九話
入った和風喫茶店のメニューは外の祭りと同じく和洋折衷な品々が並んでいる。
日本の饅頭や団子、お汁粉やぜんざいにギリシャ菓子で有名なパクラヴァ、ガラクトブレコ、ラヴァニ等々。
皆が品々を注文した後、雄斗の正面に座った和尊は言う。
「実は近々、鳴神さんたちにお会いするべく叢雲家に参ろうと思っていました」
「叢雲はともかく俺にもか?」
「はい。神々に比肩する剣碗を持ち、あの【万雷の閃刀】の当代の継承者。
先ほども申しましたが父がお世話になりましたし、息子として一言感謝を述べたかったのです」
そう言って頭を下げる和尊。真面目過ぎるその姿に雄斗は微苦笑する。
「ところで雪菜たちはどうして天都にいるの?
私たちはヒュペリオン神に【狂神】との戦についてご教授してもらうために来たのだけど」
凛に問われた雪菜が雄斗に視線を向けてくる。雄斗は頷き簡潔に事情を説明した。
「記憶に干渉する神具ですか。僕たちもそんなのは聞いたことがありません。
お力になれず申し訳ありません」
「いい。気にするな。
それよりもさっき気になることを言ったな。【狂神】との戦いについて話を聞くとか。
もしかして次の戦に参加するのか」
「はい。父や晴之さんと共に戦わせていただきます。
未熟なれど自分は次代のヤマトタケルを継ぐものでありますし、その力があることを示しておく必要があるのです」
こちらにまっすぐな視線を向ける和尊。
そこにあるのは戦場に挑む勇敢な若武者の顔だ。
「和尊さんは優秀な方です。特に武芸に関しては晴之兄さまや頼光様も一目置いていますし、新造神具も政府より下賜されています」
「そうだな。それは見ればわかる」
体つきに立ち振る舞いから彼の武才が非凡なものであることはすぐにわかった。
今の実力は雪菜よりは下だろうが、十年もあれば自力で神域に到達できるだろう。
(親父殿と違って将来有望そうだな)
心中で雄斗は思う。先日の戦、実のところ当代のヤマトタケルである和尊の父親はあまり役には立っていなかった。
神具【草薙剣】による遠距離攻撃はともかく、【狂神】との切り結びでは圧倒されることがほとんどで追い詰められた時は晴之、グレンがフォローしていた。あれは神を継承するも、恩恵として与えられる神域の武芸を使いこなせていないのだろう。
また彼は使用する神威絶技の数も少なく、威力も他二人に劣っていた。ぶっちゃけ今の彼なら【掌握】をした雄斗のほうが強い。
しかし彼ならば英雄神ヤマトタケルに相応しい武人になるだろう。そう雄斗が思っていると凛が言う。
「ところで鳴神さん、もしかして雪菜と婚約したの?」
「は?」
予想もしない言葉に雄斗は素っ頓狂な声を出す。
そして隣の雪菜はぽかんと口を開け、その一瞬後、沸騰するヤカンのような勢いで頬を赤くする。
「り、りりりり凛さん!? いいいきなり何を言うんですか!?」
「だってその赤の撫華の簪、鳴神さんからのプレゼントでしょ。そう思われてもしょうがないわよ」
「……。すまん、俺としては単に叢雲の黒髪によく似あうと思ってプレゼントしただけなんだが。
もしかしてそう言うことを連想させる逸話でもあるのか」
露店の店主や先程の男のことを思い出し、雄斗は尋ねる。
すると和尊は苦笑する。
「ええ。【高天原】では有名な話です」
そう前置きして和尊は話し始める。
