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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
三章  黒傷を濯げ、清流の剣
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一話







「雄斗さん、起きてください。もう八時ですよ」


 呼びかけられ目を覚ます雄斗。覚醒した視界に映ったのはエプロンを身に着けた雪菜だ。


「おはよう雪菜。ところで朝からどうした?」

「今日は水曜日。一緒に朝食を取る日ですよ」


 言われて雄斗は考えた後、そうだったと思い出す。


「それと朝食後は選択と部屋の掃除もしますね」

「それは別に必要ないだろう……?」

「部屋のあちこちに物は散らばっていますし、お風呂場に横の篭から洗濯物が溢れていましたよ。

 もう、どうしてため込むんですか……!」

「いや、面倒くさくてつい」

「ちゃんと毎日洗濯しないと不衛生ですよ!」


 雪菜はぷりぷり怒りながら寝室を出ていく。

 普段は物静かで気弱な少女だが家事の事となると別人のように厳しくなる。当人曰く「お婆様にしつけられたからだと思います」とのことだが。

 欠伸をしながら部屋を出て洗面上に向かう。顔を洗い食卓に向かうと和風の朝食が綺麗に並べられてある。

 炊き立ての白ご飯に味噌汁。卵焼きに焼き魚。和え物。全て雪菜の手作りだ。


「うん。相変わらず美味そうだ」

「ありがとうございます。──でも、たまには雄斗さんの朝食を食べさせてくださいね」

「ああ。近いうちにな」

「一週間前にそう言っていましたよ……」


 ため息交じりに雪菜は言う。共に食卓に着き手を二人は朝食に手を伸ばす。

 TVから流れるニュース──次元の狭間で巨大な【異形種】の巣が見つかっただの、【ヴェーダ】のとある女神が発見された【異形王】討伐に動く可能性があるのだと──をBGMにして食を進ませる雄斗たち。

 十五分余りのニュースが終わると同時、二人は朝食を食べ終え動き出す。雪菜は朝食の食器洗いなどの片づけを、雄斗は私服に着替える。そしてその後は先程雪菜が言ったとおり部屋の片づけに掃除、洗濯を始める。

 それらがすべて終わると時計の針は十時を指していた。雄斗は出掛けるまでの時間つぶしに借りてきた名作映画でも見ようと誘うが、雪菜は笑顔で他世界の言語の教本を差し出してくる。

 しぶしぶ勉強に励む雄斗にそれに付き合う雪菜。十二時前に教本とノートを閉じては二人は外に出る。

 近くのファミレスで昼食を済ませ、雄斗たちは南部地区へ。魔導トラムの発着場から歩くこと十数分、映画館に到着する。


「雄斗さん、すみませんがちょっと待っていてくださいね!」


 浮かれた様子の雪菜はそう言って映画館入り口横にある売店に向かっていく。

 レジ横にあるガラスケースの中に鎮座するパンフレットなどを見ている彼女を見て雄斗は微苦笑。その時一瞬だけ強く冷たい風が吹き、枯れ葉が宙を舞う。


(もうそろそろ【アルゴー】内も秋になるのか……)


 そう思いながら雄斗はここ数ヵ月──【高天原たかまがはら】の一件が終わってからの現在までを思い返す。

 毎日の流れに大きな変化はない。ただその日々の流れに雪菜が加わることが多くなっていた。

 これは彼女と婚約を交わしたからであり、またそれによりエドガーや明からなるべく一緒にいるよう命じられたためだ。


「条件付きとはいえ婚約を交わしたのだから、それなりの付き合いをしなければいけない」

「週に何度か朝食を取ったり互いの部屋で過ごしたりとかな。

 まさかとは思うが形だけの婚約にするなんてふざけたことは思っておらんじゃろうな。うん?」


 エドガーからは諭され、モニター向こうにいる明からは半ば脅すような口調で言われ、不承不承ながらも雄斗は応じた。

 そうして週に何度か食事を一緒に取る、休みの日は必ず数時間ほど過ごすなどいくつかのルールが決まったのだった──


「お待たせしました。それじゃあ入りましょう!」


 いつもより気合が入った雪菜と共に映画館に入る雄斗。

 そして二時間ほど上映された映画を見る。隣に座る雪菜が感動に打ち震える、涙を流し鼻を鳴らす音を聞きながら。


「映画、面白かったな」

「はい、本当に。いろいろ史実と違うところはありましたけど感動しました。評判以上です」


 落ち葉が舞う喫茶店の一角。映画を見終えた後、雄斗は相席した雪菜にそう言うと、彼女は目じりに残っている涙を拭う。

 今しがた観てきた映画【愛は全てを超える】。なんでも雪菜の両親たちが十数年前に参加した【崑崙大戦こんろんたいせん】の中にある逸話の一つを元に、【アルゴナウタエ】と【高天原】の映画会社が協力して作った映画だそうだ。

