七話
「お、お待たせしました」
「おう、来たか。……お」
【狂神】ヨルズ討伐から数日後の早朝、叢雲家の門前で待っていた雄斗の元へ雪菜と礼子がやってくる。
彼女を見て雄斗は少し目を見開く。彼女が身にまとう着物は純白の布地に色とりどりの花や明るい文様が刺繍されており実に華美だ。
まるで彼女のためだけにあつらえたような印象さえ受ける。
「随分粧し込んでいるな」
「この着物は舞香姉さまがご用意してくれたものです。
私が【アルゴナウタエ】に配属されることが正式に決まった時、プレゼントしてくれました」
嬉々として着物を選び、この姿を見た舞香が狂喜しながら雪菜に抱きつく姿がありありと雄斗の脳裏に浮かぶ。
いや、もしかしたらこの着物の制作に一枚噛んでいるではなどと一瞬、思ったりもする。
「そうか。似合っているぜ。
だが俺はこんな格好でいいのか?」
雄斗が身にまとっている着物は叢雲家が用意したものだ。
見た目も特に問題はないが雪菜の着物と比べればかなり差がある。
「父さま曰く、夜月様はあまりそう言うのは気になさらないそうです」
雪菜の言葉を聞き、ならなぜ雪菜だけ粧し込んでいるのかと思うが、すぐに答えに行きつく。
雄斗はともかく雪菜は【高天原】屈指の名家である鳴神家の令嬢。一方今から訪れる家も格で言えば劣るとも勝らない。
高貴な家同士の張り合いと言うものだろうと納得する。
「まぁいい。それじゃあ行くか」
「はい」
「鳴神様、お嬢様、少しお待ちください」
「礼子さん?」
今まで傍に控えて一言も発しなかった使用人頭は、皺だらけの掌を二、三回たたく。
甲高い音が空に響いて十秒ほど経過すると、空から巨大な黄金の鳥が雄斗たちの目の前に降り立つ。
「お、黄金の鳥?」
「これは金鵄? 一体どうして?」
目を丸くする雄斗と雪菜へ老女は微笑んで言う。
「これに乗って夜月様の元へ赴きください。大旦那様よりの言伝です」
「お爺さまから? わざわざ金鵄を使ってですか?」
「はい。今日中に帰るために是非、使えとのことです」
目の前に降り立った全長四メートルはあろうかと言う巨大な黄金の鳥を見て雄斗は少し圧倒されていたが、雪菜の口から出たその名を聞き、これが何なのか思い出す。
金鵄。それは日本神話に登場する神武天皇を導き、力を与えた神鳥のことだ。
ここ【高天原】では鉄道や車のような移動手段の一つではあるが、使用するのは高い身分の者ばかりであり数も限られている。
「それはわかったが礼子さん、どうやって乗ればいいんだ?」
「背部に鞍がございます。そこにお座りください。
鉄道では半日近くかかりますが金鵄では一時間程度でご到着します」
「それは速いですね……」
現在朝の八時過ぎ。今から天都に行って往復した時、速くても帰りは夕暮れ。
最悪の場合は鉄道の中で寝る羽目になると思っていたのだが──
(マリアたちが許可を出したのはこれがあったからか)
【狂神】を一柱封じたとはいえ任務は終わっていない。
雄斗の個人的事情で短時間とはいえ任務から離れるなど許されるはずもないが、金鵄の存在があるのなら納得だ。
「それと鳴神様、天都では現在祭りが催されております。
お嬢様共々、先日の【狂神】封滅でお疲れのご様子。気晴らしに寄ってみるのがよろしいかと」
「え? あ、はい」
「それではいってらっしゃいませ。──お嬢様を、よろしくお願い致します」
何故か最後の方に力を入れて礼子は言う。
それに戸惑いながらも雪菜と共に金鵄に乗り、黄金の鳶は翼を広げて空に舞い上がる。
「おお、速いな。ぐんぐん帝都から遠ざかって行っている。
しかも防護結界もよほど強固なのか、風切り音が全く聞こえないな」
「金鵄は高天原の移動用霊獣としては最高クラスの一体ですからね」
雄斗の言葉に雪菜が応じるとそれが聞こえていたのか、金鵄は得意げなように小さく鳴き声を上げる。
「しかしこんなに早く俺の記憶を診てもらうとは思わなかったな」
そう、今日雄斗たち二人は何者かによって封じられた雄斗の記憶を解けるかもしれない神の元へ訪問するのだ。
伝手があると言っていた明がすぐに連絡を取ってくれたのかその神は今日、雄斗に会いに来るよう叢雲家に連絡したのだという。
「お爺さま、それとお父様も口添えしてくれたかもしれませんね。
当代のツクヨミさまはお父様とは同世代のお方です。友人と言うほどの関係ではないそうですが、幾度か共に戦ったことはあるとのことです」
「戦友ってやつかね」
その神とはツクヨミ。日本神話における三貴子の一柱であり夜や月を司る神と言われている。
【高天原】におけるツクヨミも非常にそれに似た神格を持つが、それに加えて時間を司る神なのだという。
「しかしわからないな。ツクヨミは高天原でも重要な神様なんだろう?