昔、とある国の身分は低いが腕の立つ戦士ととある神の血を引く姫君が恋に落ちた。だが身分の違いからか両者の結婚は許されなかった。
戦士は結ばれぬならせめて想いを形に残したいと思い、『永遠の愛』、『消えぬ想い』の意味がある赤の撫華の装飾がされた簪を姫君に贈った。
その直後、戦士の国に強力な異形種が襲来。王を始め数多の犠牲が出るも戦士の尽力で異形種は討伐された。
その功績を認められた戦士は生き残った王族に認められて姫を娶り、生涯国と姫に尽くして幸せに暮らしたのだという。
そして姫は寿命で亡くなるまで夫となった戦士より与えられた簪を身に着けていたという──
「そんな逸話があったとは……」
「というか鳴神さんは【ムンドゥス】の日本出身よね。
確か日本でも簪を女性に贈るのは求婚するって意味だったと聞いたことがあるわよ」
「え、マジで?」
「昔の話ではありますが、そのようですね」
困ったような顔で言う和尊。
雄斗は鈍い汗を流し、しばし沈黙。軽く咳払いをして隣に座る雪菜に言う。
「あーなんだ、叢雲。その、誤解していたらすまんな?」
「き、気にしないでください! そう言う意味がないことは、わかっていますから!」
そう言う雪菜だが必死に作った笑顔は痛々しい。
ぎこちない空気になる雄斗たち。そこへ再び凛が爆弾を投下した。
「鳴神さん、特に問題がないなら雪菜と婚約したら?」
「りりりりんさんなにをなにをなにを」
親友の発言に混乱の極みに陥る雪菜。
雄斗と和尊が協力して雪菜を落ち着かせた後、和尊は少し咎めるように言う。
「凛さん。あまり二人をからかうのは止めた方がいいですよ」
「別にからかって言っているわけじゃないわ。雪菜も私と同じ15歳、実力のある英傑や神の末裔と婚姻をかわしたり婚約をするなんて珍しい話でもないでしょう。
あなたも私と婚約しているんだし」
悪びれもせず言う凛。雄斗は彼女の言葉に驚き雪菜を見ると、彼女は未だ頬を赤くしながらも頷く。
「それに鳴神さんは当代の【万雷の閃刀】の所持者であり、当代のスサノオ様である雪菜のお兄様、晴之様と五分に渡り合える剣碗を持つ剣聖。
実力とこれだけの縁があるのだから婚約するのは特に不自然でもないでしょ。明お爺様から聞いた話や二人の様子を見ても特に問題ないように思うけど」
そう言って彼女は雄斗に視線を向ける。
「それで、鳴神さんはどうなの?」
「何がだ」
「雪菜との婚約。もしその気があるなら叢雲のおじ様や明お爺様に私から口添えしてもいいわ」
三度の仰天発言。再び雪菜が顔を赤くし和尊は天を仰ぐ。
しかし雄斗は冷静に答える。
「あいにくとその気はないな。
叢雲は信頼に値する奴だ。だが結婚となるとどうもイメージが沸かない」
「他に好きな人がいたりするの?」
「いない。
というか、初対面の相手に随分と突っ込んでくるな浅間さん──ああもう、呼び捨てでいいか──浅間は」
デリケートな問題に容赦なく接する彼女へ雄斗は冷たい目を向ける。
しかし凛は堪える様子もなく言う。
「突っ込みたくもなるわ。雪菜が知り合いとはいえここまで家族以外の男性と親しげだったことは滅多にないもの。
和尊さんとだってこうなるまでに結構な時間を必要としたわ。
……でもまぁ、今日のところはこれぐらいにしておくわ。鳴神さんもこう言っているし、昔みたいに当人たちの意思を無視するような状況でもないしね」