 敵味方でありながら戦場で出会い、惹かれ合う主人公とヒロイン。二人を中心に展開される戦争の正と負を赤裸々に表現した悲しいストーリー。実際の戦闘、戦争シーンに見間違えるようなクオリティの高さ。出演者の熱のこもった興奮と涙を誘う名演技の数々。

 全ての要素が問題なく溶け合ったこの映画は公開されて一週間経った現在、各地で高評価を得ているとのことだ。


「赤ちゃんの私も出てきたのはさすがにびっくりしました」

「結構重要な役だったな。死を覚悟した主人公とヒロインに生きる決意をさせたんだから。

 そう言えば主人公とヒロインの元となった人は生きているんだっけか」

「そうみたいですね。史実では大戦後、お互い戦場から遠ざかったとのことです。

 どこに行ったのかは不明ですけど、幸せになっているといいですね。

 もし最後のシーンのように二人に子供ができていたら私より年下になるのかなぁ……」


 ニコニコと笑顔を浮かべ語る雪菜。すっかり映画の余韻に浸っている。

 それを微笑ましく思いながら雄斗は注文した紅茶に口をつける。

 と、そこへ聞き覚えのある声が雄斗たちの名を呼ぶ。


「あら、雪菜さんに雄斗さん」

「二人とも奇遇だね」


 声をかけられ振り向くと道路にいたのは私服姿のリューンとマリアだ。

 どこかのデパートに買い物をしていたんか、二人の両手には紙袋がある。


「二人はデートかな? うんうん、相変わらず仲がよろしいことでお姉さんは嬉しいよ」

「なるほど。【愛は全てを超える】を観に行っていたんですね。私も次の休みにルクスと一緒に行く予定です」

「はい。とてもいい映画ですよ!」


 雄斗たちが座っているテーブルの空席に腰を下ろすマリアたち。

 女三人寄れば姦しいという諺通り、相席している雄斗そっちのけで彼女たちはお喋りに夢中になる。


「ところでお二人に聞きたいことがあったんです。……よろしいですか?」

「何だ?」


 神妙な顔でリューンが尋ねてくるので思わず雄斗は表情を引き締める。

 数秒、間をおいて彼女は雄斗たちに問いかける。


「お二人とも。近いうちに子供を作る予定はありますか」

「はっ?」

「えええっっ!??」


 思わず気の抜けた声を出す雄斗。雪菜は一瞬で頬を赤くし、固まってしまう。


「おいマリア。お前何か変なことを吹き込んだだろう」

「なんでわたしが冤罪をかけられるのかな」

「真面目で思慮深いリューンがこんな突拍子もない話をするのはお前か、あの異性同性問わず、恋多き恋愛マニアのミルシェが何か吹き込んだとしか考えられん。

 素直に吐けば罪は軽くなるぞ」

「上官侮辱罪って【アルゴナウタエ】にもあるよ? 適用しようか?」

「あの、すみません。今回はマリアやミルシェは関係ありません。私の意志です」


 にらみ合う二人に向けて申し訳なさそうに言うリューン。

 雄斗たちは同時に彼女に視線を向け、固まっていた雪菜も復帰し──頬は未だ赤いが──彼女の方を見る。


「雄斗さん達もご存じですが神と婚約した者たちは早婚、早産が結構多いです。

 お二人の年齢で子供を作るのも珍しくはありませんので、少し気になったのです」

「あのなー、確かに俺たちは一応婚約はしている。

 だがそれが俺の身勝手な事情が絡んでいることや、超プラトニックな付き合いをしていることは知っているだろう」


