表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
三章  黒傷を濯げ、清流の剣
44/102

三話







「お会いできて光栄です。鳴神雄斗さん、叢雲雪菜さん」

「こちらこそ。【ヌトゲプ】の時期(ファラオ)になるであろうお方と対面できたことを嬉しく思います」


 アシームが差し出してきた手を握る雄斗。

 まだ少年という幼い顔つきと小さい手。しかし柔和に微笑むその表情は歴戦を潜り抜けた戦士のそれであり、小さい手も少年とは思えないほど固くがっしりしている。


「わ、私もです! お二人のご活躍は耳にしています。

 同じ年齢ながらも上げられた数々の殊勲。実にご立派です」


 同じくファラフと握手を交わしている雪菜がやや硬い顔つきで言う。

 彼女も名家の令嬢だが相手は時期王の婚約者。立場、身分の違いを意識しているのかやや緊張気味だ。


「ありがとうございます。でも皆がいろいろとお膳立てしてくれたおかげです。

 私たちだけの力という訳ではありません」

「だとしてもその結果を導いた一因はお二人にあるでしょう。

 幾多の【異形王フェノメノ】と【狂神きょうしん】の討滅。そして夏ごろに起きた大事件【ホルアラクティ動乱】の鎮圧。

 本当に、見事なものです」


 雄斗たち【高天原たかまがはら】の一件と同時期に【ヌトゲプ】で起こった【ホルアラクティ動乱】。

 【放浪する神ワガブンド】が率いるテロ組織が【ヌトゲプ】屈指の大都市で起こったこの騒ぎ。解決には時間がかかるとされていたこれを都市内にいたアーシムとその仲間たちが早々に収めた。

 テロリストという存在と相対しながら、自分たちにも相手にも死傷者を出さず完全制圧する。ただ強いだけでは不可能な芸当だ。

 しかしアシーム、ファラフの2人は苦い笑みを浮かべるだけだ。

 何か思うところがあるのだろうかと雄斗が思った時だ、背後から鋭い声が響く。


「あんた達、殿下たちに何気安く近づいて──! って、あら? もしかして鳴神雄斗に叢雲雪菜かしら?」


 声の方に振り向きそこにいたのは、眩く輝く黄金の髪をサイドテールでまとめている雄斗たちと同世代の少女だ。

 アシームたちより若干薄い褐色の肢体を水色と白のジャンパースカートに似た服装が包んでいる。また両手首や上腕部にはまばゆい輝きを放つ黄金のブレスレットがある。


「そうだが。ところであんたは誰だ。名前ぐらい名乗ったらどうだ」

「これは失礼したわね。私はアヴェスター神群が一柱、シャフナーズ・サーラ・アスタルテよ」


 無邪気な笑みを浮かべシャフナーズは小さく一礼する。

 名家の礼儀を叩き込まれたその流麗な仕草を見ながら雄斗は思う。


(こいつがマリアが毛嫌いしているアスタルテ……)


 正直イメージとだいぶ違う。てっきり高慢かつ威圧的な女かと思っていたが。

 眼前の女性──というよりも少女──からはそう言った気配は微塵もない。名家の令嬢としての雰囲気を持ちながら同時に普通の女の子のような気さくさも感じられる。


「こちらにおられたのですね殿下。戻ってきてお姿が見られないから少し慌てました」

「すみませんシャフナーズさん。私が殿下に少し休憩したいと申し上げたのです」

「そうでしたか。察することができず申し訳ありませんファラフ様」


 アシーム達へも立ち振る舞いも礼儀正しい。


「二人とも、私の代わりに殿下たちの傍にいてくれたこと感謝するわ。

 未来の王たる殿下に何かあれば大変なことになるからね」


 好意を面に微笑むシャフナーズ。ますますマリアが毛嫌いする理由がわからず不思議に思いながらも雄斗は笑顔で応じる。

 

