二話
「ところでニコスさん。例の話、どうなりました?」
「ああ。先方にも先日連絡を取ったが、ぜひ歓迎するとのことだ。
【ムンドゥス】にある【アルゴナウタエ】支部への転属は問題なく済むだろう」
ニコスの言葉を聞き、雄斗は安堵の域を漏らす。
色々と注目されている自分。【万雷の閃刀】を手放しても本部に留めておかれるかと思ったが、杞憂だったようだ。
「だが解決するべきことはまだあるだろう。──マリアや雪菜嬢には話をしていないのだろう?」
「……ええ。そろそろ言おうかと思っています。ま、十中八九怒られるでしょうが」
「怒るだけで済めばいいのだがね。……雄斗、一体どういう風の吹きまわしだ?
【アルゴナウタエ】に残るのは予想できてはいたが【万雷の閃刀】を手放した上、【ムンドゥス】の【アルゴナウタエ】支部への転属を望むとは。
君が望む平穏な生活を求めるなら【アルゴナウタエ】本部に留まるか、【高天原】へ移住するかのどちらかと思っていたぞ」
「色々な事情を含め、考えた結果です」
このところの活躍で、雄斗は各世界から嫌が負うにも注目されている。また故郷である【ムンドゥス】からの勧誘も度々ある。
故郷であるかの世界はなんとしても自分と【万雷の閃刀】を欲しがっているのか、グラディウス戦直後に雄斗の元へ【神魔八王】の一人であるカグヅチの直属の部下が会いに来たのだ。
当然断ったが彼の方も全く諦める様子はなかった。それ以降、雄斗のPCに他の【神魔八王】陣営の人間からも勧誘──中には脅しに近いものもあった──のメールがいくつか届いていた。
雄斗としては【神魔八王】の陣営に加わる気はない。【アルゴナウタエ】で戦い続けると決めている。
かといって何も協力しないのであれば家族に類が及ぶ可能性もある。カグヅチはともかく他の八王達はそう言った手段を取る者もいる。
そう言った過激な連中を納得させるために、【ムンドゥス】に在籍している支部への移籍を志願したのだ。
彼らが望んでいるのは【万雷の閃刀】とそれを持つ優秀な戦士が【ムンドゥス】のために戦うこと。【万雷の閃刀】は無くとも、雄斗が【ムンドゥス】のために戦うのであれば満足するだろう。腕の立つ戦士は一人でも多くいたほうがいいのだから。
「それと君の探し人も見つかった。ヴィルヘルミナ・ドーン。彼女は【オリュンポス】の首都リトボスにいる。
政府直属の治安組織【パンクラチオン】に在籍しているそうだ」
「……そうですか。ありがとうございます。近いうちに会いに行ってみます」
「彼女とはどういう関係だ? 知っているとは思うが彼女の父親は神話世界トップクラスの傭兵であるヘンリク・ドーン。
現在行方知れずとなっているが──」
「その父親について話をしに行くんです。思い出せた俺の記憶の中に、彼女とその父親のことがあったので」
雄斗はそう言って、うっすらと刀傷が残っている額を指でつつく。
と、その時だ。雄斗とニコスのスマホが音を発し、振動する。
懐から取り出す二人。画面に表示されていたのは緊急の【異形種】襲撃の報だ。
「A級異形種、飛竜型が十三体、狼型が三十一体南西より艦に接近中。双方とも足が速いタイプのため引きはがすことは困難。直ちに駆除せよ、か」
「食後の運動としてはちょうどいいですね。行きましょう」
首を鳴らして言う雄斗にニコスも頷く。
エレベータで下り到着した【アルゴー】の地下階層。【掃除】のたびに出撃する物資置き場兼艦船収納デッキで他にやってくる人を待っていると、後ろから聞き覚えのある声が耳に響く。
「あ、雄斗君。ニコスさん」
振り向けばマリアとソフィア、そしてファティマにルリの姿があった。
「お前たちも来たのか。……というかファティマ達もいるが、もしかして参加するのか」
「はい、もちろんです! 【アルゴナウタエ】に来て初めての実戦。腕が鳴ります!」
「【次元の狭間】にいる【異形種】は多元世界にいるものより強力と聞いています。油断せず討伐しようと思います」