 エドガー達からの提案もあり二人で過ごす時間は格段に増えた。

 だがその付き合いは恋人、彼女と言うよりは親しい友人のそれだ。もちろん恋人たちが行うスキンシップなどは一度たりともしていない。


「もちろん。ですけれど何がきっかけで関係が変わるかはわかりません。

 婚約したものの反目しあっていた二人が、翌日には周囲が鬱陶しがるような熱烈なカップルになるような話も聞いたことがありますし」


 そう言ってリューンは雪菜と同程度のバストを手で隠し、雄斗を見る。


「それに雄斗さんは健全な、いえ結構スケベであることは女性陣の中では周知の事実です。

 時折私たちの胸元を真剣に見つめていますよね。一瞬だけですけど」

「なん、だと……!?」


 冷ややかな視線を向けてくるリューンの言葉に雄斗は激しい衝撃を受ける。

 【アルゴナウタエ】における知り合う女性は豊かな胸元を持っているものがほとんどだ。思わず目が吸い寄せられるのは男としてしょうがない。

 だがそれも理性を持って一瞬だけに留めていたのだが、まさかバレていたとは。さすがは【アルゴナウタエ】に籍を置く女傑たち……!

 ──などと心中で戦慄する雄斗にマリアは蔑むような視線を。雪菜は悲しさと非難が半々あるような表情を向けてくる。


「リューンも気づいていたのね。ま、一瞬とはいえあれだけ強く注視されれば当然か」

「雄斗さん……本当に女性の胸が好きなんですね」


 女性陣の乾いた眼差しに雄斗は注文していた茶菓子を頬張り紅茶の入ったカップに口をつけて沈黙する。

 マリアはメニュー表に乗っているおすすめのお菓子を注文しようかと言いだし、雄斗に意味深な視線を送ってきた。

 カップに口をつけたまま雄斗は小さく息をつき、通りかかったウェイトレスにそのお菓子を注文する。


「ありがとうね鳴神君。ご馳走になっちゃって」

「別に。……本当、いい性格しているなお前は」


 聞こえないよう小声で言うがしっかりと耳に入っていたのかマリアは小さく笑う。

 マリアの意図を悟ったのかリューンもこれ以上追及は止めて、話を雪菜の方に振る。 


「とにかく、私は少し心配しているんです。雪菜はもし雄斗さんに迫られたらろくな抵抗もせず受け入れようとしそうですし」

「リュ、リューンさん!?」

「だってこの数ヵ月のあなたを見ていると通い妻にしか見えませんよ。それもとても楽しそう、嬉しそうですし。

 ルクスと一緒にいるスカーレットそっくりです」


 通い妻という言葉に再び固まる雪菜。

 気付いていなかったのかと雄斗は思うが、マリアたち全員の矛先が向かわないよう口には出さない。


「というわけで私はあなたたち二人が子供をいつ作るのか気にかけています。

 もしそのようなことになったらすぐに相談してくださいね」

「それじゃあ先に言っておく。無用の心配だ。

 そもそも俺は来年の春で【アルゴナウタエ】から離れる。そうなれば雪菜との婚約も自然と解除されるだろう」


 そう雄斗が言うと雪菜が悲しげな顔になる。

 しかしそれを雄斗はあえて無視する。口にしたことは雄斗の望みであるし、【万雷ばんらい閃刀せんとう】を手放し【アルゴナウタエ】に所属していない雄斗では雪菜との婚約関係が続くはずがないからだ。


