十七話
(何だこれは!?)
突然の砂地への引きずり込みに雄斗は大きく目を見開く。
グラディウスの仕業とは思えない。こんな罠を仕掛ける性格という話は聞かないし、そもそも今から戦うというのに仕掛ける理由がない。
引きずり込まれながらなんとか逃れるため神威絶技でも行使しようとした時だ、唐突に息苦しさから解放される。
目を開けてみれば眼下には砂の壁に囲まれた広大な空間と廃墟が映る。そして雄斗たち三人の足を捕らえているのはボロボロの【異形種】が伸ばした腕だ。
(いや、感じる力と圧からこいつは【異形王】か。
にしても何でこんなに傷だらけ……!?)
砂漠の底にある古代の地下都市──おそらくクリンタ遺跡の一部だろう──に雄斗たちを引きずり込んだ【異形王】。
その姿は無数の腕と尻尾を生やした巨大な蠍だ。だが十数本あるそれらのほとんどは切断されており、体にも無数の傷が見られる。
「何なんだお前は!」
「人間、女神。儂の体を治す供物となれェェェェっっ!」
雄斗の叫びに蠍の【異形王】は狂ったような声音で応じる。
巨大な顎を開け雄斗たちを引き寄せる【異形王】。当然ながら黙って食われるつもりはなく三者が放つ雷、水、光弾が捉えていた腕を吹き飛ばす。
「【異形王】アクブ……! 昨日グラディウスに倒されたと聞いていたけれど」
「撃ち漏らしたわけね。奴との前哨戦としてはちょうどいいわ。ここで仕留める!」
勇んだ様子で二人は蠍の【異形王】に向かっていき、雄斗もそれを追う。
雄斗たちが放つ攻撃に対しアクブは砂を攻防に用いる。地下都市を囲んでいる砂が盾や壁となって雄斗たちの攻撃を逸らし防ぎ、全方位から人一人を粉砕するような巨大な砂の針が無数に放たれる。
しかしグラディウスとの戦いで弱っているのか攻撃に思ったほどの精度はなく雄斗たちはほとんどをかわす。雄斗たちの攻撃を防いでいた砂の盾や障壁も効果を発揮したのは最初だけ。
威力を上げたシャフナーズたちの神威絶技に【異形王】の体は傷つき、傷口から気色の悪い血飛沫が上がる。
「|邪悪を引き潰す神馬の蹄!」
「【|霊魂の女王に仕えし勇士の勲】!」
「ぐおおおおっっ! おのれ、オノレ女神がぁあぁぁあぁぁ!!」
聖水でできた神馬が【異形王】の巨躯を吹き飛ばす。淡い輝きを放つ数百もの武器が翼や甲殻に突き刺さっては貫通し、残っていた尾と腕を切り刻む。
マリアたち二人の攻撃に打ちのめされ、泣き叫ぶ赤子のように無差別な攻撃を放つ【異形王】。一方雄斗は二人のすぐ後ろにいては彼女たちや自分にくる攻撃に対し迎撃を行っている。
最初こそ二人と並んで戦おうとしたのだが、傷ついた【異形王】を一方的に打ちのめす彼女たちの様子を見てフォローに徹することにしたのだ。
(こいつら普段の仲の悪さはどこに行ったかと思うぐらい息があってんなー)
傷だらけのアクブだが弱いとは感じない。傷ついた現在でも記憶を取り戻す前の雄斗やマリア一人では苦戦は必至だろう。
だが一方的にボコっている現在。その理由はマリアとシャフナーズの絶妙と言うべきコンビネーションにある。
グラディウスとの戦いのときもそうだった。普段の様子から考えて意識してのものではないだろうに二人の動きは見事に連動していた。おそらく二人がかりならシャハブ、アルシアさえ互角に渡り合えるかもしれない。
何も知らないものが見れば二人のことを戦友、盟友と思うだろう。言われたら二人は激しく否定するか、激怒するだろうが。
「これで」
「止めよ!」
地響きを響かせて地下都市の建物に落下したアクブに向かっていくマリアとシャフナーズ。
腕や尾は片手で数える程度の数となり体を覆っている甲殻はヒビだらけな上、緑色の液体が噴出している。蝙蝠上の翼には無数の穴がいており、頭部の半分も焼けただれている。