「……ふぅん。噂通り。ううん、それ以上ね」

「何がですか?」


 しばらく話していると、シャフナーズの視線が雄斗たちに向けられていた。

 興味津々と言った様子の瞳を向けてくる彼女。


「あなたたちがよ。共に剣の腕が経つという話は聞いていたけど正直、これほどとは思わなかった。並みの神じゃ圧倒されるわね。

 【しんなる世界せかい】の【十導士じゅうどうし】を退け、先日単独で【異形王】を討伐したという話は聞いたけど眉唾ということでもなさそう。

 鳴神雄斗。【アヴェスターウチ】の上層部があなたを欲しがるのも少しわかるわ」

「欲しがる?」

「あなたと【アヴェスター】の名家の令嬢と婚姻させようっていう話があるのよ。

 ああ、言っておくけどそちら雪菜と婚約している話は知っているわ。でも神々が複数の妻を娶るはよく聞く話でしょ?」


 平然とした様子で言うシャフナーズ。思わず雄斗は顔をしかめる。


「そう言えばその相手の一人にマリアも上がっていたわね。──あの強奪者の」


 そう言ったのと同時、朗らかだったシャフナーズの顔が険しいものへ一転する。

 快晴だった空がいきなり曇天に覆われるような急変ぶりに、思わず雄斗は目を丸くする。

 

「あの、強奪者って何ですか?」


 彼女の言葉におずおずとした様子で雪菜が尋ねると、シャフナーズは小さく息を鳴らし憎々しげに言う。


「知らないの? あの子はアナーヒターの神器を師であり私の敬愛する伯母、ファルナーズ様から強奪したのよ」

「──何人聞きの悪いことを言っているの、アスタルテ」


 静かな、しかし煮えたぎるような怒りの火が籠った声。

 全員が振り向いた先にはまるで敵と相対したかのような雰囲気を放つマリアの姿があった。


「わたしはファルナーズ様より正式に神器を託された。それをすぐ傍で見たくせにいまだにそんなことを言っているんだね」

「あれが託されたですって? よく言うわね。そもそもあれが原因で叔母様──ファルナーズ様は死んだようなものよ。

 強奪に加えて師匠殺しをしたというのにいまだそれを認めていないなんて、本当に見苦しいわね」

「だからこそわたしが当代のアナーヒターとしてファルナーズ様に代わり人々を守っていかなくちゃいけないんだよ」

「あんたにはそれは無理だと何度も言っているでしょう。叔母様のように人々を守るのは代々アナーヒターを継承してきたサーラ家本家の私がすべきことよ。

 私が所持するアスタルテを譲ってやるからいい加減、アナーヒターを私に譲渡しなさい」

「こちらも何度も言っているよね。わたし以上に相応しい人か後継が現れない限り、誰に何を言われても断るって。

 それにわたしはアナーヒターとして十分な実績を上げているし、譲渡しろなんて【アルゴナウタエ】でも【アヴェスター】でも言われたことはない。

 そっちこそいい加減諦めたらどうなの」


 両者とも氷のような声音で互いを非難し合う。女神二人が放つ強い敵意と殺意に思わず雄斗たちは閉口してしまう。

 最初こそ冷静な口調だったが、すぐに両者の言葉は炎のように嵐のように荒れ狂い、過激になる。


「私のアナーヒターが汚されているのに黙って言われるわけないでしょ!」

「言いがかりをつけて他者からアナーヒターを奪うことを正当化するほうが、よっぽどファルナーズ様とあなたの家を汚す行為だとわからないの!」

「なんですって!」

「何よ!」


 席を立ち歩を進めるシャフナーズ。それに応じてマリアもこちらに歩いてくる。

 一合の距離で互いを睨みあう両者。冷たく乾く空気。今まさに戦いが始まりそうな雰囲気だ。


(ま、マリアさん。どうなさったんでしょうか)

(わからん。だがこのままだとまずいのは確実だ。雪菜、念のためにアシーム殿下たちを頼む)


