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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
二章 嵐の後に花は咲く
40/102

エピローグ





(これは夢か。……いや、俺の失われた記憶か)


 眼前の光景を見ながら雄斗は思う。視界に映っているのはどことも知れない迷宮で襲ってくる怪物に対し、【万雷ばんらい閃刀せんとう】を振るっている雄斗だ。今より少し幼い顔立ちから見るに13、14歳と言ったところか。

 その隣には雷を纏う大斧──【万雷の閃刀】と同じ神財を振るう男の姿がある。鍛え上げられた肉体に熊を思わせる巨漢の大男。灰色の髪を靡かせ武器と四肢を振るい、雄斗と同じく襲ってくる怪物と戦っている。

 そしてもう一人、共に戦うものがいる。二人の背後で魔術を放ち、二人の援護や怪物へ攻撃をしている少女だ。マリアに似た金髪碧眼の美少女で気が強そうな凛々しい顔立ちをしている。


「【|雷刃らいじん)】……!」

「【雷光撃ドンナー・ベラゲルン】!」


 放たれた雷光を轟かせる二つの神威絶技は怪物たちをまとめて一掃する。

 しかし雄斗たちは一息つくこともせずその場を走りだす。直後、迷宮の白亜の壁から新たな怪物が再び姿を現したからだ。


「ったく! 無限に怪物が湧き出てくるとか、本当に面倒だな!」


 沸いて、追ってくる怪物を見て大男は雷撃を放つ。怪物は数体ほど吹き飛ぶが、その奥から怪物が迫る。

 逃げる三人だが少女がやや遅れている。振り向きそれを見た雄斗は速度を落とし最後尾へ。


「雄斗君!?」

「さっさと行けよ。俺が殿を務める」


 突き放すように雄斗が言うと少女は膨れるが、すぐに申し訳なさそうな顔となり前を向く。

 追ってくる怪物たちに雄斗は雷撃を放ち吹き飛ばし、距離を詰めて剣戟で両断。一定数を倒すと牽制の雷を放ち、少女の後を追う。

 そしてしばらく走り続けると視界に開いた扉が見えてくる。そこに近づくと怪物たちは追ってくるのをやめ、またその姿が迷宮の石畳に消えてしまう。

 それを見て幼い雄斗は安堵の息を漏らし、先行している二人に追いつく。


「……おお」


 思わず雄斗の口から感嘆の息が漏れる。扉を潜った先、二人が先にたどり着いていたそこは白亜の石で作られた豪華な庭園だ。

 石造りの家や噴水などがあり、先にたどり着いていた大男と少女は噴水の水を飲み、又は顔を洗っている。雄斗も隣に来ては喉を潤す。


「やれやれ。新たな安全地帯が見つかって何よりだ」


 大男が近くの岩場に腰を下ろしている。彼の言う通りこの部屋は先程の通路と違い怪物の気配の濃い血の匂いもない。

 幼い雄斗も同じような岩に座り大きく息をつく。そこへ金髪の少女が少し恥ずかしそうな様子で言う。


「さっきはありがとう。また助けてくれたね」

「……。気にすんな。この迷宮にいる間は協力し合う約束だ。俺はそれを守っただけだ」


 幼い雄斗もなぜか照れた様子で言う。そこへ大男がからかうような口調で言葉を挟む。


「と言いつつも雄斗の心は激しく揺さぶられているのだった。

 何せ相手はグラマラスな体つきの金髪美少女。童貞の彼の心臓はバックバックと振動しており──」

「お父さん! 変なことを言わないで!」


 顔を赤くして起こる少女。幼い雄斗も大男に半目を向けている。

 大男が少女に向かって何かを言い、微笑ましい表情で肩に手を置く。そこからさらに少女がヒートアップする。

 喧嘩しながらも仲のいい親子の様子に幼い雄斗は頬を緩める──。とそこまで認識したとき、眼前の光景がぼやけていく。それを見て夢が終わるのを雄斗は悟る。


(あの二人、一体誰なのだろう)


