闇夜の烏
超おひさしぶりです!学会だの調査だの仮免試験だのでバタバタして更新できてませんでした!すみませぬ!
石造りの陰気な廊下に、女声の細い聖歌が反響している。
来た時同様、ライリーさんに連れられてクララさんの居室を出た私は、背の高い赤髪の少女を見上げ訊ねた。
「あの__〈闇夜の烏〉って、何です? 」
「…… 」
ライリーさんは鼻に皺を寄せ、黙り込む。
帝国人のそれよりもやや鋭角的な横顔に、昼下がりの蜜色の光が差し込み影を作っていた。
「ココで話す話題じゃないし、実際に見せた方が早い……オマエ、ついて来い 」
「う、うん 」
大股なライリーさんに小走りで追い付いて、先へと進む。
人通りの全くない廊下の壁には女神アラディルに関する聖画が飾られているけど__その全てに描かれている人間は、大半が女性だった。
「ココは……イースフェイオンは、女子修道会なんだ 」
私の考えを読み取ったかのように、ライリーさんが言葉を落とす。
「女神アラディルは、貞潔な人間が好きだからな。男女は別の施設に分かれて生活する 」
「へぇ…… 」
宗教が男女を分けて禁欲させようとしても、人間というものは何らかの手段で欲を満たそうとする__ってのは、かつての世界からの知識だったりするけど、ここは敢えて黙る方向で行こう。
クララさんに絞られたばっかりだから、ちょっと生意気を言う気が起きてこないし、それよりも……
(闇夜の烏……か。ここの神話だと、烏は死者の魂を冥界に運ぶ者って扱いだったはず )
善き死者には天上の栄光を、悪しき死者には地獄の業火を__授けられた判決を死者に伝え、ふさわしき場所に魂を送り届ける死神。
私は今、その死神の遣いの名を冠した何かに配属されそうになっている。ついでに、私がここに来た経緯を考えると__その烏とやらのやる事も、なんとなくだけど見えてくるような気はする。
「着いたぞ。中に入れ 」
ライリーさんが少しだけ開けた扉の中は、建物全体の灰色が吹き飛ぶような紺青色だった。
奥には部屋があるみたいだが、その前に何もない小さな空間が置かれ、カーテンが引かれている。外から部屋全体を見る事はできなかった。
「ココは〈夜空の塔〉っつって、オマエみたいな経緯で連れて来られた奴が働く場所なんだ 」
扉を閉めると、私たちがいる空間はランプの光だけで満たされる。
壁もカーテンも金色が散りばめられた紺青色、吊り下げられたランプも金の細工物だ。おしゃれなプラネタリウムにでも来たような気分になる。
「わたしみたいな経緯で……ってことは、〈闇夜の烏〉ってのに入ってるのは、みんな異形狩りであつめられた人なのね 」
「まぁな。ただ、集められた奴らの全員が闇夜の烏と呼ばれるようになるワケじゃあない 」
ライリーさんはカーテンを引いて、私を促した。
急に幻想的になった雰囲気に圧されていた私が、恐る恐る顔を覗かせると……
「わ……! 」
そこには、今までの部屋とは全く違う世界が広がっていた。
ひと言で言い表すなら、ひと昔前の天文台……といった所だろうか。
天井画は、水晶をはめ込んだ満点の星空。
部屋の中央にはなぜか泉と、その中からそそり立つ金色の優美な装置。
色ガラスのランプの下では、ライリーさんよりもやや丈が長くて大人しそうな修道服を着た女性たちが忙しそうに作業をしている。
「ここにいるのは、みんな〈月夜の猫〉に所属してる連中だ 」
「月夜の猫? 」
カラスよりネコの方が、よっぽどオシャレな名前だなぁ……と、周囲を見回した時だった。
「あら、あらあらあら! なぁにライリー、その子は? 新入り? 」
褐色黒髪、まさにしなやかな猫のような女性が、音も立てずに立ち上がった。
「よー、エシェフィ。今日は外回りじゃないんだな 」
「やぁねぇ、ついこの前に叛乱軍に潜入したばかりなのよ? 連続で潜入なんかしてたら、ストレスでお肌が荒れちゃうわー 」
色っぽい声で言いながら、しなやかな手を頬に当てるエシェフィさん。くっきりとした目鼻立ちだけど背はそこまで高くはなくて、かつての世界でいうインド人みたいな顔をしている。
「ベルリエナ、コイツは〈月夜の猫〉隊のエシェフィだ。お肌に悪い事は超嫌がるけど、わりと仕事ができるヤツだぞ 」
「はぁいベルリエナ。ベルちゃんって呼んでもいーい? 」
「あ、はい。どうぞ 」
私が半ば反射的に頷くと、エシェフィさんはにこりと微笑んだ。
めちゃくちゃ美人だし、服の上からでも分かるくらい、セクシーな身体つきをしている。
なんていうか……本当に修道女なんですか、と疑いたくなるような色香の持ち主だ。
「あたくし、昔は踊り子だったのよー 」
『ダイナマイトボディ凄え』という私の思考を読んだのか。エシェフィさんは手を滑らかに動かしながら軽く踊っててくれた。