凛がそう締めくくった直後、注文した和菓子や茶が運ばれてくる。
それらを食しながら互いにとりとめのない話をする雄斗たち。個人的なことや政治的なことなど様々で、雄斗には非常にためになる。
(叢雲と結婚ねぇ……。うん、ないな)
凛と共に談笑している雪菜を見て雄斗は改めて思う。先程凛にも言ったが雪菜とそう言う関係になる気はない。
雪菜に問題があるわけではない。少し控えめな性格だが芯は強い。外見も可憐な大和撫子だしあと二、三年もすれば美女と呼ばれるであろう美しさと色香を得るだろう。
何より剣士としても将来、自分と同じ領域に達することは間違いない。雄斗自身も嫌いではないし、結婚する相手としては申し分ないだろう。
だが先程も言った通り雄斗自身にその気はなく、また自分がそんな彼女の相手に相応しいとも思えない。【万雷の閃刀】を所持しているとはいえ剣以外取り柄がない無頼漢なのだから。
「あら雄斗さん。雪菜の方を見つめてどうしたの。やっぱり婚約したくなったのかしら」
「……。いや、浅間たちに出会った記念に何かプレゼントをしようかと思って叢雲に相談しようと思っていただけだ。
なぁ叢雲、青い撫華の簪でもプレゼントしてみるのはどうだ?」
「あ、青ですか!?」
「……ねぇ、青い撫華の花言葉を知っていてそう言っているのかしら?」
「もちろんだ。『平穏』、『幸せな生活』。
──ああ、悪い。そういえば『離縁』なんていう言葉もあったな。うっかりしていた」
夜月邸で静を待つ間、雪菜との会話の中で得た知識だ。
「そう、うっかりなの……。なら、しょうがないわね」
「ああ、うっかりだ。まぁ許せ」
共に怖い笑みを作る雄斗と凛。
と、その時警報音が鳴り響き、人々の悲鳴が外から聞こえる。
すぐさま店を出て見れば、なんと上空にフクロウに似た鳥類の【異形種】が三体いた。翼は四枚、目は三つあり、突起物を生やした尾が二つある。
「【異形種】! 祭りの喧騒に誘われたのか……!?」
「何故ここに!? 天都の防空部隊は何をしていたんだ!」
そう叫びながら和尊は眼前に何かを喚ぶ。
出現したそれは赤と緑色の色彩や意匠が刻まれている二本の蛇行剣だ。
それを手にした和尊は両腕を振るう。すると刀身は獲物に飛び掛かる蛇のように伸びて出現した【異形種】に絡みつき、炎を発する。
業火に包まれた【異形種】は炎の中で藻掻くが、もう一本の蛇行剣が巻き付き、動きを封じる。
「はっ!」
気合の一声と共に腕を引く和尊。炎の蛇になった二本の蛇行剣は【異形種】の体を輪切りにし、空中で燃え散らせた。
襲来した【異形種】は決して弱くはない。ぱっと見だがBクラスに相当するだろう。
それをいともたやすく片づけるとは。雄斗が感心していると雪菜が言う。
「和尊さんの新造神具【炎蛇剣】です! 剣でありながら鞭のように伸び、炎を発する強力な神具です」
「なるほど。多少距離が離れていても問題ないわけだ!」
そう言いながら雄斗も【万雷の閃刀】を喚び出し、巨大な雷撃を放って別の【異形種】を消し飛ばす。
残るは一体。だが最後の【異形種】はすっと姿を消してしまう。
周囲を見渡し魔術で散策するも反応がない。先程まで感じられた殺気も微塵も感じ取れない。
(俺たちの感知から外れる高性能ステルス能力……! これがあの【異形種】が襲来した理由か!)
