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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
二章 嵐の後に花は咲く
35/102

二十話






「【木花霊剣このはれいけん】……」

「戦いから身を引くか雪菜。

 もしそうするのであれば私を手放していくがよい。俗世より離れるそなたには私の存在は不要であろう。

 難しいことではない。ただ思うだけでよい」


 漆黒の闇の中、木花霊剣は告げる。

 淡々としており喜怒哀楽の起伏が一切ない物言い。いつもと変わらぬ口調だ。


(私が望めば……)


 言われて雪菜は思い出す。最初、【木花霊剣】と契約するときも、彼は同じことを言っていた。

 自分を欲するのであれば付き合うと。今と変わらぬ様子で。

 そう、雪菜が望めば【木花霊剣】は本当に自分の元から去っていくのだろう。

 しかし雪菜はただの一度もそんなことは思わなかったし、考えもしなかった。

 その事実が胸に落ち、雪菜は己の本心を悟った。


(ああ、そうなんだ)


 雄斗の言う通り、【宗像ノ宮】に行くというのは雪菜の弱音であり我儘だった。

 そして【木花霊剣】が未だに自分と共にあるということが、自分が本当はどうしたいのか、何をするべきなのか、答えを指し示していた。

 ただ晴之が傷ついたことに悲しむあまり、自分がやるべきこと、望むべきことに背を向けていた。また失敗するのが怖くて、逃げようとしていた。


「【木花霊剣】。私はずっとずっと怖かったんです。またいつかお祖母さまのような、大切な人が私のために傷つくことが。

 あんなことが起きないよう、己を鍛えてあなたに担い手として認められるぐらい強くはなりました。

 でも、心のどこかではもしもしの事態になった時にどうするか何も考えていなかった。ただ怖がって、恐れるだけだった。

 あなたはそれがわかっていた。だから私は【掌握】に至れなかったんですね」


 【掌握】に至る道は人それぞれだ。

 だがほとんどの担い手に共通しているのは確固たる覚悟、性根があることだ。

 今までの雪菜には、それがなかった。


「否定はしない」


 短く、鋭い口調で言う【木花霊剣】。

 それに苦笑しながら雪菜は続ける。


「私はきっと、この恐怖を克服することはできないと思います。だから戦場から去ろうと思いました。

 でも鳴神さんの言う通り、それはただの逃避です。お祖母様も兄さまも、そんな私を望みません」


 もしこんな自分を見たら祖母は優しくも厳しい口調で窘め、兄は馬鹿にするなよと怒るだろう。祖父たち家族も反応は違えど、己を諫めるだろう。

 普通に考えればわかることなのに、彼らを失い、傷ついた事実に悲しむあまり、そんなことすらわからなくなっていた。全く情けないことこの上ない。


「私が剣を握ったのは、お祖母様やお祖父様、お父様やお母様たちのような強くて立派な人になりたかったからです。

 大勢の無辜の民を守り、流れる哀しみの涙や嘆きの声を減らせるような、偉大な武士に」


 【異形種大戦】を生き抜き英雄となった祖父と祖母。

 その祖父母に劣るとも勝らぬ功績を残した父と母達。

 そしてその後継に相応しく神の座を会得した兄と異母姉。

 憧れ、目指すのは当然と言えた。


「でも私は心が弱い。多分お爺様たちのようにはなれないでしょう。

 だけど、それでも、私はそうなりたいし諦めたくはない。いや、諦められない。

 私がこの夢を語った時、お祖母様も兄様も、いえ家族の誰も笑ったり否定しなかったから」


 あの過保護な舞香でさえ、大変だとか厳しい道だと言ったものの目指すな、やめておけとは言わなかった。

 家族は、自分を信じてくれていたのだ。 


「そして私を信じてくれているのは家族だけじゃない。鳴神さんたちもです。

 あんな失敗をした私を誰も攻めず、励ましさえしてくれました」


 部屋に閉じこもっていた雪菜の元に幾度もマリアにグレンは訪れ、他の面々も声をかけてくれた。

 雄斗も|肉体言語(暴力)を用いてだが、己が逃げるのを止めてくれた。


