二十二話
「おや、今日はルクスはいないのか。
……なるほど、テオドリックのところのようだね」
首をかしげるラーマ。その瞬間、ヒルデブラントが降り立った小島より大きな爆音と焔が巻き上がったのを見て苦笑する。
穏やかな空気を出しながらも攻め入るスキを作らないラーマを見ながら、マリアは【大河の聖盾剣】の切っ先を彼に向ける。
「警告します。右腰に下げている神器をこちらに渡し大人しく捕まりなさい。
そうすればわたしマリア・プリマヴェーラ・アナーヒターとグレン・アームストロング・ガウェインの名に誓い、あなたの身の安全は保障します」
「ご丁寧にありがとう。だけど捕まるわけにはいかないし神器も渡すわけにもいかない。
これは我ら【真なる世界】の目的のために必要だからね」
そう言って彼は周囲を見渡し、意外そうな顔になって言う。
「君たち四人だけなのかい。ニコス・アレクシーウの姿がないね。
彼も僕の相手をすると思っていたのだけれど」
「余裕ぶっていられるのも今のうち」
そう言って一歩前に踏み出すのはソフィアだ。
彼女は【コレーの大斧】の穂先をラーマに向けて、言う。
「あんたは私たち四人で仕留める。私たちにはそうするだけの力がある」
「先日はルクスの馬鹿が暴走したおかげでろくに手を出せなかったからな。
だが今日は違う。覚悟しろ」
ラインハルトも【大地を穿つ天風の鏃】を手に携えて言う。
獲物を前にした狼のような突き刺すような殺意。しかしラーマの微笑み、余裕は崩れない。
「そうだね。いくら僕でも君たち四人が連携されれば危ないだろうね。
でも危ないだけだ。負けることはないと思うよ?」
優しく、しかし傲慢に微笑むルクス。
そんな彼の姿にソフィア、ラインハルトが眉を吊り上げ、掌握の呪文を口ずさむ。
「だったらその身で確かめてみればいい。──我が斧は命と死を宿すもの。矛盾なる力を秘めた聖魔の鋼である」
「我が牙に砕けぬもの無し。我が爪に引き裂けぬもの無し。森羅万象全ては我が得物である」
「ある時は生命を司る太陽のごとき輝かしき鋼となり、全ての傷、あまねく病を悉く打ち消ち、人々に祝福を与えるだろう」
「天を裂き太陽を貫く我が顎。英雄でさえ我が牙の前では震え、膝を折るだろう」
高まるソフィアの魔力。それに伴い彼女の背部より妖精の翼が大きく広がっていく。輝きも増していく。
呪文を口ずさむラインハルトもまた姿を変える。体は膨れ上がり腕や足が灰色の体毛に覆われていく。頭部も人のそれではなく狼へと変わる。
耀羽族であるソフィア。狼人族であるラインハルト。亜族である彼らが本気を出している証だ。
「またある時は死そのものである夜より昏き鋼となりて、民草も英雄も等しく冥府へ導くだろう」
「地を砕き生命のことごとくを蹂躙する我が爪。あらゆる神々も我が爪の前では死を賜るだろう」
ソフィアの右手にあった両刃の斧が輝くと一組の鉞へと変化。彼女の両手に収まる。
ラインハルトが手にしていた空色の鏃から凄まじい風が発生。それが彼の両腕両足、胴体に絡みつき、空と藍色の手甲と軽鎧が出現した。
「光と闇、朝と夜、天と冥府。相反、矛盾するそれら全ては我が斧そのものである──!」
「ああ、恐ろしき我。慈悲無き我。無双なる我。無敵なる我。
全てを食らい引き裂く我に、三千世界の全てが服従するだろう……!」
二人同時に掌握の呪文を締めくくる。
ラーマをそれを黙って見つめており、マリアとグレンも彼を警戒しながら静かに【神解】を済ませる。
「掌握。【|命斧死鉞(ゼン・サナトス】」
「掌握……! 【天裂地砕なる魔狼の爪牙】」
マリア、グレンに匹敵する魔力と気配を放つ二人。
それを見てラーマは心底嬉しそうに微笑む。
「素晴らしい。まさか所属する隊員全員が【掌握】に至っているとは。
マリアさん、あなたの仲間は非常に優秀ですね」
「褒めてくれてありがとう。二人とも自慢の仲間だよ。さて、一応言っておくけど降参するなら早く言ってね。
特にラインハルト君は自制が効かなくなる可能性があるから」
そうマリアが言うと同時、ラインハルトの姿が消える。彼は瞬きする間にラーマの背後に回り込み、側頭部に蹴りを放つ。
振り向かずそれをかわし反撃の剣戟を放つラーマ。しかしラインハルトの姿はそれより早く彼の目の前から消えて、再び彼の死角に出現した。
【掌握】状態での風を利用した高速移動。それはまさしく神速──神の領域の速さだ。
繰り出される閃光に等しき速度の足技。ラーマはそれをかわしきれず剣で受け止め吹き飛ぶ。
(……違う!)