どう見ても半死半生の体。これで終わるかと雄斗が思った時だ、
「ガ、アアアァァアァアッッ!」
空気を揺るがすような叫びをあげる【異形王】。そして向かってくるマリアたちに向けて砂の槍を放つ。
それを見て雄斗はゾッとする。槍の鋭さと彼女たちに迫るその勢いは、未だかつてないほど速く鋭かったからだ。
しかも止めを刺そうと向かった直後のカウンター。かわすのは至難で防げてもダメージは免れない。
だから雄斗は迫る砂の槍に向けて視線を向け、神威絶技を発動。視線を合わせた次の瞬間、砂の槍が両断される。
【刃眼】。視認したものを切り裂く神威絶技だ。もっとも威力はそこまで高くはなく、遠距離攻撃の迎撃に主に使用する技だ。
「……鳴神君!?」
「早くやれ!」
振り返りそうになったマリアを雄斗は怒鳴りつける。
それが届いたのか彼女は再び正面を向き、魔力を高める。
「【海原を支配する龍帝】!」
「【晦冥禊ぐ星海の煌輝砲】!」
巨大な水の龍が身をくねらせて迫り【異形王】の体を締め上げ、さらに噛みつく。
そこて朝日のような眩い輝きを帯びたシャフナーズが放つ巨大な光砲。アクブの体を貫き、体の穴と言う穴から光を溢れさせた。
「ギャアアァアァァァアァアァァァァァッッ!」
地獄から響くような耳障りな絶叫を上げるアクブ。しばしの間痙攣した後、地面を振るがして沈黙。
深く気配を探る必要もない。突然の闖入者はマリアたちの攻撃で斃されたのだった。
◆
「これでよし。後は二人が返ってくるのを待つだけだな」
ヒビの入った白石のテーブルに並んだ料理を見て雄斗は呟く。
アクブとの戦闘から半刻ほど経過した現在、雄斗たち三人はかの【異形王】が居住としていたこの地下都市にいた。
雄斗は比較的無事な建物内でグラディウスの僕である猿の【異形種】から渡された食材を使い簡易な料理をこしらえた。この場にいないマリアたち二人は都市の側索に出ている。
アクブを倒してすぐのことだ。地上に出ようとしたところにグラディウスの僕が姿を見せ大量の食糧と水、手紙を差し出してきた。
姿を見せた僕たちに最初こそ身構えた雄斗たちだが【異形種】たちから一切の敵意がないのを見て困惑。戸惑いながらも差し出された手紙を見て頬を引きつらせた。
『アクブの始末ご苦労。全員無事とは思うが少なからず疲労はしているだろうから今日一晩心身を休め、明日勝負することにしよう。
用意した水や食料は好きに使ってくれ。余計な手間を取らせた詫びだ』
手紙を見て雄斗は何を言っていいのかわからなかった。【異形種】に気遣われている。しかもこれは今から殺し合う相手に向ける言葉ではない。
師の仇に気遣われてシャフナーズは激怒、すぐさま地上に向かうべきと言ったが、マリアは怒りを覚えた顔をしながらも万全の状態で臨むべきと言った。
当然その後は両者は場所を忘れて言い合いになる。先程の連携の良さはどこへやら、瞬く間に険悪な雰囲気となる二人の間に雄斗が割って入りマリアの発言を擁護。シャフナーズは苦痛をこらえるような顔で矛を収めた。
「全くどういう思考をしているんだか」
改めてグラディウスの頭のおかしさに首をかしげる。
強者と万全の状態で戦いたいということなのはわかる。だがひとかどの戦士である雄斗たちから見れば侮られているという以外、感想が思い浮かばない。
出発前、覚悟を決めてきたというのにこんなことをされてはそれが大きく揺らぐ。まぁ立て直すことはできるが──
「……ん!?」
そんな思考をしていた時だ、突如膨れ上がった巨大な二つの魔力──マリアたちのものだ──とズズン、と周囲を揺らす振動を感じ、すぐさま外に出る。
すると地下都市の東──外延部辺りから砂煙が立ち上っている。それを見て脳裏に新たな【異形王】の襲撃か、それとも二人の喧嘩かと言う二択が浮かぶ。
