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5ー10 足固め

出張明けで一日一投稿復帰、とは行きませんでした。できれば早いうちに元に戻りたいのですが、ちょっとがんばる必要がありそうです。

「ローリエくんは乗せられてくれるでありますか?」


「いや、利用するとは言ったけど、乗せるって考えじゃダメな気がする。隠しごとをしても、カンが鋭い彼はすぐに気づくんじゃないかな」


「しかし、カンが鋭いのであればなおさら、へたな持っていき方だと逆に怪しまれるでありますよ。素人がこんな話を持ち出しても、うさんくさいだけであります」


ぼくもさすがに考え込まざるをえない。いくらなんでも、ぼくが彼に「実はラグシャンが……」とか言っても医務室につれていかれるのがオチだし、彼と面識のない人間がいきなりこんな話をしたら、逆に怪しいよね。


「正直いえば、ローリエはわるいヤツじゃないし、正面から協力を頼みたい気もするんだ。でも、それだとギエルダニアに責任を押しつける、という部分がうまくいかない。それに、相手が好きか嫌いかで行動を決めるのは、ぼくがやるべきではないことなんだよね」


「遠征にはアンリ様も行くでありますか?」


「補助要員とはいえ、派遣団員だからね。少なくともほかの四人は行くだろうし、一回生が一人で残るのは変だと思うよ?」


「そしてローリエくんは遠征には行かないでありますな? なら、賊が遠征先にたどり着く前に、彼に途中で賊を迎え撃たせるのがよいと思うであります。それができれば、賊の全滅を防いで小細工を残すことができるであります」


「その保証は?」


「わたしが賊に紛れこむであります。適当なところで撤退させるでありますよ。拠点に撤収したところで一網打尽であります」


うん、方向としては悪くない。


「ただ、いくらなんでもローリエひとりって訳にはいかないでしょ。賊に十歳の子供が一人で立ち向かう絵面は、面白いけど非現実的だよね。ローリエだって支援を求めるだろうし、そうすると話がややこしくなる。リュミエラと二人で行動させることはできないかな?」


「ひとつ手の内をさらしてしまうでありますが、明日のうちにリュミエラをアンリ様の知り合いの冒険者として紹介するしかないでありますな。ビットーリオよりはましだと思うであります」


「そうなると、一網打尽の方はシルドラとビットーリオのコンビだね。拠点にビットーリオをさきまわりさせとくのかな?」


「変態の力を借りるのはもちろんイヤでありますが、この場合しょうがないであります。わたしひとりでは追い込みきれないでありますから」


 まあ、そうだろうな。でも、ビットーリオを入れてもこちらは四人だ。しかも、遠征に同行しているぼくはノーカウント。ひとりで何役もこなしてもらわないと舞台が回らない。


「当日は時間との闘いだね。当日まではローリエになにも知らせず,しかも襲撃者が兄様たちのところにたどり着く前に、ローリエが襲撃者に追いつかなければならないんだ」


「月曜までにリュミエラがローリエから十分な信頼を得られるかも重要でありますよ」


 そこは、実はあまり心配していない。この半年のあいだリュミエラを観察していて気づいたが、彼女は人の心に入りこむ才能を持っている。妙に相手の警戒心を解くのがうまいのだ。


 当然ながらこの半年、リュミエラが上流階級および富裕層の人々と接触する機会はなく、彼女が触れあうのは冒険者や街の商人がほとんどだ。しかし、公爵家令嬢として育てられた彼女がなぜ、と思うぐらいうまく溶けこんでいる。


「自然な形でローリエとリュミエラを会わせることができれば、その辺は心配ないと思うよ。むしろ、ぼくやシルドラが余計な考えを巡らせない方がいいかも」


「否定はできないであります。アンリ様は中身が中年でありますから、子供の心はわからないであります。子供は、いつも大人は自分たちを理解できないというものでありますからな」


