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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
四章 雷刃、新生
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三話






「マリア、これを受理してほしい」

「ええ、わかったわ」


 一通りの業務が終わった、ちょうど昼休みに差し掛かろうという時間。マリアの元に雄斗やってきては休暇届を差し出す。

 近々一気に休暇を使うという話は聞いていたのでマリアはあっさりと受け取り、サインをして机にしまい込む。


「それにしても五日間とは随分長いね。どこかに行くの?」

「【オリュンポス】にいる昔の知人に会いに行くんだ。

 記憶が元に戻ったとき、昔色々と世話になっていたことも思い出してな。久しぶりに会いに行こうと思ったんだ」

「そうなんだ。でもそれならエドガー様やわたし達と一緒に、世界会議に参加すればよかったのに」

「世界会議の忙しい中、会える時間ができるとは限らないだろう。

 それに多くの著名人に会うことになりそうだし、それだけで余計な時間や体力を消費するだろうからな。

 マリアは頑張れよ?」


 小さく笑う彼の胸元に拳をぶつけるマリア。

 昨日、世界会議の参加メンバーに選出したという連絡がエドガーから届いた。

 参加メンバーはエドガー達【七英雄しちえいゆう】数名と【天輝四団ルーメン・クアットロの長からはネシャートにマリア。そしてエドガー達が声をかけた人員を含め、十数名が参加するとのことだ。

 ちなみに雄斗にもエドガーから声をかけられたが自身が拒否したことと、強制でなかったためメンバーにはならなかった。


「それとマリア、今日は雪菜と二人にちょっと重要な話がある。夕食後時間をくれ」

「う、うん」


 ぐいっと眉と声を潜めた雄斗の顔が近づき、マリアは少し動揺する。

 顔が近づいたこともそうだが、妙に真剣な声音を聞いたためだ。


「あとファティマ、ルリは飯の後、自宅に帰るよう誘導してくれ。特にファティマの奴には念入りに頼む」

「あはは。了解」


 空気を読まず絡んでくるファティマのことを想像したのか、少し困ったような顔で言う雄斗に、マリアは思わず笑う。

 そして部屋の中に昼休みを知らせる軽快なチャイムの音が鳴り響き、机に座っていた仲間たちは腰を上げる。


「さーメシだメシだ。リューンたちの所に行くとするか」

「今日は月に数度販売される、エデン産リンゴで作られたリンゴパイの販売日……!」


 背伸びをするルクスに珍しく本を閉じて早々に部屋を飛び出すソフィア。彼らに続き雄斗たちも部屋を後にする。


「そう言えばラインハルトの奴帰ってこなかったな。出ていくとき、すぐに帰ってくると言っていたが」

「もしかして実家からの連絡かな。ヴァナルガンド家は最近、ちょっと内部で揉めてるようだし」

「揉めている? 何かあったのか」

「詳しくは聞いていないけど次期当主について色々あるみたい。

 現当主──ラインハルトのお父さんはまだ元気だけど、そろそろ後継を決めるようなことを耳に挟んだよ」


 へぇと雄斗が声を出した時だ、食堂に向かう途中でニコスと精魂尽きた様子のルリ、ファティマらの姿を見る。今日の午前、二人はニコスと共に戦闘訓練を行っていた。

 ニコスはこちらを見て小さく微笑む一方、少女たちは力ない足取りでニコスと共に人込みの中に消えていく。よほど疲れているのか、こちらには全く気が付かなかったようだ。


「なぁ、二人ともあれで大丈夫なのか? 午後は保つのか?」

「うーん、どうやらだいぶニコスさんに絞られたようだね。

 でも心配ないよ。ニコスさんはその辺の見極めはしっかりしているから」


 マリアも【アルゴナウタエ】に来てすぐ、彼の訓練を受けたことがある。

 心身をギリギリまで追い込むそれは慣れないうちは非常に疲れるが、体調に異変があったことはない。同じく訓練を受けたソフィアたちも同じだという。

 ニコスのような隊員と戦技教官を兼任するものは幾人もいるが、その中でもニコスは最上位にいる。マリアが彼を副官としたのはそれを見込んだのも理由の一つだ。

 食堂につき料理を注文、いつも通り窓際側の席に座る。食事をしながら合間合間で中央にある大型のスクリーンに映し出されているニュースや自分、仲間たちをネタに会話を続ける。