なのに何故アマテラスやスサノオと同じ帝都にいないんだ」
「ツクヨミ様がおられる天都も帝都と同じぐらい重要な土地なのです。
かつての帝都であり高天原有数の霊地です。そのため若い巫女や僧侶たちが修行のために集まってきますし、古の霊験ある建物や土地も無数にありますから」
「つまり巫女や僧侶のメッカでありパワースポットの集合地帯という訳か」
頷く雪菜は姉の舞香や自分も一年ほど天都の学院に在籍していたこと、天都の歴史や天都に縁のある神々について詳しく説明してくれる。
雄斗もそれに対して質問しているうちに、いつの間にか金鵄がゆっくりと地上へ降下していた。
「……ここが」
「はい。天都です」
眼下に見えた街並みを見て雄斗は目を丸くする。
首都である八光が明治、大正自体の東京としたらこちらは江戸時代における江戸、または平安京と言った風情だ。広大な平原に大小無数の屋敷が立ち並んでいる。
八光に来た時のように天都の防空部隊の者たちがやってくる。しかし話は通してあったのか彼らは雄斗たちの目的地を教えるとさっさと飛び去って行ってしまった。
金鵄が降下したのは町の北東、それも端にある叢雲家に劣るとも勝らない大きな屋敷の門前。
その前に狩衣を身にまとう中年男性の姿があり、雄斗たちを見て近づいてくる。
「お待ちしておりました叢雲雪菜様、鳴神雄斗様。私はツクヨミにお仕えしている田食篤支と申します。
ツクヨミ様がお待ちです。どうぞこちらへ──」
「案内の必要はないよ篤支。私はここにいる」
聞こえてきた声に頭を上げようとしていた田食の動きが止まる。
また雄斗たちも動きを止めて周囲を見渡す。するといつの間にか、固く閉ざされている大きな門の前に作務衣を着た男性の姿がある。
腰まで髪を伸ばした長髪の男性だ。痩せ気味なのか頬は少し痩けている。穏やかな微笑を浮かべている姿は歌人のように思えなくもないが、平静ながらも底が知れない眼差しにかすかに放つ神のオーラが彼の正体を教えてくれる。
「ツクヨミ様、何故こちらに!?」
「懐かしい気配と波動を感じたもので気が早ってしまったのだよ。
久しぶりだね……と言っても雪菜君、君は幼すぎて覚えていないだろうから、初めましてと言った方がいいね。
当代のツクヨミである夜月静だ」
「は、はい。初めまして、叢雲雪菜です。
あの、私のことを知っておられるのですか」
「君がまだ赤ん坊の時に一度だけ会ったことがあるのだよ。
……なるほど。こうして改めて見ると冬華様の生き写しだ。明様達が溺愛するのもわかるね」
懐かしそうに微笑む静。
そして月を思わせるような銀の眼を雄斗に向ける。
「それと君は初めましてだね、当代の【万雷の閃刀】の所有者、鳴神鉄真君。夜月静だ。よろしく」
「鳴神雄斗です。この度は俺のために本当にありがとうございます。
お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「そう気に悩まなくてもいい。私としても興味のある話だからね。
篤支、二人を客間にご案内しておくれ。用意ができ次第、連絡する」
そう言って静は音もなく足元の影に体を沈めていく。影の移動。ツクヨミの夜神の権能の一端だろう。
田食は改めて二人に頭を下げ、二人を夜月家に招き入れる。屋敷内で見る叢雲家よりも豊富な多種多様な花や雑木を目にして、思わず雄斗は息を漏らす。
