二十話
気が付けば暗闇の中に、雄斗はいた。
周囲には物も人の気配もない。どこまで広がっているのかもわからない。
ぐるりと周囲を見渡し、気配を探り、雄斗は結論を口にした。
「ここはあの世か」
「そんなわけねぇだろ馬鹿が」
雄斗の言葉に即座に返答があった。呆れたようなそれを聞き視線を向けると、そこには先程自分の手で殺めたゼノンの姿があった。
「やっぱりあの世じゃないか。しかも出迎えがお前とか。
父さんか母さん、じいちゃんじゃないのかよ……」
「人の話を聞け。お前は生きている。だからさっさと目を覚ませ」
項垂れる雄斗にゼノンは突き飛ばすような口調で言う。すると雄斗の体から光が発せられる。
周囲を照らす鮮やかな虹色の輝き。そしてその光は雷や炎に変わり雄斗の体を覆う。
「お前には俺の、いや俺たちアレス神の神器をモノにしたんだ。
だからさっさと目を覚ましてシンシア達の元へ戻れ」
「ちょっと待て。この光は一体──」
問いただそうとする雄斗だが、ゼノンの姿は虹色の輝きが強くなり見えなくなる。
そして黒一色だった世界が虹色になったと思った瞬間、雄斗の視界にはいくつかの亀裂が入った天井が目に入る。
ゆっくりと体を起こし雄斗は周りを見る。見たところどこかの部屋のようだが非常に汚い。
壁や床に、目で見て分かるレベルの埃があり、家具の残骸のようなものが部屋にはいくつも転がっている。また壁や扉などあちこちにひびが入っていた。
体を起こしてゆっくりと動く。そして数歩足を前に出したところで気が付く。
「腹の傷が治っている。それに枯渇していた魔力や体力も……」
どういう理由かはわからないが体の方は万全だ。今すぐ【異形種】との戦いが生きても即座に対応できるぐらい快調だ。
埃塗れヒビだらけの扉をゆっくり開けて外に出る。周りには欧州の街によくある、過去に作られた石造りの家や建物が規則的に並んでいた。後ろを振り向き今出た家を見ればそれも周囲と同じ石造りの家だった。
「ここはどこだ……?」
周囲を見渡して雄斗は首をかしげる。
周りを見た感じ数年どころか数十年、いやそれ以上の年月、人が住んでいないような雰囲気だ。廃都という表現がぴったりだ。
「お、目を覚ましたのか」
左後ろから聞こえてきた声を耳にして、雄斗は即座に前方に跳躍。空中で反転してそちらに向き直る。
当然だ。今聞いた声は先月に死闘を繰り広げた怪物のものだったのだから。
「その様子だと体調の方は問題ないみたいだな」
のほほんとした顔で【戦帝】グラディウスは言った。
◆
「グラディウス……!」
「おう、久しいな鳴神雄斗。一ヵ月ぶりぐらいか」
「どうしておまえがここに……!」
雄斗は叫ぶと同時、【万雷の閃刀】を呼び出す。
しかしどうしたことか。いつもなら念じればすぐに姿を見せる相棒は姿を見せない。
「ああ、【万雷の閃刀】なら無いぞ。死んだお前の体から抜け出たからな」
「……は!?」
「それよりもだ。腹が減っているだろ。飯の支度をするからついてこい」
【雲耀】を呼び出した雄斗にグラディウスはそう言い、背を向ける。
「ちょ、ちょっと待てグラディウス!」
「色々聞きたいことがあるのはわかるが少し待て。俺も腹が減っているんだ。
答えられることは飯の後で答えてやるから」
そう言ってグラディウスは先程、雄斗が出てきた石造りの家に入る。
戦意の欠片も感じさせないその態度に、雄斗は面食らう。つい前日、あれだけの死闘を繰り広げたというのに。
どうすべきか迷う雄斗。少し考えこんだあと、意を決して元居た家に入る。
「……な」
部屋に入り、雄斗は絶句する。室内にある台所らしき場所で、グラディウスが料理をしていたからだ。
どこからか用意したのか、様々な食材が彼の傍に置かれている。それをグラディウスは手際よく調理していた。
【異形種】。それも最強と謳われる【戦帝】の字を持つ【異形王】が料理を作っている。彼の奇行に雄斗はただただ驚くばかりだ。
さして時もかからず完成する料理。それをテーブルに置き、グラディウスは言う。
「ほい、できたぞ。確かお前は【ムンドゥス】の日ノ本──いや、今は日本だったか──の出身だから、一応そこの食事を用意した。
おかわりもあるから腹が一杯になるまで存分に食べろ」
「……」
「どうしたそんな険しい顔をして。もしかして何かが入っているのか警戒しているのか?