「私は私を信じてくれる人たちのために。そして何より──私がそう望むから、私は私が目指す武士になるため、剣を握ろうと思います。

 【木花霊剣】。こんな無様な姿を見せたうえで言うのは図々しいと思います。今後また泣いたりくじけたりするかもしれません。

 でも言わせてください。もう一度、私に力を貸してくれませんか」


 そう言って雪菜は【木花霊剣】に向けて頭を下げる。

 返答はない。しかし次の瞬間、正面の【木花霊剣】より巨大な魔力が溢れる。

 神具より放出される膨大な魔力は無数の花弁──桜の花びらに変わり、それが雪菜の体に雨あられと降り注ぐ。


「これは……!」


 かつてない魔力の奔流を感じ、雪菜は悟る。

 【木花霊剣】が己の全てをこちらに預けてくれていると。今の自分なら【掌握】に至れると。


「【木花霊剣】。どうして……?」

「我が刃は大地と花を司る。

 そしてそれらは全てを内包し、糧とし、栄え、花開く。喜びも悲しみも。美しさも醜さも。何もかも」


 静かに、だが微かに嬉しそうな口調で言う【木花霊剣】。


「己が弱さを認識し、それでもなお突き進むと決めた汝に我も力の限り手を貸そう。

 叢雲雪菜よ。我が担い手よ。我が主たるに相応しい呪言を唱え、その姿をこの世に顕せ──」


 いつになく熱く、勇ましい相棒の言葉を聞き、雪菜は胸のうちより溢れる呪言を口にする。


「大地に満ちる豊饒よ。生命の輝きを魅せる沃土よ。

 戦のために数多の穀物を捧げよ。勝利を祝うために千の花、万の華を咲き誇れ」 


 神財、神具の力を完全に引き出し己が物とする【掌握】。これを発動させる呪言は決まった形はなく担い手によって異なる。


「我は誓う。我が運命と命はそなた達と共にあると。大地に芽生えるあらゆる命こそ我が臣民であり、無二の兵であると」


 担い手の性格や思考、欲求、己すらも知らぬ深層意識等々、使い手を構成するあらゆる要素が混在しているからだ。


「大地に命が尽きぬ限り、花の女王は不滅であると!」


 締めくくりと同時、体中にかつてないほどの巨大な魔力が宿り雪菜の姿を変えていく。

 直剣だった【木花霊剣】は桜色の鍔を持つ刀に変化。身にまとう白衣と袴、羽織は草花のような穏やかだが活力あふれる色彩に染まっている。 

 同時に、周囲の闇が光によって消え去っていき、再び目の前に雄斗が姿を見せた。

 そしてこちらを見ていた雄斗は嬉しそうな顔で歯を剥く。


「これが【木花霊剣】の掌握か……!」

華王舞剣かおうぶけんと言います」


 そう言って雪菜は【木花霊剣】の切っ先を雄斗に向ける。


「泣き言を言っていた私を止めてくれて、ありがとうございます鳴神さん。

 申し訳ありませんが一太刀、剣を交えてもらっていいですか。今の私の舞を、あなたに見せたいんです」

「もちろんだ。その元気いっぱいの顔が偽りじゃないことを確認しないとな」


 言うと同時、閃電の踏み込みで雄斗は間合いを詰めて剣を振るってきた。

 今までなら避けるのが精一杯だった神域の剣技。しかし雪菜はそれに反応したうえ、反撃の剣戟を返せた。

 一、二撃だけなら偶然かと思った。だがそれが十を超え、またそのいくつかが雄斗の頬や服を掠めるのを見て、雪菜は自分の剣が神の領域に達していることを確信する。


「【掌握】に至ったことで【閃電の太刀】も身に着けたか!

 いいぞ、もっと魅せろ! 今のお前の舞を! 剣を!」

「はい!」


 喜色満面の笑みを浮かべる雄斗。彼が放つ剣の速度や精度がさらに上がり、互角だった刃の交わりは瞬く間に雪菜が押される。


(これが兄さまと五分に渡り合う鳴神さんの本気……!)


 目の前の彼が兄や父、祖父と同じ天才なのは間違いないだろう。

 しかしいかに天賦の才に恵まれたとはいえ自分と大差ない年齢でこの域に達するのは驚嘆するほかない。兄や父、タケミカヅチ様の驚きももっともだ。

 そしてこの域に到達するには一体どれだけの努力を積んだのだろうか。

 いくつの死線を潜り、強敵と相対したのだろうか。

 何度苦しみ、涙を流したのだろうか。

 きっと雪菜が今回味わったようなことを彼も体験したのだろう。だが彼は今ここにいて、戦っている。


(強い……! そして凄い人。

 でもこのままやられっぱなしではいられない!)


