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5-12 小さな英雄

難産でした。何度も行ったり来たり、あちらを消し、こちらにつけ加え……。

こういうときの常として、リズムが出なかった気がします。そのうち、修正を加えるかもしれません。

「ローリエは誰が黒幕っぽいか、想像がついたりするかな?」


「アンリ、何を落ちついているんだよ! アウグスト様がどうこう以前に、きみの兄さんや姉さんが危ないんだぞ!?」


「あ、それは大丈夫。どうやら学生、っていうことで甘く見てるみたいでね。万が一遠征先まで襲撃者が届いちゃっても、フェリペ兄様とイネス姉がいれば、ドルニエ組は大丈夫だから」


「ドルニエ組はって、ぼくの先輩たちは?」


「ローリエの質問は、兄様やイネス姉のことだったじゃない。だから、それは大丈夫。ギエルダニア組については、どれくらい強いか知らないし、わからないよ。兄様の指揮に従うなら、たぶん大丈夫じゃないかな」


 ぼくの見立てでは、イネスといい勝負できそうなのが一人、あとは並の優秀な生徒、という感じだけど、こればかりは遠くから見てるだけではわからないからね。


「すごい信頼だね……」


「信頼というのとは少し違うんだけどね。それより、万が一っていったでしょ? その万が一を起こさないために、ローリエの力を貸してほしいんだよ」


「ぼくのどんな力?」


 なにを言っているのかわからない、という顔だ。


「剣の力」


「な、な、なに考えてるのさ!? ムリに決まってるじゃないか! 子供になにができるっていうんだよ!


 ローリエは思わずといった風情で立ち上がって悲鳴に近い声をあげた。ちょっとちょっと、それはマズいよ。子供の大騒ぎでも、度をこえると目立ちすぎてしまう。


 ぼくはリュミエラをチラと見た。彼女はローリエの隣の席に移り、彼の肩を抱いて語りかける。


「落ちついて、ローリエさん。とりあえず声を少し落としましょう」


「う、うん……って、なんできみはそんなに冷静なのさ? なんでぼくが、ここでなにかできると思うのさ?」


 まだテンパってはいるけど、少し落ちついてきたみたいだ。とにかく話を進めよう。


「まあとりあえず話を聞いてよ。第三皇子を殺したい誰かと、ドルニエとギエルダニアが仲良くなるのがいやなラグシャン女王国が手を組んだ。それで、女王国の軍人が冒険者を雇って遠征に出た学生を襲撃しようとしている。ここまではいい?」


「うん」


 なんか、子供をさとすような感じになってきたな。


「女王国はおそらく学生の中に第三皇子がいることは知らない。ただ学生を皆殺しにしてその責任をギエルダニアに押しつけ、ドルニエとの間にミゾを作ろうとしている。ここまでは?」


「いいかどうかで言えばよくないんだけど、言ってることはわかった」


「だけど、第三皇子を殺したい誰かは、女王国にそこまでやらせた上で襲撃者を根こそぎ始末し、第三皇子殺害が女王国の仕業だということにしてしまう。こんな感じ」


「それをアンリはどうしたいの? その様子だと、ただ止めたいわけじゃないんでしょ?」


 ふむ、さすがは十年にひとりの逸材。立ち直った上に、いいところを突いてきた。考えてみればたいしたものだ。合計年齢三十歳ほどのぼくを相手に、正真正銘九歳の子供がやられっぱなしで終わらずに、がっぷり受けて立っているんだかね。


「襲撃を受けても、さっき言ったとおり兄様たちがいれば大丈夫だ。結果として、第三皇子もね。だけど、襲ってきたほうがもたもたしている間に、黒幕がそれを始末するために送った私兵か騎士団がそこに来てしまったら、学生もろとも全部殺してしまおうとする可能性が高いんだよ」


「それって……」


「私兵はともかく、騎士団相手だといかな兄様たちでも結果がわからない。だから襲撃の前にすべて終わらせなきゃいけないんだ。誰が味方かわからないこの状況で、頼れるのはローリエしかいないんだよ」


「状況はわかったよ。でも、なぜリエラさんじゃいけないんだい? リエラさんには仲間だっているんだろ?」


 初めて会ったときから思っていたのだが、ローリエは不安定な心を抱えている。ぼくに勝負を挑んだのは、その不安定さを忘れるために自分の限界を試したかったからだと思う。おそらく、なにかがローリエを先へ先へと急がせているのだ。