元気よく応じるファティマと、落ち着きながらも静かな覇気を漂わせるルリ。
思わず雄斗はマリアに視線を向けるが彼女は小さく微笑み、
「心配しなくても大丈夫だよ雄斗君。二人がそれなりに強いことは身をもって知っているでしょう?」
「それはまぁ、そうだが」
「わたしたちもいるから心配無用だよ。──ニコスさん、フォローよろしくお願いしますね」
「ああ。支援や援護は任せろ。早々に片付けて休憩の続きを取るとしよう」
穏やかな笑みを浮かべるニコスにマリアたちも微笑して首を縦に振る。
出撃人員が揃ったことをデッキの管制官に伝え、雄斗たち六人は艦から飛び出す。
地面に着地し遠くを見る。情報通り二種類の【異形種】がこちらに接近してきていた。血走った眼でこちらに迫ってくるそれと対峙し雄斗たちは己の獲物を呼び出す。
マリアにニコスに雄斗、そして雄斗の右にいる少女二人も疑似神具を手にする。ファティマは両手に赤色の槍を、ルリは長剣を。
「わたしが飛竜型を相手するから、みんなは狼型をお願い!」
マリアはそう言って空に上がり、莫大な水を飛龍たちに向けて放つ。いち早く始まった上空での戦いの音を聞きながら雄斗たちも狼型の群れを迎えうつ。
「ガッ、アアアッッ!」
大きく顎を開けて噛みつこうとした狼型の背後に回り込み、雄斗はその胴体を【雲耀】で薙ぐ。
今の雄斗ならば疑似神具でも大抵のA級【異形種】ならば瞬殺できる。左で戦うニコスも同様で見事な格闘術で狼を吹き飛ばし、粉砕している。
そして右で戦うファティマ達もまた巧みに疑似神具を使い、餓狼を一匹一匹、確実に仕留めていた。
「はっ!」
威勢のいい声とともにファティマが狼の顔面目掛けて右手に握る槍を突き出す。
達人と言ってもいい鋭さの穂先を狼の牙が止めるがファティマは勝利を確信した笑みを浮かべ、
「【陽突矛】!」
穂先より飛び出した光の刃が狼型の頭部を貫き、【異形種】を消滅させる。そして振り向きざま左の槍を横薙ぎに振るい、背後から迫っていた狼の足を切り裂く。
苦痛の声を上げて地面に落ちたその狼の頭部にファティマは槍を突き入れる。瞬間、灼熱の炎が狼を包み込み、消滅させた。
【炎獅子の双槍(ショーラ・ハルバー)】。ファティマが振るう疑似神具だ。光と焔を操る力を持ち、今見せた【陽突矛】は炎や光の穂先を生み出す神威絶技だ。
ファティマが焔と光の槍撃を振るう傍、もう一人の準メンバーであるルリも負けず劣らずの活躍を見せている。ルリは一メートルを超える長剣を早く的確に振るい、一刀のもとに狼型を切り裂いている。
大人しそうな風貌に似合わず豪快な剣戟を見せるルリに警戒したのか、三体の狼型たちは一斉に襲いかかる。しかも飛び掛かってくるだけではなく、焔を吐いたり、尾を鞭のようにしならせて。
三方向からの同時攻撃。しかしルリは一切動揺することなく動く。まず飛び掛かってきた狼型に接近しては大上段からの一撃で粉砕し、右から迫っていた尾を剣を上に切り上げて斬り飛ばす。
「【清水】」
そして左から迫る炎には長剣の切っ先から放たれた水が衝突し、消え去ってしまった。【清水】。向かってきた攻撃を打ち消す水を発生させる神威絶技だ。
それに動揺した狼型にルリはすぐさま距離を詰めて剣を振るい粉砕する。彼女が握っている、グレートソードと言うべき長剣の疑似神具の名前は【聖湖の剣】。水と浄化の力を持つ疑似神具だ。
(わかってはいたが、大したものだな二人とも)
ファティマは【竜討旗に集う勇士】に在籍していたし、ルリも【光明の盟友】や【星天団】など数多の組織から加入を望まれていただけのことはある。
まだ本メンバーである雄斗たちには及ばないがあと二年もすれば並ぶと感じされる戦ぶりだ。マリアの言った通り心配しすぎだったようだ。
十体目の狼型を倒したところでそろそろ終わりかと雄斗が思った時だ、一際体が巨大な二頭の狼型が姿を見せる。
こちらに向けられている殺意と圧は明らかに今までの小型よりも強い。強さは【異形王】とA級の中間あたりと言った感じか。
