十六話
「このような姿ですまないね鳴神君」
「かまいません。それよりも大丈夫ですかシャハブさん」
ベットに体を横たえているシャハブに雄斗は言う。
頭に包帯を巻いているだけの雄斗と違い彼の体の大半は回復、治癒の呪文が書かれている包帯に包まれている。ミイラと思わんばかりの状態だ。
グラディスとの決戦を控えた今日、雄斗は一人で病院を訪れていた。というのも先日の戦いの後始末やグラディウスの襲来で他の面々は忙しいからだ。
ネシャートは負傷者の治療。雪菜はファティマ達ヤシャール家の者たち、【竜討旗に集う勇士】と共に治安維持。
ファティマは最初、雄斗に付き従っていたがバタバタと騒がしい実家や【竜討旗に集う勇士】の様子を気にしており、雄斗はそちらが落ち着き次第、改めて自分に追従するよう命じたのだ。
「傷はふさがっている。ただ魔力と体力の回復が遅くてね。正直体を動かすのも億劫と思うほどだ」
「ゆっくり傷を癒してください。あなたに何かあれば【アヴェスター】はもちろん、【アルゴナウタエ】にも大きな損失です」
「アザードのように『この程度の傷、なんともない。借りを返すためグラディウスとは私が戦おう』とカッコいいセリフを言えたらいいのだが、このざまでは説得力の欠片もないし正直そんな余裕もない。
全く、先達として情けない限りだ」
そう言ってシャハブは申し訳なさそうな顔になる。
シャハブがこのようなズタボロになった理由は彼が使用した神威絶技【森羅万象は星天の下に】のせいだ。
【森羅万象は星天の下に】。これは【神域】を発動している間のみ使える特殊な神威絶技であり、【無窮なる星界】で起こったあらゆる攻撃をシャハブが飲み込み、無効化するといったものだ。
とはいえ当然限界はあり、それを超えるとシャハブ当人にダメージが入るということだ。そして今回、グラディウスが放った一撃は限界を超えてシャハブと、その余波が傍にいた雄斗に入った。
「それよりも鳴神君の傷は大丈夫なのかね」
「ええ。傷はすっかり塞がっていますし包帯も念のためですからね。
決闘には何ら支障はありません」
雄斗は微笑みグラディウスにより切り裂かれた額を軽く叩く。回復魔術によりすっかり塞がってはいるが傷跡自体は完全に消すことができず、うっすらと痕が残っている。
【剣躰】とシャハブの【森羅万象は星天の下に】があったためか、額を割られるだけで済んだ。ただあと数ミリで攻撃が脳に届いていたという話なのでギリギリではあったが。
(というか【剣躰】を突破するとか。どれだけの威力なんだあの一撃)
直接斬りかかられるならともかく、グラディスの放った一撃は──空間そのものを切り裂くとはいえ──あくまで剣戟による遠距離攻撃。
だというのに【剣躰】を突破するとは。改めて【戦帝】と呼ばれる【異形王】の強さに驚嘆と畏怖を感じえない。
「……本当にすまない。私がグラディウスを満足させるだけの強さがあれば、君にこのようなことを強いることもなかっただろう」
「気にしないでください。俺が【万雷の閃刀】の所有者である以上、どのみち目をつけられて何かしらの理由で戦いを挑まれていたと思いますから」
戦帝と明たち【万雷の閃刀】の所持者の因縁は自分で調べたりルクスからの講義などで知っている。
【異形種大戦】の最中、グラディウスは明と数度ほど剣を交えており、明を好敵手の一人として認めていたのだという。
そのあまりに気に入り様からか大戦の最中、危機に陥った【七英雄】たちに味方したり助力することもあったのだと。
また二代目であり明の息子である陽司にもグラディウスは剣を交えて好感を抱き、父親と同じく助けたという。
初代、二駄目共に【万雷の閃刀】の所有者を気に入ったグラディウス。となれば三代目である雄斗も必然的に彼から興味を抱かれていただろう。
