十四話
「うぉっ、ととと」
やや強い風に煽られて雄斗はよろめく。眼前には綺麗に整えられた原っぱと高さ十メートルは越えるであろう超巨大なオベリスクがある。
喫茶店で休憩したあとやってきたここは大戦終結記念墓地。【異形種大戦】にて亡くなった神々や一般人のために用意された共同墓地だ。
といっても一人一人に墓があるわけではない。墓地の中央にあるオベリスクに亡くなった者たちの名前が刻まれており、これが墓変わりとなっている。
オベリスクの根元に置かれている献花の傍に雄斗も先程買ったばかりの花を添え、手を合わせる。シンシアやついてきたシンジ、ヴィルヘルミナもそれぞれのやり方で大戦の最中に亡くなった人たちへ鎮魂の祈りを捧げる。
彼らの喪失の悲しみを。そして彼らのおかげで世界が、人々が守られ自分たちがここにいることへの感謝を。
雄斗が顔を上げるとすでにシンシア達は祈りを済ませていた。そしてこちらを睨んでいるヴィルヘルミナが口を開く。
「それで、話って何なのかしら」
先程からツンツン──喧嘩腰で言うヴィルヘルミナにシンシアとシンジが不安げな表情となり、そして雄斗を見る。
雄斗は小さく息を吐き、口を開く。
「それより先に俺たちに何があったのか話したほうがいいみたいだな。
シア、シンジさん。ヴィルヘルミナの父親については知っているか?」
「あ、ああ。名前はヘンリク・ドーン。
神財【豊穣を薙ぐ雷斧】を持っていた傭兵にして数々の戦いで功績を上げた人。
僕たちの間じゃオリュンポス内乱にてゼウス様と共に肩を並べた戦友としても有名だね」
シンジの言葉に頷く雄斗。記憶を取り戻した後、ヘンリクについて改めて調べた。
【オリュンポス】の下層民として生まれたヘンリク。幼いときに両親を失い天涯孤独となるも戦士だった天賦の才により父親から幼いころから鍛えられ、当時の混迷極まる【オリュンポス】にて傭兵として生きていた。
そして知り合いだったゼウス──ジョンと共に【オリュンポス】の体制を大きく変えた一大事件、【オリュンポス内乱】に参戦。ジョン達現【オリュンポス】政権の元となった勢力の勝利に貢献した。
もっとも彼はそのままジョンの元に残ることはなく、結婚したばかりの妻を連れて傭兵として各世界を渡り歩き、幾多の大きな事件に関わり、時には解決に尽力した。【アルゴナウタエ】も幾度も彼をスカウトしたそうだが断られたという。
「神財保有者でありながらその強さは各世界のトップクラスや【七英雄】に匹敵したという伝説の傭兵。
そのヘンリクさんは三年前、【ムンドゥス】において【欲望の輩】の最高幹部が一人、【戦欲王】との戦いに敗れたと聞いているが」
「残念だけどそれは正解じゃない。あの人を殺したのは【戦欲王】と、俺だ」
雄斗の言葉に信じ、シンシアの二人は大きく目を見開く。
ヴィルヘルミナはさらに険しい顔になるも、すぐさま息を吐いて表情を緩める。視線は鋭いままだが。
「ど、どういうこと何ですか!?」
「落ち着けシア。──いやシンシア姫。順を追って話す。
俺は今から三年前、そのヘンリクさんと【欲望の輩】の最高幹部が一人、【戦欲王】との戦いに巻き込まれたんだ」
当時雄斗は十四歳。しかしその時すでに【心眼】を会得しており単純な強さでは【陰陽寮】の【十二天将】に匹敵していた。
そんな雄斗の腕を知っていのだろう。兄の戦友から依頼が来たのだ。そして彼が暮らしている欧州にて何事もなく任務を解決し、翌日には日本に帰国する夜だった。
シャワーを浴びようとした時、近くで巨大な魔力を感知。尋常ではないその大きさに思わず飛び出して駆けつければヘンリクとヴィルヘルミナ、そして二人に牙をむく【戦欲王】の姿があった。
「ま、正直なところ、巻き込まれたというより自分から突っ込んだといった方がいいかな。
【戦欲王】の攻撃を防ぎきれそうになかったヴィルヘルミナを助けようとしたわけだし」
「……」
憮然とした表情のヴィルヘルミナ。