「……? どうした。じっと見て。頬にカレーのルーでもついているのか」

「ううん。ただ見てただけ」

「?? 意味が解らんぞ。何もないのに何でそんな楽しそうな顔で俺を見る」

「楽しいよ。──好きな人が美味しそうに食事をしているから」

「──。お前な……」


 渋面となる雄斗。しかし何も言わず彼はカレーを食べるのを再開する。

 いつも耳にしている食堂の喧騒に漂う空気。変わらないはずのそれは雄斗と二人きりだと思うと特別なものに感じられ、マリアは微笑する。

 何気ないひと時。だがこれが永久ではないことはよく知っている。少なくともグラディウスとの戦いに生き残れなければ、これを得ることはできなかった。

 だからこそ、このような時間を大切にしたいと思う。

 

(雪菜ちゃんには悪いけど、ちょっと感謝だね)


 いつもなら昼食を共にする雪菜だが今日は任務で本部から離れている。

 心中で彼女に謝罪しながらマリアも食べかけのパスタを口に運ぶのを再開する。

 しばらくしてスクリーンにニュースととある人物が映し出される。マリアはそれを横目で見てすぐに逸らすが、雄斗はカレーを食べる手を止めて、そちらの方に顔を向ける。


「【神討の憎凶士ディディオ・マッサクロ】が気になるの?」

「ムンドゥスに配属されている【アルゴナウタエ】の部隊だ。チェックはしているさ。

 それに【七英雄】最強であり、かの【神殺士しんさつし】ディアボロが率いる精鋭部隊。何でも隊員一人一人がお前たち【天輝四団】の部隊長と同等の強さと聞くが」

「そうだね。ディアボロさんはもちろん、他の方たちも一騎当千の猛者ばかりだよ」


 【神討の憎凶士】の現メンバーとは過去、模擬戦などで戦ったことはあるが、一度として勝ったことはない。

 良くて引き分けになる。それほどの実力者があの部隊には揃っている。

 