 見覚えのない二人。しかし雄斗の胸中には懐かしく、同時に嬉しさと悲しさが去来していた。










 目を開けた雄斗が最初に思ったのは涼しいと眩しいだ。

 眩しさに目が慣れ体を起こす。視界に映るのは病院のベットと体の各所に取り付けてある医療器具。

 そして開けてある窓からは太陽の眩い光と涼やかな風が入ってきてカーテンを揺らしている。


(ようやく目を覚ましたか)


 体の中から聞こえる【万雷の閃刀】の不機嫌な声。

 いつものことだなと思い、雄斗は尋ねる。


「どれぐらい俺は眠っていた?」

(ちょうど一週間だ。

 貴様が気絶した後、雪菜たちは大騒ぎだったぞ)

「あー……そうか。まぁ限界を超えて魔力を使ったからな」

(やはり貴様、わかっていてやったのか……!)


 怒りの気配が濃くなる【万雷の閃刀】。

 実際のところそれを悟ったのは【剣躰】を使用した直後だ。あの時は雪菜を助けることだけしか頭になかった。

 とはいえそれを言っても【万雷の閃刀】の怒りは収まらないいだろうから、雄斗は素直に謝罪する。


「悪かった。余計な心配をさせたな」

(ふん、我は心配などしておらん。

 謝罪は見舞いに来ていた雪菜やお前の仲間にするのだな)


 そう【万雷の閃刀】が言った時だ、静かな音と共に病室の扉が開く。入ってきたのは私服姿の雪菜とマリアだ。

 そして二人はこちらを見ると、同時に固まる。数秒して、雄斗は笑みを浮かべ手を上げる。


「よう」

「……よう、じゃないよ!」

「雄斗さん!」


 雪菜は目じりに涙を浮かべ、マリアは眦を上げて傍に寄ってくる。


「よかったです、目を覚ましてくれて。

 一週間眠りっぱなしで心配しました。本当に良かったです……!」

「……悪い。心配をかけたな」


 今にも泣きだしそうな雪菜。そんな彼女を見て、思わず雄斗は彼女の頭を優しく撫でる。


「まだだるいがこの調子だと大丈夫だろう。

 だから泣くより笑ってくれた方が体にはいいな」

「はい……!」


 涙を拭い眩しい笑顔を浮かべる雪菜。

 一方のマリアは怒り治まらぬと言って顔つきで言う。


「鳴神君、あの直後、君の心臓は少しだけど止まったからね。

 レストディアとの戦いといい今回といい、心臓に悪いったらないよ……!」

「ああ。悪かった。すまなかったな。今度はこうならないよう注意する」

「春にも同じようなことを聞いた覚えがあるんだけど!

 ……でも無事に目を覚ましてよかったよ。体の方も大きな怪我はないし、体力魔力共にしっかりと休息を取れば回復するみたいだし」


 嘆息しながらマリアは雄斗の体を触診。安堵の笑みを浮かべて言う。


「ところでだ。俺が気を失った後、どうなった?」


 雄斗が尋ねると二人は説明する。

 ラーマ達は逃したもののエンリルとヨルズの神器は無事回収。これによりタカ派の面々を帝とマリアたちが説得し雄斗から【万雷の閃刀】を奪う話はひとまず収まった。

 急落していた【アルゴナウタエ】の評価もひとまず回復し、懸念事項はすべて解決したという。


「そうか……。まぁともかく無事に終わってめでたしめでたしだな」

「鳴神君が無茶をしなければなおよかったけどね。

 ──ところで、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「何だ?」

「二人はいつから名前で呼ぶ合うようになったのかな~?」


 からかうような、愉しむような口調のマリア。

 ニマニマと笑う彼女を前に雄斗は嘆息し、雪菜は顔を赤くする。


「え、ええとですね。これはそのあの」

「そういえばいつの間にか名前で呼び合っていたな。

 でもまぁいいだろ。今回の一件はいろいろあったし名前で呼び合うぐらい仲良くなったってことで」

「うーん。つまらない答えね。てっきり二人が付き合い始めたのかと思っていたよ」

「名前呼びぐらいでそこまで考えるか普通……」

「普通は考えるものよ」


 何故か胸を張るマリア。

 