マリアは自分の誤認を正す。ラーマはラインハルトの蹴りをあえて受けて止め、吹き飛ばされたふりで距離を置いたのだ。
そしてそれは正しかったのだろう。離れたラーマより強大な雷撃がラインハルトに放たれる。
追撃しようとしていた彼がその雷霆に呑まれると思った時だ、黒い球体が雷霆に激突し消滅させてしまった。
「おお」
驚きの眼差しをラーマはソフィアに向ける。黒球が放出された場所はソフィアの左手が握っている斧だ。
「ラインハルト、この間のルクスのように一人で突っ走らないで。
みんなで囲ってボコボコにするんだから」
「……そうだったな。すまない」
謝罪するラインハルトを見てソフィアは光翼を大きく広げ宙に舞い上がる。
ラーマを見下ろす位置まで上がったソフィア。すると彼女の周囲に数十もの魔方陣が浮かび、そこから魔術が一斉に放たれラーマに向かう。
体全体から雷撃や閃光を放ちそれらを迎撃するラーマ。しかしその中にある闇色の球体だけはラーマは回避に徹する。
【冥獄球】。死や病と言った負のエネルギーを圧縮して放つソフィアの神威絶技だ。触れたものを問答無用で崩壊、消滅させる。
ラーマに降り注ぐ無数の魔術。その合間を縫ってマリアとグレン、ラインハルトが接近。攻撃を繰り出す。
剣戟に打撃、魔術。そして神威絶技を休む間もなく放たれるラーマ。神クラス四人、それも絶妙と言うコンビネーションで繰り出される猛攻にさすがの彼も厳しい表情だ。
直撃こそないのはさすがだが、まとっている服はあちこちが破損し細かな傷もできていく。
「【|邪悪を引き潰す神馬の蹄】!」
「【焔撃】!」
マリア、そしてグレンが立て続けに放った神威絶技をかわすラーマ。
しかし直後に死角に回り込んだラインハルトが追撃の神威絶技を放つ。
左腕の手甲が変形して弓となり、右手の手甲から矢が排出される。それを握り放つ一射は風の塊をした狼となる。
「【狂飆の狼王】」
暴風をまき散らせながら神速で迫る風の狼。【狂飆の狼王】。暴風で生み出した風の狼を真っすぐ相手に叩きつける神威絶技だ。
直線的にしか放てず射程距離は短いが、放たれる速度は神でも簡単に対応できるものではない。まして死角から放たれたそれは回避は不可能。
しかしラーマは振り向きざまの横薙ぎ、巨大な雷撃を伴う斬撃で粉砕。さらにそれは攻撃直後のラインハルトの元に飛び、直撃する。
(な……! ラインハルト君!)
(平気だ! 追撃を緩めるな!)
(了解。【死者を貪る黒大蛇】)
ラインハルトの声に即座に応じるソフィア。そして彼女の神具より長大な体躯を持つ漆黒の蛇が放たれる。
ラーマは先程と同じく撃墜しようと斬撃を放つが大蛇は身をくねらせてそれをかわし、瞬く間に彼の体にまとわりつく。
【死者を貪る黒大蛇】。【冥獄球】の強化版であり、また意思を持った神威絶技だ。
(さすがに無傷ではいられないはず……!)
