表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
三章  黒傷を濯げ、清流の剣
56/102

十五話






 闇の世界にいる雄斗はその中をただただ落ちていく。

 体に力は入らない。手足も動かない。生きるという気力もわかない。騒がしい【万雷の閃刀】の声も聞こえない。

 ああ、これが死か。そう思い意識を手放しかけたその時だ。唐突に額──先程グラディウスからの攻撃を受けた傷口が熱くなる。

 感じた熱は一瞬で体に伝わり、微かな力を与える。そして同時にパリン、と何かがひび割れる音がし、続いてガラスが砕けるような音が脳裏に響く。

 そして最も熱くなっている頭──脳に膨大な記憶が流れ込んできた。見覚えのない、しかしどこかで見たことがあると思う光景。戸惑いと喜び、そしてそれらよりずっと大きい後悔と悲しみが胸中に沸く。

 

(ああ、これが、封じられていた本当の記憶──)


 閉じ込められていた記憶の中に見る二人の人物。快活に笑う熊のような偉丈夫はヘンリク・ドーン。たった七日であるが戦友となり【神財】の師である男。

 そしてもう一人の金髪碧眼の少女はヴィルヘルミナ・ドーン。彼の娘であり雄斗が初めて恋した少女。勝気だが優しく親しみ溢れる少女。

 二人の姿を見て嬉しく懐かしくなる一方、それ以上に悲嘆の思いが胸に溢れる。神具使いとしての師と初めて思いを寄せた異性。自分はこの二人を──


「鳴神君っ!」


 思い出した記憶を追憶しようとした時、響いた声がそれを遮る。

 何度も自分を呼ぶ声が聞こえ、それと同時に優しく暖かなオーラが体全体に伝わっていく。

 視界が切り替わり自分の目の前には金髪の少女の姿があった。意識が覚醒したばかりか、顔はハッキリ見えない。


(何、泣いてんだ。ヴィルヘルミナは)


 おぼろげながら視界に映る涙を流す少女。頬に伝わる雫を感じ雄斗はそう思い、涙を止めなければと思う。

 女──少女が泣くのは嫌なのだ。それを見るたびにろくなことが起こったためしがないからだ。

 そしてヘンリクが一度だけやってみせたのを思い出すと体を起こし、


「鳴神君! よかった、気がつい」


 金髪少女の額に口づけし、頭を二、三度撫でた。

 そして少女を見る。効果はてきめんだ。彼女の眼からは涙が綺麗さっぱり無くなっている。何故か顔が赤くなっていたが。


「な、な、な、な」

「ゆ、ゆ、ゆ、雄斗さん。今の……」

「ああ、雪菜か。支えてくれて助かった。マリアも治療、ありがとうな」


 何故か・・・顔が赤くなっているマリアにそう言うが、彼女は固まったままだ。

 まぁ雪菜がいるから心配ないだろうと思い、雄斗は上を見上げる。視線の先にはつまらなそうな顔をしてファルナーズを蹴り飛ばしたグラディウスの姿があった。


「──この傷の礼をしないとな」


 小さく呟き、雄斗は二人から離れる。背後からマリアたちが呼び止める声が聞こえるがそれを無視してグラディスの元に行く。


「ほう。俺の【天地斬てんちざん】を受けてその程度の傷で済むとは。何かの神威絶技を使用していたのか」


 関心と興味の色を顔に映すグラディスに応じず雄斗は【万雷の閃刀】を手にし、強引に【掌握】を発動させる。

 残り少ない魔力で無理に発動したためか姿も変わらず魔力も通常より増加しない。発動時間も1分程度。あまりにも短い時間だが、そこに全てを賭ける。


「行くぞ」


 そう言って雄斗は閃電の速さで間合いを詰め、雷光を思わせる連撃を放つ。

 だがグラディウスはそれら全てをかわして受け流し、数撃に一度、鋭いカウンターを放っては雄斗の腕や足を切り裂く。 


「先程よりもさらに冴えわたっているが、まだまだだな」


 微笑して言うグラディウス。圧倒的強者からの言葉を聞いても雄斗の心にはさざ波一つたたない。


(明らかに愉しんでいやがる。こんな顔を見るとムキになるのは馬鹿らしいな)


