エピローグ
「ふぅ……」
ワイワイと賑やかな会場の隅で雄斗は大きく息をつく。
花と宝石だらけの大広間であるここはシャハブとファルナーズの新居だ。二人の結婚式はつい先ほど行われ、現在は歓談、雑談の時間と言ったところだ。
ぐるりと視線を見渡すと出席している【アヴェスター】の神々や各国の王族と和やかな雰囲気で会談しているネシャート。先程まで踊り子が舞っていた会場では雪菜がファティマやルリと共に【アヴェスター】風のダンスを踊っている。
(全く、結婚式って言うのは相も変わらず疲れるものだ)
雄斗が隅にいるのは休憩のためだ。つい先ほどまでマリアたちと共にアルシアやアザードはもちろん、招待された初対面である神々や王族と言葉を交わしていた。コネクション作りのために。
そして彼らの大半は雄斗を褒めまくった。そしてその内容はザングールやグラディウスとの戦いについてだ。最強の【異形王】と戦い、生き残っただけではなく首を落とした雄斗を、彼らはむず痒くなるほど賞賛した。
中にはアザードのように自分の親族を結婚相手に勧めたり、弟子の申し出もあった。もちろん雄斗は丁重に断ったが。
兄の時の結婚式の時もいろんな相手と話しはしたが、今回はその時の比ではなかった。一通り話をした後雄斗は彼らから離れ、こうして隅で隠れているのだった。
「隅っこで何をやっているのかな、鳴神君」
声をかけられた方を見るとドレス姿のマリアがいた。アナーヒターをイメージしたものなのか爽やかな水色のドレスを身にまとっており、腕や手首には黄金の装飾品を身に着けている。
「疲れたから休憩だ。お前こそ一人でどうした。殿下の相手はもういいのか」
「うん。キアー殿下やマルヤム姫様たちにはしっかりと怒られてきたよ。
あと婚約の話も断ってきた」
「そうか。しかし問題ないのか?」
「うん。近いうちに決めると言ったら納得してくれたよ。
……鳴神君、ちょっとこっちにきてくれない?」
「?」
そう言って彼女に連れてこられたのは新居の外にある中庭だ。周囲には色鮮やかな植物が咲き誇っており、中央部には巨大な水面──プールがある。
水面を背にするマリア。彼女は雄斗を見ると深々と頭を下げる。
「グラディウスとの戦い、本当にありがとう。わたしもシャフナーズも抱えていた無念がだいぶ軽くなったよ」
「結果的に逃げられたけどな」
「それでも鳴神君が一緒じゃなかったら、あんな軌跡は起こせなかったよ。
わたし達二人だったら一蹴されて終わっていただろうし」
「それについては俺もそうだけどな。グラディウスの強さは想像したいたそれを大きく凌駕していた。
お前の【天稟を顕す輝聖水】で潜在能力が解放されてもあのざまだ。……正直、もう二度度戦いたくはないんだが」
「それは無理だろうね。期間を置いてまた再戦に来ると思うよ」
「だよなぁ……」
シャハブのように何年後か、それとも数か月後か、ひょっこりやってきそうだ。あの【異形種】らしからぬ【異形王】は。
「──それでなんだけど。わたしとしてもお礼をしたいの。アナーヒターの加護をもらってくれないかな」
「加護? なんだぞれ。何かの儀式でもするのか」
「ううん。神威絶技による加護だよ。【勇士を支える秘水】。
毎日少しずつわたしの体力や魔力を貯蓄して、溜まったそれを鳴神君の意志で引き出せるんだ」
「そんな便利なものがあるなら自分に対して使えばよかったんじゃねーか?」
「それができれば苦労はしないよ。これは他者にしか行使できないの。
わたしのことは心配ないよ。本当にちょっぴりずつ、それも休憩すればすぐに回復する程度の力を与え続けるだけだから。
それじゃあ目をつぶって。すぐに済むから」
「まだ受けるとは言っていないんだが。まぁいいか。
しかし何で目を閉じるんだ?」
「そう言うやり方なの。──さ、早くする」
そう言われ雄斗は目を閉じる。