 マリアたちの睨み合いにアシームたちは雄斗たち以上に面食らったらしく、完全に固まっている。

 そんなアシームを雪菜に任せ、二人を止めようと雄斗が席を立ったその時だ、


「やめろシャフナーズ。マリアと争わないという条件で作戦に参加することを許可されただろう。破るというなら今すぐにでも【アヴェスター】に返ってもらうぞ」

「マリアもさっき言われただろー? シャフナーズと揉めるなって。どちらもガキを産めるいい年齢なんだ。ちったあそれらしい振る舞いをしろよ」

「どういう仲であれ今はともに【異形王】と巣を潰す仲間同士。何より殿下の御前だ。矛を収めてもらいたい」


 喫茶店の別の入り口から姿を見せた三人の男性が、一発触発の雰囲気に割って入る。

 アルシアにアザード。そしてもう一人は涼やかな草原を思わせる翠色の顔を持つ男性だ。

 三者に制された二人は互いを憎々しげに一瞥し、同時にそっぽを向く。


「殿下たちのお相手、そしてお二人の争いを止めようとしてくれてありがとうございます。

 私はミクス・レバンスギ・エンキドゥ。アシーム殿下たちの警護を務めています」


 傍に来たミクスより差し出された握手。雄斗はそれを握り小さく頭を下げる。

 ミクス・レバンスギ・エンキドゥ。【失われた世界】の一つ【アラム・カルデア】出身の英雄神であり、現在は【ヌトゲプ】に所属している。

 目の前にいる彼は全世界の神々の中でもトップクラスの実力者と言われているが、そしてそれが事実だと一目見て雄斗は理解した。

 樹齢千年の巨木のような穏やかながらも大きな雰囲気。アルシアと同等。いや、それ以上かもしれない。


「あなたほどの英雄神を仕えさせているとは。次代の王はやはりアシーム殿下ですか」

「まだ確定ではありませんがね。ですが私は殿下こそが王になるにふさわしいと思っていますよ。

 【ヌトゲプ】の王は太陽の慈悲と苛烈さを併せ持つお方でなくてはなりませんからね」


 アシームへの信頼と忠誠に満ちたミクスの言葉。さながら忠節を尽くす騎士を思わせる。


「やれやれ。会議までまだ時間はあるが主な出席者が全員この場に揃ったな。──どうするよ?」

「そうですね。少し早いですけど始めましょうか。アルシア殿、構いませんか?」

「こちらは何も問題はありません。シャハブには連絡しましょう」

「ではヘサムも呼びましょう。まだサクル・レーにいるはずですから」


 二つの世界の重鎮たちが話をまとめ、雄斗たちはミフル・アフターヴの会議室に集合。両陣営のトップであるアルシア、アシーム主導による巣の殲滅及び【異形王】討伐会議が始まる。

 ちなみにまだ到着していない【ヴェーダ】のカーリーは到着後、アルシアかアシームが説明するとのことだ。その扱いからか彼女が参戦することを両陣営ともあまり快くは思ってないことが察せられる。

 と言っても会議内容はエドガーから聞いていた内容そのままだ。討伐を主導するのはアルシア達で雄斗たち【アルゴナウタエ】は艦の防衛及びアルシア達が打ち漏らした雑魚の始末だ。