「あ、あの、ゆう──いえ鳴神さん」

「俺は気にしないから言い直さなくていいぞ。マリアも生暖かい視線を向けるのは止めろ。

 で、なんだ?」

「退院して【アルゴー】に帰る前でいいので一度我が家に寄っていただけますか。

 お爺様から重要な話があるそうです」









 


「おう鳴神の。元気になったようで何よりじゃな」

「はあ。どうも」


 退院して数日後の、【アルゴナウタエ】に帰還する日の正午近く。胡坐をかいて対面に座る明が笑顔で声をかけてくる。

 初めて叢雲家に訪れて案内された時と同じ広間に雄斗は雪菜と並び腰を下ろしていた。

 そして部屋に漂う不可解な雰囲気に雪菜共々困惑している。原因は明の両側にいる鳴神家一同の雰囲気だ。


「何があったのかはわからんが神威絶技を使いこなし【しんなる世界せかい】の【十導士じゅうどうし】となったあの武蔵を退けた。

 実に見事じゃ。晴之もそう思うだろう?」

「……ええ。そうですねお爺様。

 雪菜と共に俺の仇討ちをしてくれたのは感謝しています」


 右側に座っている晴之──雄斗と同じ日に退院した──が能面のような顔で言う。どう見ても言葉通り感謝しているとは思えない。

 そして彼の隣にいる舞香は笑顔だ。だが雄斗の方を一切見ようとはしない。そしてその微笑みは空虚としか思えない作り物であり、内面には言いようのない感情が渦巻いているのだけは感じ取れる。


「【真なる世界】の【十導士】と言えば各世界のトップクラスの神や英雄に匹敵する強者ぞろい。

 それを雪菜と二人がかりとはいえ手傷を負わせ退けた。まさに父や私、【万雷の閃刀】の後継者に相応しい」

「そうですねあなた。雪菜も今回の件でより立派になりましたし」

「これなら冬華お婆様も安心して草葉の陰から見守れるわ」


 静かな殺気を放つ晴之たち右側とは対照的に、微笑ましい雰囲気を放っている左側の陽司、結女、美月。

 彼らの態度、言葉には一切の偽りがない、心からそう思っているのが伝わってくる。──だからこそ相反する空気を放つ両者がこの場にいることが広間の雰囲気を言い知れぬものへと変えているのだ。


(何なんだこの空気は。

 雪菜。明さんはいったい何の話を俺にするつもりなんだ)

(わ、わかりません。

 私も大切な話をするから私と二人だけで必ず来るようにとしか聞いていないんです。

 こっそりお母さまたちに探りを入れましたけどわからなくて……!)


 笑顔を浮かべながら内心で引いている雄斗。

 思わず念話で雪菜に問うが彼女も状況がわからないのか、泣きそうな声で返してくる。


(ククク、二人だけの念話か。

 実に仲がいいな。結構なことじゃ)

(ええ。本当に)

「うお!?」


 念話を聞かれたことに驚き思わず声を上げる雄斗。

 それを見て明はしたり顔で言う。


「何を驚く? 儂らはあの【異形種大戦】やそれに匹敵する大戦おおいくさを潜り抜けた主らの先達じゃぞ?

 未熟な主ら程度の念話など容易に盗聴できるわ」

「そ、それ自慢できることじゃありませんよお爺様!」

「あーもう! さっさと本題に入ってくれ! 一体俺に何の話があるんだ!?」


 意味不明な広間の空気に耐え切れず雄斗は叫ぶように言う。

 明は尊大な笑みを浮かべると、口を開き、


「では単刀直入に言おう。

 ──鳴神の、いや雄斗。お主、雪菜と婚約せい」


 明日の天気を語るような明の軽い口調。それを聞き雄斗は黙り込む。

 庭にあるししおどしからかつん、と言う音が鳴り響いた直後、雪菜が声を上げる。

 

