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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
三章  黒傷を濯げ、清流の剣
43/102

二話






『みんな、【アヴェスター】と【ヌトゲプ】の艦が視界に入ったわ。

 降りる準備をしておいてね!』

「り、了解……」


 ネシャートが保有する【アルゴー】の待機室に響く声。雄斗は吐き気をこらえながらかすれた声で返事をする。

 船を操縦しているのはネシャートだ。マリア曰ネシャート率いる【世界を癒す神輪イラジュ・セイワール】は彼女自身が操舵を担当しているという。

 そして現在、待機室にいる雄斗、雪菜、マリアの三名はぐったりとした状態で体を横たえている。ネシャートの荒々しい操縦による船酔いが原因だ。


「マ、マリア。お前、これを、知らなかったのか……?」

「話は、ソフィアから、聞いた、こと、があったよ。

 でも一度だけだったし、何年も前の、話だったそう、だから、大丈夫、かなって……」

「ううう……。胸が、むかむかし、ます」


 すっかりダウンしてしまっている雄斗たち。

 このままではまともに動くこともできなさそうだったのでマリアの治療で船酔いを消し去る。

 一応元気になり移動を始める雄斗たち。出入口に向かう途中、通路の窓から二つの巨大な艦が視界に入る。

 

「右が確か【アヴェスター】の旗艦、ミフル・アフターヴだったよな」

「ええ。ミスラ様所有の船よ。【アヴェスター】が所有する艦船の中では最大の大きさと防御力を持つ艦よ」


 やや誇らしげにマリアが言うのは右側に見える艦のことだ。

 艦体は真紅でところどころに黄金や黄色の装飾が見える。コの字のように左右が突き出ておりその先には巨大な砲撃口が見える。


「では隣がサクル・レーですか。

 当代のラー様が所有されていると聞いていますけど」

「あんなバカでかくて立派な船を個人が持つとか。さすが次代の王様ってわけか。

 艦体全てが金ぴかとか。一体どんだけの金がかかっているのやら」


 ミフル・アフターヴのすぐ隣にあるもう一つの船を見て雪菜は驚き、雄斗は少し呆れる。

 サクル・レーの姿は一言で言えばクルーズ船だ。大きさはミフル・アフターヴと同じぐらいだが戦場に出てくるような船には見えない。

 まぁ仮にも今回の作戦に用いられる船。何かしらの特殊な兵装などはあるのだろうが。


『着艦するよー!』


 ネシャートの声が響くと同時、再び船体が大きく揺れる。

 今後、彼女が操作する乗り物には二度と乗らないと思いながら雄斗たちはネシャートと合流。出入口から船外に出ると、アルゴーとほぼ同じ大きさの船が複数鎮座している発着場が視界に入る。

 それらを見ながら進むと出口と思われる扉がある広間に到着。そしてそこにはには幾人もの褐色の肌を持った人たちがおり、彼らの視線は自分たちを見つめている。

 その中で見覚えのある顔を見た時だ、前にいるマリアが嬉しそうな声を出す。


「お久し振りですシャハブ様!」

「ああ、久しぶりだねマリア。元気そうで何よりだ」


 明るい笑顔を浮かべたマリアに応じたのは温和、誠実という雰囲気の金髪の男性だ。

 マリアは彼と親しげなこの男性こそ当代のティシュトリヤ、シャハブ・アラム・ティシュトリヤ。かつて【アルゴナウタエ】に籍を置いており、神となったマリアの指導役を務めていた人だ。

