二十一話
三者の放つ圧と高まる魔力。それらは爆発寸前の活火山か、大時化になろうかという荒れた海原を思わせる。
いつ爆発してもおかしくない空気を感じながら雄斗は大上段に構えたグラディウスを真っすぐに見据える。
【戦帝】の異名を持つ、最強の【異形王】グラディス。その実力は伝え聞いていた通りのものだった。
【天稟を顕す輝聖水】にて潜在能力が解放された今の雄斗なら、今まで相対したどんな相手にも勝てる自信──いや確信すらある。だがそんな己でさえ眼前の敵には届かないと思う。
剣技だけなら匹敵するだろう。だがそれ以外の面で圧倒的なまでに経験が足りない。一対一の勝負ではどうあってもかなわない相手だ。
(だが、だからといって引けるかよ)
グラディウスの生粋の武人であり標的以外には興味を示さない。
だが逆を言えば標的と戦うためなら手段を選ばないということでもある。雄斗と勝負をするためにマリアたちの生命を交渉材料にしたように。
このまま彼を放置すれば過去のように、幾多の神々や英雄が犠牲となるだろう。魔術師として、一人の人間として、それを見過ごすことはできない。
神々だって強さ以外は普通の人と変わりない。そんな人やその家族たちが悲しむ姿を見るのは、もうこりごりなのだ。
(天地斬。グラディウスの空間攻撃。
凄まじい技だが今の俺なら類似の神威絶技を放てるはずだ)
【万雷の閃刀】の柄に力を込めながら雄斗は思う。
空間攻撃。そこにいるあらゆるものに問答無用のダメージを与える攻撃。回避不可能と言うべきこの攻撃だが、目の当たりにするのはこれで四度目だ。
そして神威絶技とは使用者がこうしたい、できるという思いを現実にするものでもある。今の雄斗なら空間攻撃をできる自信がある。
とはいえ不安材料は当然ある。空間攻撃を放てても良くて相殺、悪ければ半減する程度にしかならず、残った威力をマリア共々受ける恐れがある。
【剣躰】で防ごうという考えはない。武蔵の空間絶技【天燼地滅を成す炎風剣】ならば問題ないだろうがグラディウスの【天地斬】は防げないという確信がある。
【天燼地滅を成す炎風剣】も強力だが【天地斬】に比べればだいぶ劣る。もし【剣躰】を行使した場合、運が良くても命は助かるだろうが今後二度と戦えなくなるだろう。
つまり生還し今後とも剣を振るっていくためには今、雄斗が生み出す空間攻撃で【天地斬】を相殺するしかない。
「森羅万象に宿りし雷の眷属よ。わが障害を打ち破るためにわが剣の元に集え。
我は雷霆の支配者。我が放つ一太刀は無双の雷光であり世界を貫く剣の煌めきである」
脳裏に浮かぶ空間攻撃のイメージ。グラディウスを始めとする強者たちが見せたその姿と威力が己の姿に作り替えられる。
「天よ震えよ。地よ慄け。万物すべからず切り伏せる我が雷こそ至上の神刀である……!」
裡に生まれた言霊を呟く中、雄斗の体内、そして外から魔力が集まり雷となり、【万雷の閃刀】の刀身に宿る。
膨大な雷が集まったためか、黄金の刀身がかつてない輝きを世界に顕す。また対峙するグラディウスの刀も白と黒が点滅を繰り返している。
にやりと笑むグラディウス。それを見て雄斗は【万雷の閃刀】を振り下ろす。
「【天地万象に煌めけ、極雷の神刀】!」
「【天地斬】」
【万雷の閃刀】より放たれる空間剣戟。それは万を超える数の極大の雷霆を内包する黄金の剣界だ。
それと同時に放たれる白黒の剣界。二つの世界を切り裂く剣の空間が放たれ、ぶつかり合う。
轟音が響くが聞こえたのは一瞬だ。おそらくあまりにも巨大な音な上、至近距離にいたため耳がイカれたようだ。
拮抗する剣戟。──いやそれも数秒のことだ。静止していた白黒の世界は各所にヒビを走らせながらも徐々にこちらに迫っている。
(押し砕かれる……!)
