八話
「現状、打つ手なしか……」
夜月家の大門が閉じたのを見て、雄斗は呟く。
正直、少しだが気が滅入っている。封じられた記憶が今日で元に戻るとまでは思っていなかったが、何かしらの手掛かりは得られるのではないかと期待はしていた。
だが得られたのは記憶を失う以前の自分がその記憶を閉じ込めているという困惑する事実だけだ。
大抵のことは引きずることはない雄斗だが、そんな自分が思い出したくないとさえ思うその記憶。一体、何があったのだろうか──
「な、鳴神さん! あの、お祭りを見てまわりませんか!?
礼子さんも言っていましたけど現在天都ではヒュペリオン神のお祭りをやっているみたいですし」
心配そうな様子で雪菜が言う。
まるで我が事のような顔をする彼女を見て雄斗は笑みを作る。
「そう言えばそうだったな……。気晴らしに、見てまわるか!」
「はい!」
消沈した姿をこれ以上見せまいと、雄斗は胸を張り大きな声を出す。雄斗の空元気を信じたのか、安堵した様子で雪菜も頷く。
大通りにある路面電車──高天原ではメジャーな移動手段である──に乗って移動すること十数分、天都の南地区の一角に到着。
駅より降りると周囲には無数の露店があり、正面には馬に引かせている古代の戦車に乗り、弓を引く男のオブジェがある。天都に住まう神々が一柱、ヒュペリオン神だ。
「そういえばヒュペリオン神ってどこの世界の神だったっけ」
「【オリュンポス】ですね。大戦以前、かの世界で権力闘争に敗れ、民たちと共に大規模転移してきたそうです」
「【放浪する神】ってわけか……」
【放浪する神】というのは誕生した多元世界からなんらかの理由で別の世界へ移動、移住する神のことだ。
大戦以降、元居た世界の消滅などで幾柱の神々が別の多元世界に移住しているが、それ以前にもまれに他の多元世界へ移住する神々の存在はあった。ヒュペリオン神もその一柱のようだ。
「そういえば【高天原】は【放浪する神】に対してどうなんだ? 俺が知っている限り【オリュンポス】や【ヴェーダ】と違って大きな諍いもなく、仲良くやっていると聞いているが」
「もめ事が全くないとは言いません。でも他世界に比べて高天原は【放浪する神】に対して友好的だと思います。
天都でも大きな諍いが起きたことは滅多にないそうですし」
雪菜の言葉を聞きながら雄斗は周囲を見渡す。
露店の各所に見える東洋系と西洋系の人々に亜族達は皆、心から祭りを楽しんでおり、仲良くしている様子だ。
「確か叢雲の言う通りみたいだな。羨ましいぜ。
【オリュンポス】ほどじゃないが【ムンドゥス】もいろいろ問題があるからな」
故郷【ムンドゥス】に存在する神々と【放浪する神々】はあまり仲が良くはない。
というもの【ムンドゥス】に住まう神々のほとんどははるかな過去、多元世界より流れ着いた【放浪する神々】なのだ。さまざまな神話に登場する王権を奪われた神や後進に追い落とされた神、神話において端役というべき神々ばかり。
そんな神々が流れ着いた【ムンドゥス】に追い落とした神々や見知らぬ世界の神々が後になってやってくる。当然長年【ムンドゥス】にて権威を振るっていた元【放浪する神々】たちが歓迎するばずもない。
年に数度、【ムンドゥス】と【放浪する神々】、それらを心棒している民との間では諍いが起こっている。もっとも【ムンドゥス】のトップである【神魔八王】や【アルゴナウタエ】らが仲裁に入っているため大問題にはなっていないが。
「あれ、叢雲?」
「……あ、す、すみません。すぐ行きます」
隣にいたはずの雪菜の姿がいつの間にかなく雄斗は周囲を見渡す。
すると彼女は雄斗の後ろで少し離れた場所にある露店を見ていた。
鉢巻をした職人風の男が構えているその露店には髪飾りや簪、ペンダントなどの装飾品が売られている。