そうマリアが思った時だ、黒蛇の体から光と稲妻が無数に飛び出し、一瞬で巨大なその体を四散させてしまう。
「君たちに謝罪をしなければいけないね」
姿を現す光を帯びたラーマ。
数か所の軽傷が見られる彼は近づきがたい圧を光を、放ちながら静かに言う。
「君たちが強いことはわかっていた。でもそれは僕の想定をはるかに超えていた。
【神解】をするのが必要があるとまでは思っていなかった。
これを見せるのは君たちへの敬意と謝罪だ」
そう言うと同時、彼にまとう光が眩く輝く。同時、元々強大だった魔力が一気に膨れ上がる。
「御子よ。遍く神々、運命に寵愛されし御子よ。汝は英雄である」
静かに紡がれる言霊にマリアたちは動けない。何故かその言霊に意識が奪われる。
「幾多幾重の苦難、危機が訪れようとも彼は屈せず進む。身に着けた神技と神々より賜りし加護と武器であらゆる障害を打ち破りて」
切なく、どこか悲しげな表情で続けるラーマ。そして彼の背部に光輪が出現する。
ルクスの【光輝を背負う黄金龍鎧】が背負う太陽のマークのようなそれと違い完全な円形だ。
だがそれからは容易に近づくことが許されないような神聖さ、荘厳さが感じられる。
「ああ、その栄光の聖名は天地に轟き、全ての人々に安らぎを与えるだろう。すべての敵と敵意は恐れおののき、屈するだろう。
彼は天の御子。神々の寵児。天地に平和をもたらす勇者なのだから──」
締めくくられる呪文。同時に光輪より放たれる輝きにマリアたちは思わず後ずさる。
静謐。神聖。不可避。そんな印象を受けるオーラを漂わせ微笑するラーマ。
しかしそれを見てマリアはの警戒心はかつてないほど高まる。
「【神解】。【|天意に愛されし救世の勇者】」
ラーマより放たれる淡い輝きが周囲を照らす。
太陽のような大きな輝き。それには全てを包み込む優しさと、如何なるものにも屈しない強さが同居している。
(同じ神として、これだけ差を見せつけられると笑うしかないわね)
(全くだ。【神域】を発生させないでこれか)
微苦笑するような口調の念話がグレンから届く。
見ただけでわかった。間違いなく目の前の相手は【アルゴナウタエ】最高幹部である【七英雄】と同格だ。
いや下手をしたら【アルゴナウタエ】最強のあの男とすら並んでいるかもしれない。
(でもだからと言って、ここで引き下がるわけにはいかないけどね!)
小さく一息した後、マリアは心中で呟きラーマに突撃する。グレンや他の仲間たちもそれに続く。
「【海原を支配する龍帝】!」
「【五光鷹刃】!」
数十メートルはある巨大な水の龍と巨大な五つの光刃がラーマに向かう。
ラーマは静かに弓を構え、放たれる攻撃に対して矢を放つ。
「【害意を打ち抜く輝矢】」
日の出のごとき眩しい輝きを放つ矢はマリアたちの攻撃に当たると、音もなく消し去ってしまう。
(今のは……!)
(噂に聞くラーマの矢の一つだな……!)
驚くソフィア、表情をより鋭くしたラインハルトが放つ無数の魔法や風の矢も、その光の矢で打ち消される。
【アルゴナウタエ】のデータベースに乗っていたラーマの神威絶技の一つ【害意を打ち抜く輝矢】。自分や他者に向けられた敵意、害意あるものを問答無用で打ち消してしまう破魔の神矢だ。
(手を止めるな! 畳みかける……!)
(ええ!)
グレンと共にマリアはラーマに近づき斬りかかかる。
繰り出される神二柱の剣戟。ラーマはそれらを交わすと同時、弓を消して両手に剣を出現させ、振るう。
神速の速さで放たれる剣撃をグレンは剣で、マリアは盾で何とか防ぐ。しかし先程とは比べ物にならない剣戟の重さに、両者とも大きく吹き飛ばされる。
「く……!」
マリアたちが後退させられた直後、ラインハルトは無数の風の矢を、ソフィアが【冥獄球】と多種多様な魔術攻撃を放つ。
しかしラーマは今度は全身から【害意を打ち抜く輝矢】を放ち迎撃。そして二人へ巨大な光の剣閃を放ち、二人をマリアたちと同じように吹き飛ばす。
「おのれ……!」
空中で体勢を立て直したラインハルトは苛立った舌打ちをしてラーマに接近。
ラーマの放つ光の矢をかわし距離を詰めたラインハルトは四肢による近距離戦闘を仕掛ける。やや遅れてグレンも同様の行動をとり斬りかかる。
神ですら傷つける爪牙を暴風のような勢いで振るうラインハルト。光のような速さと炎のような熱く、力強い剣戟を繰り出すグレン。
歴戦の神々や英雄でさえ凌ぐのが困難と思わせるそれをラーマは紙一重でかわし、剣で逸らす。そして隙ができた瞬間、ラーマが放つ速く正確な剣撃が二人の体を傷つけ、吹き飛ばす。
ラーマの動きはラインハルトたちのように速くもなく力強くもない。ゆっくりだ。だがその動きは無駄というものが全くない。必要な時に必要な攻撃を繰り出しているようにさえ思えてしまう。
雪菜の剣舞にどこか似ているラーマの剣技。しかしその技量はラーマが圧倒的に上だ。柔の剣の極致と言っても過言ではないかもしれない。
マリアとソフィアもラインハルトたちに加勢する。だが結果は同じだ。二刀流となったラーマの剣はマリアたちの攻撃をかわし防ぎ逸らし、的確な反撃を返してくる。
(四人がかりでも敵わないなんて……!)