「【アルゴナウタエ】最強と言われているのは誇張じゃない、事実だよ。

 もし本気のディアボロさんを含めた【神討の憎凶士】と戦うことになれば、わたしたち【天輝四団】が総出で何とか押さえきれる。それほどの強さだよ」

「ほう、大きく出るじゃないかマリア。グラディウスと戦い生き残った程度で、随分自信をつけたようだな?」


 静かな、しかし強い自負に満ちる言葉が耳朶を打つ。

 いつの間にか自分たちの横にあった気配。視線を向けるとそこには料理を乗せているトレーを手にした一組の男女の姿があった。

 どちらも【アルゴナウタエ】のスーツ姿を着ており、髪を短く刈り上げている強面の男性と竜人の女性。彼らを見てマリアはもちろん、雄斗も目を丸くする。


「あなた達は……!」

「久しぶりだなマリア。年始以来か。それと初めましてだな、鳴神雄斗。

 俺が今、お前たちの話題に上がっていたディアボロだ」


 男──ディアボロはにやりと意味深な笑みを浮かべてそう言った。











「マリアさん。隣、よろしいですか」

「は、はい。ライラさん。

 ……ところでお二人とも、どうしてここに?」


 自分の隣に腰を下ろしたライラにマリアは問いかける。


「本部に【神討の憎凶士】に加える見込みのある人材がいないかの確認。

 それと先日、ムンドゥスで【神魔八王しんまはちおう】と少し揉めまして。エドガー様にその件の詳細を報告するべく参りました」

「全くエドガーの奴。報告書は提出しているし通信でも話はしただろうに。わざわざ帰って来いとか面倒くさいことをさせる」

「仕方ありません。双方合意の上とは言え決闘をしたうえ、【神魔八王】の一人を半殺しにしてしまったのですから。

 謝罪をしたうえ、謹慎の意味を込めて本部に一時留まらなければ、他の【神魔八王】からますます反感を買われます。

 そうなればムンドゥスでの活動に支障をきたします。我らが【ムンドゥス】で活動するには彼ら【神魔八王】たちとの協力は必要不可欠なのですから」


 心底面倒くさそうに言うディアボロに、ライラは冷たい声で言う。


「……そう言えばさっきのニュースですけど、ロンドンにて出現した【狂神きょうしん】を【神討の憎凶士】が討伐したというものでした。

 でもかの地は【神魔八王】の一人である女神モルガンの統括地。ディアボロさん、もしかして」

「想像の通りだ。あの口うるせえモリガンの馬鹿女をしっかりのしてやった。

 こちらのやることなすことにグダグダ文句をつけてきて鬱陶しかったんでな。ま、出現した【狂神】はしっかりと倒したから問題はないだろ」

「ライラさん……」


 呆れの眼となるマリア。ライラを見るが彼女は無言で首を横に振るだけだ。

 【神討の憎凶士】のナンバー2である彼女。【清浄なる黄金の聖盾アルドウィー・スーラー・スクード】におけるニコスと同じ立場と役割を持つ彼女だが、今回は部隊の長であり愛人であるディアボロの暴走を完全に抑えきれなかったようだ。

 しかしディアボロとモリガンが揉めたことが大々的なニュースになっていないところを見ると、必要なことはしたようだ。


「しかし驚いたぞマリア。まさかお前如きがあのグラディウスと戦い生き残っただけではなく、一度とはいえ首を落とすとはな」

「……ありがとうございます」


 賞賛と見下しが混じるディアボロの言葉にマリアは作り笑顔で応じる。


「だが正直俺の興味はお前じゃなくて鳴神雄斗にある。お前もグラディウスとの戦いに参加したうえ、奴に気に入られたそうだな」

「え、ええ、まぁそうなりましたね。俺が【万雷の閃刀】の所持者であることも理由でしょうけれど」


 ディアボロから放たれる圧を感じたのか、思わず雄斗は背筋を伸ばす。


「それは違うな。奴が気に入り温情をかけるのは強者であり、強者になる可能性を持ったものだ。

 【万雷の閃刀】を持っているという理由だけで気にいられはせん。──よほど見事な益荒男ぶりを見せたようだな」

「その口ぶりだとグラディウスを知って、いや戦ったことがあるんですか」

「ああ。奴が休眠する数年前にな。結果は引き分けだ。俺は両足を両断されたが、俺もあいつの左腕と足を粉砕したからな」


 平然と言うディアボロに雄斗は大きく目を見開く。彼の声音を聞き、今言ったことが事実であると感じたからだろう。

 だがマリアはさほど驚かない。マリアが認める最強は間違いなくグラディウス。だが彼もそれに匹敵する存在であることは、身をもって知っている。 


「鳴神雄斗、お前のことは俺も気にいっている。記録映像だがお前の戦いぶりを見させてもらった。

 【神財】を十全に使いこなせないにもかかわらずマリアたちに匹敵する戦いぶりを見せ、その上見事な成果を上げた。あと一年もすれば強さでは完全にマリアたち【天輝四団】の長も超えるだろう」