無念を思う雄斗。一方別の想いも心中に芽生える。
【天地斬】は雄斗の【天地万象に煌めけ、極雷の神刀】をわずかに上回っている。だが【天地万象に煌めけ、極雷の神刀】によって大きく減衰している。
もしここで強力な神威絶技の追撃があれば相殺はできるだろう。だがそれはあり得ない。
マリアは自分に代わり切りこむため【黎明に導く青剣】を発動している。【天地斬】が【天地万象に煌めけ、極雷の神刀】を粉砕する数秒の時間で別の神威絶技に切り替えることは不可能だ。
あれだけ大口叩いておいてこのざまか。情けない──。雄斗が心中で無念の声を上げると同時、【天地斬】による黄金の空間の破壊が進み今まさに崩壊しようとした時だ、右横から黄金と紅の巨大な鏃が通りすぎた。
(【百鬼夜行を滅する月光神鏃】!?)
雄斗が目を見開くのと同時、【百鬼夜行を滅する月光神鏃】が白と黒の世界に激突する。
数秒拮抗し、粉砕される鏃。しかし同時に白と黒の世界に膨大で無数の亀裂を作り、黄金の空間が破壊されると同時、白と黒の空間も壊れた。
そしてその直後、雄斗の右側からマリアが剣を構えてグラディスに突撃した。
◆
両手で剣をつかみグラディウスに真っすぐ突っ込むマリア。狙うは【異形王】の首一つ。
(上手くいった……!)
先程の【百鬼夜行を滅する月光神鏃】によるグラディウスの絶技の相殺のことだ。
少し前、念話で語りかけてきたシャフナーズの作戦──と呼べるほどのものではないが──を説明すると、雄斗たちが相殺できないことを考え自分も支援すると彼女は言いだした。
そして【百鬼夜行を滅する月光神鏃】を使うという彼女にマリアは大反対した。【命魔融和】による神威絶技は並々ならぬ魔力と生命力を必要とする。
すでに今日一度使用し、さらに二撃目を放てば間違いなくシャフナーズの寿命を削る。それを指摘してやめるよう言ったが──
(どのみちあの黒と白の剣界が来れば私だって無事じゃすまないわ。だからやるわ)
こちらの話を何がなんでも聞き入れない頑固な声音で彼女がそう言い、念話を切った。
再度呼びかけようとしたマリアだが高まる雄斗たちを見てそんなことをしている余裕はないと思い、諦めた。
そして彼女の予想通り放たれた【百鬼夜行を滅する月光神鏃】は雄斗の神威絶技との衝突により大きく減衰していたグラディウスの一撃と激突。奇跡的に相殺することに成功した。
(これは千載一遇のチャンス……!)
黒刀を振り切ったグラディウスは隙だらけだ。マリアの突撃に反応している様子もない。
このまま一気に距離を詰めて首をはねる。そう思い剣の間合いまで近づいた時だ、グラディウスの体が動き、黒刀が下から上に切り上げられる。
漆黒の刃はマリアの股間めがけて迫る。あれだけの超攻撃直後だというのに放つ速く鋭い一撃を見てマリアは驚愕する。──だが、
(斬られる前に斬る……!)