「それそのままシルドラに返すから」



 宿舎に帰るともうどの部屋も寝静まっていた。少なくとも八歳の子供が起きている時間じゃないってことだね。ぼくも身体は八歳児だから、そろそろキツい感じだ。部屋に帰って寝よう。


……と思ったのだが、宿舎の入り口にローリエがいた。



「また夜遊び? なかなかすごい一回生だね、きみも」


 これは、ぼくを待ち構えていたと思っていいんだろうな。最初のころから関心は持たれている自覚はあったけど、なにが彼をここまでさせるのだろうか? 自分にはストーカーを呼び寄せる資質はないと思っているのだけど、アンリという存在にはあるのかな?


「今日はなに? 今から遊びに行くのはちょっとムリかな、という気がするけど」


「最初は特にこれといった目的はなかったんだ。でも、きみがまた姿を消しているのを知って、そして今まで待ってみて、ひとつどうしてもやりたいことができたよ」


「なにかな。聞きたいような、聞きたくないような……」


「一度、きみと仕合ってみたい」


 来たよ、来た。どうしてこっち方面に関心を持たれるかね? そんなにぼくは、「こいつなかなかできるオーラ」を発しているんだろうか。だとしたら、タニアに厳しく修正されてしまう。それはイヤだ。


「ぼくは剣術も選択していない、ただの一回生だよ? 騎士養成学校の二回生で、十年にひとりの逸材のローリエとじゃ、勝負になるはずないじゃん」


「少なくともただの一回生はひとりでこんなにフラフラ出歩かないよね? それなのに、きみは危なっかしさをまったく感じさせない。ぼくにはきみがとてつもなく大きく感じる。その、自分の目を確かめてみたいんだ」


 ああ、だめだ。これはどんな言い逃れもきかない。やるまで、テコでも動きそうにない。


「期待外れでも怒らないなら、一度だけ。ローリエの勘違いで何度も痛い思いをするのはイヤだ」


「じゃあ、練兵場に行こう。今ならだれにも邪魔はされない」



 誰もいない暗い練兵場で、ローソクの灯りをひとつだけつけて、ぼくは刃をつぶした両手剣を構えてローリエと向き合った。


 さて、ここをどうしのぐか。向き合った感じからすれば、リシャールと同じ騎士の剣だろうが、彼のような相手を威圧する感じはない。しかし、十年にひとりの逸材といわれるのであれば、なめてかかることはできない。ぼくは勝つのではなく、しのがなければならないわけだから、剣筋を知っていたリシャールのときよりもやりにくいかもしれない。


「いくよ」


 そう言ったローリエは、すばやく剣を自分に引き寄せるとそのまま踏みこんできた。中途半端に剣を合わせると弾かれる。突きも同じだ。崩しが狙いの踏み込みに、ぼくは同じく剣を引き寄せて、ローリエが構える剣にむかって踏みこんだ。剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。ぼくとローリエはしばらく剣をはさんで押し合うと、おたがいに相手を突き飛ばすようにして距離をとる。


 下がった瞬間にローリエの突きが飛んできた。これは想定の範囲内だ。姿勢を低くとって、下から突きを弾こうとした瞬間、剣筋がかわり、剣先が低く下げた顔をめがけて走ってきた。向こうも読んでいたわけだ。弾けないことはないが、弾ききるだけの力を込めればこちらに大きなスキができる。避けようとしても同じだ。


 ぼくに向かって走ってくるローリエの剣に斜め下から押し上げるように剣をぶつける。これだけでは完全には軌道は変わらない。あわせてぼくはローリエの剣の持ち手に蹴りを放った。これは想定外だったようで、ローリエが剣を引いてふたたび距離をとる。よし、今が降参のしどころだ。ぼくはそのまま剣を下に落とした。ローリエは構えたままポカンとしている。