「グラディウスとはクリンタ遺跡で戦うんだったね」
「ええ。今現在も留まっているのが確認されています。
時折襲ってくる同族を屠りながら俺を待っているとのことです」
クリンタ遺跡とは【アヴェスター】最大の砂漠地帯アズハーダに存在する古代の遺跡だ。
神代の時代において【アヴェスター】有数の大都市だったらしく大きく、地下にも地上と同等の広さの都市があるという。
ただ凶悪かつ強力な【異形王】や【異形種】たちが無数に生息している【アヴェスター】有数の危険地帯であり神々でも単独でそこに近寄ることは禁止されている。
また現在はそこを根城にしている【異形王】がいるとのことだ。──もっともその【異形王】は一昨日、グラディウスに倒されたらしいが。
「全く。妙な【異形王】ですねグラディウスは」
グラディウスの【異形種】らしからぬ話は耳にしてはいた。
だが実際それを目の当たりにするとやはり驚かざるを得ない。【異形種】という存在はとにかく人を憎み傷つけるものだと認識しているからだ。
「【最古の四帝】は方向性は違うがグラディウスと似たようなものだよ。自分の欲求を満たすためならばいかなる手段も取るし、同族にさえ牙をむくからね」
そう言って小さく笑うシャハブ。グラディウス以外の【最古の四帝】を知っているような口ぶりだ。
実際のところ【最古の四帝】に関する情報はあまりない。名前だけは全員記録されているもののグラディスのように各世界に残っているような記録はほとんどないのだ。
雄斗も名前だけは知っているがうち二人は数百年消息が知れず、もう一人は【崑崙大戦】の時、陽司たち多元世界連合軍と戦い逃走。以降は姿を見せていない。
ただグラディウスがかつて【七英雄】に語ったところ、残る三人は彼が本気にならなければ勝てないほどには強いということだ。
一瞬、知りたい気持ちが沸き上がるがグラディスのような奇想天外なエピソードを聞いて気分を悪くしたくないため、やめておく。
「ところでシャフナーズはどうしていますか」
「シャフナーズかね? まぁマリアと同じで激しく消耗しいくつもの小さい怪我を負ってはいるが元気だよ」
「そうですか。それはよかった。体を張ったかいがあるというものです」
ちなみにファルナーズも彼女の生家であるサーラ家の手配によるもので、病院に入院している。
もっとも彼女はシャハブほど体に異常はなく今日には退院する予定だ。入院したのはグラディウスとの戦いで【命魔融和】を使用したことによる身体の異常が無いかの確認のためだ。
女神とはいえ嫁入り前の令嬢。彼女の生家であるサーラ家の手配によるものとのことだ。
「鳴神君。改めて礼を言おう。シャフナーズを、私の2人目の妻を助けてくれてありがとう。
この恩は決して忘れない。もし何か困ったことがあったら遠慮せず声をかけてくれた前。全力で力にならせてもらうよ」
「そうですか……。では一つ、シャハブさんに聞きたいことがあります」
「何かね。私で答えられることなら何でも答えよう」
「何故シャフナーズの【神格交換】をあなたたちは黙認しているんですか」
そう問うた瞬間、二人の表情が固まる。
そして両者は眦を下げ、明らかに言いにくそうな顔となった。
「それは……」
「【神格交換】は本来、滅多にあることじゃない。継承した神との相性がよくなかったり、特殊な事情があった場合に行われるもののはずです。
マリアとアナーヒターの相性は問題がなく、神として相応の実績も上げている。もちろんシャフナーズもです。する理由がない。
だというのシャフナーズは過去に何度もしつこくマリアに言い募っているそうですね。あなたやアザードさんたちならとうに止めているはずです。……何故ですか」
「鳴神君──」
夫が糾弾されていると感じたのか、フーリが庇うように前に出ようとする。