「お、お、おおおおお爺様!??」


 隣にいる雪菜が顔色を赤くしたり青くしたりしているが雄斗はそれに構わず明を見据える。

 笑みを浮かべる明。全く変わらないその様子を見て雄斗は左側の陽司に視線を向ける。


「陽司さん、明さんはとうとうボケてしまったようです。入院の手配をしてはいかがでしょう」

「父上の場合ボケても面倒は実家で見るから手続きは必要ないよ。

 それと父上は全くの正気だ。父上の意見には私と結女、美月も賛成している」

「ちなみに反対しているのは晴之と舞香の2人だけ」


 にこやかに陽司は言い、美月が呆れた眼差しを娘に向ける。

 それを追っていくと爛々とした目を見開いた、しかし口元だけは笑みを浮かべている舞香の顔が目に入る。

 その異様な顔を見て思わず雄斗は身を引いてしまう。それが爆発寸前の爆弾のように思えたからだ。

 そして彼女の隣にいる晴之は不機嫌そうな、しかし納得せざるを得ないような顔つきだ。


「ええと、とりあえず詳しい話を聞くとしましょうか。──雪菜、いい加減正気に戻れ」


 未だ混乱している雪菜の頭を軽くはたく雄斗。

 すると舞香から針のような殺気が突き刺さるがあえてそれを無視。話を持ち掛けた明やそれに賛成している陽司たちに視線を向ける。


「主な理由は二つ。儂らがお主を気に入ったこと、雪菜がお主に心を許している。それだけじゃ」

「だったら相手は俺である必要はないでしょう。グレンさんでもいいのでは?」

「あの男も候補の一人ではあったがの。今となっては雪菜のトラウマを解消し【掌握しょうあく】にまで至らしたお主が雪菜の婿筆頭じゃ」

「理由になっていませんよ。雪菜が立ち直ったのも【掌握】に至ったのも雪菜自身の力です」

「じゃが【宗像ノ宮むなかたのみや】に行こうとした雪菜を引き留め励まし、そのきっかけを与えたのは主じゃろうて」


 押し黙る雄斗。

 そこへ雪菜の実母である結女が言う。


「母親として言わせていただきますね雄斗さん。

 私としてはお爺さまが言ったことがなくてもあなたを雪菜の婿にと考えていました。

 理由はお爺さまがおっしゃた通り、雪菜があなたに心を許していたから。

 そして私としてはあなたが優しい人だから」

「優しいって……」

「娘のために身を張り、体を張って守ってくれた人です。判断するにはそれで充分です」


 レストディアや今回の戦いのことを指しているのだろう。微笑む結女。

 その笑みは母娘ゆえか雪菜によく似ている。


「いや、確かに俺は雪菜とは他の男たちよりは仲がいいとは思いますよ。優しいかはともかく。

 でもそれだけで婚約って言うのはさすがに行きすぎではありませんか」

「それだけで十分。私たちは幼いころから雪菜を見てきた。

 この子は私や結女にも似ていない内向的な子。特に異性に対しては。

 でも出会って数ヵ月のあなたには不思議に思えるほど心を許していた。

 実際あなたと一緒にいるところの雪菜は私たち家族のそれに近いと感じていた」


 スパっと切れ込むように反論するのは美月だ。


「そこに愛、恋と言ったものはないかもしれない。

 でもその種ぐらいはあると思い、これからの月日で育み育てていけばいいと思った。

 ──私も、そうだったから」


 実感が籠っている美月の言葉。

 そしてそれに陽司、明が頷く。


「雄斗君、君が戸惑う気持ちは私も少しはわかる。私も美月と婚約した時はお互い、友人より少し親しいといった関係だったからね。

 ただ私は美月と婚約したことは後悔は一度もしてはいないよ」

「儂はよりお主の気持ちがわかるぞ。──冬華とは初対面で無理やり婚約させられたからの。