「では皆さん、【アヴェスター】と【ヌトゲプ】」

「二つの世界の治安のために、ご協力をお願いします」


 アルシアとアシームがそう締めくくり会議は終わる。

 解散する皆。その中で一人離れていくマリアを見た雄斗は彼女を追う。

 何か考え事をしているのか雄斗がついてくることに全く気が付いていない。甲板に出た彼女は七色の空を見上げながらため息をついている。

 その様子を見て雄斗は少し迷ったが、声をかける。すると彼女は落ち込んでいた顔を消して、笑顔を浮かべた。


「鳴神君、何か用?」

「ああ。さっきのことでな。流石に驚いたぞ。

 俺たちがいるだけならともかく、アシーム殿下たちがいる前でやり合うような空気を出したのは」


 下手に巻き込めば【ヌトゲプ】と【アルゴナウタエ】はもちろん、【アヴェスター】との関係を悪化させかねないことだった。

 部隊一の問題児であるルクスでもあのような真似をしたことをみたことはない。普段の真面目な彼女を知る雄斗としては大いに驚いた。


「……ごめん。どうもあの子の前だと冷静になれないの。

 自分でも堪えなければいけないことはわかってはいるのだけど……」


 肩を落とすマリア。よほど二人の間にある因縁は根が深いようだ。


「なぁ、どうしてあんなにファルナーズと仲が悪いんだ?

 さっき会った時、想像していたのと違いすぎてびっくりしたぞ。明るく気安い感じで礼儀もしっかりしていたし、お前が言うような感じには」

「外面だけはいいのよあの子。あの子にどれだけわたしやシャフナーズ様がどれだけふりまわされたか……!

 信じられないほど我儘だし自信家だし考えなしだし激情家だし」


 次々とマリアの口から飛び出すファルナーズへの罵詈雑言。

 止まらないそれに雄斗は引き気味となる。 


「お、おう。わかったから少し落ち着こうな」

「……! ごめん」


 しばしの沈黙のあと、マリアは窺うような視線をこちらに向ける。


「……鳴神君はどう思ったの? シャフナーズの言葉を聞いて」

「先代のアナーヒター様から神器を強奪した、死なせたようなものってやつか。さすがに驚きはしたがあれをそのまま信じる気にはなれないな」

「……本当?」


 妙にしおらしいマリア。部隊長として部下の気持ちが気になるのだろうか。

 マリアが先代のアナーヒター、ファルナーズより神器を受け継いだのは【戦帝】との戦いの最中だという。

 死闘の中、死を悟ったファルナーズが後継と見込んでいたマリアに神器を継承したということだ。


「まぁあれだけの暴言を吐くんだ。シャフナーズもそう思う何かはあるのかもしれない。

 だが仮にシャフナーズの言葉にいくらかの真実があったとしても、俺にはお前も嘘を言っているようには思えない。

 なら信じるのはこの数ヵ月、共に戦ったお前の方だ。雪菜の奴もきっと同じだろう」


 まっすぐにマリアの目を見て雄斗は言う。

 マリアはきょとんとし、そしてはにかむような微笑を浮かべる。


「……ありがとう」

「どういたしまして。それよりも明日の作戦はしっかり頼むぞ。

 ないとは思うが戦場でシャフナーズと諍い会うのだけはやめてくれよ」

「うん。約束するよ」


 頷き、マリアはいつものように微笑む。

 それを見て雄斗も笑みを浮かべ、先に船内に戻ると言おうとしたその時だ、


「んん??」

「どうしたの鳴神君。後ろがどうかした、の……!?」


 振り向きそれを見て、最後の語尾が高くなるマリア。同時に雄斗も頬を引きつらせる。

 次元の狭間の荒野から飛んでくる一席の船が見えたからだ。

 二等辺三角形の形をした赤と黄金に輝く船体。大きさで言えば雄斗たちが乗ってきた【アルゴー】よりもさらに小さい。小型の戦闘機と言ったような船だ。

 それがまるで体当たりするような速度でこちらに迫る。一向にスピードを落とさないそれを見て思わず雄斗は【万雷ばんらい閃刀せんとう】を手元に手繰り寄せる。

 直後、急停止する船。そしてコクピットと思わしき場所から人が飛び出してくる。

 次元の狭間の空に舞い上がるのは彼女は雄斗たちと同世代の少女だ。鬼族らしく頭部には角を生やしていた。

 またアザード達とは微妙に違う青黒い肌を持ち、均整の取れた肢体にはベリーダンサーのような服装を身にまとっている。


「危ない!」


 ミフル・アフターヴ全体に貼られている結界に接触しようとした少女を見て雄斗は叫ぶ。

 しかし彼女は右手に黄金の鍔を持つ黒の曲刀を出現させ、結界に対して振り下ろす。

 激突する光の障壁と黒の刃。その均衡は一瞬だ。黒の刃は振り下ろされ同時にガラス窓を割ったような音が響き、船体を覆っていた結界が消える。


(戦闘中ではないとはいえ展開されていた結界を一太刀で……!)