そして聞こえてくる、マリアの静かで柔らかい口調の言霊。
「獅子の勇猛を持ち、千の戦場を駆け抜ける戦士よ。
傷つき倒れしとき、汝の勝利と生命を繋ぐ命の水を、我は与えん」
肩に手を置かれ体に温かいものが流れ込んでくる。
脳裏に浮かぶ水瓶。それに水滴が何粒か落ちる。これが【勇士を支える秘水】なのか。
そう雄斗が思った時だ、唇が温かいもので塞がれた。
「!?」
驚き目を開ければ視界に映ったのは、目を閉じ頬を赤く染めるマリアの美貌。
目を開けて十秒ほどたち、マリアは顔を話す。固まっている雄斗に彼女は嬉しそうな、蠱惑的な笑みを浮かべて言う。
「鳴神君、わたしはあなたが好き。わたしと一生共にいてくれない?」
固まっている雄斗にぶつけられる直球のプロポーズ。
突然の口づけと告白、それによる熱で雄斗は混乱するが、すぐに落ち着く。マリアの表情はいつになく真に迫ったものだったからだ。
嘘やからかいではない。本心からの言葉と好意。それを感じ雄斗の頭は瞬間冷却され、答えを返す。
「断る」
短い、断固たる雄斗の返答にマリアのエメラルドの瞳が揺れる。
かすかに顔を伏せるマリア。しかしすぐに顔を上げると彼女は小さく笑って、距離を置く。
「うん。そう来ると思っていたよ。でも鳴神君は結構わたしの事好きでしょう?
好意を向けるほどではないけどいちばん身近で親しい女の子。雪菜ちゃんと同じで」
「……否定はしねぇよ」
「ならいいんだ。今の告白とキスは宣誓だから。
わたしが鳴神君を──ううん、雄斗君を好きだということと、あなたを射止めるということを君とわたし自身に対してね」
そう言って微笑むマリア。その顔を見て雄斗はかすかに目を見開く。
ここ数カ月の間に雪菜が自分に、義姉が兄に、妹が天空に幾度か見せていた、女性が異性に好意を示している女の貌。今のマリアはまさにそれだった。
「ちなみに雪菜ちゃんにはもう言ってあるよ。どちらが雄斗君を射止めるか競争だねって」
「お前、散々俺に雪菜との関係について言っておきながらそんなことをしたのか」
「今までは今までだよ。それに陰でこそこそする方が雪菜ちゃんに失礼でしょ」
「お前なぁ……」
そう言われて思い出す。今日の雪菜は自分やマリアに対して何かよそよそしかったことを。
結婚式でもすぐにファティマやルリの元にいった。単純に、ここ数日の付き合いで仲良くなったばかりだと思っていたが──
「さてと、それじゃあわたしは行くね。
鳴神君も少し落ち着いたら会場に戻ってね。みんなから注目されているからサボりはほどほどに」
いつもの調子でマリアは言い、中に入っていく。
マリアからの予想外の愛の告白。どうしたものかと雄斗がしばらく頭を悩ませていると、
「鳴神様。今少しお時間よろしいでしょうか」
背後からかけられた声に雄斗は軽く肩を浮かせる。
振り向けば自分に対して膝を落としている少年の姿がある。見覚えのあるその顔は確か【星天団】に所属する戦士であり、シャハブの側近の一人だったはず。
「大丈夫だが何の用だ?」
「我が主と奥様達が少しお話がしたいとのことです。皆さまは二階のバルコニーにおられます」
恭しく頭を下げる少年に雄斗は了承の返事を告げ、彼とともにバルコニーに向かう。
【星天団】のメンバーが警護する扉の向こうにあった広いバルコニーにはシャハブとフーリにシャフナーズ。その傍にはマリアにレイリ。
またバルコニーの両側にはアザードとアルシア、ファティマやルリの姿もある。【アヴェスター】関係者勢揃いだ。
「呼び立ててすまないね」
「いえ。先程まで休憩をしていたので大丈夫です。それで話とは何ですか?」
「改めて礼を言っておきたくてね。グラディウスとの戦いの事、マリアとシャフナーズを生還させてくれたこと。本当に、ありがとう」
そう言ってシャハブが頭を下げ、他の皆も同じく首を垂れる。