飛行の魔術ですぐに現場に向かうと埃と砂まみれのマリアたちの姿があった。
「オイ二人とも。何があった!?」
「あ、ううん。何でもないよ。ちょっと明日に向けてトレーニングをしただけ」
「何慌てているのよ。何かあったとしても私たちがそう簡単にやられるわけないでしょ」
こちらの気も知らず平然と言い放つ二人に雄斗は怒りを覚えるが、明日のことを考えて堪える。
「……。まぁいい。その様子だとこの地下都市に危険は何もなかったようだな」
「うん。……アクブやその配下の【異形種】の犠牲となった人たちの痕跡はあったけど」
「グラディウスを倒した後弔えばいいわ。明日の勝負で頭が一杯な今、死者に構っている気分にはなれないもの」
落ち着いた二人を見て雄斗は心中で安堵する。
半ば強引に見回りを頼んだがいい気晴らしになったようだ。
二人と共に戻り作った料理をいただく。マリアやリリから教わった──また自分でも調べた──【アヴェスター】の品々を口に運ぶ女神二人は感嘆の声を上げる。
「あら、結構美味しいわ。男の手料理だからもっと武骨で来い味の料理になるかと思ったけど」
「うんうん。腕を上げたね。雪菜ちゃんと一緒に定期的に炊事をしているからかな」
「はいはい。どうもありがとう」
友達同士のような和やかな雰囲気で食事する二人に雄斗は半目を向ける。
そして食事が終わった後、雄斗は二人に向き直る。
「さて、二人とも。腹も膨れたところで一つ聞きたいことがある」
「改まって何よ」
「明日の戦いについて何かあるの?」
「それは後だ。三年前、先代アナーヒターが死亡したグラディウスとの戦いについて何があったのか、話してもらおうか」
「どうしてそんなことを話す必要があるのかしら!」
瞬間湯沸かし器のように怒り出すシャフナーズ。
彼女を雄斗は冷めた目で見つめ、言う。
「上の命令にまで逆らって勝手をしているんだ。巻き込まれた俺としては経緯を知りたくなって当然だろうが。
それとも迷惑をかけた相手にここまでした事情を説明しないほど薄情なのか、お前たちは」
それと事情を知っていればあとで擁護できるかもしれない。そう心中で付け加える雄斗。
怒りの表情のまま口ごもるシャフナーズ。マリアも視線を下に向けて俯いている。
これは無理か。そう思った時だ、マリアが顔を上げた。
「話そうシャフナーズ。三年前のことを。わたしたちの罪を」
「マリア!?」
仰天するシャフナーズ。今度は怒りの顔を隣に座るマリアに向ける。
しかしマリアに見つめ返され、彼女は口ごもる。
シャフナーズに向ける彼女の眼差し。それにはドライアイスのような触れたら火傷をするような危険さと有無を言わせぬ圧があった。
「……。ファルナーズグラディウスとの戦い。それは三年前──ちょうどわたしの誕生日を過ぎたある日のこと。
その日、わたしたちはファルナーズ様とシャハブ様、アザードさんと共にアナーヒター継承の最終試験を行う日だった」
過去を追憶しているのか遠い目となるマリア。
「神の継承者になるのは当代が出す試験に合格すること。それを当代を含む数名の神々に見られ承認を受けること。
グラディウスが襲来したのはわたしたちがスーラ神殿で試験を行い、結果を発表されるその時だった。──グラディウスが襲来してきたのは」
過去を想起していたマリアの顔に影が落ちる。一拍、間をおいて彼女は続ける。
「わかっていると思うけどグラディウスは強かった。ファルナーズ様たち三人でも互角に戦うのが精一杯だった。
それでもファルナーズ様たちは持てる力の全てを使ってグラディウスと戦っていた。
その戦うさまはまさしく神話の再現と言っていいほどの激しさと壮麗さだった。試験で消耗していたせいもあるけど、わたしたちは傍観者にならざるを得なかった」