 雄斗が驚く目の前、彼女は音もなく着地した。黒髪がふわりと浮き上がる。

 そして武器を消し立ち上がり、傲岸な笑みを浮かべて口を開く。


「あら、このあたしがやってきたというのに出迎えがたった二人とは。礼儀知らずね」


 そう言って嘆息する少女。左のサイドテールをまとめている金細工が光の反射で煌めき、腕や足に装着している黄金の輪がしゃらりと音を立てる。


「どういうつもりなのアイシャ……!」

「久しぶりねマリア。元気だった?」


 怒るマリアに褐色の少女は軽い調子で挨拶を言う。

 

「何を怒っているの? 相変わらず短気ね。女神として淑女として慎みを覚えなさいと前から言っているでしょう」

「人の船に問答無用で乗り込んできたうえに結界を破壊する人に言われたくないよ!」

「その程度のことで目くじらを立てないでよ。アルシアなら手間もかからず張れるでしょう。

 それに結界を砕いたのはこうすればあたしが来たとすぐにわかるからよ。知らせる手間が省けていいじゃない」


 マリアの説教を聞き流す少女。それを見て雄斗はため息をつく。


(これがアイシャ・リガート・カーリー。なんというか噂通りだな)


 多元世界【ヴェーダ】出身の女神。マリアたちの世代ではトップクラスの実力者でありあのラーマに匹敵するとまで言われる強者だ。

 そして性格に問題ありと【ヴェーダ】が認める随一の問題児なのだという。

 神としての実力は確かで上げた無数の功績も見事なものばかり。だが同時に大小共に問題を起こしており、他世界の神々と諍いを起こすことも良くあるのだという。

 今年だけで両手の指ギリギリ数えられるほど問題を起こし、自世界や他世界の神々と最低五回は剣を交え、そしてそのすべてに完勝したそうだ。


「それよりもマリア、あいつなんでしょう。当代の【万雷の閃刀】の所有者は」


 説教を続けるマリアを押しのけ、こちらに近づいてくるアイシャ。


「初めましてカーリー様。自分は鳴神──」


 その先を雄斗は続けられなかった。眼前にアイシャが振るった黒刃が迫っていたからだ。

 雄斗はとっさに下がり【万雷の閃刀】を振るう。激突した白と黒の刃は火花を散らす。


「アイシャ! あなた何」

「お爺様! マリアを抑えておいて!」


 そう叫び一旦離れ、再び接近してくるアイシャ。体を駒のように回し激しい動作と共に剣閃が放たれる。

 問答無用という彼女の態度に流石の雄斗も黙っておらず反撃の剣戟を放つ。だが攻撃と同じくダイナミックな動作でそれをかわし、すぐさま彼女は反撃してくる。


「どういうつもりだ!」

「あたしもあなたも戦士。お互いを知るのにはこちらの方が手っ取り早いでしょう!

 安心しなさい。武技と体術だけだから! 神威絶技を使えばあっという間に勝負はついてしまうでしょうし!」

「勝手なことを!」


 交わる黒と白の剣。火花のような光と閃光の軌跡を二人の周囲に描く。

 当初は拮抗していた剣戟だすぐに雄斗の方に状況が傾く。純粋な武芸の腕では雄斗が彼女を上回っているからだ。


「噂に違わない腕ね。それじゃあ本気を出すとしましょうか!」


 そう叫ぶと同時、彼女はいったん引いて雄斗に剣を投擲してきた。

 不意打ちのようなそれを紙一重で回避する雄斗。だが攻撃に映ろうとした時、既にアイシャは眼前まで距離を詰め拳を振るってきた。

 左頬に振るわれる拳。直撃すれば骨折では済まないそれを雄斗は紙一重で身をかがめてかわしカウンターの刺突を放つ。

 しかし雄斗の突きはアイシャに当たらない。なんと彼女は空中に飛びあがってそれを回避し、雄斗の頭部に踵落としを放ってきた。


(こ、の……!)