 同じく元同僚のネシャートとも握手をかわすシャハブ。そして彼の視線が初対面となる雄斗と雪菜に向けられる。


「初めまして鳴神雄斗君、叢雲雪菜さん。

 当代のティシュトリヤの座を預かっている、シャハブ・アラム・ティシュトリヤです」

「は、初めまして。叢雲雪菜です」

「鳴神雄斗です。今回の作戦、微力ながら力になります」


 差し出されるシャハブの手を握る雄斗。

 マリアやグレンを初めて見た時と同じ強者の空気を漂わせるシャハブ。いや彼の放つそれは【七英雄】に近い。

 頼りがいのありそうな彼を見て雄斗は小さく微笑する。


「へぇこの娘が噂に聞く陽司さんの娘か。写真や映像で見るより美人だな」


 そんな言葉と共に姿を見せたのは【アヴェスター】の皆が身にまとっている正装を大胆に着崩す、長い髪を揺らした美男子だ。

 遊び人、またはホストのような軽薄な雰囲気があるがそんな印象はすぐに霧散する。雄斗を見る視線は刃のように鋭く、猛々しい戦士の眼差しを向けているからだ。 

 

「アザード・ヤシャール・フェリドゥーンだ。鳴神雄斗。春は世話になったな」


 そう言って面白そうに微笑むアザードに雄斗は首を垂れる。

 彼が言った通り春、初めて任務で【アヴェスター】を訪れた時、彼の顔も目にしている。

 アザード・ヤシャール・フェリドゥーン。当代の英雄神フェリドゥーンだ。


「アザード、その辺にしておけ。雪菜さんは雄斗君の婚約者だ。手を出せば【アルゴナウタエ】、【高天原】を巻き込んだ問題になるぞ」


 好色そうな視線を雪菜に向けるアザードへシャハブが叱責する。それを聞いた彼は小さく鼻を鳴らしながらも後ろに下がる。

 そしてアザードと入れ替わりで姿を見せたのは頭にターバンを巻く髭を生やした恰幅のいい男性だ。

 ばっと見て砂漠の商人風な姿だが、身にまとう高そうな服装と放っている並ならぬ戦士の気配がそれを否定する。


「同胞が失礼をした。ようこそ我がミフル・アフターヴへ。私はアルシア・メルフザード・ミスラ。

 【アルゴナウタエ】の若き英雄二人、君たちとの出会いを嬉しく思うよ」


 ふくよかな顔を緩ませるアルシア。その様はえびす人形を連想させる。

 しかし姿を現した【アヴェスター】の誰よりも強大な気配と力を感じる。【アヴェスター】No2というのも偽りではないようだ。


「そういえばアスタルテ様の姿はないんですね」


 雪菜の言葉に笑顔を浮かべていたマリアが真顔となる。

 それを見たシャハブは苦笑、アザードは肩をすくめ、アルシアが先程よりも円満な笑みを浮かべ、大きな言う。


「彼女は今サクル・レーにラー殿たちを出迎えに行ってもらっている。作戦会議を我が船で行うのでね」


 シャハブたちの素振りに気づかす雪菜はそれに素直に頷く。

 それを見ながら雄斗はマリアの方に目を向けると、彼女もどこか安心したような表情となっていた。


(そんなに会いたくないのか)


 ソフィアたちからマリアとアスタルテについて少しだけ情報を仕入れてはある。

 何でも二人は先代のアナーヒターの弟子であり次代のアナーヒター候補者と言う関係だったとのことだ。

 そして両者は激しく仲が悪いことで有名だそうだ。何でもアナーヒターの継承についてアスタルテが猛反発したという。

 