 悪寒と本能が逃走を叫ぶのは今なお続いている。だがそれ以上にこのままでは終わらせられないと強く、強く思う。

 一方的に襲われ仲間が傷ついたのだ。死の恐怖如きで引き下がってなどいられない。何より切り裂かれた部位の傷は深くない。

 また立ち向かってくる雄斗に対し、向こうはその気になれば腕や足を容易に断てるだろう。手加減しているのだ。

 ここまで遊ばれてナメられて逃げるなど戦士の──男のするべきことではない。


(それに──正直コイツと剣を交えるのは愉しいし、俺にとってはありがたい)


 戦士がもっとも強くなるときは強者との戦いの時だ。弱者は力を知恵を絞って何とか強者に届こうとするからだ。

 そして今、雄斗にも同じ現象が起きている。かわされ、防がれるグラディウスを前に雄斗の剣は速く、鋭く、強くなっていく。

 今躱された斬撃が次の瞬間相手を切り裂くように。今防がれた一撃が次は凌がれないように。

 戦いの勢いに任せたものだけではない。若干17歳で神に比肩するほどの剣技を身に着けた天稟と幾千幾万の戦いの中で磨かれた戦士の理性。

 これら三つが最強の相手を前にかつてないほど刺激されフル稼働している。剣を一太刀振るうたび、いや、一瞬ごとに一瞬前の雄斗から少しずつ強くなっていく。


「……なるほど。明の後継は奴に負けず劣らずの才能の持ち主という訳か!」


 歓喜するグラディウスの攻防の速度が上がる。放たれる斬撃はどれもグラディウスと戦う前の雄斗を両断する一撃だろう。

 しかし雄斗はそれらをギリギリでかわし受け流し、軽い傷を負っても止まらず剣を振るう。星の瞬きが如き剣閃が互いの間合いで煌めく。

 だがグラディウスがテンポを上げて十秒ほどした後、雄斗は後ろに下がる。


(【掌握】解除まであと十秒ってところか。──次で決める)


 心中で呟き、雄斗はある神威絶技を行使する。

 【掌握】の時間が十秒から一気に残り三秒となり、雄斗は真っすぐグラディウスに向かって飛び出す。

 こちらが最後の一撃を放ったのを悟ったのか、グラディウスは一瞬、残念そうな顔になるも飛び出した雄斗に向かって斬撃を放つ。


(──!)


 【異形王】の剣は気がついたら振るわれていた。【心眼】を駆使していたというのに軌道が全く読めなかった。おそらくグラディスの全力か、それに近い一撃。

 かわせない。精々それに剣を合わせるぐらいしかできない。かつてないほどの悪寒が電撃的な速度で体を震わせ、生存本能が狂ったような叫びをあげる。


(こんな一撃を待っていたっっ!)


 しかし雄斗は嬉々とした笑みを浮かべ、頭上から振るわれる黒刀に【万雷の閃刀】の刃を合わせる。

 一瞬の接触。そして雷鳴を宿す刃が漆黒の剣を切り落とす。そして刀を持ち替え、大きく目を見開いているグラディウスの首元へ剣を振るう。

 【閃煌剣せんこうけん】。【剣躰】を一部分に収縮したあらゆるものを切り裂ける剣戟。封印されていた記憶の中にあった最強の、そして師の命を・・・・絶った・・・忌むべき神威絶技。

