21.新領主
その日、一通の手紙が届いた。
多分、この街で手に入る、最上質か、それに近い立派な紙を使っているのではないだろうか。
金で細工を施された、見事な体裁を備えて、そして、領主の使者と名乗る正装の男から、直に手渡しである。
ただ事ではないことは、明らかだった。
最初の一枚には、『新領主着任のご挨拶』。
次に、『謝罪の言葉』。
最後に、『ご挨拶の申し入れ』となっていた。
ご挨拶など、ざっと目を走らせるだけ。
謝罪の言葉?熟読には値しない。
ご挨拶の申し入れ。これが本題だろう。
簡単に言えば、挨拶に伺いたいと。新領主として、最初の仕事であるから、いつでも構わないから、時間を作って欲しいと。
僕は、『いつでも構わない』という部分だけ文面通りに捉えて、その手紙を持って領主の館にすぐ向かった。
……途中、シルヴィーンに捕まり、「ご一緒します!」と言うのを、断りきれず、護衛として連れて行くことにした。一応、剣を一振り、持たせておく。見た目重視の、まぁ……儀礼用とかに使えるかなぁ、と思って作った奴だ。刀身も鞘も、例の『水の特殊結晶』で作ったものなので、この国にルシファー以外、買い取るとしたら納得のいく金額を提示できる奴が思いつかないほどのものだ。はったりには、丁度良かろう。
館の入り口では、衛兵に、名前だけ確認されて、最敬礼されて通された。手紙が証拠として必要かと思ったが、その確認もされなかった。
応接間に通された後、室外から慌しい音が聞こえてくる。向こうの予定には無かったのだろう。よく、衛兵が名前の確認だけで通したものだとは思う。……こういう場合、相手の予想を上回った方が勝ちだ。
その割には、領主はすぐにやってきた。出されたお茶を飲み終えるよりも早く。
「まさか、こちらにおいでいただけるとは……」
新領主は、バウマイヤーと名乗った。恐らく、地人族。怒らせると怖いが、基本は温厚、立派なガタイを持ち、身長の低い者が多いが、極端に背の高い者も多く、そういう者は、巨人族とも生身で対等に渡り合える。体格の小さい者は、商人をしている者や、鍛冶屋にも多い種族だ。
「まずは、こちらをお返し致します」
割と上等の皮袋。中身は、14個のブラックマナ。
「ほぅ……。よく、これをすぐに返せたものだ」
「……前の領主の腹心に、機転の利く者がいまして。『これには手を付けてはならぬ!!』と、強く周囲に言いつけ、私の手に、そのまま渡って参りました。……金額、間違いございませんでしょうか?」
「間違いない。
……その腹心、会わせてはいただけないかな?」
「今すぐ」
パンパンッと、二度、手を打ち鳴らす。軽装ながら、鎧姿の衛兵が一人、現れた。……武器は持っていない様子。
狼型の、獣人族。
……見覚えがある。
「……あの呪いは、強力だったろう?」
「ハッ!
……攻撃能力のみを奪うものでなければ、そのマナ、護り通せはしませんでした」
「質問が1つある。
……前の領主は、君が意見を述べた時、どんな反応をしていた?」
「……聞く耳を持たないものの、実力と忠誠心を買われ、重用はされておりました」
「……そうか」
僕は、少し考え込んだ後、思わず呟いた。
「……欲しいな」
「……は?」
口にしていたことに気付き、「何でもない」と口を濁してから、バウマイヤーに向かう。
「彼への呪いは、解いた。後ほど、確認するといい。
謝罪の意思は受け取った。別に言葉など要らない。彼に免じて、痛み分け、というところでどうだろうか?」
「その前に、店そのものを差し押さえたと聞いております。そちらに関して、まず、返却を致したいと思います。
加えて、貴君から、一切の税を徴収しないよう、ルシファー様より直々に申し付けられております。
以前にも、あちらで、難癖を付けられたとか。こちらで、衛兵を付けたいと思いますが、いかがでしょうか?取り扱い商品が、あまりに高額なものばかりで、放置しては、治安に差し障りまして……」
「ふむ……そちらで、勝手に、ということかな?」
「……了承していただけるのでしたら」
金銭的な話は、持ち出すこともしたくない、という意思表示か。
「では、お任せしよう」
「ありがとうございます」
問題は、1つだけ。
「……僕のことを、ルシファーから何と聞いた?」
「……魔王と思って、対応せよと。私の対応次第で、敵になるか、協力を仰げるか、と――」
「ならば、話半分としても、重大な問題だと、捉えたのかな」
「はっ……領地をいただける、などと甘い話ではなさそうだ、と」
おおよそ、僕の納得のいく話を出来た。
あとは、恩を1つ売って帰るだけだ。
「……彼に褒美は?」
「……与えるべき、と考えております」
「シルヴィーン、その剣を彼に」
「……。
は?」
シルヴィーンが、預けておいた剣を眺め、間の抜けた声を出した。
「彼のおかげで、僕の財産のかなりのものが、無事にそのままで返って来そうだ。それ相応の褒美を与えておいて欲しいが、金額に換算すると、それ相応の褒美を与えるのは難しそうだ。
だから、僕が、彼に謝礼としてその剣を差し上げたい」
「……。
いや、でも、これは――」
「ブラックマナにして、100個相当の損害が出る可能性もあった」
「……分かりました。
それでも、これは流石に、度が過ぎるとは思いますが……」
シルヴィーンが、彼に剣を差し出す。同時に、僕は尋ねる。
「名を聞こう」
「……ガルシア、と申します」
「相応の褒美を用意することは、領主になったばかりのバウマイヤー殿には、難しいだろう。
その代わりと思い、僕からの謝礼だ、受け取って欲しい」
「……!
いや、しかし、これは……」
「僕が、ブラックマナ100個相当の損害が出る可能性があったと言った言葉は、冗談ではない。
今回の件に相当する褒美は、そのくらいは必要となる」
「……はっ。
家宝に致しまする!」
このままでは、バウマイヤーさんの立場が無いので、1つ、耳打ちする。
「彼、要らなくなったら、僕にくれ」
「……そういうことでございますか」
彼も、僕の企みを知り、ニヤリと笑う。
「しかし、そのような機会、あるわけがございませぬが」
「……うむ。だから、なのだがな」
最後に、バウマイヤーと握手をする。……今度の領主とは、仲良くやっていけそうだ。
「もったいない」
シルヴィーンはそう言うが、損害を覚悟していた額と、あの剣を作る手間を比べて……僕は、釣り合うと思う。せいぜい、装飾に手が込んでいる程度だ。あとは、素材が僕以外では手に入らないとか……が大きいか。
「シルヴィーンの卒業祝いには、あそこまでではないにしろ、何か用意するよ」
「本当ですか!?ありがとうございます、師匠!」
ガルシアのみ、店までついて来て、バウマイヤーは忙しいのだろう、別れの挨拶を済ませて館を出たところで分かれたが、ガルシアと共に店の中を確認の上、引渡しが無事に済んだ。
ガルシアの剣を、羨ましそうに見ていた他の衛兵が、非常に印象的だった。
後に、ルシファーに、事情の説明を兼ねて、その剣を命令で没収することのないよう、キツく記した手紙を送った。
メデタシ、メデタシ。