「さて【アルゴナウタエ】の諸君、会議が始まるまでのしばしの時間、我が艦自慢のラウンジで時間を潰してくれたまえ」


 アルシアの先導の元、到着したのは船内とは思えない広々とした空間だ。そしてそこにはいくつもの遊技場や小売店舗、レストランと言った無数の施設があった。

 大型デパートの階層そのものを見て雄斗は目を丸くしている。このような施設が大型客船にあるようなことは一応知ってはいるが目の当たりにするとやはり驚く。

 しかもそれが他の多元世界の、それも軍艦にあるのだから猶更だ。


「あ、あのすみません。私、あまり手持ちがありませんが」

「何細かいこと言ってんだ。全部タダに決まってるだろ。さぁて、俺たちはあそこのバーにでも行くとするか」


 戸惑う雪菜の肩に手をやるアザード。そんな彼と雪菜をマリアが引き離し、雄斗の方に押す。


「二人とも、お言葉に甘えて時間までゆっくりしてくるといいよ。わたしはちょっとシャハブ様とアザード様に話があるから」

「俺は別に何もないぞ。……ほう、もしかして俺のハーレムに加わる気にいててててっ!」

「それじゃあ二人とも、後でね」


 アザードの耳を引っ張って立ち去っていくマリア。嘆息しつつ二人を追うシャハブたち。

 【アヴェスター】の神々を雄斗は生暖かい目で見送り、周囲を見渡す。


「ええと。どうします?」

「とりあえずそこのカフェにでも入るか。喉も乾いたし何か飲んでからどうするか決めようぜ」


 ネシャートの荒い運転と【アヴェスター】の神々との出会いですっかりのどがカラカラだ。

 頷く雪菜と共にカフェに入店。品書きに記載されているおすすめを注文し、先程アルシアから渡されたラウンジの見取り図に目を向ける。


「しかし予想以上に施設の数があるな。カフェに土産物屋はともかくレストランに服屋に宝石店。他にも遊び場もいくつもある」

「お爺さまやお父様から聞いたことがありますけど、神々が所有する船でこういう階層があるのは珍しくないそうです。パーティや会議を行われることもあるそうなので」

「にしても充実しすぎている感はあるな。戦艦の域を超えていると思うぞ。もはや戦艦と言うよりクルーズ船じゃないか、この施設の充実ぶりは」


 そう雄斗がため息をついたその時だ。つい先ほど店内に入ってきて後ろに座った人から声がかかる。


「その認識は間違ってはいないよ。ミフル・アフターヴは当代のミスラ様専用の戦艦ではあるけど、有事の時以外はクルーズ船としても動いているというからね」

「私たちの戦艦も似たような作りですけどここまでではないですから。ふふふ、どこに足を向けようか迷っちゃいますよね」


 その声に振り返ると席には一組の男女の姿がある。雪菜と同世代だと思われる少年少女で彼らは鮮やかな褐色の肌と輝くような黄金の髪を持っている。

 少年は白色のノースリーブとショートパンツ、そして腰には黄金と赤で装飾された豪奢なロインクロスをつけている。菫のような可憐な雰囲気の少女はシンプルな白の──ところどころに品がある意匠がある──ワンピースを身にまとっている。

 双方とも【ヌトゲプ】における貴族など高位の身分の者たちが纏う正装だ。そして彼らは【ヌトゲプ】における最高位の存在であり神の座を得た強者──

 