 間一髪それに気づき雄斗は両足に魔力と踵に力を込めて前に飛び出し回避。

 雄斗が振り返ると同時、着地しこちらに振り向くアイシャ。手元には先程投げた剣があり、それが槍に変わる。


「ふっ!」


 一息ついて繰り出される暴風のような無数の刺突。だが彼女が見せるのはそれだけではない。先程のような体術に槍を双剣など様々な武器に変化させることによる不規則な猛攻。

 その上変化する際の技のつなぎ目につけ入る隙も粗もない。最初は反撃できていたが多様な攻撃パターンを持つアイシャの猛攻の前に押される。


「ぐっ……!」

「このあたしを前にしているのだから本気を出しなさい! 限界なら今この瞬間成長なさい!

 さもないとその首を貰うわよ!」


 愉悦の笑みを浮かべて叫ぶアイシャ。完全に戦いに酔っている。


(いきなり現れて喧嘩を売ってきた上この言いよう……! 本当に、ふざけた女だ!)


 怒りと共に雄斗は前に出て剣を振るう。先程以上に距離が近づいたことでアイシャが繰り出す猛攻が体を掠め、あっという間に体中が小さな傷や軽傷だらけになる。

 だが雄斗の剣戟もアイシャの服や肌を切り裂き始める。また怒りと負けん気が雄斗の剣をより速く、鋭くさせる。冴えわたらせていく。

 押され気味だった状況はすぐに五分となり、再び雄斗優勢へと変化した。


「──!」


 雄斗の繰り出した剣閃がアイシャの右頬を切り裂く。

 彼女は大きく目を見開き後退。ぱっくりと開いた傷口からゆっくりと流れ出る血を見て呆然とする。

 だがそれはほんの一瞬だった。次の瞬間、彼女は恍惚の笑みを浮かべ、指で拭った血を自分の唇に色づける。


「ああ……困ったわ。武技と体術だけで我慢するつもりだったのに。

 こんな素敵な剣を見せられたら本気を出さずにはいられないわ……!」


 そう言うと同時、アイシャの魔力が爆発的に高まる。

 そのあまりの巨大さに雄斗は頬を引きつらせ、【掌握しょうあく】をしようとしたその時だ。両者の間に三つ又の槍が甲高い音を立てて突き立つ。


「そこまでじゃアイシャ。これ以上は見過ごせんぞ。

 儂らの目的は怨敵を討つこと。決戦を控えた今、無駄に力を使うでない」


 そう言ってアイシャを諫めるのは袈裟のような橙色の衣をまとう老人だ。

 白髪と白いひげを腰辺りまで伸ばしたやせ細った老人。しかし内より感じるエネルギーは超一流戦士のそれであり、この場にいる誰にも引けを取っていない。 


「それにこれ以上戦うのであれば、後ろの者たちも黙っていないじゃろうからな」


 そう言って視線を逸らす老人。その先にある甲板の出入り口にはアルシアたちの姿があった。

 最前列にいるアシームは厳しい表情をしておりアザードに至っては神具を手にして参戦する気満々の様子だ。

 それを見て頭が冷えたのか、アイシャは大きくため息をつき手にしていた神具を消す。

 老人は頷き、甲板に突き刺さった槍を引き抜くと雄斗の傍に来て深々と頭を下げた。


「儂はヴィハーン・マハデヴァン。いきなり孫娘が失礼をした。深くお詫び申し上げる」

「それなら彼女の無茶を止めてほしかったのですけどね」


 孫娘の言いなりになってマリアの邪魔をしていたくせによく言う。そう思いながら雄斗はとんがった声で言う。

 眼前の相手が誰かなのか知っているが、敬意を払う以上に理不尽に戦わされた怒りが勝る。

 ヴィハーン・マハデヴァン。【ヴェーダ】における伝説的戦士であり元は【ヴェーダ】の破壊神シヴァの座についていた男だ。

