二十一話
「艮群島の様子はどうだ」
「今のところ異常は見られませんね。【異形種】たちの姿も見当たりません」
「けれど今にも嵐が起きたり、【異形種】が出現しそうな雰囲気があるわね」
【アルゴー】の艦橋にて言葉をかわすニコスとハンク。それを聞いて肩をすくめるエカテリーナ。
彼らの会話を聞きながら雄斗は座席のモニターに改めて目を向ける。
映し出されている艮群島。情報通り十数の大小の島々からなっており、今にも雨が降り出しそうな曇天だ。群島以外の周辺は晴天なのだが。
小さく息をつく雄斗。とはいえ天候が回復するのを待ってもいられない。
何せ艮群島は常にこんな感じの天候であり、青空が見えるのは年に数回と言うほどらしいからだ。
流石にそんなに待っていては武蔵たちに神器を奪われたうえ逃げられる。
「しかしこれ以上時間をかけてもいられない。
先日の戦いから丁度一週間。神器もそろそろ安定するころだろう」
眉根を潜めてニコスが言う。
神器を強奪したラーマ達が【高天原】からさっさと逃げないのは神器を所持していたからだ。
【狂神】を倒して入手した神器だが、これの取り扱いには細心の注意が必要だ。なぜならば神器は非常に不安定であり何かしらの大きな物理的、魔術的衝撃を受けた場合、神器に異変が起こることが多いからだ。【狂神】を生み出してい神器ともなれば猶更。
そのため神器が安定するのを待つため、武蔵たちは【高天原】に留まるのを余儀なくされた。また多元世界間移動には相応の魔力に高度な魔術も必要だ。
奪ってすぐにそうした場合、刺激を受けた神器がどこかへ転移したり、新たな【狂神】を生み出すことが過去にあった。それを防ぐためだ。
「このままみすみす逃がすかよ……!」
「気合を入れるのはわかるがお前の相手はラーマじゃない。今回は勝手な行動は取るなよ」
「私たちの目的はあくまで神器の奪還。決着をつけたいならその後にして。戦える余力があればの話だけれど」
左の席に集まっているルクス、ラインハルト、ソフィアの声を聞きながら雄斗はコンソールを操作。群島の周辺の様子を窺う。
「雪菜、【異形種】は出てくると思う?」
「断定はできませんが今日の天候、群島の様子を見た感じ、ないと思います」
後ろ──艦橋中央部より聞こえてくるマリアと雪菜の会話。
雪菜がああいうのは彼女が過去に幾度か艮群島にて戦ったことがあるからだそうだ。
「しかしラーマ達との戦いがきっかけで巣から飛び出してくる可能性もあるね」
「もしくは巣の居場所を知っているラーマ達が攻撃を加えて意図的に呼び出す可能性もあるでしょう。
戦場を混乱させて自分たちが逃げるために。転移ポイントはこことあそこと……」
そんなふうに話をしている二人に雄斗は目を向けた時だ。ちょうど彼女たちの後ろからグレンがやってきて二人──いや、雪菜に声をかける。
「雪菜、大丈夫だね?」
「はいグレンさん。いけます」
「ならいい。君の活躍を期待するよ」
「はい!」
覇気ある表情の雪菜を見て、グレンは微笑む。
それを見て雄斗は微笑し、視線を別の席に向ける。
いつもは空白な席。そこには落ち着いた態度ながらも硬く険しい表情をした大和和尊と心配そうな眼差しで彼を見つめる浅間凛の姿があった。
(お家が大変な時にやってくるとは。まぁそれだけ【草薙剣】を奪われたことや父親を殺されたことに腹を立てたのかね)
二人は出発直前に姿を見せ、同行を申し出てきた。明や陽司から当主を殺された大和家はごたついているという話を聞いていたので雄斗は驚いた。
凛は消極的な、申し出が受け入れられなければ仕方がないという様子だったが、和尊は何が何でも動向するという頑強な表情だった。
マリアとグレン、ニコスは少し考えた後、同行を許した。尊正の死に責任を感じたからか、出発前のもめ事を避けたかったのかはわからないが。