「凄い量の花や木々ですね」
「これらのほとんどは術や術式に持ちいる特別な植物です。今日の鳴神様の記憶を探る儀式でもいくつか使用されております」
「あ、撫華だ。綺麗……」
呟くように雪菜が言う。彼女の視線の先にあるのは淡いピンクの花だ。
「あの花は何の効果があるんですか?」
「回復薬の材料になったり治癒術の効果を上げる花です。
もっとも薬となる花としては下位の方でして、【アルゴナウタエ】クラスの方々が使用するほどのものではありません。
ただ女性──特に叢雲様のような少女たちには大人気な花ではありますな」
「そうなのか?」
「はい。【高天原】のあちこちに咲いていることや見た目が綺麗なこともありますけど、花言葉が一番の理由だと思います」
「『無垢な愛』、『届く初恋』、『私はずっとあなたを見ています』、『親愛』。十代の少女が好みそうな花言葉がいくつもある花ですからね」
そんな風に周囲の木々について話しながら雄斗たちは建築して数百年といった風情のある和風の屋敷を歩く。
そして案内された客間で用意されていた茶菓子を頬張っていると、姿を現した田食が用意ができたと告げ、再び雄斗たちは彼の後についていく。
屋敷の北側に向かうこと数分、数十人で宴会でも開けそうな広い部屋に用意される。 静は紫の狩衣を身にまとい、部屋の中央で座禅を組んでいる。
そしてその正面に二つの座布団がある。あそこに座れということなのだろう。雄斗たちが腰を下ろすと静は眼を開き、言う。
「それでは早速、鳴神君の記憶を探るとしよう。
だが儀式に入る前に、側においてある薬湯を飲んでください」
言われた通り座布団の傍においてある黒塗りの茶碗を手に取り、中にある濃い緑色の液体を飲み干す。
少々苦みが感じられたが、雄斗と雪菜は一口で飲み干す。それを見て静は頷くと体より巨大な神のオーラを発する。
瞬く間に周囲が暗闇に閉ざされ、雄斗たち三人以外見えなくなる。
「回る月よ。巡る暦よ。絶えず動く汝らが刻むは世界と人の歴史なり。
我が名と権能において、その一端をここに開示せよ」
髪を靡かせる静が言霊を口にする。
すると暗闇の一部が明るくなり、そこに見覚えのある光景──雄斗が【アルゴナウタエ】に所属してからの日々が映し出される。
映画のフィルムのように映し出されるマリアや雪菜たちと過ごす日々。しかしすぐに彼女たちの姿は消え親友の天空や未来たち家族と過ごした様子があらわとなる。
「過去に遡っているのか……」
雄斗が呟いた通り、映像は過去に向かっていく。青年から少年、幼年、そして生まれた直後まで遡り、一旦停止する。
「鳴神君。ひとまず君が生まれた時まで遡った。
一通り見た過去の記憶の中で、何か違和感を覚えたところはあったかね」
「……いえ、特には」
覚えている記憶も忘れていた記憶も、どこか懐かしいものを感じられた。静の言うような違和感は全く感じなかった。
「君の記憶の一部が隠蔽されていると聞いている。
だが遡ってみても違和感さえ覚えないということはよほどうまく改竄されているとみるべきだね。
しかも私の作った霊薬を飲んでも気づかないとなると、君の記憶をいじったのは間違いなく神か神具、神財保有者だろう」
静の言葉に雄斗は眉を顰める。
過去に神々や神具、神財保有者と対面したことはあるが、記憶に干渉するような相手と会ったことはないはずだ。
(あれ? 本当にそうだったか?)
