十話
「テメェの噂は色々と聞いてるぜ。
【十導士】の一人、あのクソ武蔵の腕をぶった切ったり【戦帝】グラディウスの首を両断したそうだな。
テメェ程度でもそんなことができるとは連中は噂ほどじゃなかったんだな」
挑発するような言葉に雄斗は反応せず、心中で首をかしげる。
ゼノンとは間違いなく初対面。しかし目の前の男は妙にこちらに敵意を向けているように思える。
(何かしたか? まぁ喧嘩を売ってくるような奴だからどうでもいいか)
早々に結論付けて雄斗は【万雷の閃刀】を構える。
対するゼノンも担いでいた神具を大上段に構え、
「行くぜ。鳴神雄斗ぉぉ!」
空気を震わせるような大声を発し、突進してくるゼノン。暴走する車のような勢いで瞬く間に距離を詰め、巨大な炎と雷を纏った巨刃を振るう。
パワーとスピードに任せたゼノンの連撃に雄斗は回避と受け流しに徹する。彼の技量は高くはなく、剣戟のみなら初見でカウンターを取れるのだが、体や神具からランダムで放出している焔と雷がそれを阻む。
とはいえ十を超える回数、剣を合わせれば慣れてくるし、カウンターも取れるようになる。雄斗の放つ閃電の刃がゼノンの五体を切り裂くが、
「効かねぇなぁ鳴神雄斗! そんな速く鋭いだけの軽い剣じゃ俺を殺せねぇぜ!」
微塵も効いた様子もなく得意げに叫ぶゼノン。それを見て雄斗は小さく舌打ちをする。
【万雷の閃刀】の剣は確実にゼノンにダメージを与えてはいる。だがどういう神威絶技なのか、切り裂かれた彼の体からは炎が噴き出しては傷を塞いでしまうのだ。
「オラオラオラオラオラァァ!!」
「……!?」
また剣を交えているとゼノンのパワーとスピードが、そして剣技が強く鋭くなっていく。
特に剣技に関しては明らかにおかしい。剣自体の精度は変わっていないのに何故かこちらにとって不利な場所へ攻撃することが時間が経過するとともに多くなっていく。
より強く激しくなるゼノンの攻撃と、その余波を食らいそうになる治安維持部隊の面々を見て、雄斗は後方に跳躍。
当然追ってくるゼノン。明らかに戦いに酔っている状態で彼は叫ぶ。
「シンシアもゼウスのクソ野郎も随分お前を評価していたがこんなものか!
【万雷の閃刀】とやらも俺が持つ【狂乱の鋼剣】には到底及ばねぇな!」
言葉と同時に繰り出される剛剣。
攻撃され続けた雄斗は、いい加減一息つきたくなったのであえてそれを受け止め、吹き飛ばされるように後ろに下がる。
空中で一回転して着地。大きく息を吐きながら【万雷の閃刀】を構えなおし、周囲を見る。
プラシノス公園。今日アイシャに案内された名所の一つだ。都市の中にあるにもかかわらず緑豊かで喧騒とは無縁だったここも、今は破壊の炎に包まれている。
「おい、【掌握】したらどうだ?
俺とお前の実力差は圧倒的。それぐらいしないと戦いにならねぇぞ?」
圧倒している余裕からかそんなことを言うゼノン。
「する必要はないな。今のお前程度なら現状でも十分だ」
「テメェ……!」
雄斗の言葉に瞬く間に額に数本の青筋を走らせるゼノン。
莫大な炎と雷を体中から発し、彼は叫ぶ。
「ならこいつを防いでみろや! 【紅蓮剣】!」
繰り出される焔と雷が一つになった巨大な刃。
十数メートル離れていた雄斗との距離を詰めるそれを、雄斗は剣の一振りで薙ぎ払う。
「なっ……!」
あっさりと剣を払われ唖然となり、隙だらけのゼノン。
雄斗はそれを見逃さず間合いを詰め、横薙ぎを放つ。眩い雷光と共に轟音が轟き、ゼノンを吹き飛ばす。
「ぐおっ……! テメェ!」
街路樹に激突したゼノンはすぐに起き上がり、激昂して雄斗に飛び掛かってくる。
再び交わる両者の剣。しかし今度は雄斗がゼノンを圧倒するという展開となる。
焔渦巻く剛剣を雄斗は【万雷の閃刀】で真っ向から弾き飛ばし、隙ができたゼノンの体を切りつける。
炎で傷を癒すゼノンは何度も向ってくるが、雄斗が繰り出す雷光の剣戟は彼を幾度となく吹き飛ばす。
特に特別なことはしていない。ただ【万雷の閃刀】に込める魔力を高め、殴りつけているだけだ。
どの程度のダメージが通るかと言った観察眼は持ってはいたが【アルゴナウタエ】に来てからの死闘、死線で研ぎ澄まされている。
一目見て見抜くような魔眼じみたものは持っていないが、これだけ剣を合わせれわかるというものだ。
「ぐおっ……! テメェ……!」