より深く、より一歩前に踏み込み剣を振るう。攻撃されたことや受けた後のことは考えない。
ただただグラディウスの、師の仇の首を落とすためだけに剣を振るう。
【大河の聖盾剣】の刃がグラディウスの首に当たり、一瞬の抵抗の後、【黎明に導く青剣】にて強化された刃は【異形王】の首を刎ねた。
「──」
振り切ったマリアはその勢いのあまりバランスを崩し、砂地に転がる。
直後、どさりと何かが倒れた音が響く。そちらを見ればグラディウスの体が砂地に倒れていた。首のない体が。
「……やった」
唖然として呟くマリア。そこへ後ろから何かがぶつかってくる。
驚き振り向く前に聞こえてくる、戦友の歓喜の涙声。
「やったわマリア! 叔母様の仇を取ったのよ。
私とあんたが、あのグラディウスを、倒したのよ!」
絶叫するようにシャフナーズは叫び、背中に顔をうずめて泣き出す。
そしてマリアも、それに反応するかのように涙が溢れ出てくる。
「……やりました、ファルナーズ様。わたしたち、やりました……!」
後ろでわんわん泣くシャフナーズとは対照的に、マリアは静かに涙を流し続ける。
どれくらいそうしていただろうか。砂を踏む音が聞こえ、振り向けば疲弊した様子の雄斗の姿があった。
「ひでー顔だな。涙でぐしょぐしょだぞ。
でもまぁ、よくやったよ」
柔和な笑みを浮かべて雄斗は言い、マリアの頭を撫でる。
優しくも暖かいその感触に再びマリアは瞳から涙をこぼす。
「さて、念のためグラディスの首を見つけて回収しておくか。
しかし伝説の【異形王】が倒されたとなれば大ニュースだな。マリアの人気も他の世界でも上がって一気に婚約を申し込む連中が増えるんじゃないか」
「そうだね。でもそれは鳴神君も同じだよ。今まで以上に【神魔八王】や他世界の上層部から注目されるだろうね」
「いっそのこと開き直ってアザードみたいにハレムでも作ったら? 複数の女を娶るのは男の夢なんでしょう」
泣き止んだシャフナーズ、マリアがからかう様に言い、雄斗はうげぇと悲鳴を上げる。
雄斗の反応を見て小さく笑うマリアとシャフナーズ。悩ましげな顔となり雄斗がグラディスの首を探そうと一歩踏み出した時だ、
「ふふふ。まさか、まさかだったぞ」
聞こえてきた声に、雄斗は足を止める。マリアたちもその身を強張らせる。
なんで。どうして。まさか。だけど。でも。血の気を引かせ顔を青ざめさせるマリアの目の前で、倒れていたグラディウスの体が静かに浮き上がる。
「まさか、首を刎ねられ命を一つ喪うとは。全くの予想外だった」
雄斗が【万雷の閃刀】を構える先で、ゆっくりと起き上がる首がない【異形王】の体。
そして断たれた首に、近くに転がっていたグラディウスの首が鳥のように降り立つ。
「素晴らしいぞ鳴神雄斗。そして当代のアナーヒターとアスタルテ。
命を失ったのは数百年ぶりの珍事だ。我が長き生涯の中で五本の指に数える強者である明ですら成しえなかったのだから」
断たれた首をさすりながらグラディウスは微笑み、マリアたちへの賛辞を続ける。
疲弊した雄斗がか細い雷を体から発した時だ、グラディウスは言う。
「よせ鳴神雄斗。お前とてもう限界だろう。無理をすれば死ぬぞ。
俺も首を断たれた今これ以上戦う気はない。此度の決闘は、これで幕を引くとしよう。
当代のアナーヒター、そしてアスタルテ。貴様たちの名を聞こう」
「マリア・プリマヴェーラ・アナーヒター」
「シャフナーズ・サーラ・アスタルテよ……!」
「その名、この身と記憶にしかと刻んだ。次、相まみえる時を心から楽しみにしている。
鳴神雄斗。もちろん貴様もな。次は一対一で、満足するまで戦いたいものだ──」
出現する巨大な漆黒の渦。
そしてそれが消えると最強の【異形王】の姿はどこにもなかった。
「……目的は一応達したけど」
「ええ。勝った気には微塵もなれないわね」
憮然とした顔で言うシャフナーズ。とはいえそんな顔になるのもよくわかる。
首を断った、殺したというのに平然とした姿を見せられたのだから。
「でもまぁ、お前たちには一つの区切りにはなっただろ。
俺もお前らが生きていることに安心してる。今はこれで良しとしておこうぜ」
「……そうだね」
マリアたち以上にやるせない表情の雄斗。
そんな顔をされてはマリアもこれ以上、言うことは何もない。
「さ、帰ろうぜ。迎えも来ているみたいだしな」
そう言って雄斗は彼方を見上げる。
彼の視線が指し示す空の彼方。そこには黄金の輝きを放つ【アルゴー】の姿が見えていた。
次回更新は9月27日 夜7時です。