そこまで言ってマリアはいったん言葉を切る。
そして大きく深呼吸し、表情に力を入れて話を再開する。
「でも時間が経つにつれて三人は押され圧倒されていく。アザードさんが重傷を負って戦闘不能となり、シャハブ様も力尽きて戦えなくなる。
そしてファルナーズ様もグラディウスに一方的に嬲られていく。
……。そんな……光景に、わたしたちは、耐えられなく、なった」
不規則に表情が歪むが堪えるマリア。
隣のシャフナーズも気が付けば怒りを抑えているような顔だ。
と思いすぐにそうではないことに雄斗は気付く。あれはマリアと同じ悲しみ、苦しみを堪える人のそれだ。
「どちらか言い出したかはわからない。でもあの時はただ傷ついていくファルナーズ様を助けたい一心だった。傍まで吹き飛ばされてきたファルナーズ様を見た時、勝ち目があるかも考えずわたしたち愚かにも飛び出した。
当然だけどグラディスの相手にならず軽いひと振りで吹き飛びそれでもすぐに立ち上がって戦いを挑んだ。そして次にグラディウスが放った一撃でっ……!」
「マリア……!」
語尾を引きつらせ、マリアは俯く。かすかに震える彼女の体にシャフナーズが寄り添う。
責める目つきで雄斗を睨むシャフナーズ。まだ言わせるのかと刃のような目つきが訴えかけている。
雄斗はそれを無視して無言のまま話の続きを促す。それを察したのか、マリアは面を上げる。
「グラディウスが、放った一撃でわたしは致命傷を負ったの。
そして三度グラディウスに向かっていたシャフナーズを庇い、ファルナーズ様も傷を……」
顔を背けるシャフナーズ。マリアと同じ、罪人のような表情になる。
「わたしたちの乱入で気が削がれたのか、グラディウスはファルナーズ様と何か言葉を交わして立ち去って行った。
そして自分の命を救うため、ファルナーズ様はアナーヒターの神器をわたしに継承させた。……それが、ファルナーズ様が、命を落とした要因となった」
再び俯くマリア。顔を上げないまま彼女は言葉を続ける。
「ファルナーズ様の傷も深かったけれどアナーヒターの神器が持つ治癒力と残っていた力があれば十分に治る怪我だった。
わたしたちの、いえわたしの愚かな行為が、ファルナーズ様を死に追いやった……!」
「違うわ。元はと言えば私が情動に突き動かされて攻撃をしたのが原因よ。
すべての責任は私にある。あんたが背負う必要はないって前から言っているでしょう……!」
必死な、痛みをこらえるような声でマリアは言い終わり、肩で息をする。精神的な疲労を見せるマリアをファルナーズは両肩に手を置きながら慰めと怒りが混じり合った声音で言う。
(なるほど、な)
重い空気が漂う中、雄斗は納得する。先代アナーヒターの死の真相、現在の2人の険悪な仲が理解と言う紐で結ばれた。
今でこそ顔を合わせるたび一発触発な雰囲気となる関係の2人だが、ルリが言っていた通り、先代が逝くまでは反発しつつも互いを認め合い、高めあう喧嘩仲間のようなライバルだったのだろう。
両者の関係がこじれたのは先代アナーヒターの死が原因だ。互いに師が亡くなったのは自分のせいだと思っており、その責任は自分一人が背負うべきだと。
(ファルナーズがアナーヒターを継承することに固執しているのも、それが理由か)
彼女にとってアナーヒターを継ぐということはただ単に神を継承するという意味ではない。
師であり伯母を死なせた罪を背負うこと。そしてそれに思い苦しむ盟友を少しでも助けるということでもあるのだろう。
(んで、マリアはマリアでそれに譲らないと)
師から直接継承されたということ。そして師の代わりに大勢の人を助けるという思いがあるからだ。そしてアナーヒターである以上、すべては継承した自分一人が背負うべきものだと。
(……こいつら、ホントもう、めんどくせえっ!)