「ヘンリクさんと【戦欲王】の強さはほぼ互角。いや、ばっと見てヘンリクさんが上回っていたな。
俺がヴィルヘルミナを守ったことで【戦欲王】は不利になるも撤退せず、【クレタの魔宮】を使って俺たちを閉じ込めやがったんだ」
「【クレタの魔宮】……!」
シンシアが息をのむ。
【クレタの魔宮】とは敵対者を魔力で作られた迷宮に閉じ込める神財だ。
捕らわれたものは神々であっても抜け出せず、脱出するには迷宮の主を倒すか、主に抜け出させてもらうしかない。
ギリシャ神話において牛頭を持つ怪物ミノタウロスとされており、【オリュンポス】においては大地と迷宮の神であるミノス神とも呼ばれる存在から生まれた神財だ。
「閉じ込められた後はとにかく苦労した。何度も死にそうな目にあい、その最中で俺は【万雷の閃刀】を目覚めさせたが、その後も一歩間違えれば命を落とすような目に合い続けた」
【クレタの魔宮】は使用者の意のままに変化する魔窟でもあった。
【戦欲王】により生み出された数々のトラップに迷宮のあらゆる場所から出現する怪物たちの強襲は雄斗たち三人の体力を、神経をすり減らした。
「だが俺たちは協力して生き延び【戦欲王】と激突。激戦の末、迷宮を脱出し【戦欲王】を追い払うことはできた。
しかし【戦欲王】は撤退する直前、奴はヘンリクさんに呪いをかけた。
そしてその呪いであの人は錯乱、暴走。……俺は止む無く、ヘンリクさんをこの手にかけた」
雄斗の言葉にヴィルヘルミナは抜身の剣のような煌めきを瞳に見せる。
シンジ、シンシアは初耳だったのかどちらもこれ以上ないほど瞳を見開いており、数秒して同時に騒ぎ出す。
「ま、待ってください。わたくしがウィルマから聞いた話と違いすぎます。一体どういうことなのですか?」
「【物欲王】のせいだ。ヘンリクさんを殺めた直後、あいつが姿を見せて俺とヴィルヘルミナの記憶を封印、改ざんしたからだ。
そうだろう? ヴィルヘルミナ」
詰め寄る二人を手で制して雄斗が言うと、ヴィルヘルミナは頷く。
「……ええ。あなたの言う通りよ。
つい先日まで、私は父は【戦欲王】に殺されたものと記憶していたわ。あなたのことはこれっぽちも記憶になかった」
「俺は【万雷の閃刀】のこともあったせいか、お前やヘンリクさんのことも【クレタの魔宮】にいたことも忘れていた。
ま、【アヴェスター】でグラディウスとの戦いの際、あいつの剣をここに受けたせいで全てを思い出したけどな。
お前が記憶を取り戻したのも、多分同じ時期じゃないか?」
「そうでしょうね。二か月前のとある日、いきなり思い出したから」
そう言って視線を逸らすヴィルヘルミナ。
しかしすぐに猛々しい眼差しを雄斗に向け直す。
「さてと。ここで俺の要件に戻るわけだが。──ヴィルヘルミナ」
「何よ」
「身構えるなよ。ぶっちゃけるとそこまで重要な要件じゃない。
俺の話は要するに、今お前がどうしているか話を聞きたかっただけだ。
一応【クレタの魔宮】で背中を預けた仲間なわけだし、ヘンリクさんもお前のことを気にかけていたからな」
「──あんたに!」
雄斗が言葉を発した次の瞬間、ヴィルヘルミナは一瞬で怒りの形相になる。
そして一歩踏み出しつかみかかろうとするが寸前で堪え、内にある激憤を吐き出すように叫ぶ。
「父さんを殺したあんたに、そんな気遣いをされる謂れはないわ!」
「まぁそうだな。だがどうしても気になってしまってこうして会いに来た。許せ」
笑って雄斗は言う。
今度はヴィルヘルミナは止まらなかった。右手に錫杖を呼び出すとそれを振りかざして雄斗に飛び掛かってきた。
雄斗の頭に振り下ろされる錫杖。しかしヴィルヘルミナの後ろから飛び出したシンジが彼女に飛びつき、原っぱに転がる。
またシンシアが庇うためなのか雄斗の前に立つ。淡く輝くシンシアの銀髪の向こうから、ヴィルヘルミナ達の言い争う声が聞こえてくる。
「ウィルマ、やめるんだ!」
「シンジ、離して! 離してよ!