「俺は自分にできることをしただけですよ」
「それでも君がなした偉業は素晴らしいものだ。あのグラディウスと戦い、一度は命を失わせたのだから。
ファルナーズ様や私はもちろん、【七英雄】であらせられる叢雲明様でさえそれはできなかったことなのだよ」
「首を落としたのはマリアですよ? それとその切っ掛けを作ったのはシャフナーズですし」
「だが心折れた二人のケツを叩いて奮起させたんだから、間違いなくお前の功績だぜ」
「下品だぞアザード。──まぁなんにせよ、我々は君に深く感謝しているのは確かだ。
もし君に何かあれば我々は全力で力になろう。困ったときは遠慮なく声をかけてくれたまえ」
「わかりました。その時はよろしくお願いします」
賞賛するシャハブたちに雄斗は軽く頭を下げる。
図らずとも大きなコネと貸しができてしまったグラディウスとの戦い。とはいえ当分、使う機会はないだろう。
「マリア様からお話はお聞きしました。あのグラディウスと渡り合える潜在能力を持っているなんて、素晴らしいです。
ますますあなたに嫁ぎたくなりました」
「ありがとう。だが俺は結婚する気はないから悪いが諦めてくれると助かる」
「わかりました。あと五年、いえ四年お待ちいただけますか。あなたの心を射止める立派な淑女になりますので」
「頼むから話を聞いてくれよ……」
うんざりしたように雄斗は言うがファティマはどこ吹く風だ。
視界の隅に俺の妹が気にいらねぇのか? と言うようなチンピラ風の顔をしたアザードが見えるが無視。
「鳴神さん、姉さまたちを守ってくれてありがとうございます。
鳴神さんの後を追ったと知ったときは、本当に怖かったです」
「だよな……」
深々と頭を下げるルリ。
母に続き姉と慕う二人を失うかもしれなかったのだ。当然だろう。
またマリアたちと共に帰ってきた直後のことだ、誰よりもいち早く駆け寄ってきたのはルリだ。
ボロボロの2人に人目もはばからず抱きついて泣きじゃくり、二人の治療が一通り済んだ後はその可愛らしい外見からは想像のできない激怒の顔を見せて二人を叱責した。
雄斗も圧倒されるその様を傍で眺めているレイリは「ファルナーズ様に似てきたわねぇ」と暢気に呟いていた。
「殿下も姫もとても感謝していたわ。もちろん私も。
もしマリアのことで何か困ったことがあれば遠慮なく相談してね。力になるから」
「……ああ。その時は遠慮なく声をかけさせてもらうよ」
握手を求めるレイリに雄斗は頬が引きつらないよう必死に堪える。
つい先程あなたの親友にキスされ告白されたのだがどうすればいいのだろうかと言いたくなる。だがそんなことを言ったら目の前の人物は笑顔で「マリアをよろしくね」と言って前言撤回するようなことをするだろう。この一件では力になりそうもない。
感謝の言葉を継げる【アヴェスター】の人たち。そして最後は豪奢な花嫁衣装を身にまとうシャフナーズだ。
「グラディウスとの戦い、本当に感謝しているわ。あの怪物の命を一度とはいえ断ったこと。わたし達二人じゃ非常に難しかっただろうしね」
「……。どういたしまして。
ただ一つ言わせてもらうが、あんたとマリアがもうちょっと仲良くしてくれればいいなとは思うよ」
互いを思いあう故に激しくぶつかり合う様は見ていられない。言外にそう言うとシャフナーズはふっと微笑み、
「そうね。マリアもアナーヒターとしてようやく私が信頼できる程度にやれているようだし。
まぁあくまでギリギリ、必要最低限だけど」
いつもと違う敵意、険のない言葉に雄斗は目を丸くする。
思わずレイリとマリアを見ると、レイリは微苦笑し、マリアはジト目になりながらも言葉を荒げることなく息をつく。
そういえばグラディウスとの戦いの後、訪れた病室で三人が何か話しているのを見た。何か深刻そうな雰囲気を感じたのですぐその場を離れたが。