そう思い警戒を最大限に跳ね上げようとした時だ、同じように周囲を見ていた和尊の後ろに【異形種】が出現する。
雄斗が声をかけようとするのと同じタイミングで和尊も気付いたのか振り向こうとする。だがそれより早く【異形種】の尾が彼に襲いかかる。
高速で迫る似非フクロウの尾。だがそれを突如出現した鎧武者が体を張って防ぐ。
「和尊に手出しはさせないわ!」
凛が叫び、彼女の両腕で輝く腕輪。すると彼女の周りに攻撃を防いだ鎧武者の群が出現する。
発せられる魔力から察するに、一体一体の強さはおそらくC級【異形種】と同等。そして彼女の腕輪、あれはおそらく神具だろう。
鎧武者たちはその手に弓を出現させ攻撃を放つ。翼をはためかせてかわす似非フクロウだが、
「和尊さん!」
「ああ!」
婚約者の声に絶妙のタイミングで応じる和尊。
二つの蛇行剣が鎧武者の攻撃から逃げ切った直後の【異形種】を絡める。そして炎を噴出した双刃は障壁と【異形種】を輪切りにした。
特定のポイントに誘導してからのピンポイント攻撃。さすが婚約者というだけあって見事な連携とタイミングだ。
輪切りにされた【異形種】の体が地表に落下する。そして鎧武者たちが掌を向けると燃え盛る遺骸は消滅した。
「これで片はついた──」
「と言いたいがな! まだいるようだ!」
安堵した凛に向かって雄斗は叫び、空に向かって跳躍。
何もないところに【万雷の閃刀】を振るう。すると思った通り何かを切り裂く手ごたえを感じ、同時に「ギャッ」とした悲鳴が聞こえる。
直後、真っ二つになった【異形種】──似非フクロウの亡骸が姿を見せる。
「さっさと姿を見せやがれ!」
浮遊の魔術を使うと同時、雄斗は空に向かって稲妻を数発、放つ。
最初こそ似非フクロウの姿も気配も感じなかったが、戦闘モードとなりより研ぎ澄まされた雄斗の感覚がまだ敵がいることを教えてくれる。
周囲を【心眼】で見て怪しいと思ったところに放った稲妻は、先程と同じく何もないところにぶつかる。そして四体の似非フクロウが姿を見せる。
「うわあああっ!?」
響く民衆の悲鳴。無理もない。
空に突然出現した四体の【異形種】。内三体は雄斗たちが葬った個体と同じだが、最後の一体はその親というような巨大な似非フクロウだ。
全長三メートルは優にある巨大な猛禽からはAクラスの【異形種】と同等の魔力が感じられる。
「ホッホー!」
奇妙な叫び声と共に巨大な【異形種】が雄斗を睨み付け、巨大な空気の塊を発射してきた。
雄斗はそれを切り裂こうとするがその時だ、凛が召喚した鎧武者が体を張って防ぐ。
直後、伸びてきた炎蛇剣の刀身と雪菜の【桜刃爛漫】が、大型の周りにいた似非フクロウたちを貫き、粉微塵に。
雄斗はいいタイミングだと思うと同時、鳴神流剣術六之剣 雷龍顎を発動。天駆ける閃電となった雄斗の刺突が【異形種】の頭部を粉砕した。
空に散っていく巨大似非フクロウを見ながら念のため残心する雄斗。しかし地上に降り立っても敵意や悪意が感じられないのを見て一息をつく。
「皆さん、もう大丈夫です! 襲来した【異形種】は次期ヤマトタケルである大和和尊様と、当代の【万雷の閃刀】の継承者である鳴神雄斗様が殲滅しました!」
その直後、突然の戦いや【異形種】に戸惑い、怯える民衆に向けて凛が大声で言う。
そして和尊は近くの建物に飛び乗るや神具を天に掲げる。皆を安心させるように。
(鳴神さんもほら、和尊さんみたいにアピールして!)
凛が念話で言ってくる。
雄斗は躊躇するもそれに従い彼の隣へ移動。【万雷の閃刀】を掲げる。
そこで【異形種】の襲撃に驚き怯えていた民衆から安堵と称賛の声が上がりだす。
「【万雷の閃刀】の所有者。明様の後継者か……!」
「次代のヤマトタケルも素晴らしい立ち振る舞いだったぞ!」
「和尊様、鳴神様。万歳!」
周囲の声は徐々に大きくなり、そして歓声が沸き上がる。和尊や雄斗、そして【万雷の閃刀】の名前が連呼されるのだった。
次回更新は5月31日 7時です。