しかしシャハブはそれを手で止め、真っすぐな眼差しを雄斗に向ける。
「君の疑問はもっともだ。二人の【神格交換】はする必要はなく、はっきり言ってシャフナーズからの申し出は筋が通っていない。
私たちは先達として彼女を諫めるべきであり、実際過去何度もやめるよう制止してはいる。
だが彼女はきかず、私たちもそのことには積極的に苦言を呈していない。それは──」
「シャフナーズがそうする理由がある方ってわけですか。あなたたちが認めるほどの。もしくは忠告を許さない何かが」
「……。その通りだ」
「そしてマリアがあなたやアザードさんに対して不信感を持っていないのは、マリアはその理由を知りつつも、あいつの方でも譲れない何かがあるってわけですか」
普通なら、シャフナーズからの【神格交換】を止めないシャハブたちにマリアが不信や嫌悪を募らせてもおかしくはない。
しかし彼らのことを話すとき、また【アヴェスター】にて彼らとの関係を見ていると、そのようなところは全く見られない。
【神格交換】もシャハブたちの消極的関与も明らかにおかしい。もし雄斗なら不信が募り、彼らと距離を置くようになる。
「大方は君の予想した通りだ。……しかしそこまで機微に鋭いのは驚きだ」
「ガキの頃から大人連中と一緒にいたせいでしょうかね。そういうことを察する能力が自然と上がってしまっていまして。
ということは、ここで俺がその理由を問うてもあなたは教えてはくれないのでしょう」
「ああ。すまないがこれ以上はあの二人の深い部分に関わることだ。私たちが気軽に話していいことではない。直接本人たちに聞くしかないだろう」
「でもあの二人の性格上、素直に話すとは到底思えませんけどね。特にシャフナーズの奴とは喧嘩になりそうだ」
「ああ。間違いなく怒るだろう。最悪の場合、諍いになる可能性もある」
「マリアと違って気が短いですからね」
弱点を突かれれば口より手が出るタイプ。ファルナーズのことをそう思っている雄斗は小さく息をつく。
「ただ、これだけは言わせてくれ。ファルナーズが【神格交換】を求める理由は決して利己的なものではない。
彼女自身の信念と善意からだ。あの子はあの子なりに、優しい娘なのだよ。
まぁ、マリアから見れば独善的なものではあるがね」
嫁のフォローをするシャハブに雄斗は頷く。マリアへの態度や気質とは裏腹に、彼女が他者を思いやれる人であることは短い付き合いだが理解している。
もっとも雄斗もこれ以上は追及する気はない。なんだかんだありつつも【アヴェスター】の神々は上手くやれているのだ。
部外者である雄斗が下手に引っ掻き回してこじれさせるのは本意ではない。
「それではこれで失礼します。怪我に障るような話をさせてしみませんでした。
結婚式も近いですので体をご自愛ください」
「気にしないでくれ。それと鳴神君、一ついいだろうか」
「はい?」
そう言って雄斗が病室を出ようとした時呼び止められる。
シャハブは静謐な眼差しを向けて、言う。
「改めて言うまでもないかもしれないが、マリアのことを頼む」
首を垂れるシャハブ。その言葉には様々な意味が籠っているように感じる。
雄斗は再び頭を下げて病室を後にする。そしてアザード邸に戻り用意を済ませマリアを探すが見つからない。シャハブの言葉を聞き、なんとなく話がしたかったのだが。
「まぁいないならしょうがないか……」
そう呟き自室に戻って出発の準備をしていた最中だ、けたたましい足音が廊下から響き雄斗の部屋の前で止まる。
誰だと思い視線を向ければ、出入り口には肩で息をするルリの姿があった。
「どうしたそんなに慌てて」
「あの! マリア姉さまを見なかったですか!?」
呼吸を整えもせず食い気味に言うルリ。
「あ、ああ。見ていないな。
俺も少し話がしたくて探したがどうやらヤシャール邸にはいないようだ」