 改めて雄斗に畏敬の念を抱くと同時、雪菜は思う。

 そこで終わっては駄目なのだ。並び、超える気概を持たなくてはならない。いかなる相手にも屈するようなことはあってはならない。

 敬愛する祖母は、自分が焦がれた人たちは、自分が目指す武士はそう言う姿なのだから。


「【豊沃嚥下】!」


 後退した自分に雄斗が踏み込んだのと同時、雪菜は叫ぶ。

 地面に沈み込む雄斗の両足。しかしまたしても何かが切れるような音がして呪縛から解放される。

 理由は不明だがかまわない。大事なのは彼の動きを一瞬だけでも止めることだ。


「はあっ!」


 雄斗の沈み込んだ足が戻ると同時、接近していた雪菜は横薙ぎを放つ。

 動きを止めた一瞬を狙った一撃。しかし雄斗は【万雷の閃刀】でそれを受け止める。

 しかし雪菜はそれで止まらない。【木花霊剣】より手を放し、さらに懐へ入り込み、雄斗の水月に掌底を放つ。

 達人でも回避不可能なそれを雄斗は左に避ける。──その動きを【心眼】で捕らえていた雪菜は掌底を放った右手に【木花霊剣】を喚び、突きを放った。

 今度こそ避けることはできない一撃。しかし突如出現した黄金色の【万雷の閃刀】が【木花霊剣】の切っ先を受け止める。


「さすがに【掌握】した相手にはこちらも【掌握】しないわけにはいかないな!」


 雄斗が言うと同時、彼の周囲に出現した雷でできた【万雷の閃刀】の二本が、雪菜に向けて放たれる。

 繰り出される太刀筋に雪菜は慌てて下がりながら受け止め、逸らす。遠隔操作なためか雄斗の本気の剣技には及ばないが、剣聖の太刀と呼ぶには十分すぎる。


「【食呑閉花しょくいんへいか】! 【鳳仙砲華ほうせんほうか】!」


 雪菜の傍に二つの花が咲く。右の花は 巨大な花弁を広げ、斬りかかってくる黄金色の【万雷の閃刀】を飲み込む。

 【食呑閉花】。魔法や魔力による攻撃を飲み込む神威絶技だ。

 そして左の花からは緑色の光線が雄斗に向かって放たれる。【鳳仙砲華】。大地の精気を光線として放出する神威絶技だ。

 緑色の光線をかわす雄斗。かまわない。【鳳仙砲華】は彼との距離を話すために放ったのだから。


「後のこともある。長々と続けるわけにもいかない。

 そろそろ終わりにするか」

「はい」


 雪菜が頷くと雄斗は勇ましい笑みを浮かべ大上段の構えを取る。

 【万雷の閃刀】に収束される雷。それを見て雪菜は彼が【天斬雷剣】を繰り出すのを悟り、周囲を見る。


「【天斬雷剣】!」


 予想通り繰り出される、鳴神流剣術最強の一撃。

 真面に食らえば今の雪菜でも切り伏せられるであろうそれを雪菜はぎりぎりのところで回避。雷の大刃をかわし雄斗の背後に回り込む。


(一本、取った!)


 そう確信すると同時、雪菜は雄斗の無防備な背中に【木花霊剣】の刃を振り下ろす。

 直後、甲高い金属音が桜園の木々の間に鳴り響く。眼前の光景を見て雪菜は大きく目を見開く。

 【木花霊剣】の刃は雄斗の背中に当たっている。だがその手応えは刃が金属に当たったそれだった。


「え……!?」

「見事」


 雄斗の声が聞こえると同時、彼から放たれる横薙ぎ。

 雪菜はギリギリそれをかわし剣を構えるが、振り向いた雄斗は【掌握】を解除。先程まで放っていた苛烈な戦気も奇麗さっぱり収まっていた。


「艮群島の戦いもある。このぐらいにしておくか」

「鳴神さん、今のは何ですか? まるで金属に当たったような感触でしたが……」

「俺の神威絶技だ」


 雄斗の答えに雪菜は驚く。一体いつの間に会得したのか。 


「ま、これについては後では詳しく話してやるよ。

 それよりも今は帰ろうぜ。皆も心配してるしな」


 【万雷の閃刀】を消して雄斗は背を向ける。

 雪菜はその背を追おうとし一歩踏み出すが、後ろに振り返る。

 視界に映る雪桜。それを数秒見つめ、頭を下げる。


(また来ます)


 心中でそう言って雪菜は踵を返す。

 直後、強い風が吹き、大量の白い桜の花弁が宙に舞う。

 見事な桜吹雪。まるで雪菜を励ますような──または背を押すようなそれを見て雪菜は微笑。

 