当代の神々の中でも最強の一人と称されるラーマ。その評価は正しいと言わざるを得ない。
少なくともこれだけ自分の力が通用せず戦慄したのは【アルゴナウタエ】最強のあの男か、ラーマと同格と言われる【アヴェスター】のウルスラグナぐらいだ。
「そろそろ、終わりにしようか」
そう呟いたその時、ラーマは全身から稲妻を放出する。
慌てて飛びのくマリアたち。再び攻撃を仕掛けようとした時だ、ラーマより放たれる魔力が凄まじい勢いで高まっていく。
「千の敵よ、万の悪魔よ。我が雷に祓い清められよ。──【天地万軍を滅する聖雷】」
ラーマが神威絶技の名を呟いたのと同時、彼の体から膨大な量の雷が全方位に向かって広がっていく。
視界全てを埋め尽くす雷の巨大さと凶悪な輝きを見てマリアたちはもちろん距離を置いていたソフィアさえも防御に全力を注ぐ。
しかし雷はマリアたちの体を感電させ、焼き焦がす。
「……っっ!」
余りの激痛にマリアは声も出ない。咄嗟とは言え魔力を全防御に回したというのに、それがなかったかのように思えてしまう。
「流石、全員無事のようだ。
でもその様子じゃ戦うのは無理そうだね」
そう言って戦意を抑え始めるラーマ。それを見てマリアは奥歯を強く嚙む。
だがそう判断されるのも無理はない。【天地万軍を滅する聖雷】によるダメージは深刻でマリアとグレンは今にも【神解】が解除されそうだ。ラインハルトも【掌握】どころか獣化も解けている。
その時だ、傷ついたマリアたちの体を桜色の淡い輝きが覆う。それは瞬く間に傷や痛みを消し去ってしまう。
「これは……」
「【春風は生命を運ぶ】……!」
一瞬で回復したマリアたちを見て驚くラーマに肩で息をしているソフィアが言う。
神威絶技【春風は生命を運ぶ】。莫大な生命力の輝きを味方に放ち、怪我や疲労を消し去ってしまう絶技だ。
とはいえ一度に大量の魔力、そして使用者の生命力を消費するため乱発はできない。
(ごめんマリア。後退する……!)
(うん。気を付けて)
念話から聞こえる無念の声にマリアは優しく応じる。
【アルゴナウタエ】の一員であるソフィアだが、元々学者肌の魔術師である彼女の体力は戦闘部隊の中でも下から数えたほうが早い。
ラーマと言う強敵との戦闘において彼女は絶えず魔術や【冥獄球】を放ち続けていた。その上今、皆のために【春風は生命を運ぶ】を使用したのだ。
まだ戦えはするだろう。だが戦闘再開となれば真っ先に撃墜される。それがわかっているからこそ彼女は自分から撤退したのだ。
「一人脱落か。
さて、君たちは下がらないのかな。心配しなくても追撃はしないよ」
「──無用な気遣いだラーマ。今から自分が参戦するのだから」
背後より聞こえる頼もしい声音。
振り向けば【天候神の雲鎧】を纏う【清浄なる黄金の聖盾】のサブリーダーの姿があった。
「ニコスさん!」
「【天雲の統率者】……。これは気合を入れ直したほうがよさそうだ──」
そう呟き、初めて鋭い顔つきになるラーマ。その時だ、彼方から巨大な魔力が感じられた。
その大きさに思わずマリアたちも刀──小さな島の方にふり向いた時だ、
「うん、どうやら実験は成功したようだ」
満足そうな顔でラーマはそう言うと、神器が入っている袋をこちらに投げてきた。
マリアは驚くも放られたそれをキャッチする。開けてみれば中に入っていたのは強奪されたヨルズの神器であった。
「どういうつもりだ……!?」
「もうそれに用はないから返すだけですよ。これでお互いに戦う理由も無くなりました。
それでは【アルゴナウタエ】の皆さん、これで失礼させてもらいますね」
警戒するニコスにそう言ってラーマは懐より転移符を取り出す。
ラインハルトたちが追撃しようとするがそれより早く褐色の貴公子は言う。
「僕に構うよりあちらの方に行った方がいいですよ。
あそこにはあなたたちが求めるもう一つの神器と、大切な仲間の危機がありますからね」
そう告げてラーマは転移符を使用。光と共にその姿は消えてしまうのだった。
次回更新は7月6日 7時です。