雄斗の言葉を聞き、ルリは焦燥の表情を浮かべる。
ただならぬその様子を見て雄斗は落ち着かせるように優しく語りかける。
「どうしたんだ、そんなに慌てて。マリアの奴に何か重要な用事でもあるのか」
「いえ、あの。……ファルナーズ姉さまのお見舞いに行った後、姿が見えなくて」
「はあ? マリアが? ファルナーズのお見舞いに??」
「あ、あの、本当です。私が一緒に行きましたので」
驚いた雄斗を見て戸惑いながらもルリは言う。
「そ、そうか。悪かった。
で、マリアがいないことで何をそんなに慌てているんだ?」
そう尋ねるとルリは声を小さくして、言う。
「シャフナーズ姉さまもつい先ほど病室から姿を消されました。
多分、お二人はグラディウスの元へ行ったのではないかと、私心配で……!」
「いやいやいや、それはないだろ」
いくら怨恨を持つとはいえ先日、自分と仇敵の間にはあれだけ力の差があると思い知ったのだ。そんな愚かな真似をするはずがない。
しかし雄斗の否定にルリは表情を変えない。普通に考えれば確かにあえりない。ただあの二人ならやりかねない。曇った表情がそう言っている。
「……わかった。俺も二人を探すのを手伝おう。二人が行きそうなところを教えてくれ」
「!? い、いいえ。流石にそこまでお手を煩わせるには……!」
「いいから。それに俺としてもあいつらに好き勝手されたらたまらないんだ。
グラディウスの余計な怒りを買ってもろとも殺されるかもしれないし」
グラディウスの伝え聞いた逸話の一つに、こんな話がある。
とある神と戦っていたグラディウスの元にその神を恨んでいた【名有り】の【異形王】が襲来した。
戦いを邪魔されたグラディウスは激怒し、その【異形王】と連れてきていた多数の配下を皆殺しにしてしまったという。
しかしその余波で戦っていた神にも致命傷を与えてしまった。そのことを嘆き悲しみ、そして神に謝罪したグラディウスは神を仲間の元に送り届け、余生を送るよう言い肩を落として去って行ったのだという。
「さ、早く探そう」
「……はい、よろしくお願いします!」
少し逡巡するもルリは頷く。
そして雄斗は彼女と共にマリアとファルナーズが行きそうな場所を探す。
時間がないこともあってアルシアに許可をもらい雷化して各地に移動。しかし時間ギリギリになっても見つからず。肩を落とすルリと共にヤシャール邸に戻ってきた。
「見つからなかったな……」
「はい……。本当にどこに行かれたのでしょうか」
ヤシャール邸門前で呟いたその時だ、ルリの瞳から涙が一粒、こぼれる。
「す、すみません」
謝罪し顔を伏せるルリ。必死に涙を堪えようとする彼女を見て雄斗は言う。
「気にするな。不安なんだろう。さっきから一杯一杯だったからな」
「す、すみません……。今朝」
「うん?」
「今朝、その、母様が亡くなった日の事を、夢に見まして」
「……そうか」
一個の戦士として鍛え上げられているルリが今日、まるで普通の少女のように情緒が不安定な理由を雄斗は察する。
先日のかつて母を殺めたグラディウスとの戦いに母が死去した過去の夢。それに加えて姉のように慕うマリアと従姉であるシャフナーズが揃って姿を消すとなれば。
(全くあの馬鹿二人は。何をやっているんだ……!)
隣で顔を伏せ肩を震わせ、微かな声ですすり泣くルリを見て姿を消した二人を罵倒する。
気付かれないよう息をつき、雄斗はルリの頭を優しく撫でる。かつて泣いていた幼い妹を慰めるためにやっていた動きを思い出しながら。
唐突に頭を撫でられピクリとするルリ。しかし顔をこちらに向けず、すすり泣きを強くする。
(ヤバい。不味ったか)
そう思い手を離すとルリがこちらを振り向く。
涙を散らし見上げる彼女の瞳には少しの驚きと困惑、そして名残惜しさの色がある。
(うん? 嫌がっていない?)