父さんを殺したのに何の悪びれもしないあの態度! 許せない!」
「彼の本意ではないと言っていただろう! 【戦欲王】の呪いのせいだと!」
「だけど! でも!」
「シンジさん。離してあげてください」
「雄斗さん!?」
驚きシンシアを無視して雄斗は前に出る。
そして膝を落とし、シンジに押さえつけられているヴィルヘルミナと目線を合わせて、言う。
「俺のやっていることはただの自己満足であり、ヴィルヘルミナの神経を逆なですることは百も承知だ。
一発ぐらいなら殴られるぐらいの覚悟はしてここにきている。──というわけだ。一発ぐらいなら殴られてやるぞ」
「……! あああっ!」
堪忍袋の緒が切れたのか、巨大な魔力を放つヴィルヘルミナ。
その強さにシンジが力を緩めた一瞬で彼女は束縛を振り払い、雄斗に近づき拳を振り上げる。
繰り出される拳。かわすのは容易だが言った通り棒立ちのままそれを雄斗は見つめている。
そして左頬に当たると思った次の瞬間だ、ヴィルヘルミナの右拳は雄斗の左頬から数センチ離れたところで止まっていた。
「どうした。何故止める? 振り切っていいんだぜ」
「……っ! どうして……!」
細かく震えるヴィルヘルミナの拳。彼女は怒りの顔からなぜか泣きそうな表情となる。
そして拳を引っ込めると背を向けて走り去っていく。
「ウィルマ!」
シンジは一瞬、雄斗に咎めの視線を送るが短く一礼してヴィルヘルミナの後を追う。
彼の背中が見えなくなったところで雄斗は大きく息を吐き、後ろにいるシンシアの方を振り返る。
「すまないなシンシア姫。俺のごたごたにつき合わせてしまって──」
「雄斗さん、どうしてですか」
「何がだ?」
「どうして本当のことを、あなたの本音を言ってあげないんですか」
眦を上げた険しい表情でシンシアが問うてくる。
しかし彼女の問いに雄斗は首をかしげて、
「本音って、意味が解らないが」
「あなたは事実しか言っていません。その上わざとウィルマを怒らせるような物言いをしました。あれじゃあウィルマがああなるのは当然です」
”ヘンリクさんを手にかけたのは本意ではなかった”。その一言があればウィルマはあんな泣きそうな顔はしませんでした」
「……仮に本音を言ったところでどうなるっていうんだ。俺がヘンリクさんを殺めたことは事実だろう」
ドーン親子には非常に感謝している。ヘンリクがいたからこそ雄斗は覚醒した【万雷の閃刀】を使いこなして【掌握】まですることができた。ヴィルヘルミナがいたからこそ数々の戦いやトラップで負った傷を治療され生き延びることができた。
しかしその感謝以上にヘンリクを殺めたこと、ヴィルヘルミナを泣かせたことに対する強い罪悪感が、雄斗の胸にはある。その思いは謝罪して済ませるべきものではない。
「それはそうです。でもあなたが自身の想いを伝えれば、ウィルマは時間をかけて許してくれるはずです」
「そんなことを、俺はこれっぽっちも望んでいないんだよ。
あの仲のいい親子を、俺はこの手で永遠に引き離してしまった。それは決して許されるべきことじゃない。
嫌って、憎み続けてくれて大いに結構だ。そうされるだけに事を俺はしてしまったのだから」
大切な人を喪う哀しみを、雄斗はよく知っている。故に決してそれを他者に与えないよう強くあろうとした。
だが大きな戦いのたび、知り合ったものに与え続けてしまった。そんなろくでなしな己が許されるなどおこがましいにもほどがある。
「雄斗さん……」
「ヴィルヘルミナが元気でやっている。それだけで俺としては十分だ。
……そういえばさっき話に出た盲目の少女にも似たようなことをしたっけな。
俺のことは恨んでいるとは思うが素性も名前もわからんから殴られに行くこともできないけどな」
「──それは違います。彼女は決してあなたを恨んでいませんし忘れてもいません」
いつになく強い覇気がある、そして怒りのこもったシンシアの声音を聞き、思わず雄斗は後ろを振り返る。
「【東京事変】の時、目が見えなかったわたくしを守ってくれたことは今でも感謝しています。
そしてそれはわたくしたちを庇って亡くなったキアラも同じです。彼女は最後に言っていました。あなたにお礼を言っておいてくれと」
風に煌めく銀髪をなびかせてこちらを見つめているシンシア。
美しい姿だが、それにあの少女の姿が重なる。
「……お前、まさか」
「五年前【ムンドゥス】を訪れた時、わたくしの立場が発覚しないようこう名乗っていました。──シア・リコポースと。
久しぶりですね、鳴神雄斗さん」
叱責するような口調で、シンシアは言った。
次回更新は11月18日 夜7時です。