 じゃが陽司と同じく後悔したことはない。満足しておるよ」


 二人の言葉に雄斗は何も言い返せない。両者共に有無を言わせない説得力がある。


「それと政治的な話になるがの。雪菜には政府より他家のものと婚約するよう話が来ておる。

 形こそ婚約じゃが他家や政府がらみじゃから、ある種の強制力はあるじゃろうな」

「もちろん話が来ている人たちとは雪菜はそれなりに仲はいいの。でもあなたほどではないわ」

「雪菜は【七英雄しちえいゆう】叢雲明の孫娘。そして我が家も【高天原たかまがはら】においては名家に属する。

 雪菜個人の感情でそれら全てを断ることはできない」

「それならせめて、少しでも雪菜が幸せになるようあなたに話を持ち掛けたの。

 ちなみにあなたの交友関係は把握済み」


 美月の言葉に明たち四人は微笑む。

 正真正銘の好意からくる婚約の話に雄斗はわずかに跳ねのけるのを躊躇いながらも反論する。


「~~っ! だ、だが」

「お前さんはこう言いたいんじゃろう。雪菜当人の意思を無視していいのかと。

 ならこの場で聞くとするかの。雪菜、お主はこの話をどう思う?」


 最後の反撃を明に先読みされる。

 明は孫娘に静かな、しかし断固とした口調で言う。


「もし嫌なら断ってくれて構わんぞ。

 ただし以前話した通り見合いを受けてもらうことにはなる」

「私たちは自分の目に自信はあるけど絶対とは思っていないわ」

「だから雪菜、あなたの気持ちを教えてほしい。今、この場で」


 部屋にいる人間全ての視線が雪菜に集まる。

 彼女はそれにたじろぐが、すぐに真剣な表情となり、目を閉じる。

 そして数秒したのち、静謐な顔つきとなる。覚悟を決めた表情に。


「お爺さま、お父様、お母さま。兄さま、姉さま。

 私は雄斗さんを信頼していますし好意を抱いてはいます。他の見知っている男性の誰よりも強く。

 この想いは恋か愛かは、はっきりとはわかりません」


 断言する雪菜。それを聞き雄斗は安堵し、少し残念に思う。


「ですが雄斗さん。もし誰かと婚約せざるを得ないのだとしたら、私はあなたがいいです。

 非常に身勝手なことは言っていると自覚しています。ですが私は、あなたが、いいです……!」


 雄斗の方に向き直り雪菜はハッキリと告げた。可憐な顔立ちを赤く染めて。

 覚悟を決めた彼女の声音を聞き雄斗は大きく目を見開く。そして明は喝さいの声を上げる。


「よく言った雪菜。見事じゃ。──さて雄斗、お主はどうする?

 雪菜がここまではっきりと思いを告げたのじゃ。それに応えるべきではないのかの?」


 揶揄するような明の声を無視し雄斗は雪菜を見る。

 心中を吐露した羞恥のためか頬を赤くしている雪菜。だが視線は少しも逸らさず真っすぐ雄斗に見つめている。

 勇ましく華憐。まるで戦場にいる時の彼女の顔だ。いや、女としてはある意味、この場は戦場なのかもしれない。

 ならば自分も真摯に、正直に言わなければならない。それが彼女に対する最大限の礼儀だろう。

 そう決意し、雄斗は口を開く。 


「雪菜、ありがとう。正直に思いを告げたお前に対し、俺も素直に言う。

 俺もお前を信頼しているし好意は抱いている。だがそれは恋といったものではない。

 だから俺はお前と婚約する気にはなれない」


 凛としていた彼女の顔立ちがわずかに揺れる。

 だがそれに構わず雄斗は続ける。


「いや多分、今のところ誰ともそう言う気持ちにはなれないと思う。

 理由はわからない。だた今の俺はそうなんだ」


 たまにマリアにからかわれることがあるがそうなのだ。

 誰かを想う。好きになる。愛する。そう言った気持ちにはなれないと心のどこかで思ってしまっている。

 