戦う前、少し話そうかと雄斗は思ったが、出発時と変わらぬ表情を見てやめる。
雄斗は視界を閉じ、対話の場に赴く。姿を見せると闇の中にたたずんでいる【万雷の閃刀】は、いつも通りのつっけんどん声音で言葉を発した。
「何の用だ」
「いや別に。なんとなく顔が見たいと思っただけだ。
……なんか不機嫌そうだな」
「当然だ。理由はわからんか」
「もしかしてだが、武蔵にぼろ負けしたことか?」
「そうだ」
雷鳴を響かせて言う【万雷の閃刀】。
「いくら格上とはいえあの無様な敗北は許容しがたい。
しかしどういう理屈かはわからんが神威絶技を思い出せたのだから僥倖と言えるのだろうが」
「そうだな。でもまだ全部は思い出せていなけどな」
「然り。貴様の記憶にもまだ欠落があるだろう。
おそらくは貴様が封じられた過去の記憶を思い出せば他の神威絶技も使えるようになるだろう」
「だな。
ところでだ。一つ思ったんだが、お前は俺の過去や俺がかつて使用していた神威絶技を知っているんだよな。
ということはお前が俺に教えたらよかったんじゃないのか?」
そう言うと【万雷の閃刀】は叱咤するような雷光を放つ。
「無駄だ。神威絶技は他者に教えられて扱えるようなものではない。
担い手の肉体や心が求め、それに神具や神器が応えて生み出される。いわば担い手と神具の作品だ。
何々ができると知らされて実行できるものではない」
「なるほど。ということはやっぱり、過去に使用していた神威絶技を使うには欠落がある記憶を取り戻すしかないわけだ」
「そういうことだ。まぁ新たな神威絶技を生み出すことはできるだろうが、その辺の才覚が全く無いのはこの数ヵ月で嫌というほどわかっているがな」
相変わらずはっきり言う物言いに思わず雄斗は閉口する。
「もう用はないだろう。さっさと現世に戻れ。
そして我が担い手に相応しい戦果を上げ、我をモノ扱いする者たちに我が威光を知らしめよ」
その威光ゆえに彼らは自分から【万雷の閃刀】を取り上げようとしているのだが。
そう思う雄斗だが口には出さず意識を戻し、視界に【アルゴー】の艦橋が再び映る。
「【万雷の閃刀】と話していたんですか?」
右側からかけられる声。視線を向けると雪菜の姿があった。
「ああ。なんとなく会っておこうと思ってな。お叱りと激励を貰い、必勝するよう言われた」
「【万雷の閃刀】らしいですね。私も今日の朝、【木花霊剣】と少し話しました」
「何か言ってたか?」
「特には。ただ己と味方を信じろ。力を尽くせっていうありきたりなセリフです。
根が真面目なんですよ【木花霊剣】。【万雷の閃刀】ほど感情を表しませんし口数も多くないんですよね」
「いいな【木花霊剣】。下手に荒ぶらず使用者を励ます。
もし会える機会があれば、会ってみたいな」
「そうですか? なら今度──」
雪菜が続けようとしたその時だ。艦内にけたたましい警報が鳴り響く。
そして雄斗たちも表情を一変する。何故ならば唐突に巨大な三つの魔力が出現したからだ。
雄斗や雪菜はもちろん、他の面々も緊迫した顔となりモニターを見る。
艮群島が写されているモニター。そこには武蔵とヒルデブラント、そして【アルゴー】に向けて弓──神具を構えたラーマの姿が映っていた。
「ミルシェ! 艦は隠してあるんだろうな!?」
「当たり前よ!」
「だがラーマの矢は真っすぐこちらを向いているぞ……!」
深刻そうな顔でラインハルトが行ったのと同時、ただでさえ大きかったラーマの魔力がより大きく膨れ上がる。
彼の背に浮かぶ眩く巨大な光輪。曇天を切り払うような太陽を思わせるそれからラーマの矢に魔力と光が注がれていく。
「神威絶技が来るぞ! 迎撃、いや艦の魔力を全防御に集中させろ!