というよりももっと撫でてほしいような、小動物のような眼をしている。
そう雄斗が思ったのと同時、彼女は顔を赤くして伏せる。どうやら雄斗の予想は足らずとも遠からずと言ったところか。
(もう少しやってやるか)
もし誰に見つかれば自分のせいにすればいい。そう思い雄斗は再びルリの青髪を撫で始める。
再びすすり泣くルリ。しかし先程のような悲しみをこらえると言ったものではなく、心中に残っている感情をゆっくり押し流すような静かな落涙だ。
しばらくして彼女から感じられていた不安の空気も消え、恐れに揺れていた肩も止まる。
もう大丈夫だろうか、落ち着いただろうかと雄斗が思ったのと同時、彼女は静かに雄斗の手から頭を遠ざけ、こちらに向き直る。
「すみません……。みっともない所を何度もお見せしてしまって」
「さっきも言ったが気にするな。妹がいる身としては泣いている年下の女の子を放っておけないからな」
「そうですか。優しいお兄さんがいて、少し羨ましいです」
「ははは、ありがとう」
目じりを赤くしながらも微笑するルリ。この様子なら大丈夫そうだ。
「最後まで付き合ってやりたいがもう時間だ。俺は行くな」
「はい。姉さまたちは引き続き私が探します。
鳴神さん、ご武運を、お祈りしています」
ルリは一瞬、瞳を不安の色を見せるもすぐに凛とした眼差しに戻し、首を垂れる。
それを見て雄斗は笑みを浮かべ背を向ける。自室で途中まで済ませていた準備や片付けを終え空港に向かう。
「それじゃあ鳴神君、気を付けてね」
「雄斗さんの無事と帰りを待っています!」
搭乗口に入るとき、いつになく気遣うような顔でネシャートが、泣き出しそうな表情で雪菜が言う。
二人は戦いにはもちろん同行もしない。【アルゴナウタエ】と【アヴェスター】両方から禁じられたからだ。
仮に彼女たち二人が参戦してもグラディウスは気にしないだろう。だが二人にも必然的に刃を向けることとなり、自分と違い手加減をされない彼女たちは命を落としてしまうかもしれないからだ。
『大変すまないが今回は君一人で対処してもらう。
何、あのグラディウスが相手だ。相応の強さを見せれば傷つきはしても殺されはしないだろう。マリアにネシャートもいるし後のことは考えず全力で挑みなさい』
先日通信機にて会議を行った時のエドガーの弁だ。アルシアやイーラジ国王フェルドもだいぶ丁寧で申し訳なさそうな態度と言葉だったが、類似のことを言っていた。
全くあの規格外の怪物を一人で相手にしろとか、酷いものである。とはいえ彼らがああ言うのも理解はできる。
グラディウスは神代の時代から数多の神々や英雄を屠ってきてはいるが、力を示したものや才能あるものに対しては【異形種】とは思えないほど寛容だ。
そんな彼の行いは歴史の名を遺す戦士を生み出すきっかけにもなっている。
こんな逸話がある。とある英雄と戦い打ち倒したグラディウス。その時に立ち向かってきた弟子の師を凌ぐ才能に惚れこんだ彼は彼を生かした。
その後も幾度となく剣を交え勝利するも英雄の弟子を殺めず、そして戦いのたびに弟子は強くなり、最終的にその弟子はザングールのような【異形王】を始めとする数多の強敵を打ち倒し、世界の危機を幾度となく救う師をはるかにしのぐ英雄となった。
最後の勝負でもグラディウスは弟子を殺めず立ち去って行った。そのためその弟子は家族に囲まれ静かに看取られたという。
また別の逸話ではとある神々と戦う際、彼が守る人々を狙う同類を神々と協力して始末。そしてその後神と剣を交え神を殺めた。
しかし後年守った人たちの中から次代の神とそれに比肩する英雄が出現。彼らは多大な功績を上げる英傑となった。
人を殺めることではなく戦う──それも強者との──ことを第一とする【異形種】としては異端の思考を持つ存在。それがグラディウスという【異形王】だ。
(まぁ【アルゴナウタエ】も【アヴェスター】も何もしないわけでもないからな)
昨日のことだ。【アルゴナウタエ】と【アヴェスター】の即席チームがグラディウスに戦いを挑んだ。
期待の若手や歴戦の戦士を含めた十数名だったが、当然ながら一蹴された。しかし彼らは怪我を負いつつも死傷者は一人としていなかった。将来に期待と言う意味でグラディウスが殺めなかったからだ。