ちょうどいい。そう思った雄斗は巨大な狼型に一瞬、気圧された少女二人の前に出る。
「二人とも下がれ。俺一人でやる。ニコスさん、二人をお願いします」
そう言って雄斗は【雲耀】を構え、【掌握】の言霊を口ずさむ。
「天空に漂う雲霞よ。雷の王国よ」
聖句と共に体から溢れる雷光。【万雷の閃刀】の【掌握】と同じく、雷が雄斗の体を包み込む。
「輝ける護国の力を、将たる我の元へ集めよ。輝く雷光は夷狄を切り滅ぼす剣である。煌めく閃電は大過を打ち払う矛である」
体を包む黄金の輝きは特定の場所に集中する。両前腕部に両足の下腿部。そして胴回りに。
「雷よ。我の勝利のために、王国に平和を齎すために、天地にその神威を顕せ!」
聖句を唱え終えると、一瞬、目を閉じるような眩い光が雄斗から放たれる。
そして光が収まったとき、雄斗は稲妻の刺繍が入っている黄金色の軽甲冑を身に着けていた。
「【雷光戦将】」
【雲耀】の【掌握】の名を呟くと同時、雄斗は動く。
一瞬で狼型の懐に接近し、【雲耀】を切り上げた。放たれる雷を纏う巨大な剣閃は狼型を真っ二つにする。
隣にいたもう一体は即座に反応。【叢雲】を切り上げた雄斗に向けて前足を突き出す。
魔力が宿った上、前足の爪から毒液が垂れている。直撃すれば今の雄斗でも大ダメージは間違いない。かすっても毒液で動きが鈍るだろう。
しかし雄斗は【心眼】でそれをすでに補足していた。次の瞬間雷光へと変化して回避。
狼型の前足が地面に激突した直後、背後に回り込む雄斗。そして今度は大上段の一撃でもう一体の狼型を縦に両断した。
「やった!」
「さすがです、雄斗さん!」
二つに分かれ、血しぶきを発しながら地に伏す狼型を見てファティマ達は歓声を上げる。
しかし雄斗は気を緩めない。今倒したはずの【異形種】の体内からは生きているには十分すぎる魔力と生命力を感じていたからだ。
「油断しないで雄斗君! まだ生きてる!」
空から聞こえるマリアの声。──直後、両断されていた狼型の躯から無数の触手が飛び出す。
何本かはこちらをけん制するように周囲に振り回すが、大半は四つに分かれた狼型の体を絡める。そして触手に包まれた五体が瞬く間に急激な変化を遂げる。
ゆっくりと起き上がる狼型。体は先程の倍以上に大きさとなり、体の各所から先程けん制した触手がうねっている。そして雄斗に血走った目を向ける頭部は四つに増えている。
「これはまた、凄い変化だ」
軽い口調で雄斗は言うが、頬に汗が浮かぶ。
二体が融合したせいか力は倍増、という単純な計算ではない。【異形王】には及ばないが、なる直前にまで跳ね上がっている。
「ガアアアッッ!」
左右の二つ首が叫びを上げる。そのあまりの凄まじい音波と衝撃波に雄斗は一瞬硬直、ニコスの結界に守られているファティマとルリの2人も思わず両耳を塞いでいる。
固まった刹那の時間で蘇った狼型は攻撃を放つ。体から突き出ている触手と臀部にある尾を雄斗に向けて放つ。
毒液をまき散らす攻撃を雄斗は再び雷となって回避。上空に飛び上がり空から雷光を纏った巨大な剣戟を放つが、狼型は触手と尾を束ねた一撃でそれを粉砕してしまう。
「雄斗君! すぐに行くから!」
マリアの声と同時に空から聞こえる爆発音と飛竜型の断末魔の叫び。
こちらに向かってこうよするマリアに向けて、雄斗は大声で言う。
「こいつは俺一人で仕留める! お前はニコスさんと一緒に、周囲を警戒しておいてくれ!」
「雄斗君!?」
マリアの驚く声を聞きながら雄斗は狼型に接近する。
彼女の反応はもっともだ。【万雷の閃刀】ならばともかく今雄斗が振るっているのは疑似神具だ。【異形王】に近いクラスの相手となると一人では厳しい。
だが引き下がるわけにはいかない。これからのためにもこの難敵を雄斗一人で対処できると証明しなくてはいけない。
それに近いうちに【万雷の閃刀】とは別れ、【雲耀】を主武装とするのだ。この苦境に慣れておく必要もある。
(ニコスさん、マリアの足止めもお願いします。動きそうになったらうまいこと言って説得してください!)