「ボキャブラリーがないなお前」
起き上がろうとしたゼノンとの距離を詰め、渾身の一撃を放って吹き飛ばす。
至近で雷が落ちたような轟音が響き、ゼノンは森の中に飛ばされていく。砲弾のように飛ぶ巨躯が何本もの木々をなぎ倒す音が聞こえる。
その音を頼りにゼノンの元へ向かう雄斗。森の外延部近くまで吹き飛ばされていたゼノンはさすがに消耗した様子を見せているが、雄斗がやってきたと同時、神具を構えなおす。
「クソが……!」
「まだ動けるのか。タフさだけは大したものだな」
あれだけ一方的に叩きのめせば少しの間は動けなくなると思ったが。素直に雄斗は感心する。
ともあれこれ以上時間をかけてもいられない。一気に決着をつけるべく【掌握】をしようとした時だ、ゼノンの周囲に十を超える魔方陣が出現する。
そして、そこからさまざまな種類の魔導人形が姿を見せる。どれも【異形種】のような奇怪な形をしており、しかも大きい。小さいビルぐらいはありそうだ。
「悪いがそこまでだ鳴神雄斗。
ゼノンは馬鹿で粗野だが我らの同士。これ以上好き勝手にやられるわけにはいかないのでな」
魔導人形の群れの中から聞こえる無機質な声音。
それにゾッとし雄斗は思わず【万雷の閃刀】の切っ先をそちらに向ける。
「お前は……!」
「ラオメドン・ヘヴァール。【神雷を制する天空】の幹部の一人だ。
詳しいことはアイシャに聞くといい。──生きて会えればの話だが」
そう言ってボロボロの白衣を纏うラメオドンは眼下にいるゼノンに言う。
「撤退だゼノン。目的は果たした。
それともこれ以上無様をさらして捕まるつもりか。私としては別に構わんが、貴様の目的は果たせなくなるのではないかな」
「……チッ!」
ゼノンは敵を見るような険しい視線をラメオドンに向けるが反論はせず、ラメオドンが乗っている魔導人形の方に飛び乗る。
「鳴神雄斗。この借りは必ず返すぜ。──テメェは俺が殺す」
「それでは失礼させてもらおう」
「そう簡単に逃げられると──」
雄斗がラメオドンに向けて飛び掛かろうとしたその時だ、魔導人形たちが一斉に襲いかかってくる。
壁のように立ちはだかる魔導人形を雄斗は雷撃で一掃するが、もうその時には二人の姿は影も形もなかった。
「逃げられたか。……そうだ、アイシャ!」
先程のラメオドンの言葉を思い出し空を見上げる雄斗。
そして二つのものを見てぎょっとする。一つは先程よりもさらに高度が下がり地上に近づいた浮島。
そしてもう一つは、その浮島の底で落ちてくる浮島を押し返そうとしているアイシャの姿が見えたからだ。
◆
「何やってんだあいつ……!」
浮島を押し返すかのようなアイシャの姿を見て、雄斗は念話で彼女に語り掛ける。
しかし応答はない。雄斗は舌打ちをして彼女の元に駆けつける。
「おいアイシャ、何やってるんだ!? 浮島の制御はできたのか!?」
「あら雄斗、無事だったのね。少し安心したわ。
でも危ないから街の外まで避難した方がいいわよ」
いつもの調子で言うアイシャ。
しかし雄斗の方を振り向かず、整った顔立ちには無数の汗が流れている。余裕がないのが一目でわかる。
浮島を押し返しているかのように見えたアイシャだが、実際は数メートルほど浮島から離れている。
そして浮島に向けている両手から膨大な魔力を放出されている。これが浮島の落下速度を弱めているのだろう。
「質問に答えろ! 何やってるんだお前は!」
「時間も余裕もないから簡潔に言うけど浮島が落下するよう操作されていてね。
都市には対処するよう連絡したけど【神雷を制する天空】が陽動と混乱のため誤作動させた魔導人形や都市に放った【異形種】への対処のため動けないそうよ。
だからあたしが已む得ずここで消滅することにしたの。今はその前準備ってところね」
そう言った直後、アイシャの体から膨大な魔力が放出。
そしてそれが漆黒のオーラへと変わり彼女の体を覆う。
「雄斗、ここから離れなさい。巻き添えを食うわよ」
「巻き添え?」
「今言った通りあたしの神威絶技でこの浮島を消滅させるの。ただ使う絶技はちょっと危ないのから距離を取った方がいいわ」
「お前は大丈夫なのか」
「平気よ。大体自分の技で何かあるなんて素人みたいなこと──ぐっ」
表情を歪ませるアイシャ。見れば浮島がさらに降下している。
「アイシャ……!」
「あ、あたしは大丈夫だから。さぁ、早く離れる!