またこれは最強の【異形王】相手に組織や世界としては一応の対応をしては見せたという建前だろう。大人の理屈、都合に少しだけもやっとするが。
「んじゃ、ちょっと行ってくる。帰った来た時の怪我の治療はよろしく頼むな」
申し訳なさそうな雰囲気に二人に笑みを見せて雄斗は飛行機に乗り込む。
【星天団】の幹部が操縦する飛行機は静かに【アヴェスター】の空を飛ぶ。移動中はグラディウスについて改めて勉強したり、窓から見える乾いた大地や砂漠、連なる山々をぼーっと見たりなどして過ごす。
今から挑む戦いは間違いなく死闘。とはいえ焦ったりじたばたしてもどうにもならない。ならばいつも通りの平常心で戦いに挑むだけ──
そして仮眠から目が覚めた時、飛行機内にあと十分で移籍近くに到着するというアナウンスが響く。それを聞いた雄斗はパイロットに近づき、
「……。悪い。ここで降ろしてもらえるか」
「え? まだ目的地までは距離がありますよ」
「何。少しばかり外の空気を感じたくてな。
それにここら一帯の【異形種】はグラディスがしっかりと掃除したようだし危険はないだろう。頼む」
「……わかりました」
頷くパイロット。どうやら自分と違い気付いていないようだ。
「鳴神殿。武運を祈っています!」
「ありがとう。シャハブさん達によろしくな」
地表の砂漠に降下した雄斗は声をかけるパイロットに手を振る。
飛び立つ飛行機が見えなくなったのを見て雄斗はじりじり焙るような熱気が支配する砂漠を歩く。そして数分したのち頭上めがけて雷撃を放つ。
目を刺すような強い輝きを放つ太陽しかない青の空。しかし雄斗が放った雷撃は何かに当たり、感電させる。
そして感電したそれはノイズを発しながら地上に激突。ズズンという音を立て、見慣れない黄金の帆船が姿を見せる。
「姿を隠して遺跡まで来るとはどういうつもりだマリア、シャフナーズ」
【万雷の閃刀】を出現させ、船の傍によって雄斗は問う。
すると帆船の縁から気まずそうなマリアと鼻息が荒い様子のシャフナーズが姿を見せた。
「いきなりご挨拶ね! どういうつもりかしら」
「その言葉そっくりそのまま返すぞ。改めて問うがなんでついてきた。お前たちがグラディウスと戦うことは許可されていないだろう」
彼女たちがついてきているのに気が付いたのは仮眠から目を覚ました直後だ。
戦いが間近に迫っているということで神経が過敏になったのか、頭上に覚えのある──マリアとシャフナーズ──気配があることに気が付いた。
彼女たちと対面するため雄斗はあえて飛行機から降りたのだ。
「そんなことは百も承知よ。でもあえて言うわ。私たちも戦うわ」
「帰れ。お前たち邪魔者がいるとグラディスの機嫌を損ねかねない」
「【異形王】に気を使うなんてどうかしてるわよ!」
「どうかしてるのはお前だ。グラディウスは【異形種】ではあるが敬意を払ってもいいぐらいの戦士であり強者だろ。
あいつがザングールのような性格なら俺たちはもちろんラジュドにいた人たちは皆殺しにされてるぞ」
グラディウスが殺戮を好むようであれば自分たちはもちろん、民や民の護衛に当たっていたネシャートも命はなかっただろう。
良くてネシャートが逃げるか、彼女に逃がされた少数の民が生き残るのどちらかだろう。
ネシャートも相応の実力者ではあるがグラディスから見れば雄斗たち同じ弱敵なのだから。
「とにかくさっさと帰れ。婚約者が傷つけられたことや師の仇を打ちたいのはわかるが、今のお前たちじゃそんなことができないことぐらいわかるだろ」
「それでも! 黙って鳴神君だけに任せるなんてできないよ。お願い。一緒に戦わせて」
シャフナーズを押しのけるように前に出るマリア。
それも本心なのだろうが、雄斗は小さくため息をつく。
「帰れ。──従わないなら力づくで追い返してもいいんだぞ」
【万雷の閃刀】の切っ先を雄斗は向ける。
上からの指示を無視したこともあるが、それ以上に先程慰めたルリを見ている雄斗としては眼前の二人に自分が思った以上に怒りを感じている。叩きのめし、地を舐めさせると思うほどには。
切っ先を向けられてマリアは驚き、シャフナーズは癇に障った顔となる。
「ずいぶんな己惚れようね。私たち二人をあんた一人が相手取る?