皆、少し早いが決戦だ! 今から艮群島に飛ばす!」
ニコスが矢継ぎ早に言い【天候神の雲鎧】を顕現。彼の体より噴き出した大量の雲が雄斗たちを包み込む。
そして次の瞬間、唐突な浮遊感と湿った風を感じる。眼下には無数の島々、右には灰色の雲を背にしたラーマ達の姿が見える。
(【雲道】で一気に全員転移させたのか……!)
そう思ったその時、ラーマが矢を放つ。
放たれた矢はその瞬間、莫大な光を放つ業火へと変わり何もないところ──ステルス航行しているであろう【アルゴー】に真っすぐに向かい着弾。
その威力は凄まじく周囲の空気を吹き飛ばし、眼下の海面を大きく揺らしてしまう。爆発の余波が島上空にあった曇天の雲を吹き飛ばし、一部を消し去ってしまう。
「ぬおおおおっ!」
爆発により起きた突風に雄斗も吹き飛ばされるが、慌てて”飛行”の魔術を行使。空中で体勢を立て直す。
「【アルゴー】は……!?」
爆発が起きたところに目を向ける。するとステルスを解除された【アルゴー】の船体が見えた。
船自体に大きな損傷はない。だがラーマの矢の衝撃に相当な衝撃を受けたのだろうか、船はそのまま海に落ちていく。
(なんつーでたらめな威力の神威絶技だ……!)
神代より存在する【アルゴー】の防御機構は強固で、神々でもそう簡単に破壊できず中の人員に損害を与えることはできない。
だというのにただの一射──神威絶技とはいえ──で船に乗っている人員を行動不能にするほどの衝撃を与えるとは。
改めてラーマ──敵対する【十導士】の規格外さを実感し、雄斗の頬に冷たい汗が流れる。だが今更ビビッて引く気はない。
(奇襲を受けたが作戦実行だ!
ラーマはマリア、ラインハルト、ソフィア、グレンさん。ヒルデブラントはルクスが対処しろ!
残る面々は俺と共に武蔵を倒すぞ!)
(はい!)
(了解です……!)
雄斗の念話に応じる雪菜と和尊。それを聞き雄斗は艮群島の方に飛んでいく武蔵の方に向かう。
背後や周囲の戦闘音を聞きながら飛ぶことしばし、武蔵は艮群島の端にある小さな島に着地した。雄斗たちも十数秒後、彼の正面に降り立つ。
「よう、一週間ぶりだな。
怪我の方は無事に治ったみたいで何よりだ」
まるで久しぶりに友人に会ったように両手を広げ笑う武蔵。
しかしその姿には隙はない。何かあればすぐに戦闘態勢に移行できるだろう。
そして彼の右腰から強い魔力を発している袋がある。恐らくあそこに強奪した神器を収納しているのだろう。
「負わせた張本人に言われても嬉しくないぜ」
そう言って雄斗は静かに【万雷の閃刀】を呼び出す。
同時に武蔵の両手にも【征伐の嵐刀】と【草薙剣】が出現する。
「表情に力があるな。何か切り札でも手に入れたか」
「さてな。ただ言えるのはこの間のように退屈はしないと思うぜ」
「この間もそこそこ楽しめはしたけどな。
しかし鳴神はともかく叢雲のお嬢ちゃんに和尊、お前まで来るとはな」
視線を傾ける武蔵。
そこには雄斗たちより少し遅れてここに来た和尊と凛の姿があった。
「叔父上……」
「こうして会うのは随分久しぶりだ。ここにいるのは父親の敵討ちか?