両者とも、互いを思いやり、そして自分が一番悪いと思っている。しかも責任を譲らず己の意志を微塵も曲げない。
さらに会うたびに神格交換の話をしているのであれば、現在のような関係になっても不思議ではない。
シャバブたちが神格交換に口を挟めないのも、二人と同じく当時現場におり、先代アナーヒターの死に深くかかわっているなら納得だ。
「そう言った事情があったのか。教えてくれてありがとう。
だったらこのチャンス、モノにしないわけにはいかないな」
心中の叫びを微塵に面に出さず、冗談交じりにそう言うとマリアは微苦笑し、シャフナーズからは突き殺すような視線を向けられる。
そして雄斗はグラディウスと戦うときの策を話す。それを聞きマリアたちは驚いたがすぐに理解を示す。
互いの策を混じりあわせては不要と思った部分を削ぐ。作戦会議が済んだ時には時刻はすでに深夜になるという時間になっていた。
明日に備えて雄斗が片付けた個室にてそれぞれ眠りにつく。しかし眠りに落ちてしばらくすると、雄斗の正面に【万雷の閃刀】が突き立つ姿が見えた。
「明日は決戦なんだ。用事があるなら早く済ませてくれ」
「本当にグラディウスと戦うのだな」
淡々とした態度の【万雷の閃刀】。
いつも感情を爆発させている彼らしくないと雄斗が思う中、相棒は続ける。
「わかっているとは思うがあ奴は強い。あの二人に加え、全ての記憶を取り戻し忘れていた神威絶技と新たに生み出した神威絶技をお主が行使しても勝利は遠いだろう。
明や陽司ですら、あ奴を傷つけはしたが命を奪えなかったのだから」
グラディウスが自分に妙味を示すのもわかる。
初代、二代目共に戦い、どちらも生き残っているのだ。三代目にも期待するなと言うほうが無理な話だ。
「我が言うのは一つだけ。──死力を尽くせ。全てを賭けて、仲間や己に一切の疑いを持たず、無心で剣を振るえ。
そうして初めてあの怪物が満足し、矛を収める可能性が出てくるだろう」
「……」
いつになく神妙な物言い。もしかして死戦を前にした雄斗を励ましてくれているのだろうか。
しかしそれを確認する前に消える【万雷の閃刀】。直後闇が晴れ、ヒビだらけの天井が目に映る。
喉の渇きも覚え、雄斗はヒビだらけのベットから体を起こす。そこで隣の部屋に人の気配がないことに気づく。
静かに隣の部屋に行くと、数時間前就寝するため部屋に入ったマリアの姿はない。さらにその隣の部屋に行ってみるがいるはずのシャフナーズもいなかった。
(まさかグラディウスのところに向かったわけじゃないだろうな)
さすがにないと思いたいが昼に聞いた話を思うとあり得そうだ。
そう思い雄斗は仮宿としていた建物を飛び出し飛ぼうとする。だがマリアの気配をすぐ近くで感じやめると、そちらの方へ歩いていく。
古代の魔法技術によるものなのか、都市の建物や頭上を覆う砂の天蓋は淡い輝きを放ち周囲を照らしている。
星々の輝きのようなその光を頼りに都市を歩くこと数分、広場と思わしき場所に鼻歌を歌っているマリアの姿があった。
「あ、鳴神君。どうしたの」
「部屋にいないから探したんだ。まだ夜が明けるまで時間があるぞ。こんなところで何してるんだ。
それとシャフナーズの奴はどうした」
いつもの調子で言うマリアに心配していた雄斗は思わず固い声で言う。
「シャフナーズはわたしと反対方向にいるみたい。ついさっきむこうに飛んでいくのが見えたよ」
マリアが言う方角に雄斗は気配を向ける。彼女の言う通りシャフナーズの気配が感じられた。
想像した無謀な試みを行っていなかったことに雄斗は思わず安堵の息を吐く。それを見てマリアが苦笑する。
「わたしたちがこっそり飛び出していったかと思ったの? さすがにそこまで馬鹿じゃないよ」
「どうかな。相手は頼りにしている先輩と敬愛する師の仇。上層部からの指示にも逆らったお前たち二人ならそうしても不思議じゃないだろ。
それにそうしたくなるお前らの気持ちはわかる。俺にも兄貴を含めて数人の師がいたが兄貴以外は戦いの中、敵対した相手と戦い、斃れたからな。
そいつらがもし目の前に現れれば、冷静じゃいられないだろう」
まぁその大半はすでにこの世にいないけどな、と心中で雄斗は呟く。
「ふうん。それなのにわたしたちが着いてきたことに鳴神君は怒ったんだ」
「それとこれは別だろ」
そう言うとマリアは「わかってるよ」と言い小さく微笑む。
どうやら冗談だったようだ。そして普段と変わらない様子を見て、雄斗は安堵する。
先代アナーヒターについて話させたことで意気込まないか心配していたが、これなら問題ないだろう。
雄斗から視線を外し上を見上げるマリア。砂の星空を見て、彼女は尋ねる。
「ねぇ、鳴神君」
「なんだ」
「勝てるかな」
「わからん」
即答する雄斗。
マリアは目を丸くし、次の瞬間半目となる。
「わかんないって……」
「お前が求める勝利とお前が求める勝利が同じかどうかわからん。だからわからんと答えたんだ。
俺はあいつを満足させて撤退させることだ。お前はどうなんだ」
「わたしは、ファルナーズさんの仇を取ること──グラディウスを打ち滅ぼすことだよ」
「それは現状、ほぼ不可能だろ。グラディウスが俺たちを舐めまくったうえ、俺のアレがよほどうまく決まれば可能性はあるが」
まぁそれも天文学的な確率だろうがな、と心の中で雄斗は呟く。
「……。鳴神君、前々から思っていたけど戦いのことになるとシビアすぎるね」
「これぐらい当たり前のことだと思うぞ。
と言うか間違いなく倒せるなんて見え見えの嘘をつかれたいのか?」
「そういうことじゃなくて!