「あ、あなた方は……!」

「アスタルテ様が出迎えていると聞いていたのですが。

 もうこちらに来られていたのですか。アーシム・アッシャム・ラー様、ファラフ・キット・バステト様」


 雄斗がそう言うと、今回の作戦に参加する多元世界【ヌトゲプ】の二柱の神々は小さく微笑むのだった。












「それで、わざわざ会議前に何の話があるんだ?」

「今回の【異形宮ケイブ】と【異形王フェノメノ】の討伐。皆さんはどう思っているんですか」


 ミフル・アフターヴにある小会議室に到着するなり、マリアは眼前のシャハブたちに問う。


「【ヌトゲプ】も【アヴェスター」も錚々たる面々が集結しています。いえ、正確に言えば集まりすぎています。

 確かに確認されている【異形王】は難敵ぞろいですが普通に倒すだけなら【ヌトゲプ】、【アヴェスター】のみで十分のはずです。

 にも拘らずこのメンバーに加えて【ヴェーダ】のカーリーにわたしたち【アルゴナウタエ】からも神クラスが四人。何かあるんですか」


 マリアの問いに三者は顔を見合わせる。

 しばしの躊躇のあと、シャハブが口を開こうとした時だ、アルシアが手でそれを制し、言う。


「【戦帝せんてい】が活動しているという情報が入った」

「!!」


 アルシアの口から出た言葉にマリアは絶句。大きく目が見開き、体が震えだす。

 同時に脳裏にかつて遭遇した【戦帝】の姿が思い浮かぶ。破壊しつくされた周囲に立ち、幼いマリアと腹部から血を流して地に伏す師匠を見下ろす【戦帝】──


「今回の件に【戦帝】が……!?」

「落ち着け。まだ確定した情報じゃねぇ。

 ただ奴を【アヴェスター】で見かけたっつー情報が入ってすぐに【ヌトゲプ】と【アヴェスター」の間に次元の狭間で【異形種キメラ】が暴れたり両世界に侵入する回数が多くなった。