「それは流石に高評価すぎる気が……」

「俺はそうは思わねぇ。お前は鍛錬する以上に死線を潜り抜けることで強くなるタイプだ。

 ゼウスやラーマ、そして俺と同じ戦いの申し子だ」


 黒曜石のようなディアボロの瞳が雄斗を見据える。

 まるで欲しいものが目の前にある大富豪のような雰囲気を彼が醸し出した時だ、それを邪魔するかのようにライラが言う。


「ディアボロ様。食事も終わりましたし、そろそろ参りましょう」

「あん? まだエドガーの奴と会う時間じゃねぇぞ。せっかく鳴神雄斗とこうして会えたんだ。もう少し話をさせろよ」

「私の所用を手伝ってくださると約束していましたが、お忘れですか? どうしてもと言うなら私一人で済ませますが」

「……。そうだな、そういえばそうだった。

 それじゃあ行くな。──またな。鳴神雄斗」


 まるですぐに会えるかのような軽い言葉と共にディアボロは去っていく。ライラもこちらに短く一礼して、彼の後を追う。

 マリアはそれを怪訝に思いながらも二人を見送る。そして二人の気配を感じなくなったところで、マリアと雄斗は同時に大きく息を吐く。


「あれがディアボロ。当代の【七英雄】の一人で【アルゴナウタエ】最強の戦士か。

 確かに今まで出会った強者の中でも飛びぬけているな」


 疲れた様子の雄斗。

 ただ普通に話していただけだというのに。やはり彼もディアボロとライラの内に秘めた強大な力を感じていたようだ。


「うん。ゼウス様を始め強い神々はいるけど、その中でもあの人は間違いなく五指に入るだろうね。

 戦場においては誰よりも頼りになる人だよ。──その反面、部隊長としては失格もいいところだけど」

「あー……。それはすぐにわかった。そのあたりはライラさんがフォローしているんだな」

「うん。あの人は部隊の長としても副官としても有能な人だよ。元は【天輝四団】の一人でもあったし、【神討の憎凶士】が存続できているのはあの人がいてこそだよ」

「そうだな。……確かにあの様子だと頼りにはなりそうだな」


 かすかに視線を細めて雄斗はライラたちが去っていたほうを見る。

 昼休みを終えた後は仕事に戻り、そして特に何事もなく一日が終わる。

 そしてマリアはルリたちをうまく誘導して雄斗の部屋に来させないようにし、夕食は任務を終えて帰還した雪菜を含めた三人で済ませる。

 こちらに気を使ったのか今日は雄斗が夕食を用意。マリアと雪菜の好きなもので構成された食事を歓談しながら平らげる。


「──さてと。話をするとしようか」


 テーブルに置いた茶を一杯口にした後、雄斗は言う。

 いつになくまじめな顔だ。どうやら思った以上に重要な話をするらしい。


(わたしと雪菜ちゃんとの関係に関してか。もしくは今後雄斗君がどうするかについてかな)


 考えうる限り、その二つのどちらかだろう。雄斗が放つ硬い空気を感じたのか雪菜は背筋を伸ばし、マリアは小さく息をのむ。

 再び湯飲み茶わんに口をつける雄斗。そして小さく息を吐いて、彼はこちらを見据え、口を開く。


「すでにエドガーさん、ニコスさんには伝えてあるが、俺は今月一杯で本部から【ムンドゥス】にある【アルゴナウタエ】の支部に異動する。

 言うのが遅くなって悪かった」


 雄斗の、まるで明日の天気を言うかのごとき気軽い物言い。

 二人は数秒固まり、そして同時に椅子から腰を上げる。


「……。……!? ど、どういうこと!?」

「……。……!? ゆ、雄斗さん!?」

「言葉通りの意味だ。ここにいるより【ムンドゥス】にいたほうが俺にとってもあの世界にとっても都合がいい。

 それと【神討の憎凶士】に配属されるよう希望を出している。多分昼間の様子を見る限り、異動できるだろう」

「ちょ、ちょっと待って雄斗君。一体どうして!?」

「今言っただろう。都合がいいと。それが理由だ」


 わけがわからない。率直にマリアは思い、混乱する。

 こちらが忘れないよう時折一年後には【アルゴナウタエ】を辞めて家族の元に帰る。そう言っていた雄斗が【神討の憎凶士】に異動? 何の冗談だ。


「それともう一つ。雪菜、正式にお前との婚約は解消する。マリア、悪いがお前の好意は受けられない。

 二人とも、人生のパートナーは改めて探してくれ」

「……っ!」

「ちょっと待ってよ!」


 淡々という雄斗。あまりに冷たく事務的な物言いにマリアはかっとなり、机を叩く。

 雄斗が視線を細め、隣の雪菜が肩を震わせるが、それを無視してマリアは面に力を入れて問いかける。


「何もかもいきなりすぎるよ。どうしてそうするのか、しっかりと説明して……!」

「まず【神討の憎凶士】への異動だが、これが俺と俺の家族を守る最善手だからだ。

 【神討の憎凶士】は【アルゴナウタエ】でも一、二の戦力を持ち、なおかつトップはあのディアボロさん。

 俺が【神討の憎凶士】に配属されれば最近俺にちょっかいをかけてきている【神魔八王】も手を出しにくくなる。何かをすればディアボロさんの機嫌を損ね、昼間言っていたように【神魔八王】だろうと叩きのめされるからな。

