28 緊急撤退
「アリシア、雫をどこにやったのよ、、」
ユニーク武器の棍棒を握りしめ、アリシアに問いかける柳田由美、その声には明らかに怒気が含まれていた。
春野雫が行方不明になったことが、この日勇者たちの知るところとなったのだ。スタンピードが始まってから、勇者達は住民の避難を助けるために班別で幾度となく出撃していたため、気がつくのに遅れたのだ。
「そ、それは、、今調べています、、」
不眠不休でスタンピードに対応し、目の下に盛大にクマを作っているアリシア、そしてそれを問い詰めているように見える勇者たち、と傍からは見えるかもしれないが、実は男性陣はハラハラしながらいつでも柳田を止める準備をして待機しているのであった。
「アリシア様、執事長を連れてまいりました」
そこへ女騎士が一人の男の腕をねじり上げながら連れてきた。
「よくやったわ、フィリア」
「は、はなせ、離してくれ!」
「離してやろう」
「ギャッ!」
女騎士は執事長の腕をさらにねじった後、尻を蹴飛ばすと、執事長はアリシアと柳田の間に滑り込むようにして倒れた。
「あぐ、痛ッ、、」
「執事長、シズクさんをどこへやったの? あなたが人事権を使ったところまでは分かっているのよ」
「アリシア様、そ、それは、、」
目をそらす執事長
バガァァァアアアアン!!!
執事長の真横の床がいきなり爆発した。
柳田が棍棒で床を叩いたのだ!
「ギャッ! 痛っ!!」
爆ぜた床石が、石つぶてとなって執事長を襲う!
額が切れて血を流す侍従長、
アリシアの方へ飛んだ石は神田俊介が防いでいた。
「次は腕? お腹? それとも顔がいい?」
棍棒をぐりぐりと執事長の顔に押し付ける柳田
「ひ、ひい! ウ、ウルミ様がメイドを増やして欲しいと仰られまして、、移動していただきました!」
「へぇ、、」
「ウルミが!! ちょっと待って! それで偶然シズクさんが行くわけないでしょ?!」
「アリシア様、執事長の部屋からこんなものが、、」
そう言って別の女騎士が一抱えはある革袋をアリシアに見せる。中身は、、大金貨がみっしりと入っていた。
「なにこれ、、貴方の給料一生分でもこんなには無いでしょう!」
「……なに、この大金? 話してくれるよね?」
「ウ、ウルミ様からどうしてもシズクを自分付きのメイドにしてほしいと頼まれまして、、へへ、それでシズクをウルミ様の屋敷へと、、」
ドゴッ!
執事長の腹を蹴飛ばす柳田、勇者としてレベルを上げてきた柳田の蹴りは到底常人に耐えれるものではない。執事長は口からいろいろ吐きながら気絶した。
「収賄罪で地下牢につないでおきなさい!」
「ハハッ!」
アリシアの命令に兵達がぐったりと気絶した執事長を抱えて退室していく。
「ウルミの屋敷とやらはどこ? 案内して」
「は、はい!」
柳田のプレッシャーに思わずYesと答える女騎士
そこへ一人の老騎士が駆け込んできた
「アリシア様 朗報です! ウルミ様が援軍を率いられるために、王都を離れ、ご母堂の実家、ライゼル公爵領へと向かわれましたぞ!!」
「な、なんですってぇぇぇえ!」
能天気な老騎士の言葉に叫ぶアリシア
「いつの話なのよ! 王都を出たのは!」
「2時間ほど前です、騎士と身の回りの世話をする者を連れて出発されました。今頃はかなり進んでいるのでは、これでエオリアも救われますな!」
「これは、、さすがに予想していませんでしたねぇ」
「うーん、騎士に守られながらであればそれなりに大丈夫なのかな、、春野もライゼル公爵領とやらに行けばスタンピードからは逃れられるかもしれんしなぁ」
神田と尾崎が思案しているところへ伝令の兵が駆け込んでくる
「大変です! 王都の北門から2kmの地点で、北東から避難してくる住民に魔獣の群れが! お願いします勇者殿の派遣を!」
「おい! 他の班はすでに出払っている、俺たちが行くぞ柳田! 尾崎!」
「わかったよ、シュン!」「ええ、まずはそちらが優先ですねぇ」
「すみません、お願いします、シュンさま」
「任せとけ、アリシア、あと、少しでいいから休め!」
「はい、シュンさま」
そう言って神田俊介は、スタンピードが始まってから5度目の出撃に向かった。
◇◆◇◆◇
「前方よりランクDのブラッドウルフ5!」
「押し通れ!!」「「ははっ!!!」」
ウルミの一行は、時折現れる魔獣達の集団を無理矢理に突破し、南への街道をひた走っていた。
ウルミの御者を務める女騎士は高レベルの『索敵』スキルを持ち、味方の騎士達に正確に指示を出す。
「ウルミ様、これ以上高ランクの魔獣が出ますと危険です!」
「何を言っているの! 突破しなさい! ライゼル公爵領へたどり着きさえすれば、、」
「前方1kmに、、あ、ああ、ダメです! ランクDとCが数十体に、ランクBが数体の群れが!」
「何ですって!!」
「ウルミ様、撤退命令を! 流石に我らではランクBを含むこの大群を相手にはできません! は、早い! この接近速度、今から逃げても追いつかれる可能性が、、」
「……撤退! 『緊急撤退』を発動よ!」
「「「!!! 『緊急撤退』 了解しました!!」」」
「メイド達は馬車から降りろ!」
「馬を外せ! 急げ!!」
ウルミの『緊急撤退』発言に護衛の女騎士達が慌ただしく動く。
騎士達はウルミの馬車以外の全ての馬車から馬を外し始める。そして馬の背に鞍を乗せまたがった。
ウルミの馬車は御者の騎士一名にウルミの合計2名だけに、護衛の騎士は後続の馬車から外した馬に騎乗し、ウルミの馬車を囲むような形をとった。
馬車に乗っていたメイド達5名は外に立たされて戸惑っている。
「あ、あの、私達は、、」
「……すまぬ、許せ」
パンッ!
馬に鞭を入れる女騎士達、ウルミを乗せた馬車とそれを囲む護衛の騎馬は全速力でエオリアへの撤退を開始した。
ウルミの『緊急撤退』 それは戦いを知らないメイド達だけを残して襲われる事で時間を稼ぎ、軽くした馬車と騎馬で全速で撤退する、外道極まる撤退作戦であった。
「え? え? そんな、、私たち置いていかれたの? 何で?」
走り去る馬車を見て困惑するトリシャ
「みんな、逃げるわよ!」
最年長のモニカが呆然としている他のメイド達に声をかけてエオリアへ戻る道を逃げるよう促す。
「テトラ、しっかりつかまってろ」
長身のジルが、一番小さなテトラを抱き上げるとテトラはギュッとしがみついてジルの肩に顔を埋めた。
「トリシャちゃん! 早く!」
まだ呆然と立っていたトリシャの手を取り、引っ張って駆け出す春野。
5人のメイド達の後ろでは、もう、そこまでなにかが迫ってる気配がしていた。茂みはガサガサと音を立て、遠くの方からも雄叫びが響いてきていた。
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