 それの対処と調査をしていくと今回の作戦で潰す【異形宮】と【異形王】を発見したわけだ」


 先程まで笑みを浮かべていたアザードも真剣な表情で言い、右手で左上腕部をさする。

 そこはかつて【戦帝】の一撃で絶たれた箇所だ。


「【戦帝】自体は【異形宮】やその周辺で確認はされていない。もしかしたら【異形宮】とは全くの無関係かもしれない」

「僕個人としてはそうだと思っているよ。【最古の四帝】の一人であり最強の【異形種】と言われている【戦帝】グラディウス。

 何より強者を好み、場合によっては僕たちに協力、または味方にすらなるかの御仁が、わざわざ【異形種】や【異形王】を率いて戦いを仕掛けてくるとは考えずらい」

「むしろそんな手合いを好むのは【滅帝めってい】の方だろうな。

 まぁそいつの方はここ数年確認されちゃいないが、どこかの世界でよからぬことでも企んでいるんだろうさ」


 不機嫌そうな顔で言うアザード。何か因縁でもあるのだろうか。


「とはいえ無関係という確証もない。

 そして強者が好きな【戦帝】はもしかしたらこの討伐に途中から乱入してくる可能性もある。

 万が一、そうなったときのために君たち【アルゴナウタエ】に声をかけたのだよ。納得したかね?」

「いいえアルシア様。まだ完全には納得できません。

 ならばなぜわたしたちなのですか。エドガー様達当代の【七英雄】の方がよかったはずです」


 グラディスほどの大物と戦うなら最低でも・・・・当代の【七英雄】、または各世界トップの神々が複数当たるべきだ。

 マリアたちでは役者不足と言わざるを得ない。


「もっともな意見だ。私たちも最初はエドガー殿に【七英雄】を数名派遣するよう頼んだ。

 だが彼が君たちを選抜したのだよ。──グラディウスと少なからず因縁がある君たち四人をね」


 アルシアの言葉にマリアは思わず息を呑む。確かにこの四人はグラディウスと全くの無関係という訳ではない。

 過去、遭遇したことがあるマリアやネシャートはもちろん、出会ったことがない雪菜と雄斗もグラディウス・・・・・・から見れば・・・・・因縁があると言えるだろう。


「もしグラディウスが出現した場合、私とシャハブの2人で足止めする。

 その間はすまないが君たち四人が代わりに【異形宮】と【異形王】の相手をしてくれ」

「……わかりました」

「それと【戦帝】については皆には黙っておいてくれ。余計な情報を与えて不安にさせたくはないからね」


 頷くマリア。──直後、ふと気づく。 


「……もしかして、今回のメンバーの中にシャフナーズがいたのは」

「お前の考えている通りだ。俺たちが話しているのを聞いてしまってな。

 ──敬愛する伯母の敵討ちってところだろうさ」

「馬鹿なことを。歯が立つはずもないのに」


 今の自分と同格程度であの【戦帝】とまともに戦えるわけもないだろう。

 相も変わらず感情、気分で動いている。迷惑極まりない。マリアは憤る。


「そう言うなって。お前だってもし遭遇したら戦いを挑むだろう? 勝ち負けを考慮せずに」

「そんなことはありません……!」

「んな顔してるやつが何言ったって説得力ないぞ。

 まぁそう言うわけだから、あいつとあまり揉めるなよ。大事な作戦前に神々同士の喧嘩なんで馬鹿らしいからな」


 アザードが面白そうに言う。

 マリアはむっとするも彼の言う通りなので不承不承ながらも頷く。


「【戦帝】についてはこの辺にしておこう。

 ところでマリア、鳴神雄斗君だがどうかな?」

「半年前とはまるで別人です。現在ではわたしでも勝つのは苦労します」


 【掌握しょうあく】に加えいつくかの神威絶技を会得──ではなく思い出した雄斗。その強さはかなりのものだ。

 春、夏の死闘を経験したことによりさらに動きや魔力運用が研ぎ澄まされている。二つの神威絶技、距離を無視した斬撃を放つ【雷刃】にほぼ全ての神威絶技を問答無用で切り裂く【剣躰】はタイミングよく使用されれば負けることもある。

 【高天原たかまがはら】の戦い以降、行っている模擬戦でも勝率もかなり向上している。


「なるほど。さすがは【万雷ばんらい閃刀せんとう】の担い手という訳か。

 未だ使用する神威絶技は片手で数える程度だと聞くが、それでも君とほぼ五分に渡り合えるとは」

「末恐ろしいじゃねぇの。──ムンドゥスの奴らが本格的に動く前に、アヴェスターの陣営に取り込むか?

 俺の姉妹の誰かを妻か側室にしてもいいし、アルシア、あんたの親戚の誰かと婚姻させるか?」

「アザード、鳴神君は雪菜ちゃんと婚約しているのだけど?」

「そんなことは百も承知だ。ちなみにそれが鳴神からの無茶苦茶な条件で成り立っている薄氷の婚約ってこともな」


 何かをもくろんでいる笑みを浮かべアザードは言う。どうやら二人の事情についてしっかり調べているようだ。

 女がらみとなると力を入れてくる同胞にマリアはため息。後で雪菜に警告しておこうと心に決める。


「あいつは来年の春、【万雷の閃刀】を手放し【アルゴナウタエ】から抜けて元の生活に戻ろうとしているんだろうが、甘いぜ。

 この半年、あいつが上げた戦歴は大したもんだ。【アルゴナウタエ】はもちろん他の世界も放ってはおかないだろうな」

「特に彼の生まれた世界である【ムンドゥス】は何が何でも彼を自分たちのものにしようと動くだろう。

 現在は鳴神君が【アルゴナウタエ】に所属し、彼の家族の傍にあの御方がいる・・・・・・がいるから派手な動きはできないだろうが」

「あの御方? 誰ですかそれ」

「悪いがそれは言えない。当人からそう言われていてね。

 まぁ言えるのは私が信頼でき、彼の家族に危害を加える人物ではないということだよ」


 微妙に面白くないと思うマリアだが、アルシアの言葉に頷く。

 それにアルシアが言えないとなると相当な大物であることは察せられる。仮にも【アヴェスター】No2の実力者、その彼が口を紡ぐほどなのだから。


「マリア、彼の様子は変わりないのか」

「……ええ。時折からかったふりをして確認していますが、当人は来年の春には故郷の街に帰る気満々です。

 戦いの功績も本気で皆のおかげや【万雷の閃刀】あってのものと思っているようです」

「世界に興味がない上、自分を過小評価しすぎるタイプの人間か。

 そう言えば亡くなった彼の祖父や父親も、再起不能となった兄も鳴神君に負けず劣らずの優秀な魔術師だったそうだな。

 優秀すぎる親族に囲まれた弊害か……?」


 そう言ってアルシアは困ったような顔をする。

 とはいえマリアとしてもその気持ちはわかる。アルシアが言った通りの理由かはわからないが雄斗はとにかく自分を低く見ている感じがある。

 先日の【異形王】討伐もそうだ。当人はぎりぎりだったし運もよかったと言っていたが、ランク最下位とはいえ【神財しんざい】を手にして一年にも満たない担い手が単独で討伐したことは驚くべきニュースだ。


「マリア」

「何ですかシャハブさん」

「君も叢雲さんのように鳴神君と婚約したらどうかな?