 あの人が外見に反して仲間や身内思いなことはお前も知っているだろう」


 ディアボロはその強さもだが、数々の問題を起こすことでも有名だ。

 そのうちの一つ【バンジーラ一日戦】という事件がある。まだ彼が【ムンドゥス】に配属されず、各世界の諸問題を解決していた時のことだ。

 【ヴェーダ】のとある神がディアボロの仲間──当時はまだ【神討の憎凶士】と呼ばれていなかった──の一人にやり込められたことを逆恨みし、暗殺しようと目論んだ。

 当人やディアボロが警戒していたおかげでそれは阻まれたが、ディアボロは激怒。エドガーや【ヴェーダ】トップの制止も聞かずその神のもとに殴り込み、その神に味方するものを叩きのめし、その神を殺す寸前までに追い詰めた。

 相手側に非があるとはいえ明らかにやりすぎたディアボロも非難はされた。だが彼は堂々とした態度で「俺の仲間に手を出す奴はこうなる。覚えておけ」と言い放ち、しばらくの間本部にて謹慎することとなったのだ。

 他にも似たり寄ったりのエピソードは二つほどあり、ディアボロは敵には苛烈だが仲間には優しいという評価をされている。


「【ムンドゥス】は世界を守るために俺と言う戦力を欲している。だが【アルゴナウタエ】を止めて故郷に戻れば、おそらく俺は【神魔八王】と繋がりのあるどこかの名家の令嬢と結婚でもさせられ、いいように使われる人生を送ることとなるだろう。

 【神魔八王】の中には良識な神もいるが、理不尽な性格をしているもののいるからな。もし俺が反攻すれば家族にも手を出しかねない。それを防ぐために【神討の憎凶士】に異動する。

 【神討の憎凶士】にいる以上、【ムンドゥス】を守るという【神魔八王】の要求は達成されるからな。表立って文句を言うことはないだろう」

「それは、そうだろうけど……。

 雄斗君は家族の、鳴神家の人たちの元に戻りたいって言っていたよね。それはどうなったの」

「現実的にそれは無理だろ。今それをしたらさっき言ったとおり【神魔八王】の操り人形になるだけだしな。

 まぁそのあたりはあまり心配はしていない。俺がいなくなった後天空と未来が頑張っているそうだからな」


 あっさりとした物言いにマリアは思わず目を瞬かせる。

 何だ今の様子は。あれだけ家族思いな彼が、それに対して他人事のような物言い。雄斗らしくない。


「さて、二つ目だがこれはいたってシンプルだ。俺は誰かと結ばれる気は未来永劫ない。

 だから雪菜との婚約は解消するしマリア、お前の想いを受け入れない」


 自分たちを見据え、はっきりと断言する雄斗。

 剣の切っ先を喉元に突き付けたかのようなそれにマリアは言葉に詰まり、隣の雪菜も視界の隅で肩を震わせるのが見える。


「勘違いしないように言っておく。お前たちに何も問題はない。

 知り合って一年にも満たないが二人ともいい女だ。お前たちと結婚する相手は幸せになるだろう。

 お前たちを受け入れないのは、あくまで俺自身の問題だ」

「……問題って、何」

「──。俺は、お前たちを幸せにできるような人間じゃないってことだ」

「そんなことはないと思います! 私は」


 物音を立てて立ち上がる雪菜。

 しかし彼女の言葉を拒否するように雄斗は言葉を放つ。


「雪菜。言っただろう。お前たちが原因じゃないし悪くもない。

 大切な人を守ることができない俺に原因があるのだと」

「そんなことはないよ! 雄斗君は必死に戦ってくれてシャフナーズたちを守ってくれじゃない!」

「そうです! 兄さまの仇討ちもしてくれましたし、ボロボロになって私を庇ってくれました! 大切な人を守り切れないなんてことはないはずです!」

「俺一人で成したことじゃない。──それに、俺自身の弱さや不甲斐なさは、誰よりも俺が知っている」


 かすかに目を伏せる雄斗。それを見てマリアは再び驚く。

 そこにあったのは諦観、絶望といったもの。雄斗は自身に対して心底、そう思っているのだ。


(一体、どうしてしまったの)