「鳴神君は頑固だねー。【万雷の閃刀】と可愛い婚約者を手放してまで【アルゴナウタエ】から離れたいの?」

「前にも言っただろう。ここは俺がいる、いや居たいところじゃないと。兄貴たちが、家族がいる場所が俺が本来いるべきところだ」

「そ、それなら──」


 雪菜が何かを言いかけたその時だ、携帯が着信音を響かせる。

 しかも一つではない。雄斗を含めて三つ同時にだ。雄斗と同じく、マリアと雪菜がポケットやバックから携帯を取り出している。

 あまり聞かない、しかし覚えのあるメロディ。携帯の画面にエドガーからメールが届いたという文面がある。

 開き中を見ると至急、本部まで急行しろという文面が記載されていた。











「今回はいったい何の用事だろうな」


 本部最上階に上がるエレベーターの中、雄斗はやや不安げに呟く。

 エドガーからの緊急の呼び出し。ここにきて数回それはあったがどれも面倒だったり厄介なものばかりだ。

 他の面々と話をするとそんなことはない場合もあるそうだが。


「わたしや鳴神君はともかく、雪菜ちゃんも召集となると普通の任務の可能性は低いね」

「また【戦火を切り裂く閃剣(私たち)】との合同任務でしょうか」


 チンと音を鳴らして止まるエレベーター。

 外に出て指令室の方に向かうと部屋の前に見知った顔があった。


「あら! マリアに雄斗、雪菜ちゃん! みんなも呼ばれたのね!」


 陽気な笑顔を浮かべるのは【世界を癒す神輪イラジュ・セイワール】のチームリーダー、ネシャートだ。

 彼女はこちらに近づいてくると大きく手を広げマリアと雪菜、そして最後に雄斗を抱きしめる。相も変わらずの過剰なスキンシップだ。


「ネシャートさんは今回の話が何かご存じなんですか」


 【アルゴナウタエ】最大の巨乳から体を離して雄斗は尋ねる。

 ネシャートは「一応ね。エドガー様に正式にお聞きしましょう」と言って指令室のドアをノック、中に入る。


「来たか」


 部屋に入りそう言ったのは主であるエドガーではない。彼の傍にいたもう一人の男だ。

 全身を黒いマントで包みターバンをしている褐色の男。彼を見てネシャートが驚く。


「これはナール様! あなた様も今回の任務に参加されるのですか?」

「そのつもりではあった。だがエドガーから止められてな。少し不安だが今回はお前たちに任せる」


 少し不満げな様子で言う男。彼はナール・アハマル・ベヌウ。

 エジプト神話の元となった多元世界【ヌトゲプ】にいる炎と不死を司る神鳥ベヌウの当代であり【アルゴナウタエ】が誇る【七英雄】の一人だ。


(【七英雄】が不安と感じる任務って……)


 かすかに頬を引きつらせる雄斗。今回はいったいどんな危険な、又は難題な任務なのか。


「休日中にすまないね三人とも。君たちの時間を奪うのも心苦しいので手早く済ませよう」


 そう言ってエドガーは机に置いてあるPCを操作する。

 すると部屋のカーテンが閉まり室内は真っ暗闇に。そして天井より降りてきたスクリーンに蜂の巣のような物体が表示される。


「これは【ヌトゲプ】、【アヴェスター】近くの次元航路近くにある渓谷で発見された【異形宮ケイブ】だ。

 明後日両世界の軍がこれの殲滅作戦を決行する。我ら【アルゴナウタエ】もそれに協力することとなった」


 エドガーの言葉を聞いて思わず雄斗は頬を引きつらせた。

 【異形宮】とは【異形王フェノメノ】が従えた【異形種】に作らせる、多数の異形種が巣くう巣のことだ。

 その数は軽くても数万単位。過去には百万を超える数の【異形種】が存在していた素もあったという。


「えらく大きいですね……。これを一人の【異形王】が造ったんですか」


 数十階建ての高層ビルのような巣を見て雄斗が言うと、エドガーは軽く首を振る。


「いや一体ではない。確認されている【異形王】の数は三体。

 だが両世界ともそれ以上の数を想定している」

「マジかよ……」


 【異形王】のヤバさは【アルゴナウタエ】に来て嫌というほど知っている。

 春のレストディアはもちろん、一月前にも雄斗はとある【異形王】と戦闘。一人で討伐した。

 とはいえ一人で勝てたのは運がよかったからだ。しかも重傷を負って十日ほど病院に入る傷を負わされた。

 

「本命の【異形王】と【異形宮】の破壊は両世界の軍が主導で行う。我々はその邪魔をする雑魚や予想外の出来事に対処するのが主な任務だ。

 ネシャート、マリア、雄斗、雪菜。今回、君たちにこの作戦に参加してもらう。特に雄斗と雪菜は【異形宮】の殲滅作戦に参加したことがない。

 今回それをしっかり経験してきてくるんだ」

「わ、わかりました」

「……了解」


 正直参加したくはないが命令とあれば頷かざるを得ない。

 それでエドガーからの話は終わり、雄斗たちは退出。本部ビルの一回にあるラウンジで手渡された資料に目を通す。


「【異形宮】の殲滅作戦。

 しかも【異形王】が複数いるとか、これまた大変な任務だな」


 【高天原】の任務も大変だったが、それに勝るとも劣らずのレベルだ。

 そう思い思わず憂鬱になる雄斗にネシャートが明るく励ます。


「そう肩を落とさないの! 大丈夫、わたしもマリアもいるし【ヌトゲプ】や【アヴェスター】からも多くの神々がやってくるわ!