言っておくけど喧嘩を売られて黙っているような私じゃな」
言い終える前に雄斗は間合いを詰め剣を振るう。
大きく目を見開くシャフナーズ。だが見えているだけだ。反応はできていない。
しかし二人の間に割って入るマリアの【大河の聖盾剣】が刃を受け止めた。甲高い金属音が砂漠に響き、衝撃音が乾いた空気を揺らす。
だが静止は一瞬。雄斗は刃を振りぬき、右手を伸ばし【万雷の閃刀】を受け止めた不安定な体勢のマリアと後ろにいるシャフナーズを吹き飛ばす。砂に塗れる二人の女神。
「次は腕か足を切り飛ばす。帰れ」
「……やってくれたわね! 覚悟はできているんでしょうね!」
立ち上がり、眉を吊り上げ魔力を昂らせるシャフナーズ。
雄斗は無言で剣を構えるが、そこへマリアが割って入る。
「やめなさいシャフナーズ。鳴神君と争ってどうするの! わたしたちはグラディウスと戦うためにここにいるんだよ!」
「いきなり攻撃されて黙っていられると思うの!」
「あんたのプライドなんてどうでもいいよ! 拒まれたから帰るという約束だったでしょう!
もしこれ以上続けるならわたしは鳴神君に味方するよ!」
「マリア、あんた……!」
「何か騒がしいと思えば。招かれざる客がいるみたいだな」
一発触発の空気の中、暢気そうな声が響く。
頭上から聞こえたそれに視線を向ければ、いつの間にか頭上には巨大な蜥蜴の【異形種】と、それに乗っているグラディウスの姿があった。
「先代アナーヒターの弟子どもか。やれやれ。先日戦って力の差は痛感したと思っていたんだが。
──そんなに死に急ぎたいのか?」
砂漠へ降下する蜥蜴の【異形種で胡坐をかきながら、けだるそうな様子でグラディウスは言う。
一瞬だけだが言葉と共に向けられた殺気に雄斗は全身が怖気だつ。その気になればいつでも二人を殺せる。そう感じさせる圧だ。
反射的に雄斗はマリアたちの前に立つ。
「グラディウス。こいつらは」
「もういい。面倒だ。好きにしろ。
気まぐれで殺すにはさすがに惜しい。かといって俺と雄斗との楽しい時間に乱入されたら勢い余って消してしまうかもしれない。
なら今回であと十年ぐらいは戦いたくなくなるぐらい叩きのめしたほうがいいだろうからな」
二人を庇うように前に出た雄斗にグラディウスはため息交じりに言う。
背を向け立ち去っていく蜥蜴の【異形種】。雄斗は小さく息をつき振り返ろうとした時だ、体が砂地に沈む。
「な……!?」
下を見て雄斗はぎょっとする。いつの間にか足元に流砂ができていたからだ。
しかも自分の足元の一つではない。周囲に幾つもありマリアやシャフナーズも捕まった流砂に沈んでいる。
明らかに何者かの仕業。脱出するため魔力を高めようとした時だ、砂に沈んだ両足が何者かに掴まれ強引に砂の中に引きずり込まれた。
次回更新は9月9日 夜7時です。




