いけど、姉さまの力と神財があれば多分行使できるわ」
「つまりアイシャの神威絶技を【万雷の閃刀】に施し、タルタロスに降りた直後、雄斗さんがどうなったのかを見るということです」
アイシャ、そして補足したシンシアの言葉を聞きマリアは目を丸くし、そして思わず声を張り上げる。
「そう言うことができるならどうして早く言わないの! ……って、ごめんなさい」
以前共に戦った戦友とはいえ雄斗のことは【アルゴナウタエ】の問題だ。【ヴェーダ】所属である彼女が雄斗のために力を貸す理由はない。
「気にしないで。あたしとしても雄斗の奴には貸しがあるし、このまま死なれるのは困るのよ」
「……なんだかアイシャ様は雄斗さんが生きていると思っているみたいです」
「え? 生きているでしょアイツなら。……あなたたちもしかして、本当に雄斗の奴が死んだと思っていたの?」
何故かこちらを責めるような目つきになるアイシャ。
押し黙ったマリアと雪菜を見てこれ見よがしにため息をつく。
「たかが神財が発見されただけでそう思うだなんて情けないわね。せめて自分の体を動かして満足いくまで探してから結論を出しなさいよ」
「う……」
「──アイシャ」
「……はい、シンシア姉様」
再び笑顔の圧を向けられ姿勢を正すアイシャ。
そんな彼女たちと共に【アルゴナウタエ】の面々がいる離宮に向かいエドガーに事情を話す。
「──というわけですエドガー様。【万雷の閃刀】をお貸しいただけませんか」
「そういうことなら私としては構わないが、アイシャ殿は大丈夫なのかね」
「ご心配なく。心身魔力共に万全です。それに姉様もいますからあたしへの負担は少ないですし」
「わかった。だが万が一のことを考えて私も手を貸そう」
そう言ってエドガーは腰を上げるとその手に一本の槍を呼び出す。
銀と灰色をベースにしており黄金の意匠が飾り付けられている槍。数百年前、当時のオーディーンが遺した神財であり彼の愛用の武器【軍神の覇槍】だ。
エドガーは石突で床を叩く。いや触れるといった方が正しい。石突が絨毯に接触した瞬間、周囲に幾重もの魔法陣が展開される。
見えたのは一瞬だったのではっきりとはわからないが、それらは防御や補助、また隠蔽効果を持つ魔法陣だった。
おそらくアイシャの神威絶技を外にいる人間に気付かれないようにするため。また万が一神威絶技が失敗、暴発した時に備えてだろう。
「これで良し。それではアイシャ殿、シンシア姫、よろしくお願いする」
「ええ、任せて頂戴! ──痛っ!」
「アイシャ」
「ま、任せてくださいエドガー様」
シンシアに拳骨を落とされ、涙目で訂正するアイシャ。マリアは冷ややかな目を、エドガーと雪菜は生暖かい視線をアイシャに向ける。
そしてエドガーが召喚した【万雷の閃刀】が結界の中心、部屋の中央に置かれる。
アイシャはしゃがみ込み【万雷の閃刀】に触れ、詠唱を口ずさむ。
「巡れ廻れ時よ。黒き血が赤き血潮に変わるように、現在から過去へと遡れ」
アイシャの後ろにシンシアが立ち彼女の肩に手を置く。
そして【神戦を支配する天眼】を発動させ、黄金の瞳となる。
「汝に刻まれし勇士の記録。我が望みし戦士の勇猛な過去をここに顕せ。──【往時を現す黒帳】」
詠唱が終わり、空に向かってアイシャは両腕を広げる。神に祈りを捧げる巫女のような姿だ。
すると彼女の両腕の間に黒いスクリーンが現れる。電場状態が悪いテレビのように波打つスクリーン。
しばらくして乱れが無くなり映し出されたのは大人の男女に向かって抱き着く明るい顔をした五、六歳ぐらいの男の子だ。
『おとうさん、おかあさん!』
『ただいま雄斗。今日も元気にしていたようだな』
『うん! じいちゃんとみらいをしっかりまもってたよ』
『まぁ偉い。今日は雄斗の好きなハンバーグね』
『やったぁ!』
「……あれ?」
首をかしげるアイシャ。
表示されるどこにでもある日常。思わずほっこりする映像だが、マリアたちが見たいのはこれではない。
「アイシャ。遡りすぎじゃない?」
「これ子供のころの雄斗さんみたいですね。……可愛い」
「可愛いのは同意するし続きを見たいとは思うけど。アイシャ、調整を」
「え、ええ」
そう言って魔力を放つアイシャ。しかし映像に変化はない。
幼い雄斗と未来。そして二人の両親と雄斗の祖父との日常が映し出される。