 さすがに君たち美女二人の婚約者ができれば彼も心境の変化があると思うんだが」

「まるでアザードさんが言うみたいな、笑えない冗談ですねシャハブさん。フーリさんに言いつけていいですか?」

「……ごめん。失言だった」


 真顔となったマリアは彼に極寒の視線を向ける。

 深々と頭を下げる師匠。それを見て微苦笑を浮かべアルシアが言う。


「ただマリア。そうすることも我々は考慮している。私の姪を与えてもいいが彼女はまだ十歳。子供を作るのは早すぎるしな。

 あと君にもいくつかの見合い話が来ていることもここで伝えておこう」

「いつも通り断っておいてください」


 そう言うマリアにシャハブが困った顔となる。


「さすがにそれも限界に来ているよ。神として未熟なことや生まれが【アヴェスター】でないこと、庶民の生まれということを理由に上手くかわしてきたけど」

「そんなことは些細なことだ、気にしないっていう家も増えてきていてな。

 ククク、お前さんの立派なアナーヒターとしての活躍ぶりが認められたせいってわけだ。よかったじゃねぇの」


 大戦以降、多元世界は移民に対する差別や意識はだいぶ変わったそうだが、それでも根底には他世界出身者を嫌う意識はある。

 マリアもそれを受けていたため【アヴェスター】からの結婚や婚約の誘いは少なかった。──もっともマリア自身が避けていたせいもあったが。


「それとも好きな人がいるのかな。もしそうならそれを理由にはできるけど」

「いえ、そんな人はいません」

「ならば我々の考えも一考しておいてくれないか。我々の方からも君と鳴神君の関係は悪いものではないという報告は受けている。

 君とて将来のパートナーを選ぶなら好意のある人の方がいいだろう?」

「……わかりました」


 やや躊躇いながらも頷くマリア。

 シャハブの言う通り雄斗とは悪い関係ではない。喧嘩もするが笑いあうことの方が多く、これまで知り合った異性の中ではかなり仲がいい男性だろう。

 だが彼に抱く想いは友情の域を出ていないし彼と結ばれるというイメージは思い浮かばない。普通より親しい異性の友人といった認識だ。


(それに雪菜ちゃんもいるしね)


 雪菜との関係も進んではいない。だが時間をかければ婚約が結婚に、そして二人が夫婦になるとマリアは思っている。

 好意を向ける雪菜に雄斗は絆されているのか、彼女と過ごす時間が増えている。また雪菜といるときの彼は時々、彼が家族に向ける表情を浮かべている。

 気付いているのかいないのかわからないが。ともあれ雪菜に気を許している証拠だろう。


「ああ、そう言えばこれは言っておかないとな。シャハブの奴だが──」

「アザード。その話は作戦後にするはずだっただろう」


 強い口調で言うシャハブにアザードはにやにやと意味深な笑みを浮かべるも黙る。

 マリアも気になりシャハブを見るが彼は無言で口チャックの仕草を取る。どうやら今は話す気はなさそうだ。

 その話を最後にマリアは部屋から退出。雄斗たちがいる階層へ向かう。

 

「【戦帝】……」


 通路に窓から見える【異形種】の巣を見て、マリアは呟く。数々の逸話を残し、数多の神々を屠ってきた最強の【異形種】。

 だがマリアにとってはそれだけではなく、敬愛する師である先代のアナーヒターを殺害した敵。不倶戴天の仇敵だ。

 

(いけない)


 慌ててマリアは首を振り心中に生まれていた【戦帝】に対する怒りと憎悪を落ち着かせる。

 今回はかの者の討伐ではない。あくまで【異形宮】の殲滅だ。そもそも彼がいるかどうかもはっきりしていないのだから。

 そう理性で訴えかけ、再び歩を進める。だが右拳に握られた力はしばらく緩むことはなかった。








次回更新は7月22日 夜7時です。

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