「気になるなら少し見ていくか?」
「い、いえ。少し気になっただけですから」
「そうか。だが俺はちょっと気になるから見ていく。悪いが付き合ってくれ」
雄斗はそう言って雪菜が見ていた露店に近づく。
「へい、らっしゃい。
うちの簪は天都随一の細工師が造ったものばかりでどれも一級品だぜ」
「へぇ、確かにどれも見事なものだな」
髪飾りなどの価値はわからない雄斗だが、露店に並べられてある装飾品のデザインや細やかな造りは熟練の技で生み出されたものだということはわかった。
雄斗はこれらに似た、またはそれ以上の造りの刀や武器をいくつも見てきた。それゆえに工芸品、芸術品などに対してそれなりの目利きは効くのだ。
「……。親父、青と赤、黄色に紫の撫華の簪を一つずつ貰えるか」
「へい、毎度!」
「ええっ!?」
一通り並んでいる品々を見て雄斗は注文する。
装飾品には花や植物、動物などの装飾がされているが、そのどれもが【高天原】に生息しているものらしく詳しくはわからない。
という訳でついさっき知った撫華の簪を買うことに決めたのだが、
「あ、あの鳴神さん。そんなにたくさんの簪、誰にプレゼントするんですか!?」
何故か隣にいる雪菜が驚き、泡を食った様子で問いかけてくる。
その様子に驚きながらも雄斗はあっさりと答える。
「妹に義姉に姪。──それとお前にだな」
店主から手渡された簪を包んだ包みを開く雄斗。
そして赤の撫華の装飾品がついている簪を雪菜に向ける。
「あ、赤の、簪を、私に……!??」
「ああ。お前の黒髪には一番映えると思ったが。それとも他のがいいか?」
「い、いいえ! これでいいです。これが、これがいいです! ありがとうございます!」
受け取った雪菜は彼女らしくなく大仰に頷き、まるで宝物のように簪を両手で包む。
そんな様子の雪菜を不思議に思っていると、なぜか店主はにやにやと含みのある笑みを浮かべていた。
「兄ちゃんやるねぇ」
「何がだ?」
「おや、その様子じゃ知らんのかい。
──まぁいいか。深く言うのも野暮ってもんだ」
がははと笑う店主。
無精ひげが生えている顎を撫でながら彼は雪菜に言う。
「お嬢ちゃん、お兄さんに大切にしてもらいな!」
店主の言葉に雪菜は頬を赤くして黙り込む。
赤の撫華の簪に何か意味があるのかと聞こうと思ったが新たな客がやってきたので、ひとまず露店から離れる。
「すみません鳴神さん。ちょっと待っていてもらっていいですか。すぐ済みます」
少し歩いたところで雪菜はそう言い、離れていく。
トイレの方に向かっていった彼女を見て、花でも摘みに行ったのかと雄斗は思い待つ。
「可愛い嬢ちゃんだな。お前さんのいい人かい?」
しばし露店の風景を眺めていると、声をかけられた。
振り向けば法被に捩じり鉢巻といった神輿担ぎ手のような恰好をした二十代後半ぐらいの男の姿があった。顎髭を生やしており、どこか無頼の空気を漂わせている。
(天都の魔術師か?)
そう雄斗が思うのは無理もない。男が放つ空気と法被の間から見える鍛えられた筋肉は戦士のそれだ。
露店の店主にも同様の雰囲気を持つものが数名いた。おそらく彼もその一人なのだろう。
「いいえ、職場の後輩です」
「その後輩に撫華の、しかも赤の簪をプレゼントしたわけかい。
お前さん、どこの生まれだい?」
「【ムンドゥス】の日本ですが……」
「なるほど。どうりで俺らと似たような顔立ちをしているわけだ」
頷き、男は顎髭を撫でる。
「しかしあのお嬢ちゃんとは結構仲がいいみたいだな。
あのお嬢ちゃん、数年後にはすげえ美人になるだろうさ。羨ましいねぇ」
「俺たちが親しいと、どうしてそう思うんです?」
「ただの顔見知りに装飾品をあげたりはしねぇだろ?