「また来ます」


 改めて口に出してそう言い、雪菜は雄斗の後を追うのだった。












 雪菜との勝負を終えて戻った叢雲家の門前には、仲間たちや叢雲家の使用人たちの姿がある。

 そしてこちらを確認した舞香──仕事着なのか妙に着飾った着物を着ている──が泣きそうな顔でこちらに駆けてくる。


「雪菜! ああ、無事でよかった……!」


 抱擁する姉妹。目じりに涙を浮かべながらも微笑む舞香だったが、汚れ乱れている雪菜の姿を見て視線を鋭くする。


「ところで雪菜、着物がずいぶん乱れているけど何かあったの?」

「ああ。俺と一戦交えたからだな」


 そう雄斗が言った次の瞬間、舞香がこちらに踏み込み掌底を放った。

 微塵の躊躇も容赦もない、一切の手加減を感じさせない一撃。しかしそれは雄斗の鼻先数センチで止まる。

 雄斗はもちろん、舞歌が止めたのでもない。後ろから彼女の腕を雪菜が抑えたからだ。


「姉さま、落ち着いてください」

「私は落ち着いているわよ雪菜。──落ち着いてこの男をどうぶちのめすか考えているのだから」


 微笑む舞香。しかし瞳には刃を思わせる冷たい殺意がある。

 そんな舞香を見て周囲の仲間や使用人たちは戸惑う。さてどう説得したものかと雄斗が思った時だ。


「──姉さま」


 雪菜のその声に雄斗は思わず目を丸くする。

 低く冷たい声音。微かな怒りを帯びているそれに舞香も驚き、後ろを振り向く。


「鳴神さんは悪くありません。むしろ馬鹿なことをしようとした私を止めてくれたんです。

 ですからこれ以上は止めてください。──でないとしばらく口をきいてあげませんよ」


 鋭い眼差しを向ける雪菜の発言に舞香は仰天の顔で固まる。そんな舞香──というよりも叢雲家の姉妹にマリアたちや使用人たちも驚き、戸惑った顔となる。

 雄斗も例外ではなく目を丸くした。と、そこへ普段と変わらぬ暢気そうな明の声が響く。


「──ふむ、なにやら騒がしいと思い来てみれば。随分といい顔になったものじゃな。雪菜よ」


 この大騒ぎに全く動じた様子がない叢雲家の大御所。


「お爺様。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「良い。それよりも風呂にでも入って陽司たちの元へ行け。三人とも心配しておったぞ。

 マリア殿、君らの話はその後でよいな」


 頷くマリアとグレン。それを見て雪菜は仲間たちに改めて頭を下げて家の中に入っていく。それに使用人たちがはっとして続く。 

 マリアたち【アルゴナウタエ】のメンバーと舞香だけが残った叢雲家の門前。明は雄斗に向かって言う。  


「雪菜に何をしたんじゃ?」

「別に何も。さっき言った通り説得しただけです」

「着物がボロボロになる説得か。まぁ良い。

 迷いの色がずいぶん薄くなっておった。最近まで見られなかった覇気もある。あれならば問題ないじゃろう」


 含んだように笑い明も屋敷に入っていく。

 すると今度はマリアたちがこちらに寄ってきた。


「鳴神君、雪菜ちゃんに何をしたの?」

「雪菜が静かに怒ったから少しビックリしたよ」

「うん。正直、面食らった」


 次々に言うマリア、グレン、ソフィアに雄斗は桜園での出来事を話す。


「……随分乱暴な真似をしたんだね」

「あのなー、俺も結構ボロボロなんだが?」


 責めるような口調のマリアに雄斗は言う。

 大きな怪我こそないものの擦り傷はいくつもある服もあちこちが破けている。雪菜と大差ない。


「それで、どうだったの?」

「叢雲はもう問題ないと思う。まぁその辺は後で確認してくれ」

「雄斗、君はどうなんだ」

「同じく問題ないな。鹿島殿と相対したときと同じく、神威絶技・・・・を使用できた・・・・・・

 正直まだ何かが欠けているとは思うが【掌握】状態の叢雲がいるなら例え【十導士】相手でも簡単にはやられないだろう」


 彼女がこの土壇場で【掌握】に至ったのは嬉しい誤算だ。

 今の彼女と二人がかりならば、武蔵相手でもある程度はやりあえる。作戦が成功する確率が上がる。


「やられてもらったら困るんだよ鳴神君。この作戦の成否に君の命がかかっているんだからね……!」

「分かってるって」


 頭を掻きながら雄斗も叢雲家の門をくぐる。

 庭を歩く中腰に手を回し、先程雪菜の剣が触れた箇所を触れる。

 剣によって切り裂かれた、しかし傷一つない場所を。


(待ってろよ武蔵。次は前回のようにはいかないぜ)


 そう心中で呟き、雄斗は小さく笑むのだった。






次回更新は6月30日 7時です。

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