 これだけの方々が揃っているのだから、わたしたちはエドガー様の言われた通り雑魚の掃討だけしていればいいわ」

「【ヌプゲト】からはラー、セト、バステト。そしてエンキドゥ」

「【アヴェスター】も同数ですね。ミスラ様にティシュトリヤ様、アスタルテ様。英雄フェリドゥーン様」


 手にした資料を見てマリア、雪菜が参戦する各世界の神々と英雄の名を口にする。


「頼もしい方々ばかりだわ。ミスラ様は【アヴェスター】No2の実力者。フェリドゥーン様も幾多の戦場を駆けてきた歴戦の勇士。

 何よりティシュトリヤ様はかつて【アルゴナウタエ】に在籍されていたお方。その実力は【七英雄しちえいゆう】に匹敵するわ」

「【ヌトゲプ】の神々も高名な方たちばかりですね。当代のラー様は次代の【ヌトゲプ】の(ファラオ)候補、バステト様と共に神の座についてまだ一年ですけど、【異形王】を複数討伐するなど立派な功績を上げられています。

 特に当代のセト様は【ヌトゲプ】最強の魔術師であるイシス様に継ぐ優れた魔術師とのことです。エンキドゥ様も【ヌトゲプ】ではトップクラスの実力と実績を持っています」

「アスタルテ様も知名度で言えばミスラ様達に引けは取らないわね。

 数々の【異形王】討伐に、一年前の【サルム動乱】で【欲望よくぼうともがら】のトップ【五欲王】を退けたと聞いているわ。

 確かマリアと同時期に神の座を得たと聞いているけど──」

「大したことないわよ彼女は」


 そっけなく言うマリアに雄斗はもちろん、その場にいる面々が目を丸くする。

 思わず視線を向けると、仏頂面をした彼女の姿があった。


「マリアさん……?」

「【五欲王ごよくおう】を退けたといっても終盤に駆け付けて不意打ちをしたぐらいですし。

 この面々の中では一番の格下でしょう。あまり信用しない方がいいと思うよ」

「お前とアスタルテ様は何か因縁があるのか」

「わたし、そんなことは一言も言ってないけど」


 睨んでくるマリア。彼女らしからぬ剣呑な視線だ。

 あまり触れられたくないのだろうが、雄斗はそれを無視して続ける。


「その態度が言っているも当然だ。

 それに春ごろの【アヴェスター】での任務時、アスタルテ様の名前を聞いてあからさまに顔をしかめてただろ」

「……。よく覚えているね」

「そりゃそうだ。知り合って短いとはいえ、お前があんな顔をするのは正直驚きだったからな。

 で、どうなんだ。アスタルテ様はお前の言う通り大したことはないのか」


 問うとマリアは悔しそうな顔となり、絞り出したような声で言う。


「……【アヴェスター】の神々の中でも魔術や神威絶技の威力なら上から数えたほうが早いよ。それ以外はあれだけど。

 総合力ならわたしと同じぐらいじゃないかな」

「そうか。それなら十分過ぎるほどに頼もしいな。安心したよ」

「能力だけはね。当の本人は最悪な性格をしているから注意した方がいいよ」


 雄斗の言葉を跳ねのけるようなマリアの強い言葉。

 どうやらマリアとアスタルテとの間には、想像以上の複雑な事情がありそうだ。あとで調べたりソフィアたちに聞いてみるべきかと雄斗は思う。


「とはいえ油断はできないのも確かだわ。

 【異形宮】に出現する異形種は種類も多く中々に厄介。確認されている【異形王】も2体はBランクのようだしね」


 資料をめくったネシャートが真剣な眼差しを向けているのは、現在確認されている【異形王】のデータが記載されているページだ。

 【異形種】の頂点に立つ【異形王】。その強さはEx、A、B、C、Dの五段階に区分されている。そしてBとなれば神々が単独で倒すのは難しいと言われる強さを持っている。

 ちなみに春戦ったレストディアはC。雄斗が一人で倒した【異形王】はDランクらしい。


「この巣は複数いるBランクの【異形王】たちが協力して作ったんでしょうか……」

「多分ね。これだけの巨大な巣を【アルゴナウタエ】や他世界に悟られる建造するのだから単独では難しいでしょう」

「それはわかったが、俺はこれが気になる」


 資料の一枚をテーブル中央に置く雄斗。そこに映っている人物の写真を指で叩く。