 明らかに雄斗の様子はおかしい。今までとはまるで別人だ。


「──悪いが、もう決めたことだ。俺のことは諦めろ。

 あと明日からもう俺の部屋には来るな。さすがに好意を跳ねのけた相手と朝から顔を合わせるのはしんどいからな。

 ルリたちにも伝えておけ」


 雄斗はそう言って椅子から立ち上がり自分の部屋に向かう。

 まるでこちらからの追及を拒否するような、逃げるような姿を見て、たまらずマリアたちは声を上げ彼に近づこうとするが、


「雄斗君!」

「雄斗さん」

「いい加減分かれよ。俺はお前たちを振ったんだ。

 みっともなく、縋りつくな」


 こちらを振り向き、嫌悪と倦怠を含んだ顔を見せる雄斗を見て、その足が止まる。

 はぁとこれ見よがしなため息をつき、彼は自室に入る。

 唖然となる二人。しばらくして雪菜がかすれた声で言う。


「……雄斗さん、どうしてしまったんでしょう。

 それとも私たちが気づかない間に、何か雄斗さんの機嫌を損ねるようなことをしてしまったのでしょうか」

「わからないよ。話し合わないと。

 でも雄斗君は今日はもうその気はなさそうだから、日を改めよう?」


 マリアは気力を振り絞って笑顔を作り、今にも泣きだしそうな雪菜を慰め、彼女と共に雄斗の部屋を後にする。

 雪菜を送り届け自室に戻ると、マリアはベットに倒れ込む。ひどく喉が渇いているが体を動かす気になれない。


「雄斗君、どうして……」


 声を震わせ、目じりに熱いものがこみあげてくる。雪菜がいたから平静を保てたが、もしいなければ何をしていたのかわからない。

 雄斗の突然の異動、そして自分たちの好意の拒絶。そして人が変わったかのような態度。

 マリアは顔を枕につっくけ、あふれ出る感情の雫が零れないようにするのだった。











「……。さて」


 二人が立ち去りしばらくして、雄斗は携帯を手に取る。数コールで出た相手はニコスだ。


「ニコスさん」

『いつになく覇気がない声だな。その様子だとマリアと叢雲さんには言ったのか』

「……ええ」


 ふむ、と呟くニコス。数拍ほど時間を置いて彼は話し出す。


『だが全ては伝えていないようだな。言ったのはお前が異動することと二人の好意を跳ねのけるだけか』

「ニコスさんには話す相手の心情を察する異能でもあるんですか」

『そんなものはない。年の功と言う奴だ。

 俺はどうもお前のような問題児と付き合うことが多いからな。自然とわかってしまうんだ』


 携帯の向こうで小さく息をつくニコス。


『……本当に良かったのかそれで。全てを伝えるという選択もあっただろう。

 二人なら──』

「これでいいんです。俺といる以上、いずれあの二人にも命に係わる危機が訪れます。

 そうなれば俺はまた、何もできないでしょうから」

『……』


 沈黙したニコスに改めてマリアたちのフォローを頼み、雄斗は電話を切る。


「……忌避しているか。確かに静さんのいうとおりだったな」


 呟き、雄斗は額の傷跡を指で触れる。

 先日のグラディウスとの戦いで負った傷。そしてこれにより【五欲王】の一人に封じられていた記憶の全てを思い出した。

 思い出さなければよかったと思う。だがそれ以上に思い出してよかったとも思っている。

 自分がどういう人間なのか思い出せたから。わかったから。


「大丈夫さお前たちなら。すぐにいい相手が見つかり、幸せになれる」


 先ほど見た、脳裏に焼き付いているマリアと雪菜の悲しげな顔。

 あんな顔をさせてしまったことは悪いとは思う。だが自分の傍にいればあの程度では済まない。

 雄斗じぶんは大切なものを守れない|戦士(弱者)なのだから。






次回更新は10月11日 夜7時です。

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