元踊り子で修道女? どうりで、色香がダム崩壊を起こしてるわけだ。
「エシェフィ、アタシ説明とか苦手だからよ。こいつに〈夜空の塔〉の説明、ひと通りしてやってくれないか? 」
「はいはーい、任せて。まずはあたくし達の部署……〈月夜の猫〉から紹介するわー 」
満面の笑みを浮かべつつ、エシェフィは作業机にいる人たちの方を手で示した。
「私たちはまず、帝国全土の異形狩りの記録から、貴女みたいな子を見つける仕事をしてるの。戸籍、外見、血筋なんかを辿って、本物と思われる子を見つけて行く……叛乱分子の潜伏先と思わしき所を、特定する仕事もあるわぁ 」
つまりは情報処理部門、という事だろうか。修道女には似つかわしくない仕事に見えるけど、だからこそ隔絶された塔の中で仕事が行われているんだろう。
……修道院という事は、一般の巡礼者も少なからず出入りはするはずだし。
「で、あっちの部屋にいるのは、特に頭が良い人を集めた〈星夜の梟〉よー。異端だと言われるような研究をしてた学者なんかは、あそこに配属されるの。あたくしの頭じゃ到底理解できないことをやってるけど、役立つものをいろいろ作ってくれるわぁ 」
「へぇ…… 」
いわゆる技術開発部門。半開きの防音扉の隙間からは、時々怪しげな爆発音と歓声、罵声が聞こえてくる。
学者を集めてるからか、あっちの部屋には男性もいるみたいだ。
「他にも料理とかお掃除、孤児のお世話なんかをやる雑務部署があるけど……ベルちゃんはまだ小さいから、そういった部署に入る事になるのかしらねぇ 」
「孤児の世話? 」
子供を世話していた私としては、その部署に反応せざるを得ない。
ピッ、と伸びかけた私の頭を押さえたのは、渋面を作ったライリーさんだった。
「いや、違うぞエシェフィ。コイツは、アタシの隊で面倒をみる事になってる 」
「あなたの隊……? ちょ、ちょっと冗談でしょ 」
ここで初めて、エシェフィさんの表情から余裕が消えた。私の全身を改めて見直し、盛大に眉をひそめる。
「コイツ、どういうワケか星沁量がずば抜けてんだ。なの隊長ほどじゃあないけど……たぶん、アタシよりは多いと思う 」
「そうは言っても……この子、まだ子供じゃない 」
ライリーさんの渋面と、エシェフィさんから向けられる悲しげな視線。〈星沁〉というのは、魔力を表すコトバだろうか? あぁ、もう嫌な予感しかしない。
でも、聞かないわけにはいかないだろう。さぁ、覚悟を決めていざ質問だ。
「ライリーさん、エシェフィさん。わたしが所属するところは……なにをするところなんですか? 」
ライリーさんは地面に片膝をつくと、そっと私の肩に手を置いた。
女性にしてはがっしりした手から、強い力と熱が伝わってくる。
「ここは教会だ、ベルリエナ。教会ってのは、お前も知ってる通り異教徒や異端者、異形と呼ばれる連中を取り締まってる。そうだろ? 」
「……えぇ 」
女神アラディルを信仰しない征服下の異教徒。
禁断の技術を求める学者や帝国に逆らう叛乱者。
ヒトの身でありながら、妖術を用いるとされる魔女。
そして、ヒトの魂を盗み喰らうとされる人型の魔物〈妖獣族〉。
教会に逆らう者として取り締まられる対象、総称して〈異形〉と呼ばれる人達は、この世界にたくさん存在している。
「でもな。そういう連中は、帝国のイウロ人より強いんだよ。例えば…… 反政府組織と共謀して、ヴィリテ島で叛乱を起こしてるリセルト人の事は知ってるな? リセルト人はイウロ人より俊敏に、力強く地を駆ける事ができる。聴覚も鋭い。ほぼ全員に魔法を使う能力もある……教会の連中は、お手上げだったわけだ 」
『だけどさ』と、ひと呼吸おいて、ライリーさんは言葉を続けた。
そんな彼女を見ていて、私はふと思い出す。赤みがかった金髪に、鋭角的な耳と顔の輪郭。妖精のようなその容貌が、まさに孤島の戦闘民族〈リセルト人〉に共通する特徴なんだという事に。
「教会は考えた。教会に反する連中を取り締まる為には、強いヤツが必要だ。異形と渡り合う力を持ってて、それでいて忠実な……死の翼の持ち主になり得る連中が 」
鹿のような茶色の瞳に視線を捉えられて、私は喉を鳴らした。
〈夜空の塔〉を取り巻く喧騒がいつの間にか遠のいて、ライリーさんの声だけが大きく耳に響くような気がする。
「異形審問官 特殊戦闘部隊__またの名を、〈闇夜の烏〉隊 」
心臓が、激しく鼓動を刻んでいる。
薄々感じていた予感に悪寒を呼び起こされて、破裂しそうに鼓動している。
そんな私の胸をトン、と指でひと突きして、ライリーさんは静かに告げた。
「闇夜に紛れる、黒い翼。帝国の安寧を脅かす連中を狩り、屠る狩人。今のアタシ達に求められてる役割はソレなんだよ、ベルリエナ 」