雄斗が疑問に思うのはある光景を思い出したからだ。レストディアとの戦いのとき、【万雷の閃刀】を抜いたときに見た光景だ。
あの光景はあの時、過去のものだと思った。だが今見た自分の記憶の中にはない。しかしあれが偽りのものとは思えない──
雄斗が懊悩する中、静は雪菜に言う。
「雪菜君。鳴神君と手をつないでもらえるかな」
「……ええっ!? な、何故ですか!?」
「君は巫女としても高い資質を持っており、また大地に縁が深い【木花霊剣】の所持者でもある。
知っているとは思うがツクヨミは豊穣神の神格も持つ。君を通せば私の力がより強く、鳴神君に伝わるのだよ」
「は、はい。わかりました。
それでは、あの、鳴神さん。失礼しますね」
顔を真っ赤にして手を差し出す雪菜。
雄斗は微苦笑しながらもそれをしっかりと握り、ますます頬を赤くする雪菜の姿を目にする。
再び静が言霊を紡ぐ。別の空間が開け、今度は雄斗の記憶は過去から未来に向かっていく。
「! 夜月さん、ここで止めてください」
言ってすぐ停止する雄斗の記憶。それを見て雄斗は視線を鋭くし、心中で呟く。
(よりにもよってここか……)
表示されている画面は病院のベットにいる包帯だらけの雄斗が、若々しい親子に頭を下げているところだ。
今から三年前のことだ。兄の知人であり、雄斗が師事していた高名な魔術師が戦いの中、雄斗をかばって死亡してしまったのだ。
現役時代の兄と互角の強さを持っており明るく優しい彼のことを雄斗も慕っていた。だが二人で修行をしていたある日、突如姿を見せた複数の高ランクの【異形種】と戦い、彼は雄斗をかばって死亡してしまったのだ。
「痛っ……」
心中でかつての悲劇を思い返していたら、ずきりと頭が痛む。
それを見て静は言う。
「では、この辺りを本格的に調べてみようか」
そう言って彼は体よりオーラを放ち、この事件の前後をゆっくりと再生し始める。
すると脳裏に先程より強い痛みが断続的に感じられ雄斗は表情を歪める。
「よ、夜月様! 鳴神さんが!」
「すまないが少し我慢してくれ」
雄斗の表情を見た雪菜が声を上げるが、静は冷たく一蹴する。
そしてしばらくすると映像が止まった。
「……これは」
数秒沈黙したのち、静は険しい顔で呟く。そして彼は一息つき自分のオーラを鎮める。
それと同時に周囲を包んでいた闇も晴れ、周囲も元に戻る。
「……どうだったんですか」
雪菜の問いに静は難しい顔で答える。
「結論から言おう。君の記憶の改竄部分はあの箇所なのは間違いない。
だが内外から蓋をされている現状、記憶を再生することはお勧めしない」
「内外から蓋ってどういうことですか?」
「詳しく言うと何者かの手によって君の記憶は改竄されている。その上で君自身がその記憶を思い出すことを拒んでいるのだよ。
ただ単に改竄されているだけなら何とかできる方法はいくつもある。だが君自身がそれを拒んでいる現在、強引に事を成せば脳に多大な負担がかかる。
人間の脳はデリケートだからね。最悪、人格崩壊にもなりかねない」
静が告げた言葉に雄斗は絶句する。
「俺自身が……?」
「これはあくまで私の推測だが、改竄された真実の記憶は君にとって受け入れることすら拒否するようなものだったのだろう。
普通の人でもあまりにつらい現実から目を背け、自ら記憶を封印、改竄するという事例は幾多もある。君の場合はそれに第三者による介入も加わっている」
「そ、それじゃあ鳴神さんの記憶は」
顔面を蒼白にする雪菜へ静はハッキリと言う。
「このままでは戻らないし私たち神々でも手の施しようがない。先程も行ったが強引に事を成せば鳴神君に害があるだろうしね。
現状考えられる解決策は君自身で思い出すか、記憶に干渉できる神具で鳴神君に悪影響が無いよう記憶を戻すしかない。
まぁそんな神具がある話は私は聞いたことはないし、現在確認されている神具でも私が知る限り可能なものはない。一番の近道は自身で思い出すことだろうね」
次回更新は5月25日 7時です。