父親、元気と並び剣の鍛錬をする雄斗。母親と共に未来の面倒を見るも暴れる未来に殴られ泣く雄斗。瞳を輝かせながら祖父と父親が剣を交える姿を見ている雄斗。
子供らしく無邪気な雄斗を見て可愛いと思いつつ、マリアは彼の両親と祖父に注力している。
(この人たちが雄斗君のご両親とお爺さん……)
記録上知ってはいたが姿を確認するのは初めてだ。両親はどちらも二十代半ばあたりの若々しい男女。父親の方は彼の兄元気に似た雰囲気を持ち、母親の方は風貌は未来そっくりだが淑やかな女性だ。
剣の名家として知られる鳴神家のものらしく、どちらも相応の戦士だったという。共に一時期、【陰陽連】の最高位である【十二天将】だったこともあるのだと。
そして祖父である鳴神無一郎。彼も息子と同じく若かりし頃は【十二天将】であり、孫である雄斗と同じく神に伍する腕を持っていた。
いや、おそらく雄斗の父親と剣を交えるところを見るに、老いてもなおその腕はさび付いていない。
『ぼく、おとうさんやおかあさん。おじいちゃんみたいにみんなをまもるけんしになる!』
眩い笑顔を浮かべて言う雄斗。そこで映像が一瞬乱れ、切り替わる。
「あ……」
小さいが、悲し気な声を発するのは雪菜だ。
彼女の視線の先には先程より少し成長した雄斗が黒服──喪服を着た姿だ。
どこかの会場で行われている葬式。遺影には雄斗の両親が映っている。
雄斗は杖を突き、片目に包帯を巻いている祖父に支えされながら静かに涙を流す元気、わんわん泣く未来と手を繋いでじっと両親の写真を見ていた。
泣いてはいない。ただ目じりは赤く我慢しているように口元はへの字になっている。
「こういう場面はいつ見てもやりきれないわね」
操作する手を止めてアイシャが呟く。
「……ところでアイシャ。非常に惜しいけど映像を飛ばせないの?」
「だ、駄目だわ姉様。どういうわけか操作できない。
止めることはできると思うけど、どうするの?」
「已む得ませんな。このまま続けるとしましょう。
見たところ雄斗君にあった出来事を遡っている様子。これが続くのであれば終わりごろには彼がどうなったのか、わかるでしょう」
エドガーがそう言った直後、切り替わる映像。今度は式典のような雰囲気の場所だ。
立場の高そうな男性と礼服を身にまとう十歳ぐらいの雄斗が向き合い、男性が雄斗に八咫烏の紋章が刻まれた剣を渡す。
「これは【陰陽連】における魔術師の任命式だね。
そういえば彼が魔術師に任命されたのは十歳の時だった。これはその時のものか」
剣を手渡され同じ魔術師となった同期──雄斗以外は十代半ば後半の年齢の者たち──の隣に並ぶ雄斗。
そして式が終わり雄斗は嬉しさと悲しさ半分といったような表情の兄、隻眼となった祖父は言う。
『兄さん爺ちゃん。これで俺一人前の魔術師だ。
父さんたちみたいにバンバン【異形種】の奴らを狩っていくぜ』
その言葉通りの光景が映像に映る。自分よりはるかに年上の者たちや祖父や兄と共に【異形種】と戦う姿をマリアたちは見る。
また日常生活では未来の面倒を見たり祖父と共にキッチンにて料理を作る姿も。
『俺は鳴神雄斗。お前は?』
『火神……ううん、水無月鈴音』
また画像が乱れ元に戻った時は雄斗は面倒くさそうな顔をして祖父に支えられているおかっぱ頭の一人の少女と対面していた。
「雄斗さん。鈴音様とお知り合いだったんですか」
「ええ。何でも彼女は雄斗のお爺さまの遠縁に当たるみたいだよ」
かすかに驚きの声を発する雪菜にマリアは言う。
水無月鈴音。彼女は【ムンドゥス】が誇る俊英だ。二つの神財を保持しては幾つもの功績を上げており、また【神魔八王】の一人であるカグヅチの従妹でもある。
常に顔を伏せて暗くしている鈴音を見た雄斗はぶっきらぼうに応対する。しかし祖父や妹、兄と共に過ごす日々で少しずつ態度は軟化し、また鈴音もぎこちないが雄斗に笑顔を見せるようになる。
「……少し、調べてみようかしら」
鈴音を含めた鳴神家一同を見て、何故か警戒するような顔でアイシャが言ったその時だ、表示されているスクリーンが大きく乱れる。
そしてそれが収まった時、表示されたのは、
『お爺様、お爺様! いやああぁぁ……』
地面に横たわる、鮮血で赤く染まった無一郎。
その彼にすがり泣きじゃくる鈴音と、それを呆然とした顔で見ている雄斗の姿だった。
次回更新は12月16日 夜7時です。