仲のいいお姉さんが心に抱えていた過去の辛い出来事を打ち明けたんだよ。
男の子として少し塩対応すぎるんじゃないかな?」
子供のようにむくれるマリア。思わずお前幾つだと突っ込みそうになる。
「お前は俺に何を期待しているんだ。
だったら正面から抱きしめてキスでもすればいいのか?」
「それはやりすぎ。もしそんなことをしようとしたら問答無用でぶっ飛ばしてるよ」
「我儘なやつ……」
ため息をつきつつ、雄斗は彼女の隣に腰を下ろし頭を撫でる。
機嫌を損ねた妹にやっていた対処法だ。これをやると大抵の場合、落ち着いてくれる。
お姉さんに対してすることじゃないよと突っ込まれるかと思ったが、彼女は無言で雄斗の手が柔らかな黄金の髪を撫でるのを受け入れる。
数回やって手を放す雄斗。しかしマリアは雄斗の右肩に頭を傾けて言う。
「おい」
「気持ちよかった。もうちょっと撫でて」
「はいはい」
再び黄金の髪を梳く雄斗。しっかり手入れをされているのか枝毛の一本も見当たらない。
「鳴神君、頭を撫でるの上手だね。……未来ちゃんや元気ちゃんにもしてあげたりしていたの?」
「まぁな。そういえばあいつらも妙に気持ちよさそうにしていたな」
「ふふふ、鳴神君の意外な才能だね……」
撫でられているマリアは 実に気持ちよさそうな顔をしている。決戦前なのにリラックスしすぎじゃないかと思うほどに。
手を離すとマリアはもうちょっととせがんでくる。だがこれ以上はまずい気がしたので断り、雄斗は言う。
「さっきの続きだが、一つ言えるのは勝つか負けるかは戦ってみないことにはわからないってことだ。
俺たちはグラディウスよりも弱い。だがやり方次第ではあいつを倒せるだけの力はあるからな」
「正論過ぎてつまらないよー。もうちょっとお姉さんを元気づけるようなもの、無いの?」
「無い。──というかむしろいつも通りのお前を見て気を使うほうが馬鹿らしくなってきた。
まだ朝まで時間もあるし俺はもう寝る。お前は……まぁ好きにしろ」
この調子なら大丈夫だろう。雄斗は心中で呟き腰を上げる。
数歩歩いたところでマリアが声をかけてきた。
「鳴神君」
「何だ? 寝るのか」
「ううん。考えることはいろいろあるから朝までこうしているつもり。
──じゃなくて、一緒に戦うことを許可してくれて、ありがとう」
振り向き見た彼女は静謐な雰囲気を漂わせていた。
あらゆる覚悟を決めたその様子を見て、雄斗は肩をすくめて言う。
「礼は後日に頼む。莫大な謝礼か一ヵ月連続で俺の飯を用意するとかな」
「前者はともかく後者は雪菜ちゃんと相談の必要があるね」
互いに小さく笑う。そして今度こそ雄斗は背を向けてその場から立ち去り部屋に戻って眠りにつく。
数時間後目を覚まし、朝食を作り終えたところで戻ってきたマリアたち。軽い喧嘩のような二人の掛け合いを聞きながら朝食を済ませ準備を整え、三人は地上へ。
そして灼熱の太陽の光に照らされたクリンタ遺跡に足を踏み入れる。するとその奥で砂に倒れている巨大な石柱に座っているグラディスの姿があった。
次回更新は9月13日 夜7時です。