黒よ。万物を飲み込む漆黒よ。我が命により世界に広がれ」
脂汗を浮かび上がらせながら彼女は神威絶技発動の言霊を口にする。
それに従い彼女の全身を覆っていた漆黒のオーラがさらに膨れ上がり、彼女の右手に集まっていく。
一方左手にも巨大な魔力が集まり、浮島に魔力を放出している。
「其は天を飲み、地を砕く破壊の王。生を吸い、尽くし、死すら無、に帰す、虚無の主っ……」
苦悶の表情で詠唱するアイシャ。無理もない。今、彼女は浮島を支えながらさらに神威絶技を行使しようとしているのだ。
それを見て雄斗は彼女に近づきその体を支える。
「雄斗!?」
「浮島を押しとどめながらの神威絶技の発動。しかもそんな状態での使用は相当きついだろ。
支えてやるよ。あと俺と【万雷の閃刀】の魔力も使えば少しは負担が軽減されるはずだ」
「さっき危ないって言ったでしょう……!」
「やかましい。さっさとやるべきことをしろ。文句は後で聞いてやる」
至近から感じるアイシャの怒りの眼差し。
しかし彼女もそれどころではないと思ったのだろう。視線を浮島に向け言霊を再開する。そして雄斗も彼女の体に残っている魔力を注ぐ。
「無常にて絶対の漆黒よ、森羅万象悉くを咀嚼する暗黒の顎を開けっ! ──【呑噛する破壊の黒顎】!」
叫ぶように告げられる神威絶技の真名。
するとアイシャの両手に集まっていた漆黒が一気に膨らみ、浮島はもちろん、その周辺も飲み込む。
そして空に出来上がった漆黒の球体は急速な勢いで渦を巻く。それにより発生する強風に雄斗は思わず引きずり込まれそうになあるが、アイシャの手が雄斗の手首をつかみ、何とか制止する。
だから言ったのよと視線で言ってくるアイシャ。雄斗はそれを無視して体勢を立て直し、少しずつ小さくなる黒の渦を見る。
完全に収縮、消滅した黒の球体。それと共に包まれた浮島も跡形もなく無くなっていた。
「やれやれ。何とかなったな」
「ええ。……本当に、よかった……」
そう呟きアイシャは目を閉じる。
ん? と雄斗が首をかしげたのと同時、彼女は地上に落ちていく。
「ちょ、おおおおおい!」
雄斗は慌てて落ちているアイシャに接近。彼女を抱きとめゆっくり地上に降りる。
瓦礫の山に下り、周囲から敵意が感じられないのを察し、ようやく大きく息をつく。
「冷や汗かかせやがって……。おいアイシャ!」
気を抜きすぎだと怒鳴りつけようとしたが、腕の中にいる彼女を見てやめる。
力を限界以上に使いすぎたのか、アイシャは気を失っていた。
「やれやれ。しかしどうするか……」
浮島はどうにかなったものの、街中では未だに戦いが続いている。
雄斗としては参戦したいが腕の中にいる彼女を放置しておくわけにもいかない。結界を張ってそこに置いておくのも考えたがアレスのような【神雷を制する天空】の幹部に見つかったらひとたまりもない。
騒ぎが収まるまで隠れているしかないか──そう雄斗が思ったその時だ。夕焼けの空に雷光が煌めく。
「!?」
茜色の空に出現する巨大な黄金の稲妻。それは一瞬で拡散すると街全域に降り注ぐ。
無数の雷撃による轟音が収まるとどこからかアナウンスが聞こえてくる。
『こちらオトリーズ政庁です。
住民の皆さま、もう大丈夫です。暴れていた魔導人形や【異形種】はゼウス様の雷霆により殲滅されました。
今すぐにリトボスから救援部隊がやってきますので、今しばらくご辛抱ください──』
街中にリピートされるアナウンス。そしてその言葉通り夕焼けの空に巨大な空母が姿を見せては、そこから多くの人や亜族がオトリーズに降下していく。
そして雄斗たちの元にもやってくる救援者。その人物を見て雄斗も相手も目を丸くする。
「アイシャに雄斗さん!?」
「シンシア姫。それに確か当代のベオウルフ、だったな。どうしてここに?」
目の前に降り立った竜人の姫君と東洋系の青年を見て呆気にとられる。
「もちろんオトリーズにいる人達の救援だよ。