「なんで今回の作戦に【ヴェーダ】の女神が参加するんだ。それもあのカーリーが」


 資料に貼られている写真はマリアや雄斗と同性代の褐色の少女だ。

 だが写真の勇ましくも不敵な笑みを浮かべており、強い自負を感じさせる。

 アイシャ・リガート・カーリー。当代のカーリーでありマリアたち同世代の中では抜きんでた実績や逸話、悪名を持つ人物だ。 


「かつて倒し切れなかった因縁がある【異形王】が巣の中にいるから、その【異形王】を倒すために参戦するとのことよ」

「なんとまぁ。凄い、理由ですね……」


 ネシャートの答えに思わず雄斗は空を仰ぐ。因縁がある【異形王】を発見したとはいえ、それを始末するためだけにこの戦いに参加するとは。

 当代のカーリーは美人だがとにかく喧嘩っ早いという話だが、噂通りの人物のようだ。


「とにかく。俺たちの任務は【ヌトゲプ】と【アヴェスター】の神々のフォローってことだな」

「そうだね! みんな、頑張ろう!」


 マリアは皆を見て、明るい声で言うのだった。











「それではお二人とも、失礼しますね。──くれぐれも送り狼にならないでくださいね」

「鳴神君、しっかりと雪菜ちゃんを送ってあげるんだよ!」


 夜の闇が街を覆う夕暮れ時、そう言ってマリアとリューンの2人は背を向け、本部ビル傍に呼び止めた公共魔導自動車に乗り込む。

 結局あの後雄斗たち五人はいろいろ話していた。その最中、娘が返ってくる時間だと言ってネシャートが去り、マリアたちも先程今日買うものがあったことを思い出して夜の街に向かっていった。


「暗くなる前に帰るか」

「そう、ですね」


 映画を見た後はいくつかの店を見てまわる予定だったが、時間も時間なので後日にすることにする。

 雄斗たちも公共魔導自動車を呼び止め、家路につく。数分して到着する雪菜が暮らす女性寮のマンション。カードで料金を支払い雪菜は車から降りる。


「それじゃあまた明日な」

「……。はい。今日はありがとうございました」


 一瞬、何故か間が空いたが、礼儀正しく頭を下げて背を向ける雪菜。だがなぜか彼女は背を向けたまま動かない。

 それを見てどうかしたのかと思い、雄斗が声をかけようとした時だ、唐突な勢いで雪菜は振り向き、こちらにぐいっと近づいてきた。


「あ、あの! 雄斗さん」

「お、おう。どうした」

「今日、雄斗さんの部屋に泊まっても、いいですか」


 かつてないほど顔を赤くして雪菜は言う。

 それを聞き雄斗は大きく目を見開く。だがすぐに元の表情になり、言う。


「悪いが今日の夜はやることがある。後日ならかまわないが」

「い、いいえ。ならいいです。それじゃあお休みなさい!」


 リンゴのような真っ赤な頬のまま雪菜は頭を下げて、慌ただしくマンションに向かっていく。

 扉が閉まる公共魔導自動車は静かに発進。数分後、雄斗たち独身男性が暮らすマンション前に到着した。

 雪菜と同じくカードで支払い車を降りた時だ、開きっぱなしの扉から声が聞こえる。


「兄さんや、あまり女子に恥をかかせるもんじゃないですぜ」


 運転手の言葉に雄斗が振り向いたのと同時、扉は静かに締まり公共魔導自動車は夜の街に向かっていった。

 雄斗はそれを見送りマンション──自宅に入る。手洗いを済ませ水を一杯飲み喉を潤し、ソファーにドカッと腰を下ろす。


「全く……。リューンたちが変なことを言うから雪菜がおかしくなったじゃねぇか」


 大きくため息をつき天井を仰ぐ雄斗。

 先程の雪菜の発言は予想外だったが、それほど驚きはしなかった。羞恥に震えながらもこちらを求めるようなあの顔を、この数ヵ月の間、何度か見てはいたからだ。

 そしてあの顔が何を意味するのか、雄斗は知っている。未来が天空に、清美が元気に向けていたものと同じだからだ。


「どうするかな……」


 数ヵ月の付き合いで、雪菜の自分への思いは着実に育っている。何とかしなければ。 

 そう思い、雪菜をできるだけ悲しませない方法がないか、雄斗は頭を悩ませるのだった。






次回更新は7月19日 夜7時です。

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