 自分が小さな英雄となることを、ローリエの不安定な心がどう受け止めるだろうか。勝算はあるが、賭けであることはまちがいない。


「もちろんリエラさんにも手伝ってもらうさ。ローリエが必要な理由はね、学舎と騎士養成学校の関係をできるだけこわしたくないから。惨劇を防いだ功労者が騎士養成学校で期待の高いきみであってほしいんだ」


「あのさ、問題の大きさとアンリの目的の次元がかなり違う気がするんだけど……」


 そんなことはわかってるさ。でも八歳児の目的なんてその程度のスケールだよ。


「今回の件がギエルダニアの責任なら、ドルニエとの関係は悪くなる。でも、国同士の話とはべつに、学舎はローリエに感謝すると思うんだ。そしたら、今回みたいな学校同士の交流も、まだ続くかもしれないし、続いてほしいんだよ。得体の知れない冒険者が立ち回っても、そうはいかない。きみという存在がいてこそなんだよ」


「そりゃ、ぼくだってこんなおもしろそうな行事が一度で終わってほしくはないよ。次はぼくも選ばれたい、と思っていたんだもの」


 どうやらローリエの心は、この役回りを受けいれてくれつつあるらしい。


「だろ? ぼくは世界のいろいろなことを知りたいんだ。今回、兄様のひいきでギエルダニアに来ることができたけど、これでおしまい、っていうのはイヤなんだよ」


「ぼくも次は選ばれてドルニエに行きたいな」


 よしよし、だんだんローリエの目がアツくなってきたぞ。


「そのために、力を貸してくれないかな。正直いえば、きみに隠していることはあるんだ。でも、いま言ったことは本当の気持ちなんだよ」


 どれだけ耳ざわりのいい言葉を使ったとしても、ウソだけは言わない。それがぼくが心に刻んだ決めごとだ。


「隠し事があるのはなんとなくわかるさ。それはあとで話してくれるのかい?」


「うーん、今はムリかな。こんなにドタバタしている中で話せることじゃない。ローリエが二年後にドルニエに来たら、ひょっとしたら話せるかもしれない」


「わかったよ。ぼくが出来ること、ときみが言うんだから、出来るんだろうさ。今回は貸しにしておくよ」


「わかった。二年後にカルターナでパフェおごればいい?」


「おごってはもらうけど、それだけですまないのはわかってるよね?」


「ダメか。じゃ、いろいろ考えておくよ。明日の午前中にでもリエラさんから、いちばん新しい情報をきいてほしい。その上で、動き方を決めてくれる?」


「了解。ちょっといろいろ疲れたから、今日は帰るよ。明日の朝はここでいいですか、リエラさん?」


「ええ、よろしくお願いしますね。ローリエさんが安心して暴れられるよう、万事整えておきます」


 リュミエラが極上の笑顔を浮かべながら、ローリエの心をほぐすように言った。


「暴れるなんて……」


 ローリエはリュミエラの言葉に少し顔を赤らめて、それから手を振って出て行った。




「なんとか首をタテに振ってくれたね」


 一気に身体から力が抜けた気がする。少し手持ちのカードを切りすぎた気はするが、出し惜しみをして失敗するわけにもいかない。


「……ええ、そうですね」


 あれ、リュミエラの返事、歯切れが悪いな。


「なにかマズいことでも?」


「マズいことというわけでは……いえ、ある意味あまりよろしくないかもしれません」


「煮え切らないなぁ。はっきり言ってくれていいよ。取り返せる失敗なら取り返す」


「取り返すのは難しいかと。わたくしが感じたのは、ローリエさんにアンリ様に対する興味を抱かせすぎたのではないかということです。予定どおりにことが運べば、おそらくあの子は二年後に代表としてドルニエに来るでしょう。そのときに、アンリ様に対する興味が失せているかどうか……」


「失せていなければいないでいいじゃない」


「ローリエさんが女の子でもですか?」


 へ?


「ウ、ウソでしょ? ぼくより背が高いし、あんなに強いし……」


「どちらも、女の子ではないという証明にはなりません。背など、アンリ様くらいのときは女の子のほうが大きいものです」


「いや、そういう話は聞いたことあるけどさ……」


 そういえば保健体育でやったよな。いま思い出すということは、生きた知識ではなかったということだ。


「わたくしは、最初にあの子を見たときに違和感を感じたのですが、先ほど肩を抱いてみたときにはっきりわかりました。まちがいなく女の子です」


 二年後に興味が失せていなければ、って、そういうこと……ですよね?


「ちょっとまずいね」


「ええ」


 どうしよう……。



お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


ネタがついに割れましたが、たぶん皆様お気づきでしたよね。あちこちにタネをまきすぎました。

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