ここにいるであろうアイシャさんの反応が小さく、またすぐ傍にアイシャや僕らに匹敵する力を感じてね。万が一を想定して僕たち二人で来たわけさ」
「なるほどね……。
まぁいいや、アイシャの奴を頼む。力を使いすぎたせいか気を失っているが、身体的に問題はないと思う」
雄斗が差し出したアイシャをシンシアが前に出て抱き留める。
気を失っている妹分をシンシアは慈愛のこもった目で見つめ、そして再び雄斗に頭を下げる。
「雄斗さん、アイシャを助けてくれて本当にありがとうございました」
「気にしなくていいですよ。困ったときはお互い様です。
さて事情聴取やらなにやらあると思いますが後日で構いませんか? アイシャほどじゃないですが俺も結構疲れてまして」
と雄斗が言ったその時だ、シンシアが怪訝な顔をして宙に視線を向ける。
そしてこちらに断りを入れて空母のほうに視線を向けること数分、こちらに向き直った彼女は言う。
「それなら雄斗さん。予定より少し早いですがリトボスに来ていただけませんか。
体力の回復や傷の手当はもちろん、父が直接会ってお礼を言いたいそうです」
「ゼウス様が……」
シンシアの誘いを雄斗は考える。
正直に言えば会いたくはない。初対面時に見せたこちらへの興味津々な、愉しげな顔。直感的に深く関わると碌な目にあわないと感じたからだ。
とはいえ断るのも考えものではある。シンシアの言う通り明後日にはリトボスに行く予定なのだし、その際に何かしらの理由をつけて彼と会うよう仕向けられるかもしれない。
下手をしたらこちらの真の目的を読まれ、いらぬことをされる可能性もある。雄斗は小さく息をつき、頷く。
「わかりました。ただし俺が泊まる宿など細かいことはそちらに任せますがいいですか」
「ええ、もちろん。リトボスにいる間、雄斗さんに何不自由はさせないとお約束します」
「そうですか。それじゃあよろしくお願いします」
そう言って雄斗は右手を差し出す。
シンシアは何故か妙に嬉しそうにその手を、自分の右手で握り返した。
◆
「手酷くやられたな」
「うるせぇ。あそこから一気に反撃する予定だってのに邪魔しやがって……」
「そうか。ともあれゼウスやシンシア姫が評価するのもわかる強さではあるな。
武芸の腕だけで言えば彼を上回るのは【オリュンポス】にいる神々でも片手で数える程度だろう。
本気を出さなかったお前がボコボコにされるのは当然だと言える」
「喧嘩売ってんのかラメオドン!?」
「騒々しいぞゼノン」
「これはこれは……。ただいま帰還しましたイグナティオス様。
ご覧になられていたと思いますが今回の実験は成功です」
「ああ。流石だなラメオドン。お前が生み出した魔道具は見事な効果を発揮している。これならば予定通り、計画を実行できそうだ。
しかし醜態をさらしたなゼノン。【オリュンポス十二神】の一柱だったアレス神を受け継いだというのに、【七雄神財】の保持者とはいえその様とは」
「ゼノン。良ければこれを使うかい?」
「……冗談じゃねぇ。【凶獣の魔牙】なんぞ必要ねぇ。俺は俺の力で鳴神雄斗もゼウスの野郎も殺す」
「しかし噂以上だったな鳴神雄斗は。ゼウスが身内にしようと動こうとしている噂もあったが、あの腕を見る限り根も葉もないという訳ではなさそうだな」
「相手は年の近いシンシア姫でしょうか。かの姫一緒になり政府が保持する神具や神財を与えられれば我らにとって脅威になりますな」
「確かに。とはいえ我らの計画が成功するのだからそうなることはあるまい」
「いいえ、仮に計画が成功してもあのゼウスの事です。身内だけは逃がす用意をしている可能性は十分にあります」
「そうだな。奴のそういった部分の用意周到さは私達もよく知っている。となれば──」
「つまらねぇゴシップ話なんかしてるんじゃねぇよ。それに万が一にもそんなことはあり得ねぇ。
この俺が鳴神雄斗を殺すからだ」
次回更新は11月4日 夜7時です。