(……。わかった。だがお前の手に負えないと私も判断した時は加勢させる。いいな)
(了解です!)
念話でニコスに応じ、雄斗は四つ首の【異形種】に突撃する。
向かってくる雄斗に対し、狼型は無数の触手を放ち、大きく開いた顎からは炎と毒液を吐き出す。だが雄斗は全身より電撃を放ち相殺、または体にまとう雷光を剣に変化させて切り伏せる。
雷光を纏い縦横無尽に動き回っては【叢雲】を振るう雄斗。放つ剣撃や雷撃は狼型の肉体を切り裂き焼くが、驚くべき再生能力を発揮してそれらを癒し、反撃してくる。
(さすがに手強い……!)
今年の春、マリアが【アヴェスター】で倒したナーガ型【異形種】に匹敵する強敵だ。
とはいえいつまでも時間をかけているわけにもいかない。マリアの性格上、ニコスを振り払って助けに来ることもあり得る。
触手と毒液をかわし、さらに後ろに後退する雄斗。体にまとっている雷を消し、【叢雲】の刀身のみに雷を集約する。
(雄斗君!? もしかしてもう限界なの!?)
焦ったマリアの声に答えず、雄斗は刺突の構えを取る。
そこに再び体を震わせる叫びを上げながら狼型が突撃してくる。彼女と同じく雄斗の力が尽きたと思ったのか、散々体を刻まれたうっ憤を晴らしたくなったのか。
まぁ雄斗にとってはどちらでもいい。と、いうより突撃してくるのはかえって好都合だ。
地響きを鳴らし、百メートルほどの距離まで近づく狼型。するとそこで大きく跳躍する。
狼型の巨体が雄斗を潰そうと空から落ちてくる。また触手と尾が一斉にこちらに迫り、雄斗を睨む四つの頭部も炎と毒液を吐き出す。
止めと言わんばかりの一斉攻撃。それを見て雄斗は小さく笑み、神威絶技の真名を呟く。
「【豊閃撃】」
落ちてくる狼型の腹部目掛けて飛び上がる雄斗。放たれた矢の如く、一筋の雷光となった雄斗は天に向かって飛び、狼型の体に刺突を放つ。
鼻が曲がるような臭気を放つ体毛が生えている腹部に深々と刺さる【雲耀】。雄斗が手を離すと、するりと【異形種】の腹部に入ってしまう。
そして次の瞬間狼型の五体が大きく膨れ上がる。
「ガアアアアッッ!??」
【次元の狭間】の空に響く激痛と疑問の叫び。
だがそれは長く続かない。膨れ上がった狼型の五体は内側から飛び出してきた膨大な雷光によりはじけ飛んだからだ。
【豊閃撃】。一か所に集中させた雷光を物体に接触させ、内側から一気に解き放つ技だ。膨大な雷を集めるため時間がかかることが弱点だが、決まれば神クラスや【異形王】でさえ相当なダメージを与えられる。
【叢雲】の神威絶技の中では最強の威力を誇る攻撃だ。
「ふぅ……。なんとかいけたか」
降り注ぐ狼型の血肉と毒を雷撃で払いながら雄斗もゆっくり落下する。
【叢雲】でも相応の戦闘力が発揮できることを証明できた。これは【ムンドゥス】支部に移る上での自信になるし、周囲を納得させる材料にもなる。
そう思い、雄斗は地表に目を向ける。視線の先には満面の笑みを浮かべるマリアたちの姿が見える。
近いうちに、彼女たちを悲しませる話をしなければならない。胸の内に芽生える罪悪感を雄斗は押し殺し、彼女たちに向けて手を振るのだった。
次回更新は10月7日 夜7時です。