 肉を切り裂く感触を得て雄斗は勝利を確信する。だがグラディウスの首を刃が斬り進もうとした時、【異形王】は驚くべき反射神経で背後に下がった。


「……くそっ!」


 雄斗は苦渋の顔となる。今が最強の【異形王】を倒せる唯一にて最大のチャンスだった。それを逃してしまうとは──

 【掌握】も解除されたたでさえ重かった体が鉛のようになる。もはやこうなっては盾となりマリアたちが逃げる時間を一秒でも稼ぐしかない。

 そう覚悟を決めた時、首元から流れる血を拭い、それを見て硬直していたグラディスが笑い出す。


「……ははっ。ははははっはははははっははははははっははははははっははっはははは」


 狂ったように笑い続けるグラディウスに雄斗は唖然となる。

 傷を治すこともなく【異形王】は空に向かって笑い続ける。そしてそれが収まりこちらを見たグラディウスを見て、雄斗はぎょっとする。

 何故ならばグラディウスは嬉しそうな顔をしていたからだ。まるで待ち望んでいたものを目の当たりにしたような顔を。


「まさか、まさか俺の肉体を、首を切り裂くとは。完全に予想外だ。

 素晴らしいぞ、当代の【万雷の閃刀】の所有者よ。俺が手を抜いていたとはいえこのような事態になったことはそれこそ数百年ぶりだ」


 愛おしそうに切り裂かれた部位に触れるグラディウス。


「──決めたぞ。今回の目的はシャハブと戦うことだったが今、新たな目標ができた。

 当代の【万雷の閃刀】の所有者よ、この俺に傷を負わせた貴様とはぜひとも戦わなくてはな。

 三日後、再戦するとしよう。それだけの時間があれば傷も癒え万全の状態になるだろう」

「何勝手なことを言っているの……!」


 雄斗をかばうようにマリアと雪菜が前に出る。

 そんな彼女たちにグラディウスは虫を見るような無機質な目を向け、言う。


「断るならそ奴以外ここで皆殺しにしてやってもいいんだぞ。

 二人がかりなうえ【命魔融和】を行使した上の神威絶技でも俺の腕の一本も消せない貴様たちはつまらん。

 始末しても数年経てば新たな後継が現れるだろうし、そいつらの方が貴様たちより強くなるかもしれんからな」


 軽い、しかし本気の言葉にマリアたちの方が震える。

 それを見て雄斗は二人を押しのけ、言う。


「わかった。その勝負、受けよう」

「鳴神君!」

「雄斗さん!?」

「お前たちの命を盾に取られたらどうしようもないだろ。

 それに俺の剣が最強の【異形王】の命に届くのは今見た通りだ。勝てる可能性はある」

「その通りだ。まぁ俺が手を抜いている間はという条件は付くが、今のお前では本気を出すことはまずないから安心しろ。

 ただ俺は万全のお前と戦い、その戦士の強さと才覚をとことん味わいたいだけだ」


 愉悦の笑みを見せるグラディウス。黒刀と戦意を綺麗さっぱり消して彼は言う。


「三日後の新月。クリンタ遺跡にて待つ。もし来なければこの場にいる全員を殺す」

「この街の住人を殺すとは言わないのか」

「馬鹿なことを言うな。そんなことをしたらこれから生まれてくる未来の戦士達を途絶えさせることになってしまうではないか。

 貴様たちはもちろん俺にとっても大損だ」


 何故かこちらを咎めるような口調のグラディウス。

 やはりこの【異形王】、どこかおかしい。


「それでは俺はこれで失礼する。三日後、楽しみにしているぞ鳴神雄斗」


 そう言って背を向けるグラディウス。いつの間にか雄斗の名前を知っていた。

 しかし首だけをこちらに向けて、


「ああ、そう言えば言い忘れるところだった。

 『貴様との戦いはなかなか楽しめた。だが期待したほどほどではなかった。再戦リストにはまだ名前を残しておいてやるから、もっと精進しろ』。

 そうシャハブに伝えておけ、フェリドゥーン」 


 言われたアザードは殺意に満ちた視線をグラディウスに向けるも、苦渋に満ちた表情で押し黙る。

 彼に抱きかかえられているシャハブは至る所が赤く染まっている。死体と勘違いするほどの惨状だが微かな生命反応は感じられていた。

 闇の中に消えていくグラディウス。それを見送り今度こそ、周囲に敵の気配がないことを確認し、雄斗は膝を折る。


「鳴神君!」

「大丈夫、めまいがしただけだ。

 それよりも今はシャハブさんを早くネシャートさんのところに連れて行こう」


 雄斗は気力で立ち上がり、体を支えようとするマリア達を押しのけてシャハブたちの元に足を向けるのだった。






次回更新は9月6日 夜7時です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