「今の状態を保ち続けるなら私がとやかく言うこともないでしょ。
でも少しでも緩んだらすぐにでもアナーヒターは返してもらうけど」
「何言っているの。あんたにアナーヒターの神器の所有権はないでしょ」
「私はサーラ家の当主よ。あんたが相応しくないと判断したら次代のアナーヒターに神器の譲渡をするよう動くことなんて朝飯前よ。
そうならないよう精々精進してなさいな」
「あんたもシャハブ様の第二婦人になるのだからもっともっと成長するんだね。下手な言動や態度はシャハブ様に迷惑がかかるのだから」
先程の態度はどこへやら。両者とも圧を発して睨み合う。
しかしシャハブたちはそれを生暖かい視線で見守っている。もしかしてこれが二人の普通なのだろうか。今までとあまり変わっていないように思えるのだが。
「雄斗君、今回のことは本当にありがとう。今後とも色々、よろしくね」
ルリたちの仲裁により引き離されたマリアは意味深な笑みを浮かべて言う。
好意に溢れる笑顔。しかしどこか余裕も感じられるそれを見て雄斗はカチンとし、同時にマリアの傍にいるルリの姿が目に入る。
瞬間的にひらめく考え。雄斗はニヤリと微笑み、言う。
「ああ、よろしくなマリア。
だが今回の一件で分かったが、お前にはやはりサポートする人が必要だな。
最近いろいろ考えていたせいで業務がおろそかになっていると聞いているし、俺の時のように上からの命令を破って行動するのはどうかと思うからな」
「そ、それはまぁ、悪かったと思うよ。ネシャートさんにもいろいろ迷惑をかけたし、今度からは──」
「と、いうわけでだ。後継を一人取れよ。ちょどいいのが一人、後ろにいるだろ?」
そう言って雄斗は後ろにいるルリに目を向ける。
キョトンとするマリアとルリ。しかし同時に大きく目を見開く。
「鳴神さん……!?」
「ちょ、雄斗君!? わたしは──」
「アナーヒターになって三年経つんだったか? 皆からも進められているんだしいい加減後継の一人ぐらいいてもいいだろ。
それともルリはこの間断られてもう進路を決めてしまったか? なら諦めるが──」
「い、いえ! 私は大丈夫です! いつでもいけます」
「──よし。なら決まりだ。今この時からお前はマリアの後継、次代のアナーヒターの一人だ」
「ちょっと雄斗君。わたしの後継を勝手に決めないでほしいんだけど!?」
慌てるマリア。それを見て雄斗は頬が緩まないよう真面目な顔を作り、シャハブたちの方に顔を向ける。
「グラディウスとの戦いの立役者としての願いだ。シャハブさん、アルシアさん、アザードさん。駄目ですかね」
「いいや、全く問題はない」
「ルリならばしっかりとマリアを支えてくれるだろう」
「ククク、もしかしたら数年後、だらしない先代にとって代わるんじゃねぇのか?」
「そうなればアナーヒターは再びサーラ家に戻るからいいかもしれないわね」
頷くシャハブたちと満面の笑みを見せるシャフナーズ。
同意を得て雄斗はにやりと笑い、ぐぬぬとした顔をシャフナーズに向けているマリアの肩に手を置く。
「──決まりだな。当代のアナーヒターとして、将来有望な若手の一人ぐらい、育て上げて見せろよ」
「……やってくれたね、雄斗君」
「さぁ、何のことだかな」
素知らぬ顔を作り雄斗はとぼける。
マリアは一瞬難しい顔をするが、淡い笑みを浮かべると後ろにいる妹分に振り返り、
「しょうがないかな。──ルリ、未熟なわたしだけど、手を貸してもらえる?」
「はい、喜んで!」
喜び即答するルリと握手を交わす。
仲睦まじいその光景を見て、雄斗は日本にいる妹や親友、家族が脳裏に浮かぶ。
そして思う。彼らを守るためにこれからも戦っていくと。
命尽きるまで【アルゴナウタエ】の戦士として生きていくと。
今回の話で三章は終了です。
次回更新は9月30日 夜7時です。