「剣じゃ避けられなかったから足を出した。ぼくの負けだよ」


「え? え? ええっ?」


 ローリエは、ぼくの回避から蹴り、そして降参の流れについてこられなかったらしい。まだ若いね。まあ、素直に全力で仕合ってればついてこれなくてもムリはないか。あとは大人のズルさでごまかすに限る。


「騎士の卵とこれ以上やってたら、ぼくが壊れちゃうよ。じっさい、剣では負けてたしね」


 じっさい、先日のリシャールとの勝負がなかったら、両手剣の鍛錬をサボっていたぼくはヤバかったろう。ローリエは、力はリシャールに劣るが鋭さは同格だったからね。


「え、でも……」


「それよりさ、ローリエの言うとおり、仕合につきあったんだから、ひとつぼくの頼みもきいてよね」


「そ、それはかまわないけど、まだ勝負は……」


「騎士は降参する相手に剣を向けちゃダメでしょ? 弱い相手をあくまでいたぶるのがローリエの騎士道なのかな? だとしたらがっかりだな」


「そんなことしないよ!」


 よし、勝った。


「じゃあ、明日の午後のおやつ、街でごちそうしてよ。この間のパフェと同じくらいおいしいヤツ、頼むね」


「う、うん、わかった……」


 そう言ったローリエの顔には、依然として「?」がたくさん浮かんでいた。




「まっすぐな子供を相手にえげつないことをするでありますな。そんなあつかいをした相手に、どの顔で英雄になってもらうつもりでありますか?」


「根拠はないけど、なんとかなる気がする。それから、べつに英雄になってくれと頼むわけじゃないからね? リュミエラにうまくたきつけてもらうだけだから」


「しかも他力本願でありますか。アンリ様のゲス度が絶賛急上昇中でありますな」


 なんてことを言うんだ、人聞きの悪い。ただちょっと素直な子供にお手伝いを頼むだけじゃないか。




 そうこうしているうちに、リュミエラとビットーリオが姿をあらわした。なぜか、ビットーリオのほうが疲れた顔をしている。


「リエラ、ビットーリオ、首尾はどうだったでありますか?」


「いろいろお話が聞けました。必要な情報はだいたいそろったのではないかと思います」


 ぼくはビットーリオのほうを見た。彼はぼくと目が合うと、さらに一段肩を落とした。


「すまない、アンリくん。耳として期待してくれ、といったのは撤回しなければいけないかもしれない」


「それはまた、どうして?」


「情報源の当たりをつけるのはたしかにぼくがやったんだが、肝心の話を引き出したのはほとんどリエラさんだ。はっきり言って、ぼくは自信をなくしたよ」


「いえ、その情報源を探すのが大変なんじゃないですか。わたくしひとりではどうにもなりません」


 ああ、リュミエラ、その手の慰めはこの場合逆効果だから。ビットーリオの影がさらに薄くなっている。そこまで話を聞き出すのがうまい彼女がなぜこういう空気は読まないのか、それも謎だな。


「それで、どんな感じだった?」


「女王国本国からはふたり。第一王女直属の近衛のものがシュルツクに入っています。その二人がここ十日ほど、マルシオという冒険者を使って裏で参加者をつのっているようです」


「自分の腕を過信するわけじゃないが、ぼくよりも強い冒険者は参加していないと思ってくれてかまわない。いまのところ人数もギリギリのところみたいだ。もう何人か集めたがっているみたいだけど、実力者は話のうさんくささを警戒しているみたいだし、ムリだろうね。アメリさんが参加すれば、そこで実行に踏み切ると思うよ」


「当然仕事が終わったあとは口封じで消されるはずでありますよ。多少報酬が高くても、ものを考えられる冒険者は相手にしないと思うであります」


 それは好都合だ。襲撃実行のタイミングをある程度こちらで調整できるなんて、ラッキーこの上ない。あとはローリエ次第ということだ。さて、リュミエラにどう動いてもらうかね?

 

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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