「だが、それでもいいなら婚約の話、引き受けてもいい。──条件は付くがな」

「条件、ですか?」


 かすかに震える声で雪菜は問い返す。

 雄斗は一瞬ためらうも、力強く頷いて言う。


「ああ。この婚約は絶対のものじゃない。無いと思うが、もし俺が他の誰かを……好きになったら速攻で解除させてもらう。また俺が【アルゴナウタエ】を辞めた時にもだ。

 お前や明さん達にとっては失礼極まりない。俺にとって都合がいい話だと思う。だが惚れた相手がいるのに惚れてもいない相手とそういう関係を続けることは俺自身が許せない。

 また【アルゴナウタエ】を辞めた俺は【万雷の閃刀】も所持していない。お前と共に戦うことは不可能、足手まといになるだろうからな。

 このふざけた話をお前が了承するなら婚約の話は引き受ける。無理なら無しだ」


 そう告げた瞬間、部屋の空気が一瞬で冷える。

 理由は雪菜を除く叢雲家一同の視線に大小なりとも殺気が籠り、それが雄斗に集中したからだ。

 だが雄斗はそれを気力を動員して耐え、雪菜の答えを待つ。

 胸に手を当て再び瞳を閉じる雪菜。ししおどしの音が聞こえた時、凛とした眼差しを雄斗に向けて彼女は言う。


「……わかりました。その条件で構いません。雄斗さん、私と婚約していただけますか」

「雪菜!?」


 数拍の間をおいて雪菜の口より発せられる答え。

 それに雄斗は驚き、そして舞香は仰天した声を上げる。


「雪菜、本当にこんなふざけた話を受け入れるの? 落ち着いて考えなさい……!」

「私は本気です姉さま。それに叢雲家の事情を盾に話を強引に進めようとしているのはお爺さまたちや私です。

 ならこちらも相応の無理や不条理を飲み込むべきでしょう」

「だけど……!」

「もうよせ舞香。当人同士が納得しているのなら、これ以上俺たちがあれこれ言うのは無粋だ」

「晴之!? あなた何を言っているの!? 私たちの可愛い雪菜をこんな風に扱われるのを許すの!?」


 ヒステリックな声を上げる舞香。

 一方の晴之は冷静な声音で言う。


「個人的な想いを言わせてもらえばふざけるなと言いたいし、今すぐにでも雄斗君──いや雄斗に剣戟を叩き込みたい思いはある。

 だが雪菜が決めた以上俺たちが反対してもどうにもならん。雪菜の頑固さはお前もよく知っているだろう。今は様子を見ることとしよう」

「私は! 納得できないわ……!」

「それでいいと思うぞ。お爺さまたちも俺たちに雄斗に喧嘩を吹っ掛けるなとは言ったが、婚約について賛成しろとは一言も言っていないだろう。

 俺と同じようにお前もこれからの雪菜と雄斗を見ていけばいい。それでもし理不尽な理由で雪菜を泣かせれば剣を抜くだけだ」

「晴之。流石に本気で喧嘩を吹っ掛けるのはまずいと思うわよ?」

「大事な妹が弄ばれたとなれば黙っているつもりはありませんよ母上。例え神器を返納したとしてもね」


 結女に言い返す晴之の言葉に両親や明、雄斗も目を見張る。

 神器返納。これは神にとって非常に重要な意味を持つ。本来神が神器を返納するのは後継者に譲り渡すか、後継者不在のため死の間際に返納するかの二通りだ。

 そして三つ目として問題を起こした神より各世界の政府が奪うことがあるが、それも滅多にあることではない。そう簡単に神器を継承できる人材がいるわけではないからだ。

 だが晴之はあえて三つ目を、神器返納について口にした。つまりそれだけ本気と言うことだ。


「姉さま」

「……わかったわ」


 妹、そして兄の覚悟を見たのか舞香も冷静な顔となり、言う。


「わかったわ雪菜。晴之の言う通り、今は見守ることにするわ。ただ少しでもおかしいと思ったらすぐに動くからね……!」

「俺たち二人はそういうわけだ。雄斗、俺たちと剣を交える未来が来ないことを祈っている」

「はい、わかりました」


 敵を前にしたような顔つきの二人に雄斗は冷や汗を流しながらも頷く。


「……うむ。いろいろあったがこれにて叢雲雪菜と鳴神雄斗。両者の婚約は成立した!

 礼子! 用意していた祝いの酒と料理を直ちに──」

「あ、すみませんがそれはいいです。

 というか話が終わったらすぐに瀬戸浜にいるマリアたちと合流、【アルゴナウタエ】本部に戻ることになっていますので」

「お爺さま、雄斗さんのおっしゃる通りです。

 時間もありませんし、すみませんがこれで失礼します」


 明の明るい声を遮って雄斗と雪菜は言い立ち上がり、廊下の襖を開く。叢雲邸の庭には先程乗ってきた金鵄の姿がある。

 本部に向けて出発は今日の夕方。お昼ちょうどの現在、少しだけなら付き合う猶予はあるが予想外の時間が経過した天都のこともある。

 もし予定出向時間に遅れた場合、「実費で帰ってきてね♪」とマリアに言われているのだ。他世界移動している定期便に乗るだけの金は持っているが使用した場合、手持ちがほぼ空になる。それは避けたい。