それなら帰れ。あの矮小な男のために命を張るなどバカげている」
揶揄するような武蔵の言葉に和尊は目を見開い、鬼の形相となる。
怒りや恨みが混じった強烈な負の感情。しかし彼はすぐにを収めて、ゆっくりとした口調で言う。
「……。僕は次期大和家当主として、【草薙剣】の奪還に来ました。それだけです」
「そうか。ご苦労だな。
だがこれは本来俺が持つべきものだ。悪いがお前には渡せねぇな」
「いいえ。返してもらいます。
大和家を捨て、仇を成したあなたに大和家の至宝を持つ資格はありません……!」
「いいや、違うな。神具は持つにふさわしい実力者が持ってこそ真価を発揮するし、神具としてもそれがもっとも幸せだ。
お前の父親もお前も、この剣を持つに値しない」
「今はそうでしょう。ですが一年後か二年後にはわかりません。僕はいずれ大和家を、ヤマトタケルを継いで父を、そしてあなたを超えます!」
叩きつけるように叫び和尊は【炎蛇剣】を手にする。
主の意思に反応しているのか神具には赤と青の二色が混じった炎が噴き出す。
そして隣にいる凛も両手を広げ腰を屈め、臨戦態勢をとる。
「父親と違い覇気があるな。──なら力づくで奪い返してみろ」
歯を剥いて不遜に微笑む武蔵。
今まさに戦いが始まろうとした時だ、雄斗の後ろにいた雪菜が前に出る。
「戦う前に一つ、いいですか」
「何だ、兄貴を傷つけられた恨み言か?
そう言うのは剣で訴えてくれたほうが助かるんだが──」
「この間はすみませんでした」
深々と頭を下げる雪菜。
これには雄斗はもちろん和尊、そして武蔵も驚きの顔となった。
「雪菜さん!?」
「雪菜、何してるの!?」
「……なんの、真似だ?」
「あの後、改めてあなたと尊正さんについて調べるだけ調べました。
すべてではありませんがあなたが憤り理由も少し理解できました」
「そうかい。──それでお前はどうするんだ?
俺の悲しい過去に感涙して【真なる世界】に加わってくれたりしてくれるのか」
「いいえ。理解はしましたがあなたがやったことは間違っていると思いますし、個人的にも納得できません。
だからあなたを捕らえて罪を償わせます」
落ち着いた声音でそう言って雪菜も【木花霊剣】を呼び出し、構える。
「やれやれ。もしかしたらと期待したが結局フラれるか。
……まぁいい。どうせ遅かれ早かれ事が進めば、お互いに協力し合うことになるのだから」
肩を竦めて言う武蔵。
後半は呟くような声だったので聞き取れなかったが、彼の雰囲気からするにたいしたことではないのだろう。
「さてと、ラーマ達も始めたことだし問答はそろそろ止めようか。
──ここからは力で、互いの我を通すことにしようじゃねぇの」
轟音の響く彼方にわずかに視線を向け武蔵が言った次の瞬間、両手の神具を雄斗たちに向けて振るう。
【草薙剣】より放たれる真紅の業火。それに【征伐の嵐刀】から放たれた風が加わり、一瞬にして十数メートルもの大きな火弾に変わる。
挨拶代わりと言ったところだろう。──直撃すれば瀕死になりかねない攻撃だが。
「【雷刃】」
迫る炎の厚さを感じながら雄斗は一歩前に踏み出し【万雷の閃刀】を横に振るう。
剣戟を繰り出したのと同時に発生した稲妻の刃。それが剣が動く刹那の時間の中で伸び、長大な剣となって炎の塊を切り裂いた。
感じた二つの手ごたえ。一つは武蔵が放った炎弾を切り裂いたこと。
そしてもう一つは放った剣撃の痕が武蔵に刻まれていたことだ。
「へぇ……。何があったのか知らねぇが神威絶技を使えるようになったのか。
これは気合を入れなおしたほうがいいみてぇだな」
凄絶な笑みを浮かべ、武蔵は雄斗の剣戟で浅く切り裂かれた頬を撫でる。
高まる武蔵の戦意と殺意。それを直視しながら雄斗は【万雷の閃刀】を正眼に構えるのだった。
次回更新は7月3日 7時です。