言っておくが何も入っていないし、お前たち人間が食べられるものだぞそれは。かつて俺が拾い育てた人間の子供や戦士にも食わせたものだからな」
平然としているグラディウス。その姿はまるで友人知人に料理を振る舞う人のそれだ。
料理する姿とその手料理。それらを見て雄斗は軽く頭痛がしてくるが、そういえば目の前の【異形王】が気に入ったものに対しては異様なまでに好意的に接するということを思い出す。
これもその一つ。雄斗は己にそう言い聞かせ、そう決意し、机に座る。出来立ての料理に箸をつける。
「どうよ?」
「……まぁ食えるな」
「そうかそうか。なら腹一杯食え。
このタルタロスの中じゃあ、これだけでも用意するのは一苦労だからな。感謝しろよ」
ニカッと無邪気な笑顔を作るグラディウス。
その態度を見て雄斗はこれ以上深く考えるのはやめ、彼が作った料理を口にする。
イグナティオスとの戦いによる疲労と負傷があったためか、酷く腹が空いている。空腹に動かされるまま、用意された料理を次々と口に放り込む。
そうしてグラディウスが作ったすべての料理を平らげる。いつのまにか彼が入れたお茶──緑茶である──を口にし一息ついたところで、雄斗は正面に座っているグラディウスに問う。
「さて、それじゃあ聞かせてもらおうか。
ここはどこだ? 俺は確かタルタロスに落ちたはずだが」
「それは間違っていないぞ。ここはタルタロス内にある廃墟の一つだ。俺の隠れ家の一つでもある」
「隠れ家……」
「そうだ。ちなみにほかの世界にもある。俺は有名でそこらぶらぶら歩いていればお前たちから襲撃を受ける。それを避けるためだ。
強者やお前のような見所のある奴ならともかく、雑魚の相手をする気はないからな」
言われて思い出す。グラディウスがここのような隠れ家を持っていること。
またかつて彼が助けた者や育てた戦士がその隠れ家にて育ち、鍛え上げられたという話を。
(知識として知ってはいたが、体感するとやはり驚きと衝撃が来るな)
いくら変わり種とはいえグラディウスは【異形種】。人類の天敵だ。
そんな彼が人を助けるなど、何かしらの冗談としか思えない。
「お前を発見したのは昨日だったな。タルタロス内にいる同族を適度に狩って帰ろうとした時、空洞にお前が落ちてきた。
お前を食おうとした奴を消し飛ばして見ればお前の死体と分離した【万雷の閃刀】が転がっていた。
神財はともかくお前を放っておけなかったのでここに連れてきたわけだ」
「ちょっと待て。今お前は俺が死んだといったが、俺は今生きているぞ」
トンチキなことを言うグラディウスに、雄斗は電光石火の速度で突っ込む。
しかし突っ込みを受けた【異形王】は頷くも続ける。
「ああ。俺がここに担いてすぐの事だったな。お前は蘇生した。
それで目覚めた後のことを考えて俺はお前のために食料を探しに行き、今に至るという訳だ」
「なるほど。そういうわけか──なんていうわけないだろう。
お前が俺を助けたことや食事を食わせたのはお前の性格や逸話を知れば、まぁ何とか、ギリギリ、理解はできる。
だが死んで、そして蘇生したなんて話を『はい、そうですか』と鵜呑みにできるかよ」
「……なるほど。どうやらお前は生き返った理由に気づいていないようだ」
「理由?」
「知りたいなら手っ取り早く空洞にいる同胞と戦ってこい。それですぐにわかる」
そう言ってグラディウスは空間から歪みを発生させ、そこから一冊の書物を取り出し、目を通し始める。
その姿を見て思わず雄斗はぽかんとする。
「何、してるんだ?」
「見て分からないのか。読書だ」
「読、書??」
困惑の声が雄斗の口からこぼれる。
数多の逸話を残し、伝説に名を残した神々を討ち取った最強の【異形王】が読書?
先程の料理といい今の姿といい、【戦帝】の想像もしない行動に雄斗が唖然としていると、
「さっさと行ってきたらどうだ?」
静かな声で諭され、反射的にそれに従う。
言われた通り廃都を出て道なりに進む。いくつかの丘を越えると祭壇のような場所にたどり着く。
そして頭上から聞こえる強風の音。視線を向ければ頭上にはぽっかりと円型の穴が開いていた。
恐らくあの穴の先がタルタロスの空洞に続いている。そう思い雄斗は浮遊の術でゆっくりと浮上する。
予想通り、視界には巨大な空間が映る。先日リトボスの王城で見たタルタロスの空洞内部だ。
円柱のような形の空洞内は蛇のように不規則に曲がっており先が見えない。また人を容易に吹き飛ばせそうな豪風が絶えず吹いており、ごうごうとした音が耳朶を叩く。
そしてそこには巨大な魚のような【異形種】が三匹いた。そしてそれらは同時に雄斗の方を振り向くや、牙をむいて襲い掛かってきた。
「反応が速いな!」
猟犬のような反応に雄斗は【雲耀】を呼び出し、雷撃を放つ。
が次の瞬間、雄斗は目を見開く。放たれた雷撃を魚の【異形種】は顎を大きく開いて吞み込んでしまったのだ。
とっさとはいえそれなりに力を込めた雷撃だ。B級程度ならば感電死するか、ダメージで身動きが取れなくなるぐらいの威力はあったはずだ。
それを平然と飲み込み、迫ってきている。その姿に雄斗は肝を冷やすものの次の瞬間には気を取り直しており、自信を雷鳴と化して魚の群れの強襲をかわし背後に回り込む。
(A級相当三体。手早く片付ける……!)