「ぬ。待て、まだ話は──」

「それじゃあこれで失礼します! 俺の実家には俺の方から話をしておきますので!」

「お爺様、お父様、お母様。兄様、姉様。行ってまいります!」


 雪菜の合図で空に舞い上がる金鵄。庭に出てきた明たちに手を振って、金鵄に瀬戸浜に飛ぶよう指示を出す。


「さてと、さっさと港に向かうとするか」

「そうですね。お爺様のお酒に付き合っていたら本当に置いていかれてしまいますしね」


 翼をはためかせて飛ぶ金鵄。雲一つない快晴の空から降り注ぐ心地よい陽光と穏やかな風を感じながら雄斗は思う。


(やれやれ。初めての多元世界任務、最後の最後でとんでもないことになったな)


 唐突な婚約。断るためにあんな条件を出したというのにまさか成立してしまうとは。


(でもまぁ。とりあえずこれでいいだろう)


 雪菜との婚約だが、実のところ雄斗は深く考えていない。

 雪菜はいい娘だ。そして今回の一件でより成長した。これなら彼女に魅了される男も増えるだろう。

 グレン、マリアから以前聞いた話だが、【アルゴナウタエ】における雪菜はそれなりに人気があり、他の部隊にいる男性から彼女を紹介してほしいという話が二人の元に幾度か届いているという。

 婚約者である己がいるがその婚約条件を知れば、以前と同じかそれ以上にそのような話は増えるだろう。

 となればそちらに目を向ける機会も増えるし、自然と彼女も伴侶を選びなおすことを考える──いや迫られるだろう。


(来年の春ごろ、俺は【アルゴナウタエ】にいないしな)


 結局のところ、雄斗との婚約は雪菜の選択時間の延命だ。明も言っていた通り叢雲家は名家。

 そんな家が【万雷の閃刀】を手放した、ただ剣の腕が立つだけの雄斗を孫娘と結びつけるなどと、本気で考えているはずがないのだから。


「あ……」

「どうした?」


 小さく声を上げた雪菜の視線を追うと、その先には桜園があった。


「雄斗さんすみません、少し寄り道してもいいですか」


 時間に余裕はあるので雄斗は頷き、金鵄を降下させ桜園に入る。

 彼女と共にたどり着いたのはやはり雄斗が雪菜を見つけた場所だった。


(雪菜を連れ帰った後、家族──特に亡くなった婆さんと思い出があるところと後で聞いたが……)


 雄斗がそう思っていると、その中でも一際立派な雪桜の巨樹の前に雪菜は立つ。

 目を閉じ一礼するような首を傾ける彼女。数秒して目を開け、彼女は雄斗を見る。


「何を祈っていたんだ?」

「祈っていた、とは少し違います。この樹の前で新たに誓いを立てただけです。

 叢雲家の皆のように、雄斗さんのように、何が起きても歩み続けていくと」

「……そうか」


 穏やかな表情だが毅然とした口調で言う雪菜に雄斗は微笑する。

 この様子ならもう心配する必要はなさそうだ。過去のトラウマに苦しむことはあっても、逃げるようなことはないだろう。


「さて、それじゃあ行くとするか」

「雄斗さん」

「なんだ?」


 雪桜の樹に背を向け歩き出そうとした時だ、雪菜から声をかけられ、同時に風が吹く。

 

「不束者ですが、よろしくお願いしますね」


 雪桜を始めとした、様々な桜の樹の花弁が周囲に舞う色彩鮮やかな中、雪菜は笑みを浮かべて言う。

 周囲の景色すら色あせる、可憐であり凛とした彼女の姿を見て、雄斗は心臓が大きく高鳴る。


「……ああ。よろしくな」


 内心を悟られまいと、雄斗は意識していつも通りの口調を作り、応じるのだった。







今回の話で二章は終了です。

次章から投稿日と時間を変更します。

毎週水曜日、土曜日の夜七時からとなります。

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