お前さんは狙ってやるスケこましには見えねえからな」
「武蔵!」
聞こえた声に目の前の男性は後ろに振り向く。
祭りで賑わう人々の間を通って眼鏡をかけたどこかの研究員のような金髪の男性が姿を見せる。
「おおブラント。どうしたよ」
「どうしたじゃないよ。いきなりいなくなってびっくりしたよ。
何を暢気に祭りなんかに参加しているんだ……!」
眦をつり上げる金髪の男性。体躯や声音、雰囲気から二十代前半と言ったところか。
しかし顔立ちは十代の少年のそれであり、元が穏やかなのかあまり怖くはない。
「そうカリカリするなよ。近くに祭りがある。なら参加するのは高天原人としては当然だろう?」
「高天原人じゃない僕にはわからないよそんなことは!」
そこまで叫んだ時だ、男性は雄斗に気づいたのか視線をこちらに向ける。
「彼は?」
「【ムンドゥス】からのお客さんだとよ。将来美人になる大和撫子の嬢ちゃんを連れた色男だ」
「また君は訳の分からないことを……! 僕の連れが迷惑をかけたようですみません」
雄斗に向かって深々と頭を下げる金髪の青年。
男性の「おいおい、勝手に決めつけるなよ」という声を無視して、彼は言う。
「とにかく、祭りはもう十分に堪能しただろう? やることはまだあるし、さっさと帰るよ」
「おいおい、せっかく久方ぶりの【光明祭】なんだから、もうちょっと堪能させてくれても──」
「アルも君が帰ってくるのを待っているんだ! 帰るよ!」
「わかったわかった。腕を引っ張るなよー」
青年に引きずられていく男。
人ごみに紛れそうになった時、彼は雄斗を見て言う。
「じゃあな色男。可愛らしいお嬢ちゃんと仲良くなー」
ひらひらと手を振る男。その手も姿もすぐ人ごみに紛れてしまった。
「……何だったんだ」
いきなり現れいきなり消えた珍妙な男。態度も妙に馴れ馴れしかった。
ともあれ再び一人となった雄斗。再び祭りの様子をうかがっていると、トイレの方から雪菜が戻ってくる。
その雪菜だが、髪型が変わっている。先程のポニーテールにしている黒髪が一つにまとめられており、そこに雄斗がプレゼントした簪が刺さっている。
「せ、せっかくなのでつけてみました。どうですか?」
不安と期待がないまぜになった様子で雪菜が言う。
「似合ってるな。と言うか思った以上だ」
率直に言うと雪菜は心底嬉しそうな笑みを見せる。
それを見て雄斗も微笑を浮かべたその時だ、
「雪菜?」
唐突に雪菜の名が呼ばれ雄斗たち声のした方へ振り向く。そこにいるのは一組の少年少女だ。
着物を着た少女は雪菜と同い年ぐらい、おかっぱ頭に似た黒髪のセミショートで凛とした顔立ちをしている。その隣にいる少年は雄斗より若干身長が高く温厚、温和と言った風体だ。
「凛さん?」
「やっぱり雪菜。久しぶりね!」
ぱっと表情を明るくして凛と呼ばれた少女は雪菜に抱擁する。
抱きしめられた雪菜も最初は目を白黒させていたが、すぐに微笑を浮かべて抱きしめ返す。
両者の親しい仲を感じさせる見目麗しい少女たちの抱擁を見て雄斗は小さく笑い、体を離した雪菜に問いかける。
「叢雲、こちらのお嬢さんは友達か」
「あ、はい鳴神さん。こちらは浅間凛さん。私の学院時代のお友達です」
「鳴神? ああ、あなたが噂に聞く当代の【万雷の閃刀】の所有者ね。はじめまして、浅間凛です。
雪菜から色々話は聞いているわ」
礼儀正しく一礼する凛。どうやら雪菜と同じくどこぞの名家の令嬢のようだ。
そして凛の隣に立つ少年も雄斗に深々と頭を下げる。
「初めまして鳴神雄斗さん。先日は父がお世話になりました。
大和家が長子、大和和尊です」
「もしかして尊正さんの息子か」
頷く和尊。
「立ち話もなんだし、どこかでお茶しない?」
凛の誘いを断る理由もない。雄斗たちはすぐ近くにある喫茶店に入るのだった。
次回更新は5月28日 7時です。