そう思い一番近くにいる【異形種】に攻撃を仕掛けようとした時だ、突然吹いた豪風により雄斗の動きが止まる。
すぐさま体勢を立て直す雄斗。しかしその時には攻撃を仕掛けようとした魚は他の個体よりいち早く反転しており、雄斗に向けて炎のブレスを放ってきていた。
「くっ!」
かわそうとする雄斗だがまたしても空洞内に吹き荒れる強風により思ったほど動けない。
已む得ず障壁を張って防ぐが、展開した魔力の壁は炎を受けると瞬く間に無数の亀裂が走る。その障壁に残り二体の【異形種】が激突し、障壁を砕いて迫る。
「このっ……!」
迫る【異形種】を見て雄斗は【雷光戦将】を発動。巨大な雷霆を矢のように放つ。
今度はそれなりの力を込めたため、A級複数体をまとめて葬れるだけの威力だ。
しかしそれが命中しようとしたその時だ、なんと巨大な魚は無数の──それも百を超える数に分裂。雷の矢をかわして雄斗に迫る。
「な、何だと!?」
そして驚いたのはそれだけではない。分裂した魚の真後ろにいた角を生やした三匹目には雷霆の矢が命中する。
無数の紫電が巨体に広がるが三匹目は微塵も効いた様子もなくこちらに迫ってくる。
信じられない防御力、耐久力だ。下手をすれば【異形王】並ではないだろうか。
(タルタロス内部にいる【異形種】はどれも外界のそれとは違うと知ってはいたが……!)
雷撃と化して分裂した【異形種】の群をかわしながら雄斗は心中で舌打ちする。
今戦っている三体の【異形種】は動きや感じられる魔力からどれもA級だと思っていたが今の様子を見るにA級の中でも上位、下手をしたら【異形王】になる数歩手前の可能性すらある。
(こんなのがタルタロスにはうようよしているのか。なるほど、アイシャの奴があんな顔をするわけだ……!)
そう思いながらどうやって倒すべきか雄斗が戦術プランの再構築を始めた時だ、三匹の魚の【異形種】は突然雄斗への突撃を止め、水平に並ぶ。
「?」
つい先ほどまで飢えた狼のごとき勢いで向かってきていたというのに。
その突然すぎる変化に雄斗が眉根を潜めた時だ、中央にいる魚が刃物のような鋭い牙が見える顎を大きく開け、そこから極大の雷撃を放ってきた。
「……!」
全方位に、そして超広範囲に広がる巨大な稲妻の網。
回避不可能なそれを見て雄斗は全魔力を防御に集中。雷撃を受け止める。
「ぐ、ぐぐっ……!」
守りに力を回しているのに体が軋み、痺れが全身に伝わる。今の一撃、神クラスの放つ稲妻と遜色ない。
よろめく雄斗に左の魚は分裂して、そして右の魚は角を雄斗に向けて突撃してきた。
当然回避しようとする雄斗だが、またしても空洞内部にて吹き荒れた強風が雄斗の動きの邪魔をする。
死を予感し雄斗の全身に冷や汗が浮かぶ。渾身の雷撃による迎撃──。瞬時に脳裏に浮かぶが雄斗の魔術の技量ではあの怪物三匹を倒すことは──
(なぜできない? いや、できるだろう。あの程度の敵で今のお前が死ぬはずがない──)
誰かが雄斗の内で囁く。そしてその声に体が従う。
差し出した左腕から雄斗は雷を放つ。いつもと同じ動作で、同じ魔力量で。
しかし放たれた雷は巨大だった。しかもどうしたことか黄金ではなく虹色だ。
発射された虹色の稲妻は三匹の【異形種】をあっさりと焼き払った。一欠片さえも残さずに。
「な……!」
まるで神威絶技が如き威力の稲妻を見て雄斗が唖然としていると、後ろに気配を感じる。
振り向けばいつのまにかにやにやと笑みを浮かべているグラディスの姿がある。
「お見事お見事。流石神殺しになっただけはある」
「何……?」
したり顔で頷くグラディウスに問いかけると、最強の【異形王】は喜びに満ちた表情で告げる。
「鳴神雄斗。お前は一度死んだ。
だが新たに生まれ変わったのさ。──神殺しとしてな」
次回更新は12月9日 夜7時です。