 【異形種大戦】以前より名が知られ現代まで生きている大御所中の大御所。まさに生き字引というべき存在だ。


「今回の件は貸しと思ってくれてよい。今後何か困ったことがあれば遠慮なく声をかけてくるといい。力になろう」

「そいつはどうも」


 当分、いやできるなら二度と関わり合いになりたくない。そう思いながら雄斗はそっけなく言う。

 ヴィハーンは再び頭を下げ、アルシア達の元へ歩いていく。

 アイシャもそれについていこうとしたが足を止めると、雄斗に近づく。


「あなたの剣、あたしの心身に刻まれたわ。いつか今の勝負の続きをしましょうね」

「二度とごめんだ」


 斬られた右頬──もちろん傷は完治している──を撫でながら男性を虜にするような魅惑の笑顔を浮かべるアイシャ。

 だが突然喧嘩を売られた雄斗は吐き捨てるように言い彼女の横を通り過ぎようとした時だ、アイシャは距離を詰め雄斗の左頬に口づけする。


「……!? 何しやがる!」

「あたしと引き分けたご褒美よ。ありがたく頂戴しておきなさい」


 そう言って彼女はヴィハーンの後を追う。隙だらけな背中を見て雄斗は思わず剣戟を叩き込みたくなるが堪え、口づけされた左頬を乱暴に拭う。 


「鳴神君、大丈夫だった!?」

「雄斗さん、お怪我はありませんか!?」

「ああ。平気だ。かすり傷は数えきれないぐらい負ったがすぐに治るしな」


 寄ってくるマリアと雪菜に雄斗は答える。

 安堵する二人。しかしすぐに表情が変化する。雪菜は悲しそうな、マリアは責めるような眼差しに。


「な、なんだ二人とも」

「ん」


 咎めの視線を向けるマリアが自分の左頬を指差し、懐から手鏡を取り出して雄斗に渡す。

 それを受け取り雄斗は自分の左頬を見て、仰天した。左頬に薄紅のキスマークがあったからだ。


「な、なんだこりゃ……!」


 慌てて雄斗は再び左頬を拭う。しかしアイシャがつけたそれは全く消える様子がない。

 何度も何度も力を込めて拭いこするがキスマークは薄れない。


「あらら。これはこれは……」


 そう言うのは遅れてやってきたネシャートだ。

 彼女は困ったような顔で雄斗の左頬に触れ、言う。


「なるほどなるほど」

「消せますか。消せますよね」


 【アルゴナウタエ】随一の治療者であるネシャートにそう尋ねると、彼女は安心させるような微笑みを浮かべ、言う。


「鳴神君、数時間ほど我慢しなさい」 

「消せないのかよ!?」

「この口づけは彼女の神威絶技──の応用みたいね。効果範囲をここだけに絞っているから非常に頑強。

 消せなくはないけど自然に消えるより少し早くなるだけのようだし、我慢してね♪」

「『してね♪』、じゃあねーよ! マリア、何とかならないのか」


 年甲斐もなく可愛らしく言うネシャートに、雄斗は思わず敬語を蹴っ飛ばして言う。


「ネシャートさんが無理ならわたしにも無理だよ」


 肩をすくめるマリア。どこか冷たく思える態度だ。

 雄斗はぐぬぬと歯ぎしりをして船の中に入っていくアイシャを睨みつける。


「アイシャ・リガート・カーリー。あの女、覚えてろ……!」


 低い声でそう呟くのと同時アイシャはこちらに振り返り笑顔を向ける。

 それを見て雄斗は一瞬、本気で【掌握】しようかと思うのだった。






次回更新は7月26